とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月十五日-Ⅱ

 死というものが人に与えるストレスは大きい。

 

 死ね。死んでしまえ。殺してやる。

 

 言葉は陳腐であり、簡単に発せるものだ。しかしそれを実際目の当たりにすると話は変わってくる。普通の人間は躊躇する。すこしイカレた人間は躊躇してから殺す。完全にイカレた奴は躊躇せずに殺し、生まれからの殺人鬼は息を吸うかのように殺す。

 

 しかし、どんな精神の者であろうと、殺人にはストレスが発生する。死そのものにストレスが発生してしまう。もし、死に対して一切のストレスを感じない存在がいれば、それは人間という枠組みを超えた化け物に過ぎない。故に、人はストレスを受ける。その脆弱さこそが人間らしさであるのだから。だから人は死と向き合う時、忌避感を受け、やがてそれを受け入れる。そういう風に人間は出来ている。やがて忘れてしまう様に、前に向いて生きていける様に。ただ、死、それを直視してしまったストレスは即座には抜けない。

 

 ―――今まで死を見た事のない者が”自分”の死を目撃したらどうなってしまうのだろうか。

 

 その答えが見える範囲で発生していた。

 

 

                           ◆

 

 

 血、血、血。

 

 腕、足、そして首。

 

 それが広がっている。

 

 どうすればこんなにも残酷に殺せるだろうか。そんな光景が広がっている。たった一人の少女の体内の血液が広くぶちまけられ、腕と脚は一本ずつちぎれながら大地に投げ出され、首も一緒に転がり、胴体は完全にコンテナに押しつぶされている。コンテナの端から潰れた内臓、その一部が見え、嫌な臭いと気配を空間に生み出していた。百メートルほど離れて伺っているとはいえ、それでも嫌悪感を感じるしかない殺人現場だった。それは戦闘による被害ではなく、何処からどう見ても”蹂躙”によって発生する死にざまだった。

 

 ―――それを御坂美琴は目撃してしまった。

 

 逃げながら銃を撃っていた”妹達”の一人の姿を。しかし追いつめられ、一撃で体がバラバラにされたその姿を。不運としか言いようのない光景だ。まだその決定的瞬間を見ていなければ即座に吠えるだけの気力があっただろう。だが自分を含め、美琴は目撃してしまった。自分と全く同じ姿をした少女が抵抗する事もできずに一撃でバラバラにして殺された姿を。

 

 それを勿論自分も、離れてはいるが目撃してしまった。凄まじくグロテスクな光景を。しかし、幸いながら”そういう”事に関しては耐性がついている。人の死体なんて学園都市の裏側を覗き見れば溢れているものだ。だからそこまでショックはなく、簡単に死の衝撃は体を抜けて行く。しかし、自分と全く同じ姿をしている妹の死を見てしまった美琴は違う。

 

 その場で立ちつくし、第一位”一方通行”の前で完全に足を止めていた。

 

 コンテナの裏に身を隠す様にしながら状況を伺いつつ、毒づく。

 

「操祈め、解ってて言わなかったな」

 

 ちょっとだけ、心の中で操祈を恨む。おそらくこんな状況になる事も―――そして”妹達”が一位に処刑されるための生贄である事も知っていたのだろう。美琴を護衛しろ、と言ってこうならないとは思わない筈がない。最初から知っていれば、”妹達”に関してはそこまで情が湧かずに”そういうもの”として諦めていただろう。しかしこうやって接してしまった以上、関わる理由が出来た。

 

 その理由を操祈は生み出させた。うーん、この悪女。

 

 そんな事を胸中で呟いていると、空間がスパークする。夜の闇に光が満ちる。コンテナから半身を出す様に美琴と一方通行の方へと視線を向ければ、全身から雷撃を噴出する美琴の姿があった。レベル5特有の特異な気配、それが怒りによってより一層濃く、死の気配を纏っていた。それを前に一方通行は薄い笑みを浮かべ、見下すような視線を美琴へと向けていた。このまま放置すればまず間違いなく美琴が一方通行へと喧嘩を売る。

 

 ―――美琴では絶対に一方通行に勝利出来ない。

 

 完全にブチギレ、雷撃で触れた大地さえも焦がし、溶かす美琴。その右手が持ち上げられる。振れてしまえば人体なんぞ簡単に焦がし、蒸発させてしまう。致死の雷撃。それを放ってしまえばどうなるかなんて解り切った事だ。しかし、それでさえ一方通行に届く事は絶対にありえない。その絶対性、神話とも呼べる絶対勝利の領域に立つ存在。だからこそレベル5の頂点。最強の能力者。それ美琴は理解していたとしても―――怒りで全てを忘れている。

 

 故に、取る行動は簡単、

 

 既に握っている長針と短針の二刀の処刑刃を握り、

 

 そのまま時を加速、止め、遅延させ、そして百メートルの距離を一瞬でゼロにし、一方通行と美琴の間に立つ。美琴を止める為に口を開こうとし、

 

「ス―――」

 

「らぁああああ―――!!」

 

 美琴が放ち、一方通行へと放とうとした雷撃が間に立っていた体に直撃した。

 

 一瞬で体が焦げ、ちぎれ飛び、穴から血液がばらまかれる。体の大半が蒸発しながらも残った部位はまるでミサイルの直撃を受けたかのように飛び散って醜悪な光景を生み出―――さなかった。

 

「トップ。止まれ。それ以上やると死ぬから、な? 俺が」

 

「……あ?」

 

 時が逆行する。雷撃は溜め込まれる前の状態へと戻され、即死したはずの体は無傷の時へと帰還する。結果、攻撃を放つ前の状態へ、ただ唯一自分だけがこの場にいるという変化を除いて、元に戻っている。その光景に美琴は怒りを一瞬だけ忘れたかのような、迷子の様な表情を浮かべ、そして一方通行が此方へと怒りの表情を向ける。

 

「あ、見つけたぞてめェ。あの人形に変な事吹き込んだの絶対にてめェだろォ! あァ!? どうしてくれンだよ! アイツら俺の事を百合子ってしか呼ばねェんだけど! そのうち研究者共まで真似し始めやがるぞオイ!」

 

「あぁ!? 最後に嫌がらせだけしてったお前が悪いんだろ!? 煽りとネタと喧嘩は相手を選ばずにやるもんだろ!? もしかしてお前そんな学園都市の地元ルールも知らずに俺と同じテーブルに座ったのかよ! 最悪だなぁ!」

 

「最悪なのはてめェの脳味噌だよ! どンだけイってんだよお前の脳味噌! 研究所のキチガイ連中とはまた別のベクトルでぶっ飛んでるぞ!」

 

「お前のベクトル操作でどうにかしてみろよォ!」

 

「なんでアンタが喧嘩売ってるの……?」

 

 若干唖然としている様子を見せているが、美琴が此方と一方通行の姿を見ながらそう言葉を口にすると、息を吐き、そして少しだけ、落ち着いたかのような姿を見せる。一方通行へと向けていた体を美琴へと向ける。

 

「ふぅ、なんかコントを見ていたら落ち着いて来たわね……。で、何で死んでないのかは能力を知ってれば解るし……どうしてここにいるの。邪魔をするってんなら……!」

 

「ヘイ、ストップリトルビリビリガール! 愛しの当麻君がいねぇからって―――あぶねっ」

 

 放たれた雷撃を反射的に時を歪める事で回避する。それが後方にいた一方通行にヒットするが、当たり前の様に反射され、弾かれる。一方通行がその光景を見て、溜息を吐く。

 

「なンだ、……俺でさえ怒った程度では攻撃はしねェぞ……?」

 

「美琴ちゃん本当に将来大丈夫……?」

 

「なんでアンタ達同調して追い込みに来てるのよ! その妙な息の合い方は何なのよ!」

 

 ―――正直に言えば理由はない、なんとなく、というのが理由だ。

 

 一言で説明すれば馬が合う。それに尽きる。まるで一緒に育ってきたかのように呼吸が解る、大体の感じが解る、言葉では説明しづらいフィーリング的な部分で”知っている”という感覚がある。もしかするとこの前、研究員が言っていた未来からの情報取得、という仮説がある意味で通っているのかもしれない。ただ、今はそういう事を考える状況ではない。完全にヒートアップしていた美琴がギャグを通してそこそこ落ち着いたのを確認し、一方通行からも戦闘の熱が抜けてるのを確認し、口を開く。

 

「簡潔に言えば護衛。美琴ちゃんが死なない様に影からひっそり学外での活動を監視してたんだよ。っつーわけで、白もやしへの攻撃はやめろ。マジでやめろ。冗談とかネタ抜きでな。俺やお前如きがマジで殴りかかっても絶対に倒せないから。諦めて寮に帰れ」

 

 なるべく感情をいれずにそう美琴へと告げた瞬間、

 

 雷撃が襲い掛かってきた。横へのサイドステップ、時の遅延、そして刃の一閃。全ての動作を同時に行い美琴の放った雷撃を切り払う。それが行えたのは美琴が全く本気で攻撃するつもりはなく、振り払う為に攻撃を行ったからだ。

 

「―――今ので解ったでしょ? 邪魔よ、退いて。アンタ程度じゃ私を止められないわ。そして止まるつもりもないわ。そこのクソ野郎をぶっ飛ばさなきゃいけないのよ。私が、私の過去の失敗が、判断が”妹達”を生み出してしまったのよ。だったら姉として、その責任を取らなきゃいけないのよ。だから退きなさい―――邪魔するならそこのクソ野郎ごとぶっ飛ばすわ」

 

「ハッ! 弱い犬がよォく吠えるなァ! 出来もしねェ事を言ってると弱く聞こえるぜオリジナルよォ。それに俺はオールオッケーだぜ? お前を殺したほうが実験を早く終わらせられそうだしなァ」

 

「解ってはいたけどレベル2じゃ全く話を聞いてくれんわ。これ絶対に人選ミスだわ」

 

 雷撃を収束し始めた美琴に対応する様に、一方通行も戦意を見せ始める。美琴も一方通行も、どちらも本気でお互いを殺す気で睨みあっている。その間にいる自分も間違いなく、巻き込まれるだろう。溜息を吐きながら処刑刃を持ち上げ、二刀のそれを動かす為の体勢に移す。同時に自分を中心として時を歪めるのを始めながら一歩、二歩、と後ろへと下がって少しだけ、動きやすいように自分の間合いを作る。そこまで準備を完了した所で、抑え込んでいた苛立ちと戦意を表に出す。

 

「クッソ、時間を戻したって痛いものは痛いんだぞテメェら。バカスカ殺してもどうせ蘇るから大丈夫みたいな考えしやがって。いいぜ、どうせ美琴ちゃんを眠らせて白もやしのクズ野郎には一発拳を叩き込まなきゃいけねぇからな。この調子からするとどうせきゅーちゃんもぶっ殺しやがったんだろクズもやし」

 

「あぁ、あの煽って来やがったクソ人形だろォ? 何時も以上に念入りにぶっ殺してやったよ。まァ、面白い経験は詰めたことだけは感謝してやってもいいかもしれねェけどな」

 

「このドクズが、単価18万の人形? ふざけんな! 命に値段をつけられる訳がないでしょ! たとえつけられて、それがどんな無価値なものであろうと、私は責任を取らなきゃいけないのよ。見逃せないのよ。姉として、妹達が殺されるだけの現状を許せるものか! 勝てなくたって、アンタの能力を狂わせさえすれば実験を遅延させる事は出来る……!」

 

「ハッハァー! いいぜェ、いいぜェ! ちょうど雑魚ばかりで食い飽きていたんだよォ、本当に経験値つめてるかどうか疑ってたンだよ。オリジナルをぶっ殺せるなんてナイスな展開じゃねェかよ? あァ? そう言えばお前もいたんだっけ。別にレベル2に上がったばかりのド四流には用はねェから帰ってもいいンだぜェ」

 

「好きな男に正面から好きだと言えないガールも、腹筋が一回もできそうにない童顔貧弱クソもやしも好きなだけ言ってくれるなぁ! あぁ、もう完全にトサカに来たぜ。とりあえずお前ら二人ともシバいて泣かせて土下座させてやるから覚悟しろよぉ―――!」

 

 どうしてこうなった。

 

 美琴を護衛する。それだけの話だった。だが今、状況を見ればレベル5二人を相手に三つ巴という限りなく言意味不明な状況を繰り広げる事になっている。おそらくもう止まらない。止める事が出来ない。美琴の戦意を殺意が上回っている。一方通行も興が乗っている。正論で止める事は二人とも難しい。

 

 要はエンジンがかかりすぎた状態なのだ。冷水ぶっかけて冷静になれ、といった所で逆にキレる状態だ。

 

 こうなってしまってはだれにも止められない。強制的に抑え込むぐらいしか方法はない。しかし実力差、能力者としてのレベル差を考えてしまうと圧倒的に差が生まれてしまう。

 

 雷撃が夜の闇を貫き、白く染め上げる。御坂美琴の全身から発せられる雷光が彼女の周囲を明るく照らし、夜である事を忘れさせる程に明るさを見せる。その全ての電流が致死性を孕んでいるのは触れずとも、確かめずとも解る。最初の一撃と違い熱量は籠っていないが、その代わりに繊細なコントロールが入り、美琴の周囲を帯電する様に舞っている。

 

 それに対し一方通行は不敵に笑みを浮かべ、腕を組み、立つ。そのモーションしかとらない。否、取る必要がない。学園都市最強と呼ばれる存在、その能力の内容は”ベクトル操作”。彼にはファイティングポーズが必要ない。立っている、それだけであらゆる攻撃を防げる、返せる、そして敵を一瞬で蹂躙できる。ありえない様な現象を指一つ動かす事無く実現できる。故に構える事は必要なく、ひたすら絶対君臨者として見下ろす様に、愉快げに笑みを浮かべて相手を待つ。

 

 それに対して此方にあるのは刃が二本、特異すぎる能力、

 

 そして二人が絶対持ち合わせる事の出来ない戦闘者としての技術、経験、勘、精神。

 

 この中でレベルが一番低いのは間違いなく己である。

 

 しかし、純粋に戦士として鍛え、能力以外が育てられているのは自分のみ。

 

 それを理解し、三者同時に別々の言葉を吐く。

 

「お前だけは、絶対にぶっ飛ばす……!」

 

「ヒャハハハハァ! こいよ三下共ォ!」

 

「俺、これが終わったら操祈を押し倒すんだ……」

 

 そして、三つ巴の戦いが始まる。




 悲報、何故か三つ巴へ。おかしい、ここは普通ビリビリとタッグ組んで百合子ちゃんをボコボコにする流れなのに、何故か凄い絶望的な流れになっている。

 これもアレイスターって奴が全部悪いんだ。

 シスターズは饅頭の取り合いで重役出勤です。

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