とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十八日-Ⅱ

 必要悪の教会(ネセサリウス)という組織に所属している。その経歴は良く知らないが、しかし、イギリス清教における魔術の最大派閥である事は理解している。その為、上から下への情報伝達には時間がかかるのではないかと思っていたが―――そうでもなかった。

 

 緊急会議から更に十数分後、必要悪の教会(ネセサリウス)の方から指示がやってくる。既に発生源を特定し、その解除の為にチームを編成した、と。故にそれ以上心配する必要はなく、そのまま何時も通りに過ごせ、という内容が届けられた。そういう風に言ったという事は、解除するアテがあるのだろうから、なにも気にする事なくそのまま、

 

 悪ノリに移行する事が出来る。

 

 必要悪の教会(ネセサリウス)からは何も問題はない、解決できるという言葉が来ているのだ。通常通りに生活しろという事は、自分にとっては自由にしろという言葉と同義であり、別人の姿を借りている他の連中も、あの姿では何時も通りに仕事ができる訳がない。幸い、戦闘の必要な仕事は一切なく、幾つかの書類を確認する程度の事しかステイルにも、アークにもなかった。

 

 つまり、遊び、そしてふざけるなら今しかなかった。

 

 改めて着替え直す。といっても、女物の服が男子寮に存在する訳がない。持っているのは勿論男物で、自分の服だけだ。それに女物を着るつもりは一切ない。女装は芸として何度か経験しているが調達は純粋に面倒で、部屋から男女どちらでも通る服装を選ぶ。つまりは当たり障りのない普通の恰好。下はジーンズでいいが、白いシャツとかだと場合によっては服が透けて地肌が見えてしまう。流石に露出の趣味はないため、濃い色の服を二枚重ねにする事で対処する。長い髪はどうやって対処するかは良く知らない為、とりあえず放置する方向で放っておいてある。

 

 そうやって着替え終わった自分の姿は美女だった。体に対しては大きな違和感が残るが、楽しめる機会は楽しんでおかないと人生、損をする。それは間違いがない。というわけで街へと出かける準備は出来た。靴下をはいて、ポケットに財布を押し込みつつ廊下に出ると、そこには腕を組んでうんうんと唸っているステイルの姿があり、此方の姿を確認すると、速足で近づいてくる。

 

 そのまま両手を肩に置き、

 

「……寝る」

 

 そう言いながら火織の姿をしたステイルは自分の部屋へ逃げた。そして現実からも逃げた。まだ十四歳だし仕方がないなぁ、と呟き、寮の二階から一階へ降りると、そこには既にアークの存在はなく、達筆な英語で書かれたメモが入口に貼られていた。歩き近づき、そのメモの内容を確認する。

 

『日本の銭湯には若い女性が集まると聞いたんで行って来る』

 

「お前……その姿だと空港で捕まるだろ……無茶しやがって……」

 

 静かに胸中でアークの存在に対して黙祷を捧げてから、完全に馬鹿の領域へと落ちてしまった天才の存在を頭の中から消し去る。さて、まずは外に出るか、と。

 

 そんな事を思いながら寮から出て、ロンドンの街を目指す。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ、何だかんだで一人でロンドンに来るのは初めてかもしれねぇなぁ」

 

 ロンドン、ハイド・パ-クにあるベンチに座り、タブレットPCを片手にそんな事を呟く。学園都市製のマップアプリを利用しているが、非常に細かく道や状態が表示されており、物凄い便利という事で世界中で愛用者の多い、旅行者の味方の様なアプリだが、これは日本語で表記してくれるため、非常に便利なのだ。英語は読めなくもないのだが、やはり一番慣れ親しんだ日本語が一番なのだ。まだイギリスへと来てから一週間も経っていない、そう考えるとやはり、日本での生活感が抜けていないのだろう。

 

「んまぁ、しょうがねぇ。とりあえず何をすっかなぁ」

 

 無計画に寮を出てきたわけだが―――ぶっちゃけた話、本当にこの機会に体を使って遊ぼう、とかいう考えはない。流石にそこまで外道や下種の類ではない。しかし、超能力の仕えた自分本来の体とは違い、今使っている名も知らない誰かの体は未開発の脳を持っている体だ。この体であれば魔術を使用できる。

 

 そう思うと、ただ寮の中に引きこもっているのも勿体なく感じた。魔術の記号や法則、術式を覚える事は何時だって出来る。だけど、経験だけは何時だって出来る訳ではない。こういうのは運の要素が大きく絡んでくるのだ―――だとしたらそれを無駄にする事は出来ない。

 

 とはいえ、今すぐ魔術の練習、という気分でもなかった。なんとなくではあるが、ロンドンの街を歩きたい。朝からそんな気分だったし、今もそう言う気分は変わらない。故に寮を出て、バスに乗ってはるばるハイド・パークにまで一人で来た。こんな時にステイルかローラ、或いは火織でもいてくれれば心強いのだが、生憎と一人としてここにはいない。つまり一人でどうにかするしかない。

 

 ただ、

 

「色々と新鮮なもんだなぁ」

 

 体が変わると、がらりと見える世界も変わってくるものだった。筋肉が落ちたから体が軽く感じるのに髪があるから頭は少し重く感じたり、胸のせいで体のバランス感覚が変わったり、と細かい事を連ねれば終わりがないほどに色々とあった。その最たるものはやはり、右眼が存在しない事で生まれている視界の制限だろう。片目を閉じているのと同じ様な感覚かと思っていたが、そんな事は全くなかった。

 

 同情はしない、それは元の人物に対する侮辱だろうが、

 

 逞しくは思う。こんな体で良く生きてこられたものだと。それ以上の感想は無用だろう。

 

 とりあえずは軽くロンドン観光をこなし、それから寮へと戻り、魔術を使用してみる、という感じだろうか。何だかんだでずっと寮に引きこもている為にビッグベンやテムズ川をじっくりと観光する機会には恵まれていない。この際一気にそれを解消してしまおう。そう思い立ちあがったところで、

 

「わ、やばっ」

 

 体が軽く揺れて、倒れそうになる。片目が見えない事、そして体の重心が微妙に違う事から少し躓いてしまう。声を漏らしながらバランスを保とうと、なんとか体を逆側に倒そうとするが、そのまま勢い余って倒れそうになる。マジかよ、と思いながら倒れそうになった瞬間、

 

 右目の死角から手を伸ばし、支えてくれる存在を感じる。

 

「大丈夫か?」

 

「わ、悪い。ちょっとバランス崩した」

 

 腕を引かれながら体を絶たせると、なんとか体勢を持ち直す事に成功する。危ない危ない、と呟きながら額の汗を拭う。慣れていない体で歩き回るとか、もしかして自殺志願者だったかもしれないなぁ、と軽く反省しながら視界の死角から助けてくれた人物へと視線を向ける。そこにいたのは長い白髪に碧眼の女の姿だった。まるで貴族の様なドレス姿の彼女は倒れそうな此方を片手で支え、そして立たせてくれている。

 

「ありがとう、ちょっと足が縺れちゃって」

 

「いや、気にする事はない。困っている人を見つけたら辺り前だし、同じような経験には私にもあるからな」

 

 そう言って彼女は片手で片目を隠すような動作を取る。

 

「ほんの少し前までは私も片目が見えなかったんだ。だからその辛さは良く解るよ」

 

「あ、うん、その……ありがと」

 

 あまりそこらへんは深くツッコミを入れられるとボロが出かねない。適当に愛想笑いを浮かべつつ、今自分が喋っている言語が日本語だと思い出し―――問い詰めるのが面倒になって考えるのをやめる。御使堕し(エンゼルフォール)という術式が良く解らない以上、なんか色々とごっちゃになっている、という風にしか認識していない。だからそんなもんなんだろう、と彼女に視線と共に笑顔を返すと、彼女が片手を差し出してくる。

 

「ハーヴァ・マールだ、宜しく」

 

「あ、どうも……クロノスです」

 

 一瞬、何か新しく偽名を出すべきかどうか悩むが、そもそも偽名だらけだったので気にしない事にする。内心で苦笑してしまったのが表情に出たのか、ハーヴァ・マールと名乗った彼女は首を傾げながら曖昧に笑った。間違いなく美女のジャンルに入る人物だから、それだけでかなり価値があると思う。

 

 本日、大収穫。

 

 あとでこの姿も写真を取ってアルバムに入れておこう。

 

「えーと、ハーヴァさん、珍しい名前だよね?」

 

「そういうクロノスも随分と珍しい名前ではないか。私だってそんな名を聞くのは初めてだぞ。偽名じゃないならとてもだがセンスを疑う」

 

「偽名なんです、きっと偽名なんです。これが本名って事はありえないんで、許してください」

 

「ふふっ、じゃあ許そう」

 

 ハーヴァはまるでこの時間を楽しむかのように笑みを浮かべ、そして笑っていた。実に絵になるな、と思いつつタブレットPCを握り直す。地図には観光名所へのルートが出ている。これをたどって移動すれば迷う事もなく到着する事が出来るだろう。この体の脆弱さを理解した所で、御使堕し(エンゼルフォール)が解除されるまでは大人しくしようと思い、

 

「ところでその頼りない姿で一体どこへ行くつもりなんだ?」

 

「ん? あぁ、ちょっと観光しようかなぁ、って思って」

 

「ほう、なら私が案内してあげよう。何、ロンドンは自分の手の裏の様に知っているから、安心してもいいぞ」

 

「えー……」

 

 フラグ建築はしてないつもりが、美女と何やら一緒に観光する事になった―――と思ったが、よく考えたら今の自分の姿は女のものだった。多分一人だと頼りなく見えているんだろう。しかしそれはそれとして、

 

「ドレス着ている貴族様はちょっと……」

 

「うん? 私のファッションセンスに何か問題があったか? 趣味なんだが」

 

「趣味ッスか」

 

 頭のちょっとズレている人かもしれないなぁ、と思うとなんだか急に安心できるようになった。しかし、良く考えれば魔術関係者はおかしな服装ばかりだったり気がする。その筆頭にまず、神裂火織というハイスペックスタイリッシュエロアクションの存在が出現するのだが、アイツはあの恰好で戦っていた恥ずかしくないのだろうか。魔術的な効果を狙っているとしても、もうちょっとまともな格好というものが存在するのではないかと思う。

 

 普通あそこまで自分の胸を自己主張させるとかまずありえない。

 

 そう言えば目の前のハーヴァも、部類としてはイブニングドレスを着ている。火織の拠点が必要悪の教会(ネセサリウス)、つまりはイギリスである事を考えると、痴女的なファッションがイギリスの今のモードなのかもしれない。

 

 恐るべきイギリス。

 

 未来に生きているイギリス。

 

 だが日本も割と負けていない。

 

「―――馬鹿な事を考え始めているなぁ……」

 

「?」

 

 ハーヴァが首を傾げて心配して来るが、何時も通り馬鹿を考えているだけ、とはどうにも言い辛い。だから言い訳を考え、そして苦笑しながら人差し指を持ち上げ、ポイントを決める様に指摘する。

 

「いや、ほら、異国で会ったばかりの人と一緒に行動するのって物凄い不用心だとは思わないか? しかも女が二人だけとか。やっぱりここら辺で観光は斬りあげてホテルの方に戻ろうかなぁ、とか思い始めていて……」

 

 そう言われたハーヴァは腕を組みながらそうか、と呟くと、此方へと碧眼を向け、そして口を開く。

 

「安心しろ、私は同性もイケる」

 

「すいません、今の発言で危険度が天元突破しました。帰らせていただきます」

 

 逃げる様にハーヴァから一歩離れようとするが、それよりも早く一歩を詰められると、そのまま流れるような動作で腕をからめ、逃げられない様に右側に並ぶ。あまりの流れる様な慣れた動きに軽く戦慄しつつも、満足そうなハーヴァはうん、と言葉を漏らす。

 

「こうやって何かの縁で出会えたのだ、これで私達は友だな」

 

「ちょっとヤク中並に何を言っているのか良く解らないです」

 

「気にするな、私は良く考えていない」

 

 考えてないのかよぉ、と叫びたい所をぐっと我慢し、飲み込み、そして溜息を吐く。ハーヴァ・マール、悪い人物には見えないし、間違いなく善意しか相手からは感じない。変に疑ったり、そして勘ぐってしまうのは慣れない別人物の体を使っているせいで少し不安になっているからだろうか。普段だったらこれぐらいの事で困惑したり拒否したりはしない。

 

 寧ろ仕掛けたり、ノリに乗ったりする側の人間だ。

 

 少しだけ、らしくないかもしれない事を反省し、全力で楽しむ事を優先した方がいいか、と頭を切り替える。

 

「はぁ、仕方がない。諦めて全力で楽しむか」

 

「あぁ、それが一番だ」

 

 納得するハーヴァはどこか上機嫌で、楽しみにしていた、とさえ感じられる様子だった。子供の様に喜色を感じさせるハーヴァの姿に少しだけ、呆れを抱き、頭からネガティブな思考を追い出す。

 

 どうせこの状況だってそのうちに解除されるのだ、

 

 だったらそれまで全力で楽しもうと、改めてそう思った。




 本日3度目の更新にしてこれでラスト。レイニー止めを狙う。

 ハーヴァ・マール、一体何者なんだ……(棒

 というわけで大事なお知らせが活動報告にあるのでそちらへ。いじょ
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