「がぁぁぁ! クッソ! 痛ぇぇ!」
誰にも遠慮する事無くそれを言葉にして叫ぶ。深夜だったとか、夜が明けてきたとか、損しかしない一戦だったとか、そういう諸々の気持ちを言葉にして叫びだすと、一気に気持ちがすっきりする。あぁ、すっきりした、と言葉にしながら小さく笑うと、腰かけるベンチの後ろ側にいる存在から声がかかる。
「いや、スッキリしたって何よ。良くそんな状態で言えたもんね」
「オメーがやったんだからちゃんと反省して手当しろ」
「……うん」
背後にいるのは美琴だ。満身創痍の此方とは違って、服装も体も戦闘があったようには思えないほどの綺麗さとなっている。それもそうだ、タイムアウトの此方とは違って、美琴の時間は戻され、戦闘前の状態へと巻き戻っているのだから。即死級のダメージを喰らい、その直後にまた大ダメージを喰らったこっちとは違い、治療すべき場所なんて一つもない。そして此方の傷は美琴を死なせないための代償として出来たのだ。自分が何をやったのか、それはちゃんと理解させないとだめである。
駄目な事は駄目。それをちゃんと理解してからこそ、次のステップへと進める。
故に常備している傷薬を美琴には渡してあり、皮膚が完全に剥がれて肉が丸出しになって、真っ赤に染まっている背中に傷薬を塗らせている。そうやって出来た傷を直視させる事でしっかり、自分の間違えを見つめさせ反省させるという、
完全な嫌がらせだ。おかげで少し前までは興奮して吠えていた美琴も今では借りてきた猫の様に大人しくなっている。背中に塗られる傷薬、その指が背中に触れる度にむき出しになっている肉から激痛を感じる。まるで神経そのものに爪を立てているような、そんな激痛が背中を襲い続ける。しかし、痛みとは隣人である。死ぬ事は日常である。起きたその瞬間から今日、死ぬかもしれない。何時もそう思い続けている。そしてそう思えば、激痛程度は怖くとも何ともない。軽く息を吐きだし、体内に溜まった熱を吐きだす様に体と精神を落ち着ける。
その動作にびくり、と美琴が反応する。
「え、えっと、その、もしかして強く塗りすぎ……ました?」
「今更敬語は必要ないし、痛すぎて痛覚トんでるから気にしなくてもいいよ」
痛みがトんでいる、というのは嘘だ。戦っている間は割とそうだが、今は思いっきり痛い。超痛い。触れられるたびに痛いが、それを口にすると流石に可哀想になる。ここら辺、調整が大事だと思う。
「うぐぐ、申し訳ないとは思ってるわよ! だからこうやって薬を塗っているんじゃない!」
「当たり前だよ。誇る事でもキレる事でもねーよ。お前のせいで酷い惨事になってんだから黙って手を動かせ」
「……はい」
委縮したかのように答えると、無言で美琴が薬を塗り続ける。数分かけてそれを終わらせると、用意しておいた包帯を渡し、脇の下を通す様にそれを体に巻いて行く。他にも裂傷は多く、肩や腕、足にも多くの傷跡が残っている。回復力を”加速”させてはいるが、対価は自分の寿命だ、あまり多用したい手段ではない。加速すれば加速する程、自分の加齢もまた加速しているのだ。こういう状況じゃなければ”冥途帰し”の所へ行き、入院している所だ。
包帯を巻き終わったところで、ペットボトルを手を洗う為に渡し、サンキュという声と共に美琴が手を洗い始める。その間に変えのシャツを取り出す。傷が酷いため黒の無地の長袖のシャツの上に青い薄手のパーカーをパーカーを着る。これで体の傷と包帯の色を隠せる筈だ、と軽く確認すると、美琴の方から声がかかってくる。
「その……なんというか、病院行かなくても大丈夫なの? 私にやったみたいに時間を巻き戻すとか」
「生憎と”タイムアウト”みたいなのがあってな、万能って訳じゃねぇんだ。巻き戻した時間の分だけ時間を巻き戻せないし、その間に発生した事は巻き戻せないんだよ。それに同時に並行して発生させられるのは三つまでだし。まぁ、同時に二つまでだったレベル1の頃よりは大分マシになってんだけど……。あぁ、あとこの傷薬はちっと特別性でな、刺激が酷いけど即効性があるんだよ」
「へぇ、便利なものもあったのね」
「そりゃあ”冥土帰し”産だからな」
その名前に美琴が首を捻る。表の人間にはあまり通じないだろうが、裏の人間であれば良く知る名だ。どんな病であろうと手段を選ばずに治療してしまう最強の医者の存在を。この傷薬も彼によって生み出された道具の一つだ。怪我をする事は割と多いため、状況や症状に合わせて複数の薬は常に持ち歩くようには心がけている。
立ち上がり、軽く体を動かしながらその場でステップを取り、体の調子を確かめる。回復を加速させ、薬の効能も加速させている。それでも割と受けたダメージは酷い。完全に回復するまでは安静にして一日、何時も通りで三日、先程と同じ様なペースで殴り合うなら四日か五日ぐらいか、と予想を付けておく。痛みを無視すれば動きに支障は出ない。
何時も通り、何時も通り。ただ操祈に顔を出す前に完治させておかないとまたキレられる。
嫁持ちの辛い所である。
ふぅ、と息を吐きながら振り返り、ベンチの向こう側で此方を見ている美琴へと視線を送る。それを受けて、美琴は一瞬だけビクリ、と動いてから、完全に固まる。それを確認しつつベンチへと踏み出し、その上にほかの治療道具とかと一緒に並べる様に置いたあった缶ビールに手を伸ばし、
プルタブを引いて開けて一気に飲む。
「飲まなきゃやってらんねー」
「ご、ごめん……でも、他にどうしようもなかったのよ!」
「いや、それはいいんだよ。寧ろ後悔している様なら驚いているから。アレが正しいと思ってるならそれはそれでいいよ。俺も割とキチガイ入っているのは自覚あるし、他人とは違うルールで生きている自覚もあるし。だからお互いそういう口に出したら無限に議論できそうな所にはノータッチ! オーケイ?」
ビシ、っと人差し指を美琴へと向けると、美琴が少し戸惑いながらも、口を開く。
「オーケイ。反省はするけどはするし謝るけど後悔はしないわ」
「グッド、じゃあ建設的に考えようか。それはそれとして後で慰謝料請求して、常盤台の先生方に文句を入れさせてもらうからな」
「何よりも先にそれについて少し話し合おうじゃないの」
はははは、とお互いにベンチ越しに笑いあう。数秒間笑ってから数秒間黙り、そしてもう一度笑ってから笑うのをやめるのを繰り返し、
「いや、俺マジだから」
「今、内申マジでヤバイのよ……!」
「ん? 聞こえんなぁ」
ベンチを回り込んで詰め寄ろうとする美琴から逃げる様にベンチの逆側へと、缶ビールを飲みながら回り込んで逃げる。そこから数分に及ぶ猫と鼠の追いかけっこが始まるが、最終的に傷口が開いて包帯が赤くなり始める事が原因で停止する。そろそろ真面目に話すべきか、と笑いの空気を軽く抜きながらベンチに座る。酷く疲労が体に残っているのは効率的に休んで、抜くしかない。そう思いながら軽く体を休める意味でも座り、そして口を開く。
「で?」
「……一方通行には勝てないのは解った。でもこのままで終わるわけにはいかない。私のせいで生まれた妹達なのよ、このまま生きる意味も解らずに死んで行くのだけは許さない。たとえ望まれていなくても、私があの命を拾い上げる。決めたの。進むの。終われないの。こんな所で膝を屈して止まる暇はない」
目の前でそう言い切る美琴の言葉には美しさすら感じた。向こう見ずな若者。そうとも考えられる。だけど、この瞬間、美琴は間違いなく彼女の”刹那”を守ろうとしていた。任されたことを守ろうと、ふらふらとしてる自分とは違って確固たる芯を持って、この状況に相対している。眩しいなぁ、なんてことを思いながら飲み終わったビール缶を近くのごみ箱へ投げ入れると、
「―――Shocking まさかそれだけ打ちのめされようとも諦めきれないなんてね」
学生服の上から白衣を着た姿の少女が新たにこの場にはいた。ウェーブのかかった黒髪に隈のある鋭い目つきの少女だ。おそらく歳は此方とそう変わりはない、ように思える。不動のまま、視線を彼女へと向けるが、美琴とは知り合いの雰囲気が流れている。警戒は必要ないな、と結論しておく。
「というかその言い方、まさか見てたんじゃ……」
「Indeed 大事な事だしね、見せてもらったわ。結果は残念としか言いようのないものだったけど」
「そもそもの発想が間違ってるんだよ。一方通行が一位って呼ばれてんのは研究への貢献だけじゃなくて、実力的にも最強だからだよ。アレを殺すには生活水に毒を混ぜて毒殺するか、あるいは初見必殺系の能力で戦闘が始まる前に殺すしかねーわ。まぁ、それもある程度は警戒してるから難しいんだろうけど。となると後は煙幕に毒ガスを混ぜて―――」
「怖い事を言うの止めなさいよ。合理的だけど」
はぁ、と美琴が溜息を吐く。しかしそれは諦めの溜息ではなく、体から力を抜くためのものだ。力を入れるには一旦、力を抜いて脱力させないといけない。力の入っている状態で更に力を込めれば体を壊すだけだ。それを知っているのか、美琴の脱力は短かった。次の瞬間には一方通行と相対する時に見せた戦意を瞳に漲らせていた。ここでは絶対に諦めない、命ある限りは絶対に戦い続ける。その覚悟が存在していた。
まだ未熟ではあるが、怒りに任せた暴走ではない分、数時間前の戦いよりは遥かにマシだろうと判断する。
「んで? これからどうするんだ? ん? また一方通行に喧嘩を売って俺に重傷を負わせることが目的じゃないんだろ?」
「根に持つわね……。潰すわ。研究所を。あの子達が関わってる研究所がいくつか存在するはずよ。それを片っ端から全て破壊するわ。関わる研究所とデータを全て破壊して、彼女たちを生み出している機械も破壊する。そうすれば研究の続行は不可能になるわ。幸い研究には電子機器を利用しているし、符丁も手に入れてるわ。あとはそれを利用してハッキング、施設の機械を全て同時にオーバーロードして自壊させればそれだけで破壊完了よ」
「流石常盤台女子、頭の周りが早いな」
あと物騒。
「こう見えてもレベル5なんだから馬鹿なわけないじゃない。というか、その言い方からして大分察せるけど―――」
それに対して勿論、と答える。
「お仕事にキャンセルが入ってないから続行だよ」
「……少しキレていないか?」
白衣の少女の言葉に多少はね、キレ気味に答える。身内の範疇にぶっちゃけた話、美琴は入ってはいないのだ。現状操祈に依頼されたから守っている、という部分が大きい。しかし、先程の戦いや心情を考えれば同情する部分もあれば、共感する事もある。仕方がない、という気持ちはある。当麻を呼び出せばそれだけでハッピーエンドに成りそうな気もするが、
絶対無敵のヒーローにばかり頼るのも間違っている。
運命は自分の手で切り開かなくてはならない。
「まぁ……護衛すんのは変わってないからなんだ。どっか突っ込むなら俺もセットって事だよ。出来たら治療の事を考えて一日は安静にしておきたいけど、どうせそんな時間はないだろうし、やるならサクサクやっちまおうぜ。面倒な事はさっさと終わらせるに限る」
「テロが面倒で済むあたり、頭が大丈夫かどうかを疑うわよね」
「おう、内申」
美琴が黙った。このレベル5に対して通じる武器を入手した様な気がする。小さくそのリアクションに笑い声を浮かべると、白衣姿の女が呆れた様な息を吐き、そして口を開く。
「……計画に関わっている研究所は全部で二十を超えるわよ?」
「上等。その程度なら私一人でもなんとかなるわ」
白衣の少女の言葉に、美琴は即座にそう答えた。迷いは一切存在しなかった。その応えに白衣の少女はふ、と短く息を吐き、そして白衣のポケットからメモリーディスクを取り出し、それを美琴へと投げる。受け取った美琴がそれを手にしながら、首を傾げる。
「Wait 絶対能力者計画に関わっている研究所のリストよ。そこに入っている施設を全て実験不可能な状況へと追い込めば、あるいは―――」
「……サンキュ、アンタにも事情があるんでしょうけど、ありがたいから聞かないでおいてあげるわ」
「目上の人間へは敬語」
そう言って白衣の少女が美琴の額を指ではじく。それを見つつ、やるべきことは決まったなぁ、と理解し、ポケットから最後の薬を、
痛み止めを取り出し、錠剤型のそれを口の中に放り込み、準備を完了する。
―――どうやら、まだまだ眠れない日々が始まりそうだった。
一度南の方で外で過ごしすぎた結果、背中全体が火傷で酷い事になったけど、あの痛みは地獄でした。
現在レールガンの部分やってるけど、一体何時になったら物語は進むのだろうか。もっと魔術と戦いたい今日この頃。