とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十九日

「その逞しさが心底羨ましいよ……」

 

「お前、今日は仕事あるんだろ? 頑張れ、頑張れ」

 

 ヤク中とアークを階段から蹴り転がして新たな朝が始まる。朝を迎えたというのに、まだ肉体の入れ替わりは―――御使堕し(エンゼルフォール)治っていなかった。意外と大事なのかもしれないなぁ、とどこか遠くで頑張っている解除チームに対して内心で応援を送っておきつつ、歯を磨き、他の面子が全滅している為に朝食を作り、そして何時も通り、しかし姿が少々異なっている形で朝を迎える。

 

 なお火織姿のステイルは目隠しをして、そしてその状態で裸をどうとも思わない自分にまかせる事で見事解決した。眼福ではあるが、流石に状況が状況故、反応できない。

 

 それはそれとして、この状態でステイルが仕事ができるのかどうかが怪しい。

 

「他人事だと思って……! まぁ、いい。それよりもそっちはどうするんだ? 昨日は一日中自由に遊んでいたようだけど」

 

「うん? 白髪系の美人っ子を引っ掛けて観光デートしていたけど?」

 

 無言でアークが発狂した。体が小さいなぁ、と思いつつ容赦なく蹴り飛ばし、廊下で転がって泣く姿を無視する。欲望に素直なのはいいが、それで嫉妬するのは心が狭すぎる、という圧倒的名有利な立場からの心境でアークを見下し、軽く視線を送るが、それで何やら幸せそうに震えているからこいつはもう駄目だと思う。

 

「まぁ、今日もまた一緒なんだけどな! 大英図書館で図書館デート! 話し方や感じからして中身も女の子っぽいし大当たりだな!」

 

「君はイギリスへ何をしに来たんだろうなぁ」

 

 今までは奪われ、決められるだけだった人生を自分で生きる為に。つまり、これは全く間違ってはいない。昨日と大体にたような服装に、腰にジャケットを巻いた格好で出かける。人生エンジョイできているならそれはそれで大勝利ではないのだろうかと思う。まだ時々湧き出る既知感が消えたわけではないだけども、それでも前に進めている、という実感がそこには存在するのだ。

 

「というわけで行ってきまーす」

 

「あぁ、行って来い。こいつらはこっちで転がしておく」

 

 そう言って馬鹿二人を蹴り転がす姿を視界の端に収めつつ、男子寮を出る。

 

 

                           ◆

 

 

 ハーヴァとはそう苦も無く合流できた。合流場所へと向かうと既にいた事には驚かされたが、なんだかんだっで自分も約束よりも三十分ほど早い到着だったりするし、案外似たものかもしれない、と互いに笑いあいながらバスに乗って大英図書館へと向かう。バスに乗って雑談しながら移動し、ほどなく大英図書館に到着する。

 

 入館する前に、その外観を外から眺め、大英美術館に匹敵する建造物のその大きさに感嘆の声を漏らす。学園都市でビルの類は慣れているが、レンガ作りの家だったり、古い建造物の、”歴史”が学園都市には存在しないのだ。故に美術館同様、大英図書館の大きさと、そしてそれが持つ建造物としての歴史には感嘆の声が漏れる。

 

「はぁ、やっぱ素直に憧れるわ、こういう場所は」

 

「憧れる?」

 

「うん。普通の建物よりはアンティーク感? 古臭い方が好きなんだよな、なんつーか……たぶん美術館の時も言ったけど、時を感じさせるものとかが好きだからな。うん、こういう場所は嫌いじゃない―――本を読む事自体はあんまりしないけどな」

 

「本か。私もあまり読む方ではないが、こういう機会があるとどうしてか心が躍るな。やはり一人でいる時と、誰か心を許せる相手がいる時とでは大きく違って来るな。まぁ、いい機会だと思って色々と手を出してみるのも悪くはないかもしれないぞ?」

 

「そうだなぁ」

 

 ハーヴァに半ば率いられるようにそのまま大英図書館に入館し、規約を確認しながら広がる空間を見る。円形に広がる図書館のホールはすさまじく広く、壁にはギッシリと本が詰まっている。学園都市はそれらを全てデータとして保有している、なんて言ってしまえばそれで終わりなのだが、この量と並びには美しさがあった。人の心を感服させる凄みがある。それを眺める事で確認し、声を潜めながら周りの邪魔にならない様にハーヴァへと視線を向ける。

 

「何か探したいものはある?」

 

「いや、私は特にないが……」

 

 そう言って腕を組んだハーヴァはそうだな、と何かを思いついたかのような表情を浮かべる。

 

「しかし、そうだな。面白い事を思いついたぞ。互いの名前の起源を調べるの何てどうだ? 意外と面白いかもしれんぞ」

 

 クロノスとハーヴァ・マール。どこからどう考えても偽名の類だ。まぁ、調べるのは自分を知るという事でもいいのではないだろうか。

 

「起源……っつーか、意味か。まぁ、他にする事がないしやってみっか」

 

 そうと決まれば歩き出すのは早い。ガイド用のコンピューターが設置されているが、態々それを使う事無く地図を確認し、そして目的のコーナーまで歩いて移動する。館内を歩きながら感じるのは冷房から来る冷気と、そして古い本の持つ特有の匂いだった。電子書籍やガイドに頼らず、自分の足と地図に頼って歩いて探すのもまた図書館での楽しみ方。目当ての本を探す事が意外にも楽しい事だと驚きつつも、広いホールから段々奥へと、

 

 人気の少ない、神話に関する話やマイナーな書籍が置かれている区画へと移動する。

 

 大量に並ぶ本棚の中から求める本を見つけると、何冊かを引っ張り出し、それを近くのテーブルへと引っ張って行き、広げる。相対側にはハーヴァが座っており、彼女はこちらと違って本を広げる事はせずに、此方を見つめるだけに止めている。こちらの視線に気づくと彼女は微笑みながら首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「いや、そっちは調べないのかって」

 

「そっちが終わってからでも十分だろう、時間はたっぷりあるのだし」

 

「それもそうだな」

 

 では遠慮なく、と言葉を零しながら本を開く。持ちだしてきたのはギリシャ神話に関連する本、そして北欧神話に関連する本。意外と神話に関連する本はイギリスにはイギリス清教が、つまりは魔術師が存在する事が考慮されて豊富なのだが、それでも人目に付きにくい場所に押し込まれる様にあった。ちょくちょく数冊が消えているのは隠されているのか、或いは貸し出されているのか、そういう事なのだろう。

 

 ともあれ、名前の由来に関して調べるのも悪くはない―――たとえば自分、クロノスとか。

 

 時間の神であり、農耕の神であるもう一つのクロノスと混同されがちであるが別の神である。驚くほどに情報は少ない神で、自然に存在していたわけではなく”創作された”神でもある、という説さえも存在していた。別の何かと混同されたり、創作された存在、という事に自分と軽い類似点を見ながらも、そのまま軽く読み進め、そして色々とその背景に関する事を知る。

 

 意外と、こうやって調べないと解らないものも出てくるんだなぁ、と一旦自分が読んでいた本を閉じて、次に開くのは北欧神話関係の本であり、調べるのは―――オッレルスに関してだ。

 

 何だかんだでオッレルスが協力者である事は良いとして、その言葉の全ては鵜呑みにするわけにはいかない。オッレルスが完全な善意で何かをやっているとは思えない。必ず裏がある筈なのだ。今は立場でも実力でも、どんな事であっても同じ領域に立つ事は出来ない。故に出来るのは名前を通してヒントを得るぐらいの事だ。故に北欧王座(フリズスキャルヴ)という名称を通して北欧神話だとアタリをつけ、調べ様とし、

 

「なぁ、クロノス。それで自分の厨二ネームを調べた結果、どうだった?」

 

「……」

 

 無言でオッレルスに関して調べるのを止め、”ハーヴァマール”という単語に関した調べ、そして開いたページを正面に見せる。

 

「いやぁ、凄いっすねぇ、ハーヴァさん。高き者の言葉(ハーヴァマール)だってよ。これはどこからどう見ても俺よりも酷いだろ。俺はまだ許容範囲内だけどハーヴァのコレはちょっと擁護不可避だろ。センス疑うわー」

 

「まて、センスの酷さで言えばお前の方が確実に上だ。なにせ恥ずかしげもなく神の名を語れるのだから、恥がないのか恥を知らないのか、あるいは常識が頭から吹き飛んでいるかの三択しかない。これでもなければ相当センスが死んでいてこれをカッコいいと思っている恥知らず―――おや、被ったな?」

 

「流石高き者の言葉さんはいう事が違うなぁ、これも高き者の言葉っすか。流石っすね。やっぱ高き者とか自称しちゃう人は違うなー」

 

 テーブルの上では笑顔を続けながら、テーブルの下では互いの足を蹴り合って牽制し合う。図書館まで来て一体何をしているんだ、と思うが、割と楽しいのでこれはこれでいいんじゃないかと思う。

 

 そのまま十分ほど蹴りあいを続けたところで疲れ、溜息を吐き。そしてぐだり、と椅子に深く座り込む。幸い周りには一目がなく、存在するのは自分とハーヴァだけだった。少しくらい不作法でも全く問題のない空間だった。だから溜息を吐き、そして軽く体から力を抜く。その様子を不思議そうにハーヴァは眺めていた。

 

「どうした? 疲れたのか?」

 

「少しだけ」

 

 なんというか―――自分に疲れた。

 

 戦わなきゃいけないし、勉強しなきゃいけないし、自分を偽らなきゃいけないし、完全な自由が存在しない。責任感が自分を許してくれない。怒りがアレイスターを絶対に許しはしない。だから戦わなきゃ、強くならなきゃいけない。だけど、それは、疲れるのだ。こうやって遊んでいると、もっと遊びたくなるし、戦いを投げだして、何もかも忘れてただただ堕落したいという気持ちもある。だけどそれは”いけない”事だ。

 

 いけないって理解している。だから疲れる。努力は、頑張る事はノーコストで出来る訳ではないのだ。努力すればするほど、気力と体力を消耗する。それは無限に存在するわけではない。そして偶に解らなくなってしまう。特にこうやって楽しいと、余計に解らなくなる。

 

 怒り以外は解らないくせに、なにもまだ分からないクセに、流血で染まる未知を求める事に価値は、意味はあるのだろうか……? 果たして、

 

 努力する事に意味はあるのだろうか。

 

 それがまだ、解らない。

 

 ただ背中は押された。その分は前に進まないといけない。

 

「なんかなぁー……努力すればするほど疲れてしまうってのは嫌な話だよな」

 

「言っている事の意味は良く解らないが、そうだな」

 

 そこでハーヴァが軽く前へと寄り掛かり、此方へと視線を近づける。テーブルに上半身を乗せる様な寄せ方は胸を圧迫し、強調する様なやり方だ―――解ってやってるなら天才だと思う。若干エロい。が、そう言う考えを一旦脳から排除し視線を合わせると、その姿勢でハーヴァは口を開く。

 

「―――心配する必要はない」

 

 そう言って口を開く彼女の姿がブレる。一瞬だけ、その姿が完全に別の存在に―――眼帯を付けた金髪の女へと姿に変わった様に見える。しかし次の瞬間には普通の、ハーヴァの姿のままだった。その状態で彼女は次の言葉を継げようとして、

 

「だったら別に私に―――」

 

 ―――それよりも早く、彼女を飛び越える。

 

 ハーヴァの目の前に振り下ろす様に手を叩きつけ、体を持ち上げる。振り下ろした左手に力を込めながら体を飛び越す様に、テーブルの上へと動かし、寄り掛かる様に前に倒れているハーヴァの頭上を越える。そのままハーヴァの後ろへと回り込み、

 

 ドロップキックの様に両足を揃えた蹴りをハーヴァの背後にいたフルアーマー姿の鎧騎士のような存在へと叩き込む。

 

 ハーヴァの背後に片膝を付く様に着地しながら鎧騎士を吹き飛ばす。咄嗟の事に思考を切り替え、そして動く体に感謝する。自分の体でもないのに、ちゃんと応えてくれた。動く事に再度感謝しつつ、蹴り飛ばし、そして吹き飛んだはずの相手へと視線を向ける。全体重を乗せて蹴り飛ばした鎧騎士、

 

 少し吹き飛んではいたが、両足で立ち、その姿は健在だった。強く一撃を叩き込んだはずで、手ごたえは確かにあった―――だが威力が相手の防御に対して足りなかったのだろう、それだけの話だ。両足で立つ鎧騎士の手には盾、そしてメイスが握られている。此方も立ち上がりながら拳を構え、口を開こうとし、

 

「へい、館内は―――」

 

「Out of the way, or die with the scum. We will not miss this chance」

 

 言葉に割り込まれ、一瞬で接近される。その先は己ではなくハーヴァへと向けてだが―――明らかに普通の速度ではなく、何らかの法則で強化された速度での接近、即ち魔術による力が見えていた。

 

 故に力で対抗するのは完全にやめ、接近と同時に接近しかえし、バッシュに出してくる盾を横に回避しながらメイスを振り上げる手首を取り、それを合気の技術でテーブルを超える様に投げ飛ばす。投げ飛ばされた鎧騎士がテーブルの向こう側へと投げられた先で体を捻る様に整え、投げられた先で態勢を整え直して着地するのが見える。鎧姿でそれを成してしまう事に熟練の技術を感じる。

 

 明らかに、

 

「訓練されてる―――」

 

 そう評価する前に正面、相手が動く。真っ直ぐ、テーブルを粉砕する様に盾を前に出して突撃して来る。その動きを目でとらえながらも、背後から来る気配に振り返る事無く直進し、立ち上がったハーヴァの腰を引っ張りながら、体を横へ飛ばす。テーブルが粉砕されるのを目で追いながら、此方へと向かって来る気配が視界外にあるのを認識し、振り返りながら回避動作に入る。

 

 薙ぎ払う動きの剣を蹴り上げる事で流し、

 

 突きだされる槍を横へ蹴る事で蹴り流す。

 

 鍛えられていない体では上半身よりも下半身の方が遥かに強く、それでいて靴で守られている以上、遥かに防御性が高いために拳よりも安心して迎撃に使える。

 

 故に槍と剣を捌き、抱く寄せる様にハーヴァを危機から引き抜く。

 

 が―――図書館に響くのは金属の音。

 

 そして眼前には明らかに訓練された三人の鎧騎士が存在していた。

 

「ピ―――」

 

 冗談を口に浮かべる前に、鎧騎士が動いた。

 

 ―――ガッチガチだなぁ、鍛え方と反応が。やべぇなこれ。

 

 本気で訓練し、鍛え上げられた、そんな精鋭とも呼べるような存在が眼前に立ちはだかった。

 

 言葉は―――通じない。故に、武力のみが場を支配する言語となっていた。




 ブッキング会社が時間変更教えないから飛行機逃しました(半ギレ

 というわけで安宿で暇つぶしに執筆ぽちぽちしてました(半ギレ

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