眼前、手の届かない範囲にライフル銃が設置されている。
良く知っている物だ、というよりは自分でも使ったことがあるから知っている。反動がすさまじく、そして戦車の装甲さえも貫いてしまう程の巨大で凶悪なライフル、メタルイーターMX。”鋼鉄破り”とも呼ばれる巨大な対戦車ライフルは学園都市のカスタマイズにより飛躍的に安定力が増しており、反動で肩が砕けるレベルが反動で肩が抜ける程度に抑え込まれている。受けてしまえばまず間違いなく即死するであろうレベルの武器が此方へと向けられており、そのトリガーに指を賭けるのは人間ではなく、機械だ。距離は百メートルほど。
一瞬で音速に到達し、二千メートル先からでも戦車を貫く対戦車ライフルにとっては簡単すぎる距離だ。
しかし、動かない。その代わりに右手には短針をイメージさせる片刃の処刑刃を握っている。それ以外には防弾ジャケットも防弾ガラスも無し、鋼鉄の部屋の中でライフルを向けられ、それを正面から睨むだけ。
既に武器は動き出している。
機械のトリガーがゆっくりと引き金を引き出すのと同時に脳はその数倍を超える速度で動きだしていた。思考は何重にも加速を始め、世界がゆっくりと歪んで行く。腕は停滞して行く世界の中でもハッキリと色を持って通常のまま動き、下から刃を逆手に、持ち上げる様に上がって行く。その動作に追いつく様に引き金が引かれる。
銃口から放たれた弾丸が一瞬で音速を突破しながら真っ直ぐ標的を音と風の壁を食い破りながら到達しようとし―――その前に失速する。弾丸の速度が一瞬で半減する。それと同時に踏み出す体は弾丸に等しい速度に到達する。人間が動く上で出せる限界の速度、それを優に超える速度を最初の踏み込みで店ながらも、足は床を削る様に滑る。
弾丸へと向かって正面へと進みながら一回転、滑らす靴の裏は床と擦れ掠れ、火花を散らす。それだけの速度を見せながら回転を乗せや処刑刃は横薙ぎに、一閃振るわれる。
その先で弾丸とぶつかり、あらゆる法則と常識を無視しながら弾丸を切り払う。明後日の方向へと飛んで行く弾丸へと視線を向ける事なくそれを把握しつつ、踏み出すのを止めず、そのまま前へと加速し、百メートルの距離をありえない速度で踏破する。何時もと歩数に変化はない。時間が加速している。故に早くなるだけであり、身体能力に一切変化はないのだから。寄り遠くへ進んでいるのではなく、より早く前へ。
そして、正面のメタルイーターMXを二度目の射撃準備に入る前に真っ二つに切り裂く。
―――計測が完了する。
息を吐きながら右手の逆手で握る刃を一回転させながら床に当てる様に立たせ、視線を少し高めの位置にある観測室へと向ける。本来は実験施設であるために物々しくなっているが、本来はここまで厳重な環境で行うものではない。その証拠として防弾ガラスの向こう側、観測室には気楽そうな研究員や、操祈の姿が見える。律儀に常盤台の校則を守って制服姿の彼女に妙な義理堅さを感じつつも、視線を向けていると、部屋のスピーカーを通して音が響いてくる。
『―――お疲れ様です、継続完了しました。2/5、レベル2です』
「……そっか」
小さくそう呟きながら刃を持ち上げ、肩に乗せると、完全に壁と同化していて見えなかった扉が横へとスライドする様に開き、出口を見せる。もう一度、瞬発で得た熱を体から吐きだす様に息を長く吐き、そして吸い込みながら出口へと向かう。施設内の道筋は何度か訪れているから知っている。だから観測室までは数分もかからない。廊下を抜けて階段を上り、その先の通路にある部屋に入れば、緩く作業をしている研究者達と、その中に混じる操祈の姿がある。
「おめでとう!」
「良く頑張ったな坊主! 大抵は数年もレベル1で止まってれば腐って諦めるもんなんだがな!」
「これでただのヒモから少しはできるヒモにランクアップだな」
「はい、最後の一人だけは前に出ろ、今から三枚におろしてやるから」
がおー、と言いながら剣を持ち上げると、一人だけダッシュで部屋の隅へと逃亡し、そこに何故か置いてあるロッカーの中へと逃げ込む。何時の間にそんなものを持ち込んだ、と言いたかったが、そのリアクションが素晴らしかったので見なかったことにする。刃を入り口横の壁に置く様に立てかけておきながら、一番近い所にあるキャスター付きの椅子を足で引っ掛け、自分の下へと転がし、そして座る。そこでふぅ、と息を吐くと、操祈が前に立つ。
「お疲れ様ぁ、大した進化力ね?」
「なんでそこ疑問形なんあ……俺立派に努力してるだろ!! いや、今回は本当にラッキーな部分があったけどさ」
言わずとも解るように、一方通行による解読だ。先日、一方通行の嫌がらせにも近い答えだけを置くという行為。アレで一つの”数式”が出現した。しかしこの数式、普通に誰もが簡単に口に出せる様なものであったり、特別な数式でもない。しかしこの数式を脳の、能力の演算の為のロジックとしての一部に組み込む。
魔力を生み出すわけじゃない。魔術を使っている訳じゃない。
だが、まるで”思い出した”かの様に能力のレベルが上がった。それこそドラマも何もない、あっさりと。数式を組み込んだ時点で”あっ”という感じにレベル2に到達してしまった。今の計測の為に使った加速や遅延もレベル2並の出力は出ていた―――しかしその原理が全く持って意味不明だ。数式を、そしてそれの元となったものを研究者へと見せても、全く意味はないという結論が出てしまったのだから。
ただ足りなかったパズルピースがまた一つ埋まった、という感覚はあった。能力は上がるには上がった、しかしそれは大量のもやもや感を残す事を引き替えにしてだ。正直な話、これで能力を上げる事に関する法則、或いは取っ掛かりができればいいと思っていた。しかし現実はそんな簡単なものではなく、もっと面倒だった。レベルを上げるのに使ったものすら意味不明、とはいったいどうすればいいのだろうか。
レベル3が遠く見える。
だけど、きっと不可能じゃない。これだけ努力し、諦めなかった。その結果レベル2になれたのだから。だから諦めなければ道は見える。絶対存在するのだ。
「―――しかし、面白いね。”思い出した”っていう感じは」
思考に没頭していた意識を研究員の一人が、その声で引き上げる。視線をそちらへと向けると、無精髭を生やした二十代の青年が、顎を掻きながら口を開く。
「ヒモ君はレベルが上がり、レベル2になって感じた感覚は”思い出した”なんでしょ? 時間に関するのは本文じゃないから詳しい事は言えないけど、ある種のパラドックス的現象を予想してもいいんじゃないか? つまりは―――」
「将来的にはもっと上のレベルである。時間という概念に触れる能力である都合上、未来からの情報が逆流して過去へ干渉している? あるいは同一存在であるからこそ無意識に未来の自分の情報を能力というコードを通して脳でキャッチしている? となるとそのメカニズムを解析できれば脳への干渉を通して未来の情報を取得できそうだなぁ……」
「そこでさりげなく自分の研究テーマに話題を持って行こうとするお前らの研究精神には感服するわ」
「ただ人の彼氏を実験動物目線で見ると痛い目を見るわよぉ?」
「さきっちょ! さきっちょだけですからぁ!」
「この場合勿論電極の事だよ?」
「さきっちょでも嫌だよ」
割とここにいる人間のノリは良い―――というか、必然的にそうなる。基本的に操祈はレベル5、”心理掌握”という能力は嘘や秘密を絶対に許さない。そんな操祈と共に研究の出来る人間なんて清廉潔白な者か、あるいは見られても平気なほどに真っ黒な者か、それとも極限的に突き抜けた馬鹿だ。そして腹黒い連中に関してはデメリットが多いため採用され難い。つまり、能力は高い分、キャラも割と突き抜けてしまっている様な、そんな研究者が多い。操祈がアドバイザーや傭兵に雇う者も、割とそう言うイロモノが多かったりする。
つい最近も語尾がカタコトの知的アドバイザーを雇っていたりする。イントネーションが面白すぎて指差しで大爆笑したのを思い出す。
「ま、これでレベル2だ……日常生活で便利? なレベルにはなったわけだ」
「銃弾を弾くのが便利なレベルって相当よねぇ」
「あ、荒事が結構多いですから」
腕を組み、軽く怒ったような表情を見せる操祈に対して声を震わせながら答える。未だに火織戦で無茶したことを怒っているらしい。なので恐縮する様に背筋を伸ばし、足を揃えて座ると、揃えた膝の上に操祈が腰かけ、すり寄ってくる。その光景を羨まし半分、微笑ましい半分で研究者たちが視線を向けてくる。密着する様に首に手を回してくる操祈を見て、そして首を傾げ、
「で、何を頼みたいんだ」
「ここから甘い言葉をかけたりして私の悩殺力を発揮するはずの所なんだけどぉ」
ははは、と笑い声を零しながら、操祈に視線を合わせる様に言う。
「体使ってるのが露骨だしな。そういう事をしなくてもお前の頼みだったら割と断らないからそう不安にならなくてもいいんだと思うんだけどねぇ」
「私、こう見えてずっと能力頼りに生きてきたから、能力の通じない相手となると割と不安になるの知ってるでしょ?」
知っている。こうやって操祈が自分に色んな手段でべったりと一緒にいるのは、彼女の能力、”心理掌握”が通じないからだ。脳の中を見る事が出来ない。都合の悪い事実を消せない。秘密を暴けない。嘘を確かめられない。当たり前の様な事で、操祈にとっては当たり前ではなかった。だから操祈は、他人を信じられない。人の醜い場所を、その過去を多く見てきたから。操祈は他人を利用する場合に、その頭の中を見る。
それが出来ないレベル5は絶対に信用しない。
そして―――操る事も確認する事もできない俺を、能力以外の手段で縛ろうとする。
こうなったのはきっと、自分との出会いが上条当麻よりも先だったから、きっとそれだけの理由だろう。だから今、こんな関係が自分と彼女の間にはある。彼女は”心理掌握”で自分を縛る事が出来ない。だから安心できる居場所を自分の所にしようとする。体を使って慣れていないアピールをしてくる。お金を管理しておけば取りに来るために絶対に会えるって解っているからそうしている。そんな事をしなくても離れる訳がないと、
愛しているっていうのはお互いに理解している。ただ、それを疑うわけでもなく、不安になる時が彼女にはある。だからこんな手段を使う。
それを笑って許すのが男の甲斐性というものだ―――故に笑って操祈の事は許す。彼女はつけあがる馬鹿ではないし、堕落の破滅へと誘う死神でもない。見る所をちゃんとわかっていれば、甘えん坊のただの女の子。だから今こうやって笑って許す。彼女には出来る事が多い。
だけどレベル1だった……今ではレベル2の自分に、出来る事は少ない。
そんな彼女が自分に頼むという事は、十中八九荒事だ。それだけが、彼女には出来ない事なのだから。そして彼女と共に人生を歩むと決めてから、彼女に出来ない事は、そして自分にできない事は、お互いに手を握って支え合うと決めているのだ―――そんじゃそこらのバカップルと一緒にされては困る。
此方とら、決めている覚悟と重ねた修練だけは何物にも負けない最強のカップルなのだから。
「ホント熱いな、あの二人。見てるとウチのカーチャンに優しくしなきゃって思うわ」
「あー、そう言えば妻子持ちでしたね……つか人前でやる気がしれないっすよ俺は。あー、女王程じゃないけど可愛い彼女が欲しいなぁ」
「あ、食蜂さん、俺ら今夜飲み会なんすけど用事がなかったらヒモさん共々招待したいんすけど、用事とか大丈夫ですか? ほら、レベル2到達おめでとうヒモ野郎パーティーって事で」
「この光景と行動を見ていて出てくる言葉がそれで、本心からそれだから貴方達ってホント凄いわよねぇ。まぁ、門限なんて私の演算力次第でどうにでもなってしまうから、任せなさい。予算も出してあげるから」
ガッツポーズを決めた研究員たちがそのままハイテンションな状態で仕事へと戻って行く。ここまで黒い学園都市の環境で、ここまでフリーダムにやっているのはおそらくここぐらいだろうな、なんてことを思っていると、操祈が咳払いをしていた。
「テイク2いいかしら」
「もうそのまま続けろよ」
もっとこう雰囲気とか、と言っている操祈にジト目で視線を向けると頬を膨らませて抵抗して来る。が、そのまま数秒間眺めていると、観念したかのように操祈が息を吐き、自然体に戻る。
そしてそこから、本題に入る。
「―――”妹達(シスターズ)”を知っているかしら」
我らが爪牙、その愛はまさしく本物であった―――。
言葉はこれ以上必要はないよな。レギオンの一員としての輝きと魂をアニメ化へと捧げるのみ。
この金髪巨乳土下座精神をよ……!
あ、遅れて申し訳ありません。ちょっと黒い砂漠で捕鯨してました。