とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十日-八月二十二日

「―――選んでくれたか」

 

「あぁ、高みの見物を決め込んでるクソ野郎の顔面に一撃を叩き込む。顔面を陥没させるぐらいブチ込んでやらなきゃ気が済まねぇわ。まだ魔神とか魔術の事とか良く解ったわけでもねぇし、お前の事も百パー信用している訳じゃねぇ。だけどとりあえず自分がブチギレてるってのだけは理解した。だから殴り飛ばす為に必要な事を成すぜ」

 

「そうか。いや、それでいいんだ。こっち側へついて来れればそれだけで意味があるからな。最悪魔神に至らなくても、リセット阻止の意味も出てくるけど―――まぁ、それは今はいいか。どうせ話す時間は腐るほどある」

 

 オッレルスの名を呼ぶと、煙草を咥えて姿が参上する。どうやら直前まで喫煙所で煙草を吸っていたらしく、服には軽く煙草の臭いが染みついている。しかし瞬間移動ばりに急に出現したり、音声を拾えたり、どう見ても技量が人間の領域を突破している、としか評価ができない。まだ少し困惑、というか迷いが胸にあるが、それでもオッレルスを測る程度の冷静さは戻ってきた。それがオッレルスの立ち振る舞い、動きに鍛え上げられた修練の跡を感じさせる。

 

 既にカツアゲ被害から一時間が経過している。ギターケースにショルダーバッグ、生活に必要なものは全て揃えてある。これ以上する事も、持つものもない。これさえああればどこへでも生きていける、そういう風にコンパクトに荷物は纏めてあるのだ。だからこれ以上、学園都市に残る必要はない。

 

「学園都市を出る時は気付かれない様に一瞬で外に出るし、一度出たらもう戻るつもりはないぞ。誰かに挨拶、或いは用事があるなら今の内に消化しておいた方がいいぞ。シナリオから逸脱すればするほど無事かどうかか解らなくなってくるからな。もしかしてこれが今生の別れになってしまうかもしれないぞ」

 

「その時はその時でしゃーないさ。何だかんだで広くて浅い縁しかないしさ。当麻は勝手にやってるだろうし。妹ちゃんはどうやら助かるみたいだし。一方通行死ねクソ。ついでに原子崩しも腹痛で死ねカス。操祈に関しても自信を持って好きだって今は言えないから会うだけで辛いしなぁ―――」

 

「さらりと毒を吐く辺りが実に君らしいよ」

 

 サムズアップを向けてからハイタッチを決める。オッレルスだが、割とノリは良い方の様だ。とりあえず学園都市を出る準備は完了した。あとは本当にここを離れるだけだ。そう思い、振り返り、長い時を過ごした学園都市、その一角の風景を視界に収める。何だかんだで学園都市には世話になっている―――人生が決められたものだとしても、過ごした時間までがなくなるわけではない。

 

「後悔しているのか?」

 

「いんや……いや、やっぱあるわ。ちょこちょことな。そりゃあ人間だもの。後悔がないって言えばウソだろそれ」

 

 そう、人間なのだ。なんだかんだで記憶が確かなのは小学生ぐらいの頃―――そのころから学園都市にいたのだ。その前はどうだったかは解らないが、この小さくも大きな都市は間違いなく自分の故郷なのだ。それからいきなり去って行くのだから、やりたい事、やりたかったことがたくさんある。だけどそれよりも優先したい事があるのだ。そしてすべての選択肢を選べるほど人間は万能ではない。限られた選択肢を選ぶことしか出来ない生き物だ。或いは、

 

 このアレイスターなるクソ野郎は、その選択肢を選べない事が嫌だったのかもしれない。

 

 そう思うと―――憐れに思えてくる。

 

「ま、ある程度の折り合いは出来ているし、永遠に会えないって訳でもないし。努力を忘れず、腐る事さえ許さなければどうにかなるだろ。そ、信じていれば夢は何時か叶う。人間、努力を諦めなければ何時かどうにかなる、そういうもんだろ」

 

「根拠がない事は別段褒められた物じゃないと思うけどね」

 

 別段根拠がない訳でもない。実際アレイスターの差し金とはいえ、当麻の様なヒーローはいるし、自分や一方通行の様な存在だっている。レベル1から5へと駆け上がった美琴だって存在する。そういう事を考えれば、人間には十分可能性が秘められているってのは解る。だったら後は精神が折れない様に努力し、足掻き続けるだけだ。その研鑽の果てに結果が生まれるのだ―――今の様に、予想外な形という事もあるのだが。ともあれ、

 

「何時までも学園都市にいる訳にもいかないだろ。そろそろ行こうぜ」

 

「それもそうだな。見つからずに学園都市から出るから掴まってくれ」

 

 言われるままに差し出されたオッレルスの二の腕を掴む。それを確認したオッレルスが虚空を見つめ、小さい声で何かを呟く様な仕草を取る。その虚空を見つめる目は碧眼で、人に非ざる色を含んでいる。本当に人間なのだろうか、なんてことを疑っている間に、景色は切り替わる。人のいない路地裏から空間がスライドし、流れ、そして変わる。学園都市の何時もの路地裏から、もう少しだけ気配の少ない、見慣れない路地裏へと場所は変わっていた。

 

「学園都市の脱出完了―――しかしアレイスターの事だ、おそらくこのまま国内だとそのまま補足されるな」

 

「うわぁ、瞬間移動がマジで出来るのか。魔術すげぇ」

 

 超能力は特化、魔術は臨機応変、という言葉を誰かから聞いた。条件さえ整えば多くの現象を可能にするのが魔術らしいのだが、こうやって瞬間移動とか簡単にやってのけてしまうとやはり、魔術に憧れる所は多い。ただ、超能力用に開発された人間が魔術を使おうとするとバクハツシサンして死ぬらしい。その事を考えると、本当に魔神に至る事が出来るのか、ちょっと疑わしいものになる。しかしオッレルス程の男が何の対策もなしに、とも思えないから、

 

 そこは信じるしかないのだろう。

 

「さて、ここからはタクシーでも拾って空港へ行くか。チケットは簡単に手に入れられるだろうし、国を出てさえしまえばある程度は此方のものだ。まぁ、時間も確保できるしなんとか―――」

 

「ないです。パスポート、ないです」

 

「……」

 

 国外逃亡、一手目から詰む。

 

 

                           ◆

 

 

 オッレルスは魔神のなりそこないである。

 

 多くの魔術に関する知識を詰め込み、そしてそれを極める事で魔神という存在になれるらしい。少なくとも詳しい事を聞いていない為、その程度の認識しかない。しかし魔神へと至れば、ガラスを砕く様に世界を砕く事が出来る、そんな力を手にする事が出来る。魔術師として力を求めるのであれば、その果ては魔神であり、そこが終着点とも言われている。つまりオッレルスの脳にはデータベースとも呼べるほどの魔術の知識が入っており、それらが極められている。

 

 RPG系のゲームで言えば覚えている魔法の習熟度が全てカンストしている、そんな状態になっている。

 

 故に、条件さえ整えればオッレルスには多くの事が出来る。攻撃は勿論、転移移動や時間軸を無視した攻撃、感知、結界、治療、それを魔術として自由に行使する事が出来る。つまりは、飛行機がなくても移動する手段がオッレルスにはあった。

 

 ―――魔獣召喚による飛行移動。

 

 即ち密入国。

 

 即ち空路の様で陸路。どういう事だ。

 

 オッレルスの本来の計画であった飛行機のファーストクラスで海外逃亡とかいう夢は消えた。

 

 ロシアの上空を領域侵犯無視でぶっちぎって目的地へと向かうという壮大な大事件を経験するハメになった。

 

 オッレルスの召喚した大怪鳥の背中に乗って日本からロシアへ、時折休息の為に雪の降る大地に着陸しながら数日をかけて、そうやってパスポートがなかったから、という理由で凄まじい大冒険を経験する事になった。道中知らない魔術師に襲われたり追われたり、飛行中の戦闘機にエンカウントする等という凄まじい事故に発展しながらも、

 

 寒さに耐え、追手から逃げる、そんな辛い数日が経過する。そしてついに到着する。

 

 

                           ◆

 

 

 森の中に隠れる様に大怪鳥を着陸させるとそれから降り、オッレルスがそれを消し去る。直ぐ近くに空港が存在するが、此方が見つかっているような気配はない。ずっと張っている事は無理だが、それでもステルス化できる魔術が存在しているらしく、学園都市に入る時はそれを使用したらしい。だったら飛んでいる間ずっと使えよ、とも思うが、

 

 魔術は居場所や時間、星の巡り等にも影響されるらしく、どんな時に好きな風に使えるものではないらしい。あらかじめ道具が必要だったり、と超能力よりも制限が存在するとの事。そういう制約を一切無視し、無限の力を発揮するのが魔神である。

 

 そりゃあ魔神を目指すわ、と納得の内容だった。

 

「―――おかしいなぁ、本来はファーストクラスでキャビアでも食べながら到着するはずだったんだけどなぁ……」

 

「パスポートを作らせなかったアレイスターが悪い。つまり全部アレイスターが悪い。おのれアレイスター、絶対に許さないぞアレイスター、アレイスター死すべし。この恨みは末代まで絶対に忘れないぞ」

 

 オッレルスの苦笑する様な笑い声を耳にしながらも、森の中から人目に付かないように出て、そのまま空港の駐車場付近へと移動する。流石は外国、周りを見ても外国人しか見当たらない。聞こえてくる言葉も英語がほとんどで、英語を全く知らない身としては若干辛い。こんな事があるのであれば、予め英語を習っておけば良かったと軽く後悔する。しかし、後悔してもしょうがない。後悔した分だけ努力をすればいい、と決断し、視線をオッレルスへと戻す。

 

「えーと……ここからどうするんだ? 確か俺を預かってくれる場所へ行くんだよな」

 

「正確には一時的に席を置く場所だね。おれと一緒に絶え間なく世界を移動し続けるのは実際オススメできないしね。定期的に会いに行くつもりではあるけど、それでもとどまりすぎると狙われるし、それに魔術世界の所属だがなんだかでめんどくさい事になる。だから君と教材を置いたらそのまま次の目的の為に行ったり来たりを繰り返す事になるよ」

 

「ほえー……」

 

 忙しい、というよりは仕方がない、という部類だろう。力があればそれを警戒する人間が出てくる。核兵器を持っている国を他国が警戒するのと同じような理由だ。だからオッレルスが悪い訳ではないが、それでもここまで連れてきておいて、直ぐにいなくなることを宣言するのはちょっと人としか大丈夫か、という感じに疑う。それを察したのか、オッレルスが小さく笑いながら言葉を漏らす。

 

「安心してくれ、ここには妻がいるし、何よりも第三次世界大戦がはじまる頃には俺と同じ領域には立てている筈だ。時の彼方へ消え去ったとしても、元がどういう存在であったか、それが消える訳じゃない。だからそこまで心配する必要はないよ」

 

「……おう」

 

 オッレルスのその言葉に頭の後ろを軽く掻く。まるで子供の様に扱われている事には些か不満だが、何だかんだでこの男には自分よりも遥かに記憶している年月が多いのだ。だとすればそういう態度にも些か納得はいくが、それでもなんというか、この年齢で子ども扱いされるのは少々むっと来る。

 

 それこそが子供らしさなんだろうから、絶対に表情に出す事なんてはしないが。

 

「っと、迎えが来た見たいだね」

 

 そう言ってオッレルスが視線を向けた先、

 

 ―――馬車が空港にやってくるのが見える。

 

 その姿に軽く引きながらも、馬車は御者にしっかりと手綱を握られ、ゆっくりと近づき、そして自分とオッレルスの前で停車する。一目で高級品だと解る黒塗りの馬車は傷痕が一つも見当たらない程に綺麗ではあるが、それでもアンティークに通じる歴史の様な風格を持っていた。理解は出来ないが、おそらく魔術で何かをやっているんだろうなぁ、なんてことを予想し、視線を馬車の入口へと向けると、

 

 その扉が開く。

 

 その向こう側にたのはベージュの修道服姿の女だった。長く、綺麗な金髪を持つのは十八歳ぐらいの少女の様にしか見えないが、馬車の中に座る彼女は気品の様なものに溢れていた。此方、そしてオッレルスへと視線を向けた彼女は笑みを浮かべ、そして口を開く。

 

「―――Hello Ollerus, it seems as though you were late reaching here」

 

「Sorry Laura, I couldn't see that we would have problem coming about the passport. We had to fly over Russia to reach here」

 

「Oh well then, I guess I can hear some funny stories about your flight then」

 

 英語だった。完膚なきまでに英語だった。オッレルスも英語で返してしまっている為、会話の内容が一切理解できなかった。やべぇ、と思い、二人の話が途切れたところで、片手を上げてアピールする。

 

「すいません、何を喋ってるか一切解らないんでジャパニーズでお願いします」

 

 その言葉に金髪のシスターと、そしてオッレルスが小さく笑い、そしてシスターが此方へと視線を向ける。

 

「―――イギリスへようこそ、イギリス清教は汝を歓迎するわよ」

 

 そう言われ、改めて今、自分が何処にいるのかを認識し、

 

 遠くへ来てしまった―――もう戻れない。それを改めて認識した。

 

 もう、歯車は戻らない。進めるしかない。時計の針は自分の手で。




 よーやくここまで来たよ。というわけでしばらくはギャグと説明と修行的なサムシング。

 ニートの顔面とヤンギレ金髪眼帯女に腹パンを決める為に力を蓄えるのです。

 ここら辺から大体未知(プロット的な意味で

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