落葉と柳韻が行方不明になった箒を見つけ出す。
束がIS粒子の観測に成功。
箒はISを作った。
清涼な空気が篠ノ之神社の境内を流れている。
風は無く、気温の勢いは大人しい。ついこの間までの纏わり付くような熱気は何処かへ立ち去ったようだった。
しかし、余熱は未だ感じられる。秋であるとも、夏であるとも言えない節目の季節。その曖昧な気候こそが、夜空に浮かぶ満月を最も美しく見せるのだ。
九月中旬。
透き通るような星空が有った。瞬く星々が黒の画用紙を繊細に彩る。絵画では決して味わえない動的な美。その一瞬一瞬の光景が、この場という一つの作品を作り出している。
そうして全てが動いている中で、変わらずにいるものも存在していた。
黒一色に、白一点。満天の夜空に真っ白な月が輝いている。完全な満月ではない。十五夜の夜はもう過ぎた。最早欠けていくだけの古い月だ。
しかし、今は動いていない。見ている間はずっと欠けずにそこに有る。ひっそりと静まり返った夜を照らす月の姿は手を伸ばせば届きそうな程に大きかった。
その三八〇〇〇〇キロメートルの下方から、変わらないものを見る変わらない者が居る。
とある神社の縁側で、一人の少女が夜の星空を見上げていた。
見上げた状態そのままの姿勢で固まっている。ただ動かずにいるのではない。文字通りの完全な静止。彼女の気配は人形のように希薄だった。
その視線の先に有るのは丸く白く美しく、大きくそして不完全な月。しかし、単にそこに有るだけだ。彼女の意識にその光景は映っていない。
言葉も何も無く、虚ろな表情で宙を見る様は明らかに知性というものが感じられなかった。言葉を飾らずに言えば知恵遅れのようにも見える。
今も昔も変わらない。人類が誕生する以前からそこに有り続ける月のように、彼女は生まれた時から何一つ変化していないかのようだった。そしてこれから先もずっとそこに有り続けるであろう月のように、彼女もまた変化する事が無いのではないか――
外から見れば、誰もがそのようにしか判断する事ができないだろう。しかし、実際はそうではなかった。彼女以上に変わり続けている者など世界の何処にも存在しない。
それは何か。
少女の名前を篠ノ之箒と言った。
季節に変化が訪れる程度には長い期間は、人外の頭脳に膨大な知識の整理を終えられるだけの十分な時間を与えた。
日数にして三〇日。今から丁度一月前の出来事だ。燻っていた知識は完全に消化され、箒の血肉となって彼女に吸収される。
そうして、箒は進化した。この世に生まれてから絶えず繰り返してきたように、その時点で有していた知識から導き出せるあらゆるものをその身に取り込んだのだ。
爬虫類生物の脱皮、或いはソフトウェアのアップデート。一段階上の次元に到達した彼女は最早それまでと同一の存在として扱う事はできない。加えてそれは、箒をして未だかつて無い程に大きな進化であると言えるようなものだった。
一〇〇の知識から新たに得られる知識が一〇であるとして、一〇〇〇の知識から新たに得られる知識は一〇〇ではない。一〇〇〇の知識は一〇〇〇の知識の集合であり、単に一〇〇の知識が一〇個有るという意味ではないからだ。
全ての知識が独立した意味を持ち、また全ての知識が他の全ての知識とニューロンのように密接に関わっている。しかしその事を深い意味で知ろうとする者は少ない。そして、実際にそれを見出せる程の頭脳と発想を併せ持つ者は更に少数だった。
一二〇の知識は得られるだろう。一三〇でも上手くいく。複数人で協力をすれば、或いは一五〇までなら見つけられるかも知れない。それでも、二〇〇には届かなかった。能力の限界がそのまま知識の限界に当て嵌まってしまっているのだ。
それは人類最高の天才である束すら例外ではなかった。彼女の頭脳は比類無きものではあったが、人間という種の水準を極端に外れる事は無い。
たとえ人類の技術力を大きく越えたオーパーツをたった一人の力で開発したのだとしても、たとえ世界中の科学者が集結しても彼女に追随できないのだとしても、それはあくまでも人としての器に収まった上での無双。当然のように、知能の限界は存在している。
まして世界には万や億では利かない無数の知識が転がっているのだ。取り溢すものはそれこそ星の数程有った。
――しかしそれは、人外の頭脳を持つ箒には当て嵌まらない事だった。
彼女に人間の常識は通用しない。どれだけ複雑な難題であっても、そこに結論が有るのならば等しく答えを導き出す事ができる。取り溢しは有り得ない。思考のメカニズムがそもそも違う。
必要な情報が必要なだけ有ればそれで良い。血液中のヘモグロビンが一酸化炭素と結びつくように、それだけで殆ど自動的に真理が弾き出されてしまう。箒の中に『分からない』或いは『気付かない』という言葉は存在しなかった。
とは言え、膨大な知識の全てを丸裸にするのは箒であっても手間の掛かる作業。知識というのは集まれば集まる程に単体の意味の重さが増していく。それを一瞬で解析し尽くすのはいくら箒でも不可能と言える事だった。
しかし、一瞬でなければ不可能ではない。七二〇時間四二分五五秒。これが、箒が知識の整理を終えるのに掛かった時間だった。
そしてそれ程に深い知識が有るなら、実行に移すのは極めて容易い。
大幅な進化は大幅な技術の発展をもたらす。箒が手にした新たな知識はISをより高度な次元の存在へと押し上げた。
一足飛びという言葉で済む程度の話ではない。まさに世紀を飛び越えるような進化。あまりに変化が大きすぎるせいで、そもそもISと呼べるのかどうか。
それは革命だった。
猿が猿人に変わるように、猿人がヒトに変わるように。束のISは箒のISへと変貌を遂げる。面影は殆ど残っていない。発明者である束でさえすぐにはそうと見抜けないだろう。
今や箒は魔法に等しい力を持っていると言って良かった。
もしくは、それを持つに至ってしまった。ある面においては決して都合が良いとは言えない事に。
高度に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない。その言葉には幾つかの解釈が存在している。
一つは単純に、無知が生み出す錯覚であるというもの。かつて錬金術が魔法の領域に有ったように、知らないという事はある種の思考停止を引き起こす。そして仕組みが理解できない事象は魔法と何ら変わらない。
もう一つはそれ以前の問題、つまり容量の限界であるというもの。一つの技術に用いられている知識が余りにも膨大である為に、そもそも人一人の脳に収まり切る情報量を超えてしまっているのだ。
思考停止ではなく、物理的に理解する事ができない。魔法ではない事を知識として知ってはいても、その仕組みを知らなければやはりそれは科学の魔法。あらゆる学問が専門に分化している現代においても、それは当て嵌まっている事だった。
この場合、箒のISに関しては両方の意味が該当している。
但し、その二つの例とは比較にならない程の極めて高い次元において、だったが。
それが意味している事とは何か――端的に言えば、箒の持つ人外の頭脳にも容量の限界が迫りつつあった。
知能の限界とはまた別の壁。どれだけ優秀なコンピュータであっても容量が無ければどうにもならない。逆に優秀でありすぎるが故に、普通とは比べ物にならない速度で情報が積み上がっていってしまうのだ。
あたかも全力で勉学に取り組んだ結果、用紙の方が先に無くなってしまうかのように。その気になってしまった箒の全力は、彼女が思っている以上に凄まじいものが有った。
それは今すぐに訪れる事ではないが、遠い未来の話でもない。無限の容量を持たない以上、その成り行きは当然の摂理。彼女自身の予測では、少なくとも三年以内にはその未来が訪れてしまうのが分かっていた。
限界が訪れるという事は、それ以上思考できなくなるという事。箒にとってそれは無限の苦しみにすら等しい。他の感情を知らないが故に、今の彼女の価値観は極端に偏ったところに有る。
しかしながら、箒に不可能が存在しないというのもやはり嘘ではない。人類が肉体の弱さを問題としないように、彼女もまた自分の容量の限界を問題としてはいなかった。
手が足りなければ増やせばいい。持っていなければ作ればいい。
作れなければどうするか。それは意味の無い問答だった。箒に不可能は無いのだから。
箒が自らの手足として求めたのは当然と言うべきか、やはりISを元にした代物だった。
無論、ただのISではない。手足と言うからには確実に自分の役に立つものである必要が有る。その性能も然ることながら、単なるISとは根本的に仕様の異なった作りになっていた。
それは情報の収集と保存のみに特化した歪な機体。最低限の環境適応能力を残し、それ以外は箒の思考の補助をする事だけを想定した機能を積んでいる。あたかもコンピュータにハードディスクを増設するように――これにより、彼女の限界は三年後から一〇年後にまで伸びた。
言うまでもない事だが、当然ここで終わる箒ではない。技術が発達すれば情報の蓄積速度も高まる。しかし、同時に機体の性能も上がる。つまり一言で言えば、箒は事実上無制限の保存領域を手にしたのと変わらなかった。
制限が無くなるという事は、いつまでも思考を続けられるという事。箒にとってそれは無限の喜びにすら等しい。
箒は二つ目の感情を手に入れた。
そして、彼女のISは単に情報を保存するだけの存在では収まらない。記憶媒体としてのものとは違う機能も存在している。
それは半自立型の遠隔操作装置。それぞれが独立した形体を持っており、補助装置というよりは第二、第三の機体に近い。有り体に言えば本体のコピーだ。ただ保存領域を殆ど持たない。取得した情報はその全てがIS本体へと送られる。
まさに規格外。手足に更に手足が付いたが、その手足は半ば自立して動くのだ。しかも本体を必要とせずに。情報の保存という箒の求める最大の仕事こそ果たせないが、ISの補助装置としては明らかにその領分を越えている。
それは無人機だった。
無人機。無人で動く機体。人を必要としないIS。ISの手足であるIS。
人が宇宙に飛び立つ為に生まれた筈のものが、その人を必要としなくなるという事。それはISという存在を根底から覆すもの――ではない。そもそも、これこそが正しい使い方なのだ。彼女はただ、行き過ぎた進化故に飛び越えていた発展の道筋を改めて辿り直したに過ぎない。
そうして箒はISという技術における一つの到達点に立った。しかし彼女にとってそこは通過点ですらない。人が通学路の曲がり角に特別な意識を向けないように、箒もまたその場所を無感動に通り過ぎる。
箒の生み出した無人機は、彼女の手足の手足となって働く。故に基本的に与えた命令の通りに動作するが、独自のアルゴリズムに基づいた一定の判断能力を有してもいる。
そしてその思考回路の基盤となったのは――生みの親である箒自身。
怪物。
誰もが戦慄するだろう。誰もが言葉を失うだろう。
生まれてはならないものが生まれてしまった。存在してはならないものが存在してしまっている。鬼が生むのはやはり鬼。箒という怪物は箒の分身という新たな怪物をこの世に生んだ。
生誕直後である今はまだ単なる劣化コピー以上の存在価値を持たないが、そのポテンシャルは人外の人間である箒すらも上回る。それでなくとも土台は箒、未だ赤子同然とは言えその性能は人の想像の及ぶところではない。
そして、それは一人ではないのだ。
つまるところ、動物から見て月と太陽が大差無いように、人類から見れば無人機の存在は箒が複数人に増えたのと大して変わるところが無かった。
人から外れているが故に人という種族から切り離された場所に居た筈の箒。しかし彼女は人類の持つ最大の力である『数』という特性をその手中に収めつつあった。
箒が操る唯一のIS。それが操る四機の無人機。人間大の怪物が、それを生んだ怪物によって未知の世界へと解き放たれる。
一機は南極大陸の深奥。氷に閉ざされた氷点下の世界。音さえ凍り付いたような静寂に包まれた空間に、クリスタルのように輝く人間大の物体が隠れ潜んでいる。
一機は太平洋の深海一〇〇〇〇メートル。光の届かない暗黒の宇宙。地球に眠る一つの異世界で鋭角的な人型が密やかに潜行している。
一機は地中深くのマントル付近。計り知れない星の重圧。気の遠くなるような圧力の世界を継ぎ目の無い球体が流れるように泳いでいる。
そして、最後の一機は――
◆ ◆ ◆
静かに月を見上げる娘の後ろ姿を、落葉は背後からじっと見つめていた。
かれこれ四〇分以上。見始めてから一歩も動かず、そして一度も目を離していない。それは肉体的にも精神的にも楽な事ではなかったが、箒も同じ事をしていると思えば容易にこなせる程度の事でしかない。
二ヶ月前のあの事件によって、落葉の過保護性はより深刻化したと言って良かった。
一日の中で、箒を自分の視界に入れていない時間は無い。常に目の届く場所に置いておいている。食事の準備をする時は台所の椅子に座らせ、掃除をする時は背中に背負い、洗濯をする時もやはり傍に座らせている。
当然、そんな事をすれば確実に注意力が散漫になってしまう。事実、その無謀のせいで何度か普段はしないようなミスもした。しかし、二月も有れば人は慣れる。箒が殆ど動かずにいる事も手伝って、落葉は娘に意識を割きながらも自然と家事を行う術を習得していた。
家事が済み、時間が空いても彼女のする事は変わらない。唯一違うのは箒に自由を与えている事だが、そもそも箒は基本的に何もしないのだ。もしくは、そのように見えている。何処に居ても、何をしていても、落葉は動かない箒を動かずに見続けるだけだった。
時間が過ぎていくのが速い――落葉は漠然とそう思った。
速いというよりは早い。気付けば時が経っている。或いは思考が止まっているのか。箒の後ろ姿を見ている間は、四〇分の時間が一五分にも感じられた。
しかし彼女の主観がどうあれ、実時間の流れる速度は一定だ。落葉としてはこのままずっと見ていても良かったが、それができない理由が有る。
現在の時刻は夜の八時の少し手前。そろそろ箒の寝る時間が近付いていた。
「箒ちゃん……今日はもう寝ましょうか」
正面に回り込み、そのまましゃがんで声を掛ける。返事は無い。落葉の声などまるで聞こえていないかのように、箒の身体は視線さえ動いてはいなかった。
十数秒の沈黙が流れる。
何かを期待している自分に気付いたのか、落葉が小さく苦笑する。ただ待っていてもどうにもならない。落葉は箒を胸に抱えると、寝室に向かってゆっくりと廊下を歩き始めた。
箒を布団まで連れていく間に、彼女の中でつらつらと思考が流れていく。
考えているのは当然箒についての事。何を思って生きているのか、何をしたいと思っているのか。ずっと傍で見続けてきた。しかし、落葉にはそれが何一つ分からない。その事がとても悲しかった。
自分の娘が人並みのものを持っているとは思わない。かと言って、何か特別な才能を隠し持っている訳でもない。不思議なところは幾つか有る。では、そこに答えが有るのではないか――
落葉は徐に顔を上げて夜空を見た。
星が輝いている。迫り来るように大きな光景。何処か遠近感の狂った星空の様子はきらきらという音が聞こえてくるかのようだった。
そこに月が浮かんでいる。完全な満月ではない歪な楕円だが、それでも強い存在感が有り、満月と変わらず美しい。
しかし、それだけだ。成る程、確かに美しくはあるだろう。では、夢中になって見る程のものなのか。そんな事は無い。落葉から見て、その光景が何十分も見上げるだけの価値を持つものであるようにはとても思えなかった。
――考えるだけ無駄、なのかしら。
結局、辿り着くところはいつも変わらない場所だった。
箒の事を考えるのは初めてではない。むしろ、暇さえ有れば常にその事について思考を巡らせている。それは自分からそうしようとしているというよりは、無意識に考えてしまうというようなもの。
もしくは、考えなければならないという強迫観念に囚われてしまっている。そしてそれに気付いていながら、そのままで良いとも思っている。
母親が娘を思う事の一体何が悪いというのか。結論の有無は問題ではないのだ。何がどうあれ、箒が愛する娘であるという事に変わりは無い。確かに箒の心を理解できない事は悲しいが、考えている間は消えない不安から逃れられる。落葉にとっては、単にそれだけの事だった。
寝室に入り、敷いていた布団に箒を寝かせる。落葉から離れても箒は大人しいままであり、騒ぐ事も暴れる事もしない。それは利口さというよりは突き抜けた意思の弱さでしかなかったが、それでも構わないと落葉は思った。
箒にしっかりと掛け布団を被せてから、自分も布団の中へと入る。後は一緒に寝るだけだ。眠りに就けば明日という一日が今日と同じようにやってくる。繰り返しの日々。それはさながら月の満ち欠けのように、いつまでも変わらない事であるかのように思われた。
仰向けになった箒の視線は天井の何処かに向かっている。
しかし意識までは向いていない。目に見えるものを意識に入れている訳ではないのだ。それはここではない何処かに向かっているか、そもそも何処にも向かっていないか。
何にせよ、箒がしている事はただ目を開けているだけに過ぎない――それは落葉も理解している事だった。
その解釈は概ね当たっている事だと言える。唯一外している一点の部分を除けば。
箒の視線は天井に向かっているが、意識までは向いていない。これは正しい。
視界に入るものを意識している訳ではない。これも間違ってはいない。
しかし、箒のしている事が目を開けているだけだという解釈。これは正解とは言えない。勿論彼女の脳内で膨大な思考実験が行われている事も思い違いの一つだったが、それとはまた別の部分において大きな誤りが存在する。
センサーの捉える電子の世界が箒の視界を埋め尽くす。
情報の海原。夥しい数のデータが溢れ、無数の映像が無数の光景を投影する。氷原、深海、地中――それぞれがここから遠く離れた別の世界を映し出している。しかし、それは単なる映像などではない。ここに有る全てが今まさに現実に起こっている出来事なのだ。
目に映るものを見ず、意識を向けず、しかしただ目を開けている訳ではない。彼女の認識する世界全てを、箒は天上の視点から見通している。
その中の一つに、地球ではない何処かを映すものが有った。
落葉に必要なのは星空の美を理解する感性でも、子を思う母の心でもなく、単純に今の三八〇〇〇〇倍の視力だったのだ。
何故かじわじわ増えているお気に入りに謎のプレッシャーを感じる事数日。どうにか気合で仕上げましたが、どうなる事やら。