とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十日-Ⅲ

『君には魔神へと至る為の下地が存在する』

 

 俺にどうしろというのだ。

 

『魔神の敵と成り得るのは同じ領域の存在。故に君は魔神に至らないといけない』

 

 それは解った。

 

『目標の達成には何よりもそれと、その体に流れるアレイスターの血を抜かなくてはいけない』

 

 そしてオッレルスはこう言った。

 

『準備が、或いは覚悟ができたら俺を呼んでくれ。学園都市内であれば基本、どこにいても即座に駈けつけられる』

 

 オッレルスはその言葉を継げると、学園都市のどこかへと姿を消した。その前に受け取った、記号の刻印された宝石はアレイスターなる黒幕とのつながりを妨害し、尚且つ捉えられなくする為のジャミング用の魔法の道具らしい。それを持ち歩いている間は監視されることも、思考を妨害される事もない。だからそれを持って、何時も歩き回っている街並みを歩く。ただ、その景色は何時もと違って歪んで見える。

 

 何故、何時もは輝いて見えたこの景色が歪んで見えるのだろうか。

 

 ゆっくりと、一歩一歩自分の存在を確かめる様に歩いていると、歩きながら様々な思考が脳内を駆け巡る。その最たるものが”自己”に関する事だ。今になって急に頭の中が晴れたかのように、考える事がある。学園都市に来る前はどんな生活をしていたのか、母はどんな人物だったのか、父はどんな人物だったのか。

 

 そもそもなんで偽名を使っているのか。本名は何だったのか。それすら忘れていたことを忘れていたのか、と。

 

「最、悪……だな。生きてすらいねぇじゃん……俺」

 

 軽く笑う様にそう呟き、人ごみの中へと混ざるのが嫌で、路地裏へと入り込む。そのまま数歩よろよろと歩いたところで、壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込む。考えるのが億劫になって来ていた。考えれば考えるほど、頭には疑問ばかりが生まれて行く。そしてそれに対する答えが出ない。いや、オッレルスなら教えてくれるかもしれない。だけど、その事実を受け止めるだけの精神力が今の自分には存在していなかった。考えれば考えるほど、怖くなってくる。それに、

 

「今の今まで借り物の力でドヤ顔をキメて戦ってたと思うと死にたくなるな……」

 

 アレイスターという学園都市でもかなり偉い人物の力を今までは使っていたらしい。本来、なにも修練していない状態だと加速と遅延ぐらいしか出来ないらしい。なのにそれ以外が使えるというのは、明らかなテコ入れが存在するからだ。そしてそれに気づかず、自分の力だと騒いで、はしゃいで、かっこつけて、頼って―――考えれば考えるほど死にたくなる。今まで、一体何のために頑張って、そして生きてきたのだろうか。

 

 解らない、全く分からない。

 

 判断する基準や、そもそもの価値観さえもゆがめられ、望まれた通りだったとしたら、一体”自分”という存在はどこにあるのだろうか。本当にこの意思は自分のものだと言い張れるのだろうか。少なくとも、今の自分にはそんな自信はなかった。俺の意思は俺のものだと、そう言い張れるだけの根拠がなかった。いや、人生を全否定されて自殺していないだけマシなのかもしれない。そう思うと少しだけ心が軽く―――なるわけがない。

 

「あー……クッソ、考えなきゃ……」

 

 再び立ち上がりながら、一人で考える場所を求めて路地裏のへと進む。もっと人気のない方へ、静かな場所へ、そこでゆっくりと考えよう。少なくとも、今は誰かと会う事の出来る様な心境じゃなかった。きっと、操祈は心配してくれた上に肯定してくれる。たとえ自由な人生じゃなくても、それは彼女が選んだから意味があると。きっと当麻は怒ってくれる。今までの人生が幻想だと思うなら、それが砕けない事を証明してくれると。あるいは他にも心配してくれる人がいるだろう。

 

 だけど今、そういう人たちの前に胸を張って立つ事は出来ない。自分という存在には自信も誇りも持てない。望まれた通りの傀儡出会った事、ただの舞台装置の人形である事が腹立たしく、そして失望していた。溜息を吐きながら路地裏の奥へと進み、

 

 そこで屯っているガラの悪い男たちを見つける。

 

「―――お、ちょうどいいところに来たじゃねぇか。ヘヘ、ちょうど金が欲しいと思ってたんだよ」

 

「おいおい、またカツアゲかよ」

 

「いいじゃねぇか。オラ、何見てるんだよ。さっさと金出せよ」

 

 ガラの悪い三人組、その姿へと視線を向けてから溜息を吐き、無言のまま横を抜けようとする。それを阻む様にスキンヘッドの男が回り込み、進路を邪魔する。到底、誰かと話す気分にも関わる気分にもなれない。その横を抜けようと歩き出そうとし、

 

「何無視してんだよテメェ!」

 

 拳が振り上げられる。遅い。火織や一方通行、沈利と比べれば稚拙としか表現のしようがない拳だった。動き出してから回避できる。だけど、こういう手合いは圧倒的な恐怖を叩き込んでおけば、もう二度と同じ事を繰り返さないだろう。そう思考し、能力を発動させて遅延させようとして、

 

 思考が固まる。

 

 超能力も結局は開発によって生み出された物。

 

 望まれて生み出された物。

 

 与えられた力。

 

 そう思考すると、目の前に拳が迫ってきているというのに、一切能力を使う気にはなれなかった。時の加速も、遅延も、逆行も、停止も。全ては脳の開発に酔って生み出された、計画通りの力。人生を舞台装置に組み込む為に開発された能力。

 

 ―――そんなもの、使いたくない。

 

 そう思った直後、拳が顔面に叩きつけられた。

 

 

                           ◆

 

 

「ち、三万しか入ってねぇのかよ」

 

「今度はもうちょっと多めに入れろよー」

 

 笑いながらガラの悪い三人組が表通りへと向かって消えて行く。仰向けに路地裏に倒れつつ、影のおかげでまだ冷たい路地裏の大地の感触を背中に感じ、かっこ悪い、と胸の中で呟く。不安になって、腐って、怖がって―――まるで昔に戻ったかのようだった。能力が上がらない事に腐っていた時代。だけどアレも計画の内だったのだろう。腐って堕落し、そこから這い上がる事でさえ定められたレールの上。

 

 自由意志なんてない壮大な牢獄(ゲットー)から抜け出せない。

 

「あー……痛い……なぁー……」

 

 治療する気も、立ち上がる気にもなれない。このまま目を閉じて考える事を止めてしまえば楽になるんじゃないか。そんな事さえ思い始めた。不良程度になすすべもなく負ける様な雑魚が立ち上がって一体何をするんだと。それとも忘れてしまえばいいのだろうか。貰った宝石を砕けば、また今まで通りの日常へと戻れる。

 

 ―――でもきっと、それは今まで通りではないのだろう。

 

「クソ! クッソォ! クソがァ! 解ってるよ!! 解ってるさ! 悩んでもクソみたいな事しか思い浮かばねぇって! だけどどうしろってんだ! なんだよ魔術で神になるって! 人生は決められていたって! 馬鹿みたいな化け物相手にどうしろってんだ! 好きだって気持ちさえも疑わなきゃいけないってどういう事なんだよ! クソがクソがクソがァ!!」

 

 叫び、立ち上がろうとし、そのまま動くのを止め、

 

「クソが……解ってるさ。立ち止まっていてもしょうがないって……このまま忘れて生きるってのが間違ってるって……」

 

 でも、人生はそう簡単に割り切れない。今一歩狂人の領域に踏み出せない。まだ超人の領域。人生を否定されたら”あぁ、そうでしたか。じゃあ死ね”で済ませられるほど心は怪物となっていない。或いはオッレルスがそういうタイプなのかもしれない。だからまた立ち上がって戦えるのかもしれない。ただ、聞いてすぐってのはちょっと無理だ。一日待て、とは言った。だけど本音ではもうちょっと時間が欲しい。

 

 時間が、欲しい。時が止まって欲しい。無理だって解っている。正しい事でもない。だけど時が止まって欲しいと思う。そうすればできる事は増えるし、問題だって解決できそうだし、選択肢が増える。何よりも楽しかった時間が、楽しい時間が永劫に味わえる。だから、

 

「―――時よ止まれ、お前は何よりも美しいから」

 

「うわっ、クッサイセリフですね、軽くドン引きです。とミサカは辛口に評価します」

 

 返答があった。

 

 それは良く知っている声だった。

 

 頭を動かして視線を路地裏の入ってきた方へと向けると、そこには御坂美琴とよく似た少女の姿が、妹達(シスターズ)の一人の姿があった。その手の中には奪われたばかりの財布の姿があり、それを片手で握る妹達(シスターズ)は近づいてくると軽くしゃがみ、胸の上に財布を置いてくれる。態々取り返してくれたのだろうか。正直、今となってはどうでもいい話だ。

 

「パンツ見えてるぞ」

 

「……? つまりはどういうことですか、とミサカは疑問を浮かべます」

 

「羞恥心ないのかよお前。慎みを持て、慎みを。淑女ってのは慎みから生まれるもんだ。そして慎みのあるなしは人の品格に繋がるもんだ。もっと人間らしくありたいなら慎みや人間らしさを研究してみろ」

 

 ―――他人に偉そうに何を言っているんだ俺は。

 

 人に何かを言えたような立場じゃない。人間らしさから程遠いのは自分ではないだろうか。誰かと会い、話すのは億劫だから嫌だった。だが実際に話してみると、そこまで悪い気分じゃなかった。いや、精神状態がダントツに最悪である事に変わりはない。ただ、依然パンモロでしゃがんでいる妹達(シスターズ)には親近感を覚えるのは事実だ。

 

 計画と研究の為に生み出された舞台装置。

 

 単価18万の人形と、リセットの為に用意された人形も、結局は同じ人形だったわけだ。

 

 となると、聞きたい事が出てくる。

 

「なぁ、妹ちゃんよ」

 

「あまり接点がないクセにえらくフレンドリーに話しかけてきますね、このヒモは、とミサカはセメントに対応します」

 

「なぁ、お前、計画の為に生み出されて、んでその通りに生きる事に疑問を持ったことがあるか? なんか、感じる事はないのか?」

 

 たぶん、聞く相手が間違っている。話している相手は人形だ。計画の為に使い捨てられている人形で、自己の価値を18万程度にしか思っていない存在。だから聞くだけ無駄なのだろう。だけどそれでも、聞いたのは間違いなく、

 

 今、この場で、聞こえる、或いは見える形で何らかの”救い”が欲しかったからだろう。

 

 ただそれを理解しているのかどうかは解らないが、妹達(シスターズ)は首をかしげるとそうですね、と呟く。

 

「ミサカは絶対能力者計画の為に生み出されたお姉さまのクローンです。単価18万程度の価値しかなく、使い捨てだけどコストパフォーマンスに優れている優秀なクローンであると認識しています。なのでその為に生み出されたミサカは本望です。計画通り消耗されることに関しては特に思う事がありません。”そういうもの”であると納得していますから」

 

 やっぱり、期待するだけ無駄だった、

 

 そう思った直後、

 

「―――でも、こうやって私達が頑張っているおかげで救われる人や救われる姉がいるって事を考えると意味があるんじゃないかと私は思うよ? /return」

 

 だって、

 

「計画の為に生み出されたとしても/return、結局白痴のままじゃないし/return。殺されるたびに新しく生まれて覚えてそしてその為に生み出されても一緒に頑張ろうって決めてるんだから/return。重要なのはなんの為や何でとかじゃなくて今、自分がどんなことを感じて、どうしたいかなんじゃないかな?/return」

 

 だから、

 

「自由や計画や意味とかは全部無視して、その胸にあるその気持ちはどうなの?/escape」

 

「気持ち……」

 

 妹達(シスターズ)の言葉に自分の気持ちを確かめる必要なんてない。胸の中に渦巻くこの感情はずっと、話を聞いてから存在していた。

 

 即ち、怒り。

 

 なんだこんなに悩まなきゃいけないんだ。勝手に俺の人生を決めるな。俺の人生は俺のものだ。干渉するな。ふざけるな。

 

 悩み、戸惑い、そして自分が解らない。

 

 それでも、怒りだけは絶対に消えていない。何もかも投げ出したくなって自分の事がどうでも良くても、それでもこんな理不尽を生み出した張本人に対する怒りの炎は絶対に消えず、燃え続けている。認めない。認められない。断じてこんな事実を、現実を認められない。

 

 ―――それこそ元凶をぶっ飛ばさない限り、永遠に晴れない怒りがそこにはある。

 

 目を開き、キョトンとした表情で首を傾げる妹達(シスターズ)を見る。それを受け取った妹達(シスターズ)は軽く首を傾げる。

 

「おや、先程まで大事にしていた家宝がモヒカンの到来によって火炎放射器にされてしまったような表情を浮かべていたのに、何時の間にかギラギラとした目を浮かべる様になっていますね、とミサカは評価します」

 

「……思ってたよりも俺が単純だった、ってだけよ」

 

 息を吐きながら立ち上がり、財布をポケットの中に入れる。今までずっと倒れていたこともあって、軽く体のあちらこちらが痛みを訴えているが―――この痛みは生の証明でもある。痛みが生きている、という事を証明してくれている。今はそれでいい。痛みを感じない人形ではない。それさえわかればそれでいい。

 

 深く考える必要はない。

 

 解らないならゆっくり考えて、答えを見つければいい。

 

 それはまでは怒りを胸の中で燃やし続ける。

 

「妹ちゃん、ちょっと頼みごとを頼んでもいいかな?」

 

「体の事以外なら大体なんでもオッケーだとミサカはサムズアップしながら伝えます。地味にサムズアップしながら仕事を引き受けるのはミサカのやりたかった事リストの上位に入るのでご満悦であるともミサカは報告します」

 

 お、おう、とドヤ顔の妹達(シスターズ)にちょっとだけ引きつつも、伝える。

 

「操祈の事をよろしく頼む。アイツ、ああ見えて何だかんだで寂しがりだからな。偶に遊んでくれたら嬉しいわ」

 

「自分でやれ、とミサカは率直に言います。ですがその様子からすると何やら事情がありそうですね、とミサカは言葉の端から察します」

 

 どこまでも話し方が独特な少女の姿に苦笑しつつ、少しだけ軽くなった心で答える。

 

「―――俺は魔神を目指すよ。その為に学園都市を出る」

 

 漸く、

 

 漸く、長かったプロローグが終わり、

 

 そして本当の意味で歯車が動き出した。

 

 この瞬間、全てが始まった―――直感的に、そう感じた。




 漸くプロローグ部分が完了。ここからが本当の修羅道だ。

 ループ前提のお話だから記憶継承している連中(主に魔神連中)の立ち位置や出現場所が大きく変わってくるよ!!

 ところでヒロイン交代しそうな気配があるんだけどどうなってんだ。

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