とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月十五日

「―――もうすぐ午後の授業が終わりますわよ、起きてください」

 

「ん、ぁ……」

 

 顔を持ち上げる。常盤台中学、操祈の派閥保有のクラブハウス、そのソファの上で寝ていたことを思い出し、ソファの前で此方を起こしてくれた縦ロールの金髪の女生徒へと視線を向ける。操祈が信頼する側近の一人だ。その姿を確認してから軽く頭を横に振り払い、眠気を追い出す様に意識を覚醒させ、両足をソファから下ろして立ち上がる。軽く両手を上へと伸ばし、部屋の中にある掛け時計を見て、時刻が二時半である事を確かめる。確かにあと三十分もすれば授業が終了し、自由な時間となるだろう。そうなれば美琴もまた、街へと何時も通り遊びに出るだろう。

 

 その前に常盤台から出るべきだろう、護衛や監視の意味で。授業が終了してから追いかけると他の生徒の目もあって、外へと出るのが面倒になる。だからソファに立てかけてあるギターケースを持ち上げて背負うと、片手を縦ロールに向けて持ち上げる。

 

「おう、サンキュな。操祈に宜しく言っておいてくれ」

 

「ご自身でそれを言ってください。きっと喜ばれますから」

 

「人前でイチャイチャするのが若干恥ずかしいんだよ、察してくれ」

 

 あらあら、と微笑を浮かべる縦ロールの側近を置いて、そのままクラブハウスの出口へと向かって行く。昨日は昨日で割と愉快だった、だから今日は今日でまた愉快な事にはならないだろうか。そんな事を思いつついつも使っている外へのルートを進む。

 

 

                           ◆

 

 

 そして期待通り、美琴が街へと繰り出して直ぐ、面白い事が発生していた。

 

 常盤台中学で授業の終了した美琴は何時もの友人たちと一緒に街を歩き、食べたりして自由な時間を満喫していた。レベル5の中でもここまで気楽なのはおそらく彼女と七位の軍覇ぐらいだろうな、なんて思いつつもその微笑ましい光景を眺める。二位や四位辺りであればその姿を現実を知らない、と罵るだろうが、

 

 それはそれでいいではないか、と個人的に思う。そこにある刹那を全力で楽しみ、味わうのはその時を得た者の特権だ。だから笑ってはならない。その時間は尊いものだから―――と言っても、やはり妬ましく感じる者にとってはそうなのだろう。その場合はそうなんだろう、お前の中では、としか言いようがない。

 

 ともあれ、今日も双眼鏡を使ってビルの上から観察する先には美琴と”妹達”の姿が見える。その姿は昨日、目撃した”きゅーちゃん”と瓜二つの姿だ。本人であるかどうかは、流石に接近しないと気配で判別する事が出来ない。ただ美琴との姿の差は一目瞭然だ。それぐらいは近づかなくたって理解できる。そんな二人の姿を双眼鏡を通し、唇を読む事で話の流れを追う。基本的には美琴が一方的に質問しているようにも思える。

 

「……シスターズ、か。まぁ、確かに自分のクローンが目の前にいるのを見て平静でいられる奴の方が珍しいよな。俺だって目の前にクローンがやってきたら若干困るしな……」

 

 そのまま喧嘩別れをする様に美琴が”妹達”から去って行く。その姿を眺めて短く溜息を吐く。こんなもんだろうなぁ、なんて感想を抱きながら一回だけ視線を”妹達”へと向け、そして隣のビルへと移す。速足で移動を始めている美琴の気配は強く、障害物があっても見失う事はない。軽くビルからビルへと飛び移りつつ、美琴の姿を追いかける。本来ここでフォローに入ったりするのが優しさなのだろうが、

 

 生憎、そこまで親しい訳じゃない。あまり優しくすると操祈が嫉妬するし。

 

 ま、その強いメンタルで何とか頑張ってくれ、と思いながら御坂美琴のストーキング、あるいは護衛を続行する。きっと今日も平和に終わるに違いない―――。

 

 

                           ◆

 

 

「―――が、怏々として祈りは決して届かないものである」

 

 水槽に逆さまに浮かぶ魔人が嗤う。

 

「さて、運命とはいかなるものか。運命、そう表現してしまえば楽だ。簡単ではある。しかしそれを表現しようとすれば、途端に言葉に詰まるだろう。あぁ、少しは時間がかかる。だが言葉を見つけ、説明できるだろう。たとえばシナリオ、プロット、あるいは見えぬ何者かによって組み込まれた流れだと。なるほど、正しい、実に正しい言葉だ。しかし、惜しいかな。本質には触れていない。いや、触れる事が出来ていない。運命とは人の手に余るもの。故にその本質は人の領域を逸脱した者であろうと触れられはしない」

 

 老人にも青年にも少女にも、水槽の中で逆さまに浮かぶ男は言う。

 

「故に未知は恐怖である、と」

 

 そう、未知は恐怖である。故に運命は恐怖するものである。

 

 水槽に浮かぶ魔人は微笑を浮かべる。その視線の先にはサングラスをかけた金髪の少年の姿がる。しかし、真っ直ぐその少年を見ているようで、実際は少年を通し、もっと広い物を見ている。直接的に少年を見ていないのがその視線からは解る。そもそも魔人自体が人間に必要以上に固執する存在ではないと、サングラスの少年は知っている。故にその視線には一切害する事はない。この魔人にとっては人とは盤上の駒でしかない。その事実を良く理解しているのだから。

 

 そう、遊戯のものだ。必要な事は必要な事でやるだろう。だがそれを完璧に終える上で楽しめるかどうかはまた別の話だ。つまりはチェスの様なものだ。チェスで確実に勝つ戦術を取るのは良い。だがそれだけではつまらない。だから駒のデザインを気に入ったものにしたり、音楽を流して遊んだり、拘りを持つ。

 

 魔人が生み出す物語の流れもまた、魔人が必要とする以上の個人的な”愉しみ”が混じっている。それを少年は理解している。故に魔人に対する感情は軽蔑と無関心の両方。心の中で軽蔑しながらも興味を持っていない。最上なのは自身の目的であり、その達成。故に軽蔑は魔人の思想、その行いに対して、しかし無関心はその行動への干渉に対して。

 

 総じていえば互いに無関心とも言える関係。しかしここでバランスを生み出すのが互いの関係―――即ち上司、そして部下という関係になる。有能な部下に魔人の上司。使える駒であれば使わない理由はない。故にサングラスの少年は魔人の動かしやすい駒として多用されている。それに対して文句はあれど、否定や反逆する事はない。二人の関係は安定している。

 

 水槽の中の魔人を見上げる様にサングラス越しに少年が見る。部屋はさほど広い訳ではなく、薄暗く、サングラス越しであれば見るのは少々難しくなってくる。しかし、それでも慣れた光景であるため、少年からすればさほど問題があるわけではない。何時もの様に、軽い軽蔑の色を言葉の端に乗せ、それを隠すことなく水槽の中の魔人へと向けて言葉を放つ。

 

「今日はえらく舌が回るなアレイスター。酔いでもしたのか?」

 

「おや、これは辛辣な事を言ってくれるな。しかしこうやって言葉を滑らせてしまうのも許して欲しい、何故なら未知への探究とは即ち自身の触れた事のない領域へと踏み出す事―――即ち見る事触れる事感じる事、それは既知の範囲から逸脱し、新たに学習できるという事でもあるのだから。人の人生とは未知を既知に塗り替える作業である。であるなら、これは人としての生を真っ当に生きているとも言える事ではないのだろうか?」

 

「お前にも未知と言える事がまだ存在したとは驚きだな」

 

「なに、驚く事ではない。万能ではなく、そして全能でもない。所詮私でさえ運命という存在の虜囚でしかない。そう、私でさえただの虜囚なのだ。しかし、この世にはその枠から飛び出す方法がいくつか存在する。故に運命の覇者として立つにはその鍵を握る事が必要である」

 

「―――その一つが”幻想殺し”か」

 

「然り」

 

 笑顔と共に少年の言葉にアレイスター=クロウリーは答えた。魔人アレイスターの言葉はまるで教師が教え子に対して教える様に、優しく言っている様に聞こえる。実際そうなのだろう。自分の言葉を誰かへと伝え、教える事に一時的な楽しみを覚えているのだろう。事実、今、アレイスターは愉快な気分である事は否定していなかった。学園都市のあらゆる行動を、流れを、そして計画を微笑の内に操っているのだから。

 

 それにはもちろん絶対能力者計画や、欠陥電気の事も含まれる。全ては計画通り、全ては企画された通り、

 

 全ては―――既知の範囲内。

 

「既知とは最悪の毒である。しかし、同時に最強の武器でもある。一回の千の未来視よりも千の既知を。それは何時か心を殺す毒ではあるが、同時に最大の薬でもある。川より生まれた流れはいずれ大海へと繋がる様に、物事には順序と流れ、そして行き着く終点が存在する。未来視はそれを垣間見る能力であるが―――既知であるという事は即ち終点を経験したという事になる。これに勝る恐怖はない。何故なら終点を経験したとは”終わってしまった”という事と同義であるが故」

 

「何が言いたい」

 

 部屋の中央、シリンダー型のビーカーとも呼べる水槽の中で浮かぶアレイスターは変わらぬ笑みを浮かべる。それが少年の神経を苛立たせる。が、それも既に慣れた感覚だ。冷静に少年は感情と感覚を制御し、苛立ちを脳の片隅へと追いやる。

 

「即ち、既知こそが運命への最大の対抗手段であると私は言いたいのだよ」

 

 言葉がまるで魔法の様に響く。

 

「人間最大の武器とはその叡智にある。しかし、それ単体では何をする事も出来ない。故に叡智を集積し、それを経験を通してフィードバックし、そして技術を通して応用する。そうやって人間は覚えた事を力へと変える。故に既知こそが力であり―――それが運命という触れられぬ運命に抗う為の唯一の方法でもある。知れば知るほど絶望するしかなくなるだろう。しかし知れば知るほど希望が生まれるのもまた事実であろう。されど、事実として先を知っていれば、という事程の強みに変化はない。運命は変えられはしない。神の掌から逃れる事は出来ない。与えられた演目を踊るしか役者には出来ない」

 

「その舞台の演目を指揮するのが貴様の目的か」

 

「いやはや、私はそんな恐ろしいことは出来ないよ。そんな力もない。出来るのは精々台本に赤線を引いて、修正をいれる、その程度の事だ。問答無用で台本に書かれた事を夢から覚める幻想の如く殺し去る力もなければ、台本そのものを破り捨てる様な絶対能力の理もない」

 

 だけど、それでも、

 

「ページを戻す程度の装置だったら私にも作れる」

 

 今度はハッキリとした、軽蔑の表情を見せながら少年が言う。

 

「それが貴様の求める”時間歪曲”の役割か」

 

「一つの役者に一つの役割を―――舞台に上がるのであればそれなりに相応しい役を与えるというのは当たり前の事であろう? まぁ、私の場合は台本を知っているが故に、キャストを適切に配置している。その程度の事に過ぎないのだが。だから君も。私も、”幻想殺し”も”一方通行”も”時間歪曲”も、全ては私の思惑ではなく、それこそもっと大きな意思の下に動いているのだよ」

 

「ぬかせ、お前こそそんな事を欠片も信じていないだろう。その顔を見れば子供にだって解るぞ」

 

「そう見えるかね? いやはや、恥ずかしい事かな。どうやら何度繰り返そうとも私は未熟者であるらしい。これでは彼には笑われてしまいそうだ」

 

 白々しい。それが少年の脳内に浮かび上がった言葉だ。そもそもからして、この男が話す内容には全く意味がない。何か重要な言葉を放っている様に見えて、実は既存の情報を難しく、解りにくく、そしてあたかも重要そうに喋っている、それだけなのだ。しかし偶に重要な情報をまるで無価値の塵の様に口から零す事もある。

 

 過度に耳を傾ける事は間違いなくその言葉の毒に汚染され、自分を見失う原因となる。そうじゃなくても接しているだけで神経を弄ばれるような感覚が常にあるのだ。それこそ神経が相当に太い者でもなければ長く顔を合わせる事は出来ないだろう。

 

 その点、サングラスの少年は―――土御門元春は理想的な話し相手であった。

 

 決して折れない不屈の精神力に科学と魔術への深い理解、それでいて目の前の男との会話の経験を持っている。故に、アレイスターとしても意味もない事を話す相手であれば、ちょうど良いとも認識されている。

 

 駒を動かすのは簡単だ。

 

 しかしそれには色がない。

 

 一流は目的を達成する。

 

 しかし、超一流はそこに物語を生み出す。

 

 今回も無駄になるかもしれない。無駄にならないかもしれない。それをアレイスターであれば予想できるし、そしてある程度の操作をする事も可能だろう。だがそれではつまらない。一流止まりの仕事だ。

 

 全てのプロセスは始まる前に完了させている。故に後は歯車が勝手に目的を達成する事をひたすら眺めるのみ。

 

 重ねてきた労働が結果へと繋がる様子を眺める所のみを残す。故に言葉にも興は乗る。

 

「さて―――」

 

 元春の視線を視線を受け止めつつも、アレイスターは口にする。

 

「経験した事、感じた事、覚えた事、そして身に着けた事。それらの一切が無駄になる事はないだろう。たとえ踏み潰される蟻の一匹であろうと無駄な役者はおらんよ。故に私は言葉を贈ろう」

 

 一拍を置き、

 

「Disce Libens―――喜んで学びたまえ。死も絶望も慟哭も回帰も、全てはその為の贄でしかないのだから」




 貫録のニート枠。寧ろニート。働かない様に見えていて実は裏で過労死しているのが当たり前なニート。ただ助走つけて殴りたい気持ちはある。

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