とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月十九日

 ―――一日休んだことで美琴は体力を戻していた。

 

 ちょくちょくホテルから出ては友人と会っていたことも黙認した。あまりほめられた行動ではないが、それでも彼女には必要な事だった。ホテルに戻ってくる頃にはスッキリとした表情を浮かべていた。ストレスは消えないし、解決はしない。だがそれでも精神的な強さが一段階上がったのは良い事だ。体力とは関係ない長期戦で必要とされるメンタリティ、それが少しずつ備わってきているのだ。それはきっと、宝物となって彼女を支えるだろう。

 

 故に準備は完了した。丸一日の休息を経て準備と回復は完了した。これ以上のろのろしている必要はない。時間は味方ではなく敵でもある。故にケリを付ける時は一瞬で終わらせないとならない。故に遅延はこれ以上は無理だ。今夜で終わらせる。

 

 ―――二十二カ所目の襲撃を開始する。

 

 

                           ◆

 

 

「さて、やりますか」

 

 再び夜、今夜の襲撃先である研究所の正面に立つ。そこに美琴の姿はない。もはや派手に美琴が動いている為、彼女への注目と対策は大きい。故に今までとは手法をガラっと変え、美琴は研究所の別の場所からこっそり侵入する事になっている。故にここにはいない。簡単な話、囮と本命。それに分かれているだけだ。自分が囮で美琴が本命。パーカーを被って顔を隠しながら、肩に持ち込みのグレネードランチャーを持ち上げ、

 

 それで研究所の入り口を吹き飛ばす。

 

「たーまやー」

 

 爆風と共に吹き飛ぶ研究所の入口、フェンスを確認し、研究所の敷地内に侵入する。爆風と共に出現し始めるドローンやセントリーガンを確認し、それに向けてグレネードランチャーを数発撃ちこみ、防衛装置を正面から爆破しながら進み、グレネードランチャーが弾切れとなったところで捨て、背中に背負っておいた二刀の処刑刃を逆手で掴み、握る。

 

「さて、これだけ派手に爆破すればこっちに目が向くだろ」

 

 全部とは言わないが、八割は此方へ向くだろう。この隙に動きだせば美琴も動きやすいだろう。そう思考しながら、動きを思考から切り離す。

 

 能力を発動し、二倍速を自分に発動させる。敷地を疾走しながらすれ違いざまにドローンを斬鉄し、真っ二つに裂きながら研究所の正面扉へと到達する。普通ならそのまま爆破して侵入するところだが、レベル2と成ればその必要はない。時間を止め、斬撃を振るい、

 

 音速の刃で扉もろともその背後の通路を纏めて薙ぎ払う。扉が粉砕するのと同時に、その奥に存在するドローンやセントリーガンが余波で粉々になりながら吹き飛ぶ。その中に時間を加速させながら突撃する。

 

「ハッハー! テロリストのエントリーだぁっ!! 俺、通りすがりのテロリスト!! 嫌いなものは共産主義と学園都市かな!!」

 

 一気に通路を駆け抜ける。注目を集める様に大声で叫んだ結果、声が研究所内に響き、反響するのが聞こえてくる。直進する通路を曲がった所で、銃を構える者が見える。引き金を引こうとしているのを視認しながら、射線を読み切って回避する様に十数メートルを一瞬で踏破し、すれ違いざまに四人の首を撥ね飛ばす。死体を蹴り飛ばす様に疾走し、奥に見える扉を蹴り飛ばす。

 

 研究所内の広い空間に出る。

 

 出た瞬間、気配を感じ、床を転がるように横へ一気に体を飛ばす。その動きと同時に一瞬前まで体のあった位置をビームの様な閃光が薙ぎ払い、鋼鉄の床を溶かしながら穴を生み出していた。その事に冷や汗を流しながらパーカーをもう少しだけ深くかぶりながら立ち上がり、攻撃のあった方向へと視線を向ける。

 

 視線の先、部屋の奥、壁際には一人の女の姿があった。ウェーブのかかった長い茶髪の女だ。服装は研究所には不似合いな薄紫のカジュアル姿で、どこかのお嬢様、たとえば常盤台にでもいそうな容貌の持ち主だ。しかし持ち上げている左上に収束しつつある光を見て、彼女が先程の剣呑な攻撃の主である事は明白だった。それに何より、彼女の顔には覚えがあった。

 

「―――レベル5の第四位、”原子崩し(メルトダウナー)”麦野沈利か」

 

「あぁ? 成程、それなりにこっち側を知ってるやつか。つーかその体格からすると三位を期待してたけど違うみたいだな。派手に暴れてたしこっちは陽動……別口で三位が突入して本命って所か。古き良き戦術とは言うけど、結局は看破されやすいから無駄骨よねぇ」

 

 最初から看破されることは解っていた。しかし作戦の目的は少しでも美琴の負担を減らす事なのだ。故に、沈利がここにいる時点で大成功と言ってもいい―――ただレベル5が防衛に回るなんてことは全くの予想外だった。

 

「ここにお前がいる時点で囮としては成功しているんだけどな」

 

「は? 何言ってんの? ソッコで死ぬんだから失敗だろ?」

 

 言葉と共に原子崩しの閃光が放たれた。ノーモーションから放たれたそれを呼吸から読み取り、先行して回避動作に入っている。故に閃光は一メートル程横を突き抜けて行くだけ。それに合わせた加速しながら一気に沈利の接近する。その動きに一秒も必要はない。一瞬で沈利の横へと到達し、その首を刎ね飛ばす為に右の刃を一閃させる。

 

 それを沈利がダッキングで回避する。

 

 その顔には笑みが浮かんでいる。

 

 開いている左刃で掬い上げる様に刃を振るう。その動きに反応するかのように閃光が、原子崩しの光が収束し、刃とぶつかり合う。初撃程の威力はないが、防御するには十分すぎる程凶悪。それが左の刃を弾くのと合わせ、原子崩しとは別に沈利の拳が迫ってくる。

 

 それを足の裏で受け止め、そのまま足場にして体を後ろへと飛ばす。追撃するかのように原子崩しが連続で放たれ、着地点を狙って来る。その連続射撃を自身の落下を加速や停滞させる事によって不規則化させ、攻撃を外し、床に着地すると同時にサイドステップを取って薙ぎ払いを回避する。そうやって三十メートル程の距離を沈利との間に作りながら、フードの下で流れる冷や汗をどうにか抑え込もうとしつつ、思考を巡らせる。

 

 ―――この女、戦い慣れてやがる……!

 

 施設の防衛を、しかも”妹達”に関わる様な所を守るなんて、おそらく真っ当な背景はないだろう。何より”原子崩し”に関しては自分も良く解っていない。知っているのは光線を相手が放てるという事実ぐらいだ。しかし、能力は回避すればいいとして、問題なのは彼女の戦闘技術だ。戦い慣れている、その一言に尽きる。これがまだ美琴レベルの戦闘経験なら加速と停滞と停止のコンボで斬首できるが、目の前の相手にはそれを覆しそうな雰囲気がある。

 

 そして、経験から来る勘というものは一種の予知にも通じる真実がある。

 

 故に速攻で首を刎ねるという選択肢を捨てる。加速するか、或いは相手を止めて首を刎ねる。結局は相手を一撃で殺すという事を念頭に置いたスタイルで、攻撃手段がそれしかないとも言える。故に相手が数少ない時に対する抵抗を持つ存在か、あるいは時への干渉を戦闘経験でカバー出来る様な修羅―――それに対しては決定力に欠ける。

 

「つまり、麦野沈利は面倒な女って事か!」

 

「おおい、今テメェの頭の中で何が起きた」

 

「いや、褒めてるんだよ。だけど最近は格上ばかりで気持ちよく死んでくれる相手がいないのが残念だわ。お前も気持ちよく死んでくれれば助かるんだけど?」

 

「決定力に欠けてるやつには無理だな」

 

 バレてる。しかしある程度は予想通りだ。それに美琴へとこいつをたどり着かせなければ成功とも言える。千日手は好都合だ。何より逃亡に関しては時間を操れる分、此方の方が遥かに有利なため、撤収は美琴が完了次第直ぐに行える。となるやる事はおのずと決まってくる。排除する事を徹底的に諦めた停滞戦術を選べばいい。加速して攻撃をし、遅延して攻撃を回避して、時を止めて隙を作る。死んだら回帰してリセット。幸い防御面に関してはそれにだけ集中すれば一方通行よりも手段は豊富であると自負している。

 

「で、死ぬ覚悟は出来たか?」

 

「そもそも死ぬ覚悟の出来てない様な奴が此方側に踏み込むかよ」

 

「違いないなぁっ!」

 

 楽しそうに笑いながら今までよりも出力を上昇させた原子崩しが床を薙ぎ払いながら放たれる。それが衝突ではなく正面の床を破壊するのを射線で把握するのと同時に、横へと向かって加速したまま体を飛ばす。薙ぎ払われた床から原子崩しが壁の様に噴出し、沈利と此方側を完全に遮断する。遠距離攻撃手段を持たぬ此方を一気に封じ込めたまま殺そうとしているのは理解できる。

 

 故に壁に着地し、

 

 そのまま壁を上へと向かって走る。

 

「忍者かよ」

 

「ニンニン―――といえば満足かよあァ!?」

 

「なんでキレてんだよ」

 

 ノリだよ、と答えながら原子崩しの障壁を超える高さへと到達し、一気に壁を蹴ってそれを飛び越える。それを狙ったかのように原子崩しが放たれる。それを落下を加速させる事で回避するが、二射目を沈利がカードの様な道具を正面へと放り投げながら放ってくる。

 

 放り投げられたカードは崩れる様に無数の三角形になり、

 

 それを通す様に放たれた原子崩しが拡散し、無数の光となって襲い掛かる。

 

 狭い空間を埋める様に存在する無数の閃光、それは一本一本が矢ほどの太さしかないが、それでも一撃喰らえばそれだけで防ぎようのない死が待っている究極の破壊だ。それこそ防げるのは美琴の電磁バリアか、あるいは一方通行の反射ぐらいだろう。最良なのは回避する事だが、それが出来る程隙間はないし、着地先にも無数の閃光が存在する。

 

 故に、時を止める。

 

 空間の時を止める事は出来ない。まだ限界として物体ぐらいだ。それに高位の存在へと時間による干渉を行えば、力技で突破されてしまう。依然、機を狙って止めるぐらいしか出来ない。それでも、一度手から離れた原子崩し程度であれば問題はない。空中で拡散し、襲い掛かってくる原子崩しの時間が停止し、固まる。動きはなく、脅威も存在しない。故に触れたら確実に死亡できるその原子崩しそのものを足場として疾走する。

 

 自分の武器を足場にして迫ってくる存在に対して、沈利が浮かべるのは笑みだ。

 

 跳躍するのと同時に原子崩しの時が戻り、拡散した閃光が背後で壁や床を貫通しながら破壊を巻き起こす。それを認識しつつ視線を正面、沈利の方へと向け、跳躍から壁へと足場を変え、背後から急降下する様に首を狙って疾走する。

 

 それを待ち望んでいたかのように、沈利の姿が爆発した。

 

 否、爆発する様に加速した。

 

 原子崩しの力を破壊ではなく、加速の為に使った。数十倍の加速、逸れこそ初速の為に沈利自身がある程度のダメージを喰らう程の速度、それで沈利が一気に背後へと周りこむ。前方へと突き進むこの体の慣性は止められず、横目で確認する背後の存在は、深い笑みをサディスティックに浮かべながら攻撃の為に振り下ろす準備を完了している。

 

 勿論、その手には破壊の光を握りながら。

 

「タイム」

 

「タイムはなし!」

 

 振り下ろされるのと同時に自身の握る刃の時を止め、その刃を交差させるように背後に回す。時の止まった刃に閃光がぶつかり―――質量差に勝てず、刃が背中に食い込み、押し込まれ、体が前方へと向かって吹き飛ばされる。口から血反吐を吐きだしながら背中に食い込んだ刃を引き抜き、斬撃と打撲と火傷の痛みを背中に感じる。床の冷たさから解放されるためにも床を叩く様に体を持ち上げ、飛ばす様に横へ体を投げる。

 

 次の瞬間、追撃の閃光が床を撃ち抜いていた。回避が成功したことに安堵しつつ、バックステップを取って沈利と距離を取りつつ、刃を握り直し、構え直す。パーカーはぼろぼろ、顔は辛うじて隠れているという状態、素肌が若干露出している。危ない危ない、と胸中で呟きながら視線を上げると、沈利が油断なく構えているのが見える。

 

 ―――慢心しないかぁ……辛いなぁ……。

 

 火織とも、一方通行とも別タイプだ。ある意味堅実でもあるとも言える。さて、どうするべきだろうか、と思ったところで、沈利の声が聞こえる。

 

「根性があるのは嫌いじゃないけど、投降した方が少しはマシかもしれないわよ。ま、命以外の全てを失うけど」

 

「はぁ?」

 

 時を巻き戻し、先程の攻防の前の状態へと自分自身を巻き戻し、刃を数度振るって調子を確かめ、完全である事を確認する。研究所内、別のエリアで爆発が聞こえる。おそらく美琴が戦闘しているのか、或いは目標の破壊に成功しているのだろう。軽く驚いたような表情を浮かべている沈利の姿を確認しつつ、左手で刃を握ったまま、中指を突き立てる。

 

「千日手は特技なんだよ。それよりもいいのか? 急がないとオタクのお仲間ウチの子を相手に全滅しちまうぜ? 俺みたいな一撃特化は攻略の道筋に”ハマる”までが面倒だぜ。まぁ、レベル5がレベル2にボロ負けしまたとか、判定負けしましたとか恥ずかしくて言えないもんな、仕方がねぇーよな。サービスして欲しかったら金髪巨乳になって出直してきな」

 

「安い挑発だけど―――上等、ぶっ殺してやるよ……!」

 

 戦闘続行―――そう思った瞬間、

 

 研究所が激震した。




 獣黄昏の人は出そうかと思ったけど、尺の都合上18日はカットして出番は未来へ飛ばされましたとさ。ヒントは金髪と槍だよ。

 寧ろループものでアレが関わらないとでも。

 それにしても怒りの日のクラファン、すげぇことになってるなぁ。6000万行けそうだなぁ、この調子だと。

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