記憶は流れる。意識は流転する。だけど水底の輝きは流せない。その輝きこそ永久不変。
◆
―――一九九■年八月
◆
熱い。ひたすら熱いと、熱を体で感じていた。太陽が悪いのか。そうだな、そうだろう。消えないかなぁ、なんて事を思いながら節約する為、店内へ逃げ込むという選択肢を投げ捨て、街中を歩く夏だった。
売れないミュージシャンみたいな恰好で一人、道路を歩く。道筋がついに見えたのだ。これからは明るい未来が、無限の未来が待ち受けている! そんな気持ちで胸中は溢れており、気持ち的に最高潮を迎えていた。だから周りから奇異の視線を集めようとも、気にする事はなかった。とりあえずは就職を目指して資格でも取得すべきだ、アルバイトで生活資金を溜めるべきだ、そんな事を考えながら学園都市を目的もなく、歩いていた。ただそれだけが楽しかった。
交差点の向こう側に常盤台中学の制服姿の少女を
長い金髪に
声をかけよう、そう思って歩道へと踏み出し、
横からやってくるトラックに衝突する。
◆
違う。もっと昔。もっともっと過去へ。記憶の源泉にして起源、それを覗き見るべきなのだ。深淵を覗く者は深淵にもまた、見られている。されど代償無くして物事はなせない。故に飲め、喰え、歌え、そして遊べ。人の一生は短い。死後に快楽はない。生きている間に喜んで学べ。
◆
―――一九八■年
◆
―――血の中に立っていた。
片手には刃物が握られており、目の前には血を流して倒れている大人の姿がある。自分の体は小さく、貧弱で、そして殴られればそれだけであっさりと死んでしまえる様な、そんな子供の体。なのに刃をしっかりと握り、それを決して離す事はなかった。血だまりの中で息を引き取る大人の姿を感情も抱く事無く見下ろし、恐怖の視線で見つめる孤児院の兄弟達へと向ける。
そう、そうだ。ここは孤児院だ。そして相手は酷い大人だった。何時も理不尽な理由で怒っては直ぐに子供を叱り、そして痕が出来ない様な巧妙な強さで虐待を繰り返すクズだった。間違いなくそいつは俺の時間を奪おうとしていた。俺の刹那を奪おうとしていた。許せない。絶対に許せない。俺の時に触れるな。俺の刹那を奪うな。何時からか、何処からか、その願いをずっと抱き続けてきた。
だから殺した。邪魔をした奴を。刹那を奪われるぐらいなら殺してしまえば。絶対に奪わせない。純粋にその気持ちだけで動き、そして不意を打って首を裂いてから心臓に刃を振り下ろし、殺した。浴びる血の感触は
周りの兄弟達は怪物へと視線を向ける様なものを向ける。しかし、それは浴び慣れた視線だった。初めてなのにそう感じた。既知感を人生で明確に感じたのは、おそらくそれが初めてだったのかもしれない。だけど、その既知感に安心感を抱いた。だって、それは同時に何度この事件が起きようと、何度でも殺し、助け出せるという証明だったのだから。百回同じことがあっても、百回殺すだろう。同じフィルムをループで見続けているような人生。それを心の底から愛した。愛している。愛させてほしい。子供ながら全く一つとも真実を理解せず、刹那を守れたことに満足していた。
だけど、一体、こんな願いは何時抱いたのだろうか。初めてじゃない。子供の目と頭を通して、それを感じ取った。
◆
故に起源は更に捻じ曲がる。思い出さなくてはならない。一歩目は怒りでもなく、義務感でもなく、もっともっと関係のないものだった。その刹那こそが全てであった筈。最初の一歩、それは一体どこへ消えた? どこから生まれた? 思い出せ。一体何のためにここまで来たのか、思い出そうとしているのか、何でそもそもこんな事を始めたのか。
何故こうも、彼女の影を追いかけてしまうのか、思い出せ。
愛は繰り返し、愛する為に時は足りず、そして愛はこんなにも脆い。脆い。脆すぎる。抱きしめようとして壊れるほどに、試そうとして砕いてしまう程に脆い。刹那は永遠であるのに、抱きしめようとすればそれは台無しになってしまう。
見つめろ、そして遡れ、肌を通して感じる熱で思い出せ、己の真を。
◆
―――一八五■年
◆
「―――順境は友を与える。成程、確かに一理ある。こうやって私の前に新たな可能性を運ぶとは思いもしなかった」
「言葉を借り然り、と答えよう。だがその言葉は決定的に間違っている。順境が友を与えるのではなく、これはただの決められたレールの上での出会いでしかない。意味なんてない。だけど意味はある。そういう類のものだ」
雪が降る白い世界を、血が赤く染めている。視界に広がる限りにはイギリス清教、ローマ清教、ロシア、ヒンドゥー、陰陽、宗教や組織を超えた魔術師の死体で溢れかえっていた。その地獄の中心で、二人の男が背中合わせに、視線を交わらせる事無く語り合っている。片方は影法師の様に揺らめくローブ姿の男、もう片方は処刑刃を二本、眼前の死体に突き刺す、返り血で余すことなく辛苦に染まった処刑人の姿だった。第三者視点で二人の姿を捉えながら、真紅の処刑人の目を借り、死で満ち溢れた世界を見ていた。
「私は常々思っている。科学を解析し、天を暴き、魔の世界を理解した。神の領域に手をかけ、そして運命を知って失望した。世は容赦もなく無常であるとどうしようもなく理解させられてしまった。あぁ、そうだ、真実を理解してしまえば実に簡単な話だ。我々は決して逃れられぬ
「だけど意味はある」
然り、と影法師は答える。
「勿論意味はありますとも。故に私と、そして貴方の出会いがあった。価値はなくとも、それは意味がある。それは似ているようで全く違う事である。故に私は、渇望する。価値を。絶対的で不変の価値を。意味はいらない。だけど価値が欲しいのだよ、時の魔神よ」
「なら俺はこう答えるさ―――どうでもいい、と」
価値なんてどうでもいい。それに意味だってどうでもいい。それが、魔神の抱いた思いだった。
「日常なんて触れてしまえば壊れる。当たり前の様に存在するそれに意味や価値はないんだ。だけど美しい。そう感じないか? 生きている、頑張っている、生きようとしている―――どんな小さくたって、必死に生きようとしているんだ。その瞬間が、彼らの輝きが何よりも愛おしい。それを永遠に宝石として眺め続けたい―――それをずっと願っているんだ」
起源。これこそが起源。
「子供の頃、誰かと一緒に遊んだ。その時間が楽しかった。だからずっと遊び続けたかった。それだけ、それだけなんだ―――」
「えぇ、それだけ故にとても簡単で強力―――そして文句のつけようのない邪悪でもありましょう」
処刑人が、時の魔神が願ったのはそれだけだった。楽しい刹那よ、愛しい刹那よ永遠に。そこに意味はなかった。価値もなかった。そんな事は求めなかった。何故なら、そんなものは必要なく、必要としない上に価値も意味もないそこにこそ全てがあったのだから。
それが起源であり。
そんな起源、存在しないに等しい。
「それだけ。たったそれだけの願いで貴方は魔神へと至った。論理も、法則も、努力も、そして苦労も歴史もドラマも全て、全てを蹴り飛ばし、ゴミだと罵って至った。まさに怪物。起源や源泉?等あったものでもない。思えばこそ、狂気を超越した願いだけで貴方は魔神へと至り、望みを果たせるようになった」
「―――あぁ、そして後悔した。けど―――」
力は消えない。
◆
消せるわけがない。不可能に決まっている。アホらしい話だ。夢は諦められる。だが捨てる事は出来ない。そして狂気を通り越したその願いを諦める事も捨てる事も出来ない。魔神は哀れにもそれができなかった。自分で終焉を迎える事すらできなかった。その思いは強かったから。誰に否定されても抱き続けてしまう願いだったから。
故に、第四の法則は単純にして明快。そんなものは存在すらしなかった。論議する必要はない。最初から存在し、また存在しなかった。気付こうとしても気付けない、だが最初から持っているもの。ご都合主義だと言って観客が唾を吐き捨てる様な、その程度のもの、
時は流れ、記憶は過去へ、そして意識は覚醒する。
◆
「―――時よ止まれ、お前は美しい。そう祈ってきた。そう願ってきた。だけど、そんな事出来る筈がない。永遠にその刹那を切り出す事なんてできやしない、ほかならぬ超能力が、時間を操る能力がそれを証明していたから。そう信じていた」
体を駆け巡る熱はない。体に触れる感触はない。煩わしい制限を振り切る。正面、突き出される槍が目の前一センチという領域にまで迫っている。そこに映る自分の瞳は、爛々と―――碧眼の姿を見せている。
「それじゃあ至れないもんな―――」
槍は突き刺さりそうで突き刺さらない。否、停滞の海を進んでいた。片目の魔神が生み出した世界と同じように、全ての動きを、その刹那を永遠に引き延ばされていた。それに抵抗する事は出来ず、軽減する事もできない。
故に腕の一薙ぎが迫ってくる幾人の騎士を一撃で軽々と吹き飛ばす。神裂火織の様な聖人と比べれば間違いなく見劣りするだろう。だが、戦闘という分野ではプロフェッショナルであり、そして国を防衛する立場にある彼らは一人一人が歴戦の戦士であり、護国の勇。地獄のような訓練を潜り抜けて前線に立つことを許された、最高の装備に身を包んだ守護者たち。それが一撃で薙ぎ払われ、吹き飛ぶ。
今までの力関係を考えるならまずありえない現象だが、それを逆転させるものはある。
それは、即ち、
「―――人の一生は余りにも短く、そして儚い。輝きは永久不変、されど永遠には程遠く」
やる事は簡単にして明確。願え。渇望しろ。
魔術? あぁ、術式は便利だ。覚える事は力になるだろう。
超能力? 魔術とはまた異なった法則、これも知るだけなら便利だ。
だが魔力も開発も小賢しい。確かにそうだろう。力の本質はそこではないのだから。知ってしまえば戻れない。思い出せば胸を焦がす様な、狂おしい感覚が胸をえぐる。
「どうか願わせてほしい、その輝きこそ永遠に相応しいから―――時よ止まれ、お前は美しい」
言葉はゆっくりと、語る様に口から漏れだした。しかし、それは騎士たちが床に落ちる前に全てが紡がれ、完成した。自覚した瞬間から失われた力は形を変えて蘇る。
魂を燃焼させろ。
渇望を抱け。
渇望を魂で燃焼させ、
故に渇望を抱け。原初を思い出せ。一番最初に抱いた切なる思いを世界を侵食する程に抱け。
「―――
右半身共々右腕を突き出し、煩わしい干渉を正面から砕く。体を纏う天を堕ちさせる為の力を消し去り、時間が歪む。オッレルスが送り続け、覚えさせた術式が渇望と繋がり、血肉となって新たな法則を刻み始める。
人から魔神へ、その第一歩が踏みしめられる。
鎧騎士達が床に衝突する瞬間には世界が等速を取り戻しながら全ての
「殺す気はない。だけどあのクソ女と話す為だからな、だから眠ってて貰うぜ」
”魔人”として産声を上げながら、邪悪な願いだと理解しつつ、思い出してしまった狂おしいほどの願いを、現実や理論や法則や証明、その全てを無視してすら突き抜ける渇望を、
それを抱いて蹂躙する為に踏み出す。
好きな人に一体誰の面影を求めていたの? という感じで
怒りの日的な要素に八命陣っぽい詠唱。そのうち召喚とかリトルボーイ的な感じのぶっぱ覚えるんじゃないかな。
カッス的な連中的に考える的な。やっぱ開幕ぶっぱ。
早く落ち着ける環境が欲しい