目覚めは酷く不快な気分だった。起き上がりながら体にかかるベッドシーツを剥がし、病院にいる事を自覚しながら吠える。
「オティヌスのクソアマがぁ―――!! 泣かす! 絶対に泣かしてやるからなお前!! 泣かした挙句許してって可愛く言っても無駄だからな!! その場で押し倒して百回レイプしてやるから! 土下座させたまま百回レイプしてやっからなあ! あ、やっぱりなしで!! お前逆に喜ぶだろうから泣かすだけで!! 泣かすぞコラァ!! 泣かさせてください!!」
一回黙って、無言になる。
「クソ、可愛いから泣かしたら罪悪感が生まれるじゃねぇか! 卑劣な……!」
「お、良い空気吸ってるんじゃないかこれ」
シャウトに満足した所で、頭をを横へ、視線を自分がいる病室らしき場所の入り口へと向ける。と、そこには扉を開ける様に入ってくる金髪サングラス、そしてアロハシャツの少年―――土御門元春の姿があった。片手にはコンビニへ行ってきたのか、プラスチックの袋が握られている。その姿を見て懐かしさと共に、よ、と片手を持ち上げながら挨拶し、口を開く。
「ツッチー、俺さ、オティヌスっていうヤンギレ金髪眼帯デレデレ痴女主神女と戦ってたんだけどさ」
「この時点で属性過多でお腹いっぱいなんだよなぁ、これ」
「だけどさ、ぶっちゃけストライクゾーンなんだなぁ、これが。あ、胸が少し小さいのが不満だけどな? しかし、いやぁ、既に彼女がいるこの俺な訳だが、倒したまま押し倒すならこれ、もしかして戦争的に合法じゃね? 神話的にこれアリじゃね? って思うわけなんだよ。いや、実際はこれ絶対アリだろって判断しかねーよ。つまりなんというかあの女泣かせないと男としては生きていけねぇあのクソ女絶対泣かす」
「……あぁ、うん。元気そうで何よりなんだみゃー。……駄目だ、テンション差が激しすぎてキャラ作る気になれねぇ。もうちょっとアクセル抑えろよ」
最後の発言を無視して聞き流す。
ふぅ、と息を吐きながら窓の外へと視線を向け、ここが日本ではない、イギリスである事を思い出しながら、視線をベッドへと戻す。そこには鎖や符が体の動きを阻害する様に装着されているが、それらを無造作に千切っては破り捨て、体をその束縛から解放する。そのままベッドから足を下ろし、軽く立ち上がる。
まだ少し気持ち悪さは残るが、どうやら普通に立てるぐらいには回復しているらしい。その気持ち悪さも直ぐに消え、完全回復が完了していた。
で、
「今日って何日?」
「九月十五日―――お前がオティヌスと戦ってから既に二週間以上が経過しているよ」
腕を組み、溜息を吐き、そしてそっか、と声を零す。二週間以上も寝ていた―――その事に対する考えはある。というも、まず第一にオティヌスを相手に大立ち回りを、戦闘行為をしたことだ。間違いなくその時に受けたダメージの回復に眠っていたのは間違いがない。そしてもう一つ、魔人への変化に体が対応しようとしていたのだろう。その為に休息を必要とした。
あとは多分干渉とか、そんな所だろう。ともあれ、
「んで? なんでツッチーここにいるんだ」
「今更だにゃー……。いや、これもっと早い段階で知るべきだったと思うんだけどさ、俺っちさ、実は魔術サイドと科学サイドで二重スパイやってるんだよ。っつーわけで科学と魔術サイドの話は大体入ってくるわけなんだが……んでまぁ、お前の話を聞いてイギリスに飛んできたって訳よ、ノブノブ。いや、待て、今は確かクロノスだっけ?」
「間取ってノブノスで」
「ネームセンス欠片もねぇな」
納得し、頷くと、元春が袋の中から紙パックのジュースを取り出し、それを此方へと投げてくる。それを受け取りながら、ストローを突き刺し、口に入れる。口の中に流れ込んでなんとも筆舌しがたい奇妙な味に顔を軽く歪めつつも、紙パックの絵を確認する。何やら冒涜的で不定形な絵が描かれている。しかし、味はそこまで悪くはない。暴徒的で筆舌しがたい味―――一体何味なのか、ちょっとだけ知りたい所ではある。
「とりあえずノブノス、寝ている間に何があったか聞く?」
「へ、ヘーイ! かもんかもん! かかって来いよ!! もう何も怖くねぇからなぁ!!」
「なんで中指をそこで持ち上げるんだよ―――とりあえず隻眼の魔神
オティヌス―――やっぱり、アレ、ノリの良い馬鹿タイプだったらしい。
「とりあえずお前がぶっ飛ばした連中はウチの国の”騎士団”だ。
「なんで女って生き物はどいつもこいつも修羅道入ってるんだ。訳が解らねぇ」
「ねーちんは聖人だからなぁ」
それ、答えにはなってない、とは言えないかもしれない。聖人という存在を
「他には何かあるか?」
「んー、そうだなぁ、科学サイドってか俺らのヒーローの話をすっか」
「おう、ポップコーンを用意しろ」
「言うと思って用意しておいた」
元春が袋から取り出したポップコーンを受け取り、袋を開けて完全に映画を見て楽しむような態勢に入る。自分の良く知っている上条当麻の事だ、きっと期待を裏切らないフラグ建築を行っているに違いない。それを楽しみに、インスマス味等と書かれた奇妙なポップコーンを食べ始める。
「とりあえずお前がいない間に3、4人ぐらいに旗を立てた」
「流石という言葉しか出てこないレベル」
「だろ? とりあえず
「雑っ」
そのままの元春の姿を見ればなんとなく
「とりあえず学園都市に来た侵入者ぶっ飛ばしたり、殺されそうだったシスターを庇った結果ねーちんが騎士団に対して殺意抱いたりとか、こっちはこっちで色々イベントフルだったぜ。あ、あと
「言外に心を抉ってくるのを止めろ。その話は俺に効くんだ」
爽やかに元春は笑い、
「いやぁ、罪悪感があるなら別にいいんだぜ? それ以上は何も言わないさ。俺も別段他人を責められるほど高尚な人間でもねぇからな。それよりもノブノス、お前大分人間やめてるな。研究科の連中がこぞって解剖したがってるぜ」
「やめてくれよそういうの、気持ちが悪いから。後ついでにノブノスも」
んー、と声を零しながら軽く体を伸ばす。軽く体の調子を確かめるが、完全に体からダメージは抜けきっており、再生が完了していた。オティヌスに受けたダメージであれば治療は少々遅いと思ったが、二週間もあれば流石に治るか、と納得しておく。とりあえず今の恰好は患者服だ。これで外を歩き回るのはあまり恰好が良くない。適当に元春をパシらせて服を持ってこさせるか、それとも人目に付く事がない速度で男子寮へ戻るか、そんな感じでいいだろう。そんな事を思いながら再びベッドの上へと腰かけ、そして首を軽く回す。
「俺様復活」
「お前がここに運び込まれた時はもう無理じゃね? って感じだったらしいけど、どうにかなるもんだな」
「まぁ、魔人だしな」
そう、魔人。魔人へと至ったのだ。段階的に言えばディスりが容赦のないオッレルスと同等、オッティヌス相手には全くの無意味でゴミ程の価値しかないオッレルスと同等。魔神へと至る一歩手前でありながら始まりの段階、魔人。それが今の自分であり―――明確に人とは違う存在になったと、認識できる。知覚できる範囲が、世界が広い。手を振って魔術を簡単に発動できる。法則に縛られる事無く力を行使できる。その気になれば意味不明な現象を意味不明な理論を通して実証できる。徹底的にデタラメ、確実に人間ではない、理論の通じない怪物になった。
「まぁ、後悔がなきゃ別に俺としちゃあ別にいいんだけどさ、オメー、この先後悔せずにいられるかそれで?」
「はぁ? 無理に決まってんだろ! 割とノリとテンションとその場の感情だけで突っ走ってるぞ俺は! 言っておくけど、アレイスターの水槽ニートをどうやって殴るしか頭にねーからな。多分全部終わった後には後悔するけど、新しくやるべき事リストに”オティヌスちゃんを超泣かす”って目標が出来たからな! それが終わるまではなんとかテンションとノリを維持して行けそうさぁ!」
「ノリとテンションで魔人になったって後で情報売ったらこれ爆笑できるな」
そう言ってメモを取る元春を見て、苦笑が漏れる。学園都市にいる時を思い出す。未練がないと言えば嘘だ。だけど、それよりも大事な事を、重要な事を見つけた。テンションとノリが関わっていることは間違いがないが、アレイスターとオティヌスをどうにかしない限りは、そもそも”生きている”とさえ言えないと思う。あまり真面目にそれを見せるのはキャラではないから。
ともあれ、
「ま、俺は俺で何とかやってるよ」
「そりゃみりゃあわかるけどよ、それでいいのか?」
元春のその言葉に肩を揺らす。学園都市を出る時、その時に会っていたのは
「悪いとは思っている。今は反省していない」
「お前、それ
吐血のモーションを取るとはははは、と元春が笑い、そして真面目な顔を取る。
「んじゃあ再会を祝ってネタと反射神経での会話はここら辺でやめて、そろそろ真面目に話さねぇ?」
「ホントそうやって前置きしねぇと俺らの会話って進まねぇよな」
なぁ、と元春と当麻と三人で学園都市で暴れまわっていた時の事を思い出し、んで、と声を零しながら真面目な表情を元春へと向ける。それを受け取った元春が軽く頭の裏を掻き、
「お前、十九日から何があるか知ってるか?」
「時期的に考えると……大覇星祭か」
「あぁ、まぁ……外部から魔術師とか入ってきたりするんだけどな、それは正直どうにでもなる。俺やカミやんがいるし、
つか、それはどうでもいい、と元春は言った。重要なのはそこじゃない。
「割と大事だと思うけど―――」
「いや、ぶっちゃければこれは”こっちの事情”って奴だぜ。お前を巻き込むような話でもなければ、助けを願うもんでもねぇ。組織として処理していく様なもんばかりよ。でもそれに一つだけ、聞き捨てられない話を聞いたわけさ」
それは、
「―――お前の彼女、
それを聞き、ベッドから腰を上げ、
「そっか」
「どうすんだ……って聞く必要もねぇなこりゃ」
そんな事を口笛交じりに元春は言う。こうなると、確実にそれを理解して言っているのだから、相変わらずコスい、というかセコい、というか―――まぁ、ともあれ、
「学園都市に久しぶりに戻るか。取り合えず怪しい奴を皆殺しにすりゃあいいんだろ? あン?」
「いや、お前ホント頼もしくなったな」
選択に迷いはない。もう、刹那を奪わせる事はない。誰にも、絶対に、刹那には触れさせない。まだ足りない。
敵の懐へと飛び込む。
計画。
計算。
そんなものは知った事じゃない。
その程度では停める事が出来ない―――だからこそ魔人へ至った。魔神へと至る渇望。
渇望その物の為に現実すら侵食し、改竄する。
「ガックェェェェんトッシシィィィ!! 今行くゥゥゥゥよぉぉぉぉ!! 無能と呼び名高い
「そのテンションはヤバイから落ち着いて行こうな。つか前よりもネジが3本ぐらい飛んでないかお前」
笑い声を上げ、隣の部屋から壁ドンという抗議を貰いながら一切気にする事無く、学園都市への帰還という確実な悪手を、迷う事無く選ぶ。
魂が抱いた渇望を騙す事は出来ない。
なら死ぬまで走り続けるしかないのだ。
ツッチーの立場に対して反応が薄い? 渇望を思い出しちゃったせいで人格が軽く変わり始めてきたからね、段々とキャラが変わってくよ。現実さえも侵食する想いなんだからそらぁ人格変わるわ。
葉巻を咥えたゴールデンレトリーバーがアップを始めました。