「あ、どうも、信綱です。うっす、久しぶりです先輩。あぁ、いや、特に不安だとかそう言うわけじゃなくて……あの、電話かける度にみんなでヒモヒモ言うのって決まったルールかなんかすか? うん、はい、ははは……先輩ほんと元気そうですね。いや、実はちょっと調べてる事があって、先輩からも話を聞けたらと思ったんすよ。あ、どうもです。えぇ、ちょっと”幻想御手”っつーもんらしいんですけど―――」
肩でスマーオフォンを抑え、開いている両手でメモ帳とペンを握り、メモ帳に聞いた話を書き込んで行く。
「はあ、成程成程。非常に助かりました、ありがとうございます。やっぱ困った時は先輩に頼るもんすね。いやいやいや、お世辞とかじゃないっすよ、昔から先輩には世話になってますし、心からそう思っていますって。それで先輩最近どうです? まだ忍者やってるんすか? 、あそうっすか。……はぁ、また大変そうですねぇ。あ、それで今度一緒に飲むのどうです? 勿論こっちの奢りですけど。あ、では、日程に関してはまた今度で。うす、それでは」
電話を切りながら軽く息を吐く。スマートフォンのスクリーンに出ている時間は既に昼を過ぎ、夕方に入っているのを示している。”幻想御手”に関する基本的な情報を集める所から始めたが、これが意外と分散していて、集め辛かった。だから時間はかかってしまったが、ある程度の情報が固まった。
第七学区の公園にあるベンチに座り、メモ帳に書き込んだ情報を整理して行く。
「まず、”幻想御手”とは能力者のレベルを上昇させる画期的な道具である」
ここが一番注目されている部分であり、美琴とあのツインテールの風紀委員が”幻想御手”を探る理由なのだろう。そんな簡単にレベルを上昇する様な道具が存在するはずがなく、存在したとしても絶対にどこか、デメリットが存在する。そうでなくては努力の”辻褄”が会わない。それにレベルが上昇したらどうなるかぐらいは簡単に予想がつく。
実際、そういう感じの情報も解った。
「急激にレベルが上昇した結果自信がついて、必要以上に大きくなったように見える、か―――」
解らない話ではない。しかし面倒な話でもあるだろう。特にスキルアウトの様な無法者が手にしてしまった場合が一番めんどくさいとも言える。この学園都市に存在する能力者、その六割は無能力者、レベル0に相当する存在である。そのうちの何割がスキルアウトに存在しているのだろうか。スキルアウトではなくても、その幾割か、”幻想御手”を手にしてレベルが3や4になってしまえば―――解りやすい面倒が待っている事だろう。
「”幻想御手”は音媒体である」
コピーを入手する事は出来なかったが、”幻想御手”が音、あるいは音楽という形でネットを通して広がっている、というのは解った。レベルの高い人間には見つけづらく、低い人間には見つけやすいようにも工夫され、”探そうとすれば見つからない”という面白いセキュリティもされているようだ。
作って広めた奴は間違いなく天才だが、同時に天災でもあるだろう。面倒の一言に尽きる。が、仕事は仕事だ。どこまでやれ、とは指定を受けていない。とりあえずは”幻想御手”の現物を確保し、集めた情報のまとめを渡せば満足してくれるだろう、と予想しておく。
とりあえず、風紀委員にも面子というものが存在する。あまりに仕事を完璧にこなした場合、やっかみを喰らう場合がある。だから程々に、少し手を抜く感じで仕事は終わらせればいい。何せ、問題解決は彼らの仕事なのだから。
それにたぶん、というかほぼ確実にこの”幻想御手”が問題になっているのだろうが、誰でも救おうとするヒーローではないのだから、解決に乗り出す事なんてまずありえない。というか面倒だからしたくない。そもそもそう言う危ない事をしようとすると操祈が心配する。あんまり、女を泣かすのは良くない。
「とりあえず、現物を抑えに行くか」
そう決めるとベンチから立ち上がり、出していた荷物をショルダーバッグへとしまう。荷物を背負い、そして公園の出口へと向かってまっすぐ歩き始める。先輩のおかげで”幻想御手”を入手する為の手段は理解したし、そう時間をかけずに入手する事は可能だろう。
しかし、
学園都市で”職業=忍者”とはいったいどういう就職の仕方をしたのだろうか。非常に気になる。
◆
数あるネットカフェの中から適当なネットカフェに入る。料金は長居をするつもりはないため、一番安い一時間のプランを選び、個室を貰って入る。しっかり扉を閉めた事を確認し、荷物を椅子の横においてからパソコンの操作を始める。といっても、やる事はシンプルに入手したウェブサイトのアドレスを入力し、そのサイトから特定のファイルをダウンロードする事。
ダウンロードしたファイルを記憶媒体、そしてスペアのミュージックプレイヤーにデータを移す。
こうやって、あまりにもあっさりと”幻想御手”の入手が完了した。
スペアのミュージックプレイヤーにイヤホンを繋げると、目の前のスマートフォンとメモ帳を広げ、手にボールペンを握る。能力の開発とは”脳”を弄る事になる。この”幻想御手”が音という媒体である以上、おそらくこの使用方法が正しい。しかし音を通した脳の開発はカリキュラムの一つとしてちゃんと登録されているが、
レベルを即座に引き上げるほどの劇的な効果は存在しない”筈”なのだ。その真偽を問うには自分自身に試し、その使用感を解析するしかない。専用の機器がないとはいえ、精神や脳への干渉に関しては”ある意味”プロフェッショナルだ。理論に関して等なら良く操祈から話を聞いている上に、
まともに能力を発動させられない分、腐るほど演算能力が余っている。それを使用中の脳への干渉を調べれば、ある程度は情報が出るだろう。
「さて……やっとくか」
椅子に深く押しかけながらも右手でボールペンを握り、短縮言語―――他人からは全く理解の出来ない素早く状況や言葉を書き込む為の線や点を多く抜いた、簡易的な暗号の様な言語を書き込む準備をし、左手で繋げてあるミュージックプレイヤーの再生リストから登録したばかりの”幻想御手”を選び、その再生を開始する。
「―――」
骨伝導イヤホンの向こう側から聞こえてきたのが音の波と振動だった。耳を通して脳へと直接干渉しようとするそれは一定のリズムというべき波を持ち、形を刻んでいる様に思えた。しかしそれは耳を通して脳へ干渉しようとしたところで―――一切の干渉を果たせずに弾かれ、その効果が霧散する。自動的な抵抗(レジスト)が発動している間にも、脳のリソースで音の解析を試みる。
が、自分程度では精々”脳波への干渉”というぐらいしか解らない。
”幻想御手”の再生が完了した所で、溜息を吐きながらメモ帳に情報を書き込んでいた手の動きを止め、ミュージックプレイヤーを消し、それを記憶媒体と共に透明な袋の中に提出品として纏めておく。今まで集めた情報と、そして今回のメモをわかりやすく纏めたら”幻想御手”と共に美琴へと渡せばこれで仕事が完了だ。纏めるのも情報はそう多くない為、三十分もあれば終わる。
「ま、こんなもんだろ」
ネットカフェの時間が残っている間に報告書をまとめるか、なんてことを思っているとスマートフォンに着信が来る。電話の主を確認し、そして出る。
『今、脳への干渉を察知したんだけどぉ』
「彼氏の脳を見張るのやめない? そんなことしなくても浮気とかありえないから」
『アドレナリンの分泌でピンチかどうかとかも一応解るんだけどなぁ』
「彼氏彼女の前に少しでいいからプライバシーを主張させてください。それに俺に脳や精神への干渉は一切通じないってのは解ってるだろ……ったく」
通話を切りながら溜息を吐く。情が深く、心配してくれるのはいい、そこまではいいのだ。だけどその結果脳の状態を監視しているってどういうことなのだろうか。まぁ、きっと、これも可愛い行動なのだろう―――と思い込んでおく。やっぱりレベル5となると絶対にどこかぶっ飛んでいるのはしょうがない所だろう。ともあれ、操祈を納得させたところで、とっとと話を纏めて仕事を終わらせよう。
今日中に終わらせてしまえば、明日の朝一番に”幻想御手”を美琴へと渡して、それで仕事完了だ。
◆
―――結局一晩ネットカフェで過ごす事となってしまった。
その理由は実に簡単で、ちょっとしたぜいたくがしたかった、それだけだった。
最近のインターネットカフェは凄い。エアコンが甘美されているだけじゃなく各種オンラインゲームは当たり前、毛布は借りれて、シャワー室まで用意されており、ナイトパックは泊まる事前提であれば割引される。ドリンクサービスが無料の為、ドリンクだけでお腹をいっぱいにする事が可能であれば、食費はゼロになる。個室を一晩借りるだけで割と安宿よりも良い環境出る事が若干悲しくはなるが、安宿は本当に金のない者への救いなのだ。比べちゃいけないのかもしれない。
ともあれ、一晩借りた結果、妙に報告書を書き進める事が出来て、もはやレポートの様なものになってしまった。それでもざっと纏めている為、五ページ程度で済んだ。久しぶりにまともな仕事をこなしたな、という妙な達成感と共にメールで予め入手しておいた美琴のメールに、仕事完了と受け渡しに関する連絡を送り、
朝、前日と同じ場所、同じ時間に足を組んで壁に寄り掛かる。
流石に七月も下旬に入ると夏の日差しが照り付けるような暑さを叩き込んでくる。ジリジリと肌を焼く感覚には若干の苛立ちを感じるが、今日ばかりは帽子とスポーツドリンクを購入する誘惑には抗えなかった。壁に寄りかかりながら妙に甘酸っぱいスポーツドリンクを飲んでいると、昨日と同じ、常盤台中学の制服姿の二人の少女が近づくのを見かける。近づいてくる二人に対してお、という言葉を吐きながら、予め用意しておいた報告書と”幻想御手”のサンプルを手に取る。
「ういっす、お客様共。これが昨日お客様方のお望みの”幻想御手”に関する情報とサンプルですよ、っと」
クリアファイルに入っている報告書とサンプルを美琴へと受け渡すと、ツインテールの少女が驚いたような表情を浮かべる。
「仕事が早いですわね。一応数日追っているのですけれど」
「そりゃあこんな事やっているんだから、人脈とか探すべき場所とか、そういう所があるのさ。こういうもんは探すところさえ解っていればそう難しくはないんだよ、見つけるのは。まぁ、ざっとどういう感じのもんかは纏めてみたから、流し読みしたら解析できるところに持ち込んでくれ。ではお客様、お代の方を」
「あー、はいはい」
美琴がポケットから無造作に入れてあった紙幣を数枚取り出し、確認する事無くそれを渡してくる。受け取ったその枚数を素早く数え、満足した所でまいど、と笑顔と共に返答する。
「またのご利用をお待ちしておりま―――ってもういねぇ」
背中を向けて既に常盤台のコンビが走り去っていた。忙しいなぁ、と思いながら受け取ったお金を失くす前に財布の中にしまい、安全を確保する。
「さて、この臨時収入でどうすっかなぁ。新しいイヤホンを探すのもいいし、何か別の物を探すのもいいんだよなぁ。前々から欲しかったものも色々とあるし、この際色々と揃えてみようかなぁ」
―――あぁ、先輩と飲む為のお金もある程度確保しておかなくてはならない。
意外とお金の使い道が多くて困る。基本的に操祈がお金を投げつけてくるので不自由している訳ではない。だけど貰ったお金で好き勝手する、というのはどうも負けた感じがしてしまった嫌なのだ。しかし一気に数万レベルでお金が入ってくると、しばらく遊んでいても問題がないのは間違いがない。
となるとこれ、自慢できる相手に自慢するしかない、という事になる。
「うっし、当麻を煽らなきゃ」
どうせ彼の事なのだ、どうせ何時もの不幸コンボを喰らってカードが折れていたり、財布を紛失していたり、お金を人助けに使った結果何時の間にか空っぽになっていた―――なんて面白おかしいイベントが発生しているに違いない。それに昨日、なんだかロリを捕まえたとかなんとか言っていた。また磁石の様に女を引きつけたのなら、その様子を見に行くのは悪くないだろう。
無能力者、レベル0と判定されている友人にして恩人、上条当麻。
どうせ彼の事だから日中は補習を受けているに違いない。その間に勝手人部屋の中に忍び込まさせてもらおう。きっと帰って来た時は驚きの表情を浮かべるに違いない。
悪戯を思いついた子供のの様に笑みを浮かべると、額についた汗を手の甲で拭いながらスポーツドリンクを一気に飲み干し、五メートル後方のゴミ箱へとペットボトルを視線を向ける事なく投げ捨てる。かたん、とゴミ箱の中へと落ちる音を聞きながら照り付ける日の下で、
友人の家へと向かって歩き始める。
ベランダで干された状態のロリを全裸に剥いた男へ会いに行こう。
どこからどう見ても事案です、はい。
コネも親交もないのに特に超電磁砲に関わる訳でもない、基本的にはみさきちかみやんサイドっぽい何か。魔術サイドの方がイベント豊富だからしゃーないね。