とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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第四の法則
八月二十七日


 ―――魔神とは即ち魔術を極めた存在である。

 

 魔術というものを単純に極め過ぎた領域、人の領域から外れて神の領域に至ってしまった存在。魔術の求道者がたどり着く先。世界を簡単に滅ぼす事が出来、あらゆる法則を自分の意のままに操る事が出来る、本当の意味での神に最も近しい存在。いや、人が観測する事の出来る唯一の神と言ってもいい。オッレルスは魔神をレベル6の様な存在だと表現したが、それはある意味正しいのかもしれない。レベル6にたどり着くのが困難極まっている様に、魔神に至るのもまた困難。

 

 多くの魔導書の原典を読み、解読し、その内容を覚える事で少しずつ人間として外れ、そして魔神として完成して行く。最後に何か条件が必要となるらしいが、オッレルスは多くの魔導書を解読しておきながらそこを間違えてしまったために魔神に至れなかった。まだ、レベル5を蹂躙できる実力を持ちながら魔神と成れていない、なりそこない。

 

 故に魔神へと至る為の道筋はいたって明確になっている。

 

 読んで覚える。それだけ。それをひたすら繰り返し、魔術の知識を体に、脳に、そして魂に刻み込んで記憶する。そうやって体が魔術に染まって行くことで少しずつ魔神へと変貌して行く、とオッレルスは教えてくれた。しかし、その前にはいくつかの問題が見える。それでもほかにできる事がなく、

 

 ひたすら、記憶する。

 

 

                           ◆

 

 

 タブレットPCには図形が描かれている。千を超えるページを持つ魔導書の電子書籍版、コピーであるために一切の力は持たないが、それでもその形には意味があり、読む事は出来る。故にそれを読みながら脳で演算子、その法則を暴いて内容を読み取る。まるでパズルの様だな、と思いながら読み終わったら次のページへと移る。また新たに図形と文字と記号が描かれている。そのままでは読み取る事が出来ない為、それを解読しながら読み進めていると、部屋の扉が叩かれる。手元のタブレットPCから顔を持ち上げながら視線を扉の方へと向け、

 

「開いてるよー」

 

「不用心だな」

 

 扉を開けて入ってきたのは赤毛の”少年”であるステイルだった。身長はニメートルで、煙草を嗜むその姿からは彼がまだ十四歳の少年であるとはまず考えられないだろう。だが彼も魔術師であり、天才と呼ばれる領域にあるらしい。が、その力も代償無くして得られたわけではない。今の成人した男に近い容姿は力を求めた代償として、少々加齢してしまっているらしい。

 

「たった数日しか経ってないのに大分部屋の様子が変わったな」

 

「そうか?」

 

 視線を部屋の中へと向ける。ベッドしかなかった殺風景な部屋には小さなテーブルと椅子が、テレビが、そしてノートパソコンが置いてある。無線用のルーターも設置して、壁にはポスターを張り、元の殺風景な部屋と比べれば大分みられる部屋になっただろう。何だかんだでここにはお世話になるのだから、拠点として使える環境の事を考えるとこれぐらいはやっておきたいと思っている。それに半ば亡命する様な形でやってきたのに、これだけいい部屋を貰えたのだから、少しは大切に扱わないと罰が当たる。

 

「ここ数日、ずっと勤勉な姿を見せているけど成果はどうなんだい?」

 

「んー? オッレルスが”これ読んどけ”って色んなもん送ってきてるから、それを片っ端から読んで頭の中に叩き込んでるよ。原典じゃないから力自体はないけど、記述を頭に叩き込む事が重要だー、とか。別に使えなくても覚えて行けば使える様になるだー、とか。正直まだわけのわからない事ばかりでちっと混乱してるけど、やる事さえあればそれなりに落ち着けるからな。色々整理するつもりで暗記させて貰ってるよ」

 

「ふーん。そんな事で魔神に至れるのか、安いもんだな」

 

「本当にそれな」

 

 自分は特殊なケースだともオッレルスは言っていた。

 

「俺の場合下地が完成しているから、後は片っ端から頭の中に必要なものを詰め込んで行けば元の形へ戻るから、必要なもんを片っ端からぶち込むだけでいいらしい」

 

「その言い方からするとまるで君が元々は魔神だったかのような言い方だけど」

 

「そうらしいねぇ」

 

 溜息を吐きながらタブレットPCをベッドの上へと放り投げる。数時間ぶっ通しで絵を見続けるのはさすがに疲れる。ステイルも着た所だし、ちょうどいいから休憩にしよう。イギリスとはいえ、八月は夏で、かなり熱い。自分の恰好はトランクス一枚のみ、という完全なだらけファッションだ。そのまま立ち上がり、寮内で歩き回る為に購入したサンダルに足を通し、ステイルの肩を叩きながら横を抜けて廊下へと出る。

 

 別の部屋から発狂したヤク中の叫び声が聞こえるが、ここ数日の生活でそれに関して離れてしまった。何だかんだで手伝ってくれているステイルが防音術式を張ってくれているおかげで部屋にまでキチガイの声が届かないのだ。ステイルは本当にツンデレの鏡だ。ともあれ、そうやって廊下に出て、

 

「ちっと目が疲れてきたから適当にアイスでも食って休憩にしようぜ。こんな事もあろうかと冷蔵庫に適当にぶっ込んでおいたから」

 

「……なれ合いはするつもりがない、って前に言ったつもりなんだけど?」

 

「あぁ? なにが馴れ合いはしねぇだよお。お前は組織の人間だったら同じ組織の人間が友好的に接せる相手なら必要以上に尖らずに友好的に接しておけよ。一緒に戦うんだろ? 仕事するんだろ? 個人のアレコレとは別に友好的な方が話を通しやすいし、協力的になるもんなんだよ。変に刺々しいのよりは断然いいぞ。っつーわけで来い。年長者としての命令だかんな、アイス食えよ」

 

「本当に図々しい男だな、君は」

 

 そう言いながらついてくる辺り、やはりツンデレの鏡。

 

 二、三日もすればこの寮にも慣れてくる。風呂に入ってたら突撃されるラッキースケベなイベントが発生しないのが非常に残念な男子寮はあるが、施設は古くてもちゃんと整備されて、維持されている。一階のキッチンへと行くと一般家庭で見る様な普通のキッチンがあるわけだが、その奥にある冷蔵庫、冷凍庫部分には予め買い置きしておいたアイスが何個か置いてある。その数を確認すると何個かなくなっている。おそらく、というか確実に寮の誰かが無断で食べてしまったのだが―――それをある程度予想して、多く買い置きしてあるのだ。冷凍庫の中からバー型のソーダアイスを取り出すと、袋に入ったままのそれを一本ステイルへと投げ渡し、自分用にも一本取り、封を開けて食べ始める。

 

 そこからダイニングの方へと移動して、足を組んで椅子に座りながら、やっぱり夏はこれだよこれ、と口の中の冷たさに満足する。視線をステイルへと向けると、ステイルも渋々ながら、といった様子でアイスを食べ始める。その姿に息を吐いて、満足しておく。

 

「しっかし、その図体で十四歳ねぇ。十四つったら思春期真っ盛りだろ? つったら頭に好きな子のパンツ被って全裸で発狂しながら走り回る頃だろ」

 

「君はアレか、もしかして外宇宙から飛来した生物に脳をやられてないか? どこからどう見てもただの犯罪者じゃないかそれ」

 

 オアァァ、という叫び声が上のフロアから聞こえ、黙る。そういうレベルのキチガイが寮にいるのだから、存在しても不思議じゃない、という表情をステイルが浮かべ、そっから復帰するかのように咳を零す。

 

「コフッコフッ、とりあえず最近の調子はどうなんだ? 魔導書の知識を溜めこんでいるというのは解るが」

 

「オッレルスが北欧関係の”時と運命に関する記述”を大量に送ってくるんだよな。ほら、北欧王座(フリズスキャルヴ)とか言うの使うし、北欧系の魔術とかに関してならほぼ何でも揃えているとか。だからウルドとかスクルドとか、そういうのが送られてきたりでまぁ、資料とかいっぱいあるんだなぁ、って感じなんだけど―――」

 

「しかし、超能力者には魔術が使えない」

 

「それなんだよな」

 

 魔術の科学的解明。その一旦は見えた。しかし、それは選べない。

 

 超能力によって開発された脳で魔術を、その為に必要な魔力を生み出そうとすると、体が拒否反応を示して爆発する。まるで漫画の様だが、冗談ではなく真実だ。それを忌避する為に魔術を科学的な法則に落とし、行使する方法もあったが―――それはアレイスターの望む方法だ。アレイスターの血を、その影響力から完全に抜け出す為にはまず、既存の法則から離れなければならない。

 

「科学でも魔術でもない、魔神の法則―――オッレルスがやっている北欧王座(フリズスキャルヴ)の様に全く別次元、或いは新しい法則で魔術を使えるようにしなきゃ駄目らしいな。オッレルス自身も体が特殊すぎて普通の魔力が使えないから、北欧王座(フリズスキャルヴ)を通して生命力を全く違うエネルギーに変換して、それを魔神の力を行使する為に使っているとか」

 

「改めて聞くと全くわけのわからない領域だが……参考にはなるな。で、何か得るものはあったか?」

 

「いんや、それが全くないわ。いや、解らねーわ」

 

 オッレルスが言うには、魔神の下地は出来上がっている。あとは取り戻すのみ。その為には大量に時と運命に関する記述や魔術を体に取り込む必要があり、それを繰り返していくうちに魔神としての歯車が生み出されるらしい。魔力の問題解決も、そのころには解決していると、まるで預言者の様にオッレルスは語っていたが、どうなのだろうか。

 

 未だに取っ掛かりさえも作れない自分が、魔神へと至れるのだろうか?

 

 しかし、それを疑ったところではどうにもならない。やるからにはやるしかない。この道を選んだのなら引き返す事は出来ない。

 

 終わりのない修羅道を、地獄への”未知”を選んだのだ。であるなら、自分の選んだ選択肢に責任を取らなくてはならない、今度こそ。本当の意味での自分を取り戻すのだ。

 

「まぁ、なんつーか結局はアレよ。オッレルスみたいに魔力以外のエネルギーを見つけなきゃいけないんだ。科学という第一の法則、魔術という第二の法則、科学による魔術という第三の法則、これらがすべて使えない。オッレルスのやっていることは”第四の法則”って言えるもんだ。俺の目標は自分だけの”第四の法則”を生み出すか見つけ出す、ってところよ。それさえできればこうやって丸暗記している魔術もノーリスクで使えるっぽいぜ?」

 

「なんともまぁ簡単に言うもんだな。お前がやろうとしていることはかつて多くの魔術師が目指し、挫折し、そして果たすことなく死んできた道だぞ」

 

 そりゃそうだ。計画されていたとはいえ、レベルを上げるのは大変であり、血が滲むほどの努力をしても報われるわけではない、ということを自分はよく知っている。必要なのは才能、そして努力の両方。才能があっても努力しなきゃ、芽生えない。そしてきっと、魔神という領域はほぼ達成不可能なところにあるのだ。あのオッレルスでさえ完全な魔神ではないことを考えると、それが難易度としてどれだけ狂っているのかが解る。

 

 ただ、オッレルスはこうも言っていた。

 

 間違いなく魔神へは至れる。そうであったし、影響さえ脱せばそうなる。

 

 元々そうであったのだから、そうあるのが最も自然な形であると。

 

 その意味はよくわからない。最近は魔術の知識が増え始めていて、疑問が少しずつ解消されつつあるところだが、それでもオッレルスの求めることや言うことは難しいことが多い。ただ、運命には修正する力があるのだと、そういうことを言っているのだと思う。それこそ神に匹敵するだけの暴力か、或いはどんな異能や運命さえも無効化してしまう、絶対的な幻想への特効能力をもちでもしない限り、それには抗えないのかもしれない。

 

 だからきっと、人間である俺は、それを弄んできた者の手から逃れれば、元の形へと回帰して行く、そういう感じのことなのだろう。

 

「ま、それでも諦める事ができないならやるっきゃないのさ……まぁ、現状魔術をひとつも使えないひよっこ以下なんだけどね? 超能力さえ使えない様になっちまったしな。俺が襲われたらステイルくんを肉壁にして逃げるからな」

 

「いや、素の身体能力ならそっちの方が上だろ」

 

「正直身体能力だけで異能とやりあうのはキツイのよ……」

 

 カウンター系とか、トラップ系とか、能力なしでやりあうと即死する場合がある。今までは時間を巻き戻せばそれで把握することができたが、もうそんなことはできない。借り物の力で戦うことも生きることもできない。

 

 自分だけのナニカを見つけないといけないのだ。

 

「ま、時間はあるんだ……第三次世界大戦までに見つけ出せば……」

 

 そう小さく呟く。そこが”転機”らしい。それまでにシナリオを破壊するだけの力を、魔神としての力を手に入れておかないと駄目らしい。が、それまでは後数ヶ月ある余裕は―――やはりないのだろう、難易度からして。

 

 しかし、それでもやるしかないのだが、

 

 根をつめてもしょうがない。

 

「さて、午後からはロンドン観光でもすっかな! 大英博物館とか大英図書館は行ってみたいんだよなぁ。ステイルくんガイド頼むよ」

 

「面倒だから嫌だね」

 

「じゃあローラちゃんに暇がないか聞いてガイド頼もう」

 

「きっと彼女の正体を知ったら君は白目を剥くんだろうなぁ―――その時が楽しみだよ」

 

 ステイルの不吉な言葉を聞き流しながら、今日も今日で、イギリスでの日々を全力で楽しむ。場所や環境が変わっても、願いは変わらないのだから。だから全力で、

 

 この刹那を駆け抜ける様に味わうのだ。




 イギリスの平和な一日。

 二十八日に何がある? とあるの年表で確かめよう!!

 平和は尊い、だけどそれは長続きしないものだ!!

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