とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十八日-Ⅲ

 ―――予想外に楽しめた、というのが率直な感想だった。

 

 知らない相手、出会ったばかり、来たばかりの国、慣れない環境。自分がこの場所とはそぐわない理由を探そうとすればそれこそたくさん見つかるだろう。だけど、そんな事はいい訳でしかない。楽しもうとしない理由でしかない。だからそういう、アウトサイダーである事は一旦忘れ、楽しむ事だけを考えて観光すれば、予想外に頭を空っぽにして遊ぶことができた。

 

 もっと早く、こうしておくべきだと思うぐらいには。

 

 まず最初にテムズ川を訪れた。

 

 日中は熱く、夜は恐ろしいほどに冷え込むロンドンだが、テムズ川のそばは涼しく、過ごしやすい場所だった。周りへと視線を向ければで店が出ている事に気付く。グッズの販売店の他にはアイス等を売っている店も見かける。木陰のかかっているベンチも存在し、アイスを購入してベンチに座れば、涼しい一時を感じる事が出来た。学園都市内には人工的な川は存在するが、テムズ川の様に船が通れるような大きな川はなかったなぁ、とそんな事を思い出しつつしばらく、ハーヴァとテムズ川を観光した。

 

 次に訪れたのはビッグベンだった。

 

「このビッグベンというのは実はただの愛称で、本当はウェストミンスター宮殿の付属の時計台で、正式名称は”クロック・タワー”だったとは知っていたか?」

 

「マジかよ」

 

 ウェストミンスター宮殿とビッグベン自体がイギリス清教の管理下にあって、その地下には必要悪の教会(ネセサリウス)等の魔術組織が利用する空間があったのは知っているが、それ以上にビッグベンが正式名称ではない事に驚いた。人生、意外と知らない事があるんだなぁ、と思いつつ、ここでも見るのに時間を取る。観光だけなら意外と直ぐに終わるかと思っていたりもしたが、誰かと一緒に見て回ったり、話したりすると意外と時間がとられる。久しぶりに時間が流れる様ではなく、停滞する様に流れている事に気づき、ハーヴァの存在に苦笑しながら次の場所へと向かう。

 

 その次に向かったのが大英美術館だった。

 

 世界屈指の広さと展示物を保有する大英美術館は歴史の塊と表現してもいい場所だった。ここもまた、魔術師によって手の入っている場所であり、地下へと行けば管理している魔術組織が存在しているらしいが、そんな事は観光には関係ない。第一ホールから順番にホールを守り、それぞれの美術品を鑑賞する。学園都市では生活するほうに忙しくてそんな事はしなかったが、美術品を見るのは嫌いじゃなかった。

 

 絵画には綺麗なまま、美しいままの時があった。美術品にはそれを感じさせるものがある。美術品を見る事でその時は何があったのか、どんなものを感じていたのか、どんな思いが込められているのか、そんなものが伝わってくる。作った人もまた、感じた時を、見た時を、それを形に収めようとして残したのだろう、という事が伝わってくる。それが嫌いじゃなかった。

 

 だから大英美術館での美術品めぐりの時間は他の観光地以上の時間を取った。

 

 そうやって数時間一緒に行動すると、気付けば空は暗くなっていた。ロンドンの空には星が浮かび上がり、そして夏であっても冷え込み始める。適当な店で互いにジャケットを購入してそれに袖を通しつつも、観光を締めくくる為に、食事をとる事にした。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――結局御使堕し(エンゼルフォール)が解除される事はなかったなぁ。

 

 そんな事を思いつつ目の前の女、ハーヴァへと視線を向ける。何だかんだで今日、出会った彼女と過ごしてしまった。普段ならしない事だが、この妙な状況に弱っている自分がいるのかもしれない、と言い訳しておく。言い訳だと理解はしているが、それでも楽しかったのは事実なのだ。予想外に時間を食ってしまったことを反省しつつ、ハーヴァに連れ込まれた店内を見渡す。

 

 若干薄暗い店内はレストラン、というよりはバーに近い雰囲気を持っている。実際、メニューに書かれている物はお酒の方が若干高く、そちらで金を取ろうとしている意図が見える。しかし最初からバーの一種だと思って店内を確認すれば、いい雰囲気の場所だと思える。薄暗い店内に、流れるジャズクラシック、店の奥に見えるピアノはきっと、決まった曜日に演奏でも行っているのだろうか、使いこまれている痕跡が見える。

 

 そんな風にキョロキョロと視線を周りへと向けているのがバレたのか、ハーヴァは小さく笑いながら碧眼を此方へと向ける。

 

「こういう所へ来る経験は少ないのか?」

 

「あー……どうなんだろ? 先輩との付き合いでバーとかに来る事はあったけど、基本的に回数自体は多くないんだよなぁ……まぁ、節約生活というかそんな感じで」

 

 金がない。全てはそれが悪い。臨時収入があればそれで飲んだりもするが、店に行くのではなく、購入して集まって飲む、というのが正しい。だから店自体は知っていても、実際に行って飲む回数は少なかったと思う。そう思うと随分損な事をしていたんだと思うなぁ、と今更ながら思う。飲む事自体はそう嫌いではないんだから、もうちょい飲みに行く回数を増やすべきだったかもしれない。

 

「ともかく、来る回数自体は少なかったなぁ……ハーヴァは?」

 

「私もそんなに回数が多い訳ではない―――というよりも一緒に行く相手がいないからな、基本は一人で買って飲む感じが多いな。だからこういう場所を知っていても誘う相手がいなくてな、残念ながら私も経験は少ない方だ」

 

「なんかお互いに悲しい過去を暴露しているなぁ……」

 

 そんな事を話している間に、ハーヴァが手慣れた手つきでオーダーを取り、そしてお酒が運ばれてくる。以外にも、というより見た目に反してワイングラスとかではなく豪快なジョッキいっぱいのビールが二人分運ばれてくる。それ以外にもピクルスの様なものが運ばれており、それへと視線を向ける。

 

「イギリスのメシは不味いと言われているが、それはちゃんとした所を見ていないところだ。そう言う所に気を使っている所へ入ればちゃんと美味しいものを食べられるからな。ここは確か揚げ物やピクルスが美味しいとか」

 

「ほほう。まぁ、とりあえず―――乾杯」

 

「この出会いに乾杯」

 

 ジョッキをぶつけ合い、そしてビールに口を付ける。お酒に対する耐性は人並みだからあまり深酒はしない様に気を付けないといけないが、とりあえずはグビ、っと一気にジョッキを傾けてその中身を飲み込む。イギリスに来てからこれだけ充実した時間はまだなかった、なんてことを思いつつピクルスにも手を付ける。此方へと来てから特に食べ物に対して不満を持ったことはなかったが、それでも今までにない充実感を得る様な味だった。

 

「ふぅー、美味しい。やっぱ誰かと飲むのが一番だな」

 

「そうだな、楽しめる相手と飲むのが一番楽しいのだろうな」

 

 含むところがある様に、ハーヴァは視線を此方へと向けて言葉を放った。その言葉に対してジト目で視線を返し、軽く吐息を放ってから言葉を返す。

 

「まぁ、ボッチである事はこの際どうでもいいとしてさ」

 

「別にボッチではない。誰も私についてこれないだけだ」

 

「ハーヴァってさ、日本語上手いよな」

 

「最初は全く理解できなかったのだが、繰り返しているうちに段々と覚えたものだ。最初の方はあっちもこっちも違う言葉で話すから意思疎通が全くできなくてな、色々と笑ってしまう事もあったさ。まぁ、覚えた後からすれば見事な笑い話だ。覚えてしまえば言語の壁も特に問題ではないな」

 

「英語を覚えようとしても中々進まないに俺としては結構尊敬するな、そこらへん」

 

 魔術の勉強の合間に覚えてはいるが、それでも単語が通じる程度のレベルだ。ステイルの様に完璧な英語を話せるようになるまでには一体どれだけの時間がかかるのだろうか。あんまり考えたくはない話だ。当座の目標としては魔術で翻訳の魔術を使えるようになる事だ。これでイギリスで充実された生活が約束されたことになる。

 

「まぁ、あまり頭を使う必要はないぞ。覚える時は覚えてしまう、使える時は使えてしまう。小賢しい理論や理由等蹴っ飛ばす勢いで記憶するほうが最適かもしれないな」

 

「そんな感じに覚えられたら本当に楽でいいんだけどなぁー……」

 

 そんな理論が通じるなら人生、何事も苦労しない。天才でさえ覚えるのが早い、閃く事がすさまじい、省略する、そういうレベルだ。法則やルールを無視するのは天才ではなく、怪物やジャンル違いの生き物、と言えるレベルだ。一方通行やオッレルスに相応しい言葉であって、自分の様に力を全て失った者に対しては全く似合いはしない。

 

「それはともかく、ハーヴァってアレだよな、なんだか今日初めて会った気がしないよな。付き合いやすいというか」

 

「まぁ、少々馴れ馴れしい事は認めないとはいけないかもしれないな」

 

「いや、そこまでは言わないけどさ―――」

 

 確かにハーヴァの第一印象は”馴れ馴れしい”というものが近い事は認める。いきなり出会って一緒に観光するとか、普通は考えられない事だ。それに乗ってしまった自分も自分で少々”刹那的”だと表現してしまってもいいのだが―――直感的に彼女、見た目は本来とは違うであろう相手、ハーヴァとは”馬が合う”と思ってしまったのだ。フィーリング的な部分の話だ。ただハーヴァは苦笑する様に笑い声を零し、

 

「私はな、一部の例外を除いて人間という存在を全体的に愛しているんだ。誰だって頑張って生きている、前を向いている、努力している、生きようと前を向いているものを愛おしいと思っているんだ。だから私にとって他人と接する事は全く知らない誰かと接する事ではなく、友人と語らう程度の事でしかないんだ―――独特の価値観である事は認める」

 

「まぁ、確かに独特だけど素敵な考え方だと思うぜ? そのせいでお前が傷つかないかがちょっと心配になってくるけど」

 

「こう見えて限界や現実は良く理解しているつもりだ、心配されるような歳でもないさ」

 

 

                           ◆

 

 

 互いに酒が良く入っているのか、話は良く進み、食べるツマミの類も追加で良く頼む。そうやって食べ物と飲み物を追加しつつ、ハーヴァと意味もない話を続けていると、何時の間にか時刻は深夜に突入していた。自分も相手も顔が赤くなっていることを確認し、そろそろ切り上げるかと話をつけ、

 

 会計を済ませ、店の外に出る。

 

 夜の闇が完全に街を覆い、家の電気も大半が消えている。もはや光源は僅かな街灯、そして星と月を残すのみとなっていた。ジャケットを購入して着ているが、それでも深夜のロンドンは異様に冷えていて、早く暖房の効いている自分の部屋へと戻りたくなってくる。軽く手をすり合わせながら店内からハーヴァが出てくるのを待ち、出てきた所で軽く手を振る。

 

「今日は楽しく観光できたわ、ありがとう」

 

「こっちも楽しかったし、なにも気にする事はない―――それよりも明日は暇か? だったら大英図書館にでも向かおうと思うんだが」

 

「あ―――」

 

 明日も御使堕し(エンゼルフォール)が続いているかどうかは解らないが、何故か彼女と一緒にいるのは落ち着くし、

 

「同じ場所で待ち合せようか?」

 

「なら、また明日……いや、0時を過ぎているし今日か。また後で会おう。同じぐらいの時間に同じ場所で」

 

「あぁ、じゃあまた」

 

 そう言って背中を向けてハーヴァが闇の中へと消えて行く。その姿に色々と問いかけたい事が頭に浮かび―――止める。面倒な上に、どうせまた会えるのだから、その時に適当に聞けばいいだろう。そう思い、

 

 この時間でもバスがやっているのかどうか、その事に軽く不安になりながら男子寮へと戻る為の道を行き始める。

 

 

                           ◆

 

 

 そして帰還した男子寮は地獄だった。

 

 玄関でリトルアークが絶望の表情を浮かべながら力尽き倒れていた。その表情はありとあらゆる無念を詰め込んだような表情を浮かべており、空港を突破できたなかった事がその表情から一瞬で理解できる。

 

 そのすぐそばで簀巻になったヤク中が禁断症状を起こして転がりながら細かく震え、痙攣をおこしている。どこからどう見ても触れたくないヤバすぎる存在であったため、自動的に視界の外へと存在を消し去りながら蹴り転がす事で対処し、

 

 最後に両手で顔を覆う火織姿のステイルが階段に腰かけている。その視線は帰ってきた此方を捉え、

 

「午後には解除されると思っていたんだ。だけど待っても解除されない、じれったくて自分だけどうにかできないか調べてもどうにもならない。八方塞がりなんだ。なぁ、クロノス。教えてくれ。トイレと風呂と着替えをどうやって乗り越えればいいんだ……」

 

「見て見ぬふりして出て行きてぇ」

 

 御使堕し(エンゼルフォール)よ、早く終われ。別の意味でここは酷い事になっている。

 

 中途半端な抵抗と成功、それが組み合わさった結果、ある意味地獄絵図がここには出来上がっていた。

 

 それを見て、確認し、

 

「さっさと寝て、明日も遊ぶか……」

 

 ガン無視して逃げる事を決めた。

 

 今日もイギリスは平和だった。




 誰が海外から更新できないと言った。WIFIさえアレば更新可能である事が証明された。

 ハーヴァさんは現在割と人生を本気でエンジョイしている。何時正体バレするか全力で楽しみながらタイミング図っている感じじゃないかなぁ……。

 若干、術技に八命陣の方が混ざり始めている感じはしなくもない。

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