とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

33 / 40
涙は時の様に
九月十八日


 ―――学園都市へと向かうには数日かかった。

 

 まず第一に騎士団の苦情があったので、それを火織と共に物理的に黙らせる為に一日を消費し、そこから偽装パスポートを用意する為にまた数日が必要となった。だが偽装パスポートを用意したおかげで、色々とイギリス内でも動きやすくなったのは真実だ。

 

 クロノス=スチュアートと、優しくも姓名や身分の保証を提供してくれたシスターさんに感謝しつつも、学園都市へと向かう準備は数日中に完了した。

 

 

                           ◆

 

 

 ヒースロー空港の内部に、男三人並んで入る。右側には金髪サングラスの少年土御門元春が、逆側にはニメートルの長身を持つ、どう見ても成人の様にしか見えない少年ステイル=マグヌスがいる。三人そろって手荷物を握っており、着替え程度のものしか入っていない。さっさとチェックインカウンターで手荷物を全て預けてしまい、教会の威光を利用してボディチェックも軽くスルーしてしまい、そしてゲート近くのカフェに移動し、そこで三人で揃って座る。

 

「―――はぁ、人生初飛行機……!」

 

「何だかんだでずっとノブノスの目が輝いてたのはそれが理由か」

 

「……結構日本とイギリスを往復している身からすると飛行機に乗るのは結構面倒だよ。必要悪の教会(ネセサリウス)のおかげで色々とパスできる部分があるけど、それでも毎回チェックとかが必要になってくるし。正直転移術式の一つでも用意してもらいたい所だよ」

 

「それの何が楽しいんだよ童貞!!」

 

「おい、ふざけるなよ!! 童貞は関係ないだろ!! 燃やすぞ!!」

 

「やってみろよぉ!! 今の俺には耐熱耐炎に窒息耐性まであるぞぉ―――!」

 

 ステイルを挑発した所で近くで警備を行っていたガードマンが咳払いで注意して来る。それをステイルと眺め、溜息を吐く。その間に元春がカウンターから人数分のコーヒーを貰っており、それをスコーンと共に運んでくる。それを受け取りつつ料金を元春に渡す。ふぅ、と先程までのハイテンションを完全に霧散させる。

 

「ステイルとツッチーは仕事だっけか」

 

「あぁ、なんでも魔術師が大覇星祭の乗じて侵入し、取引を行うってんでな。それをとっちめるのが俺らの仕事よ」

 

 ほぉ、と声を零していると、ステイルが口を開く。

 

「それはいいんだが……大覇星祭ってなんだ? 祭だという事は解るんだが……チ、ここも禁煙か。認識阻害のルーンで吸ってない様に見せられないかなぁ」

 

 ステイルのヘヴィスモーカーっぷりに苦笑しつつも、大覇星祭に関して良く知っているのは自分と元春だ。軽く顔を見合わせてから、自分から話す事にする。足りない部分、或いは今年からの部分に関しては元春が補足してくれるだろう。そう思いながら、そうだな、と注目を集めるように口を開く。

 

「簡単に言っちまえば学園都市最大規模の体育祭だよ。学園都市に所属する”全て”の学園が参加して、外部向けにパフォーマンスを兼ねた体育祭を繰り広げるんだ。しかも超能力開発を行っている学園都市なだけに、あらゆる能力の使用が許可されている体育祭でもある」

 

 えーと、と声を出しながら思い出して行く。

 

「基本的には親族や友人だけじゃなくて一般人にまでも学園都市が解放されていて、入場が非常に楽になっている。まぁ、学園都市の外部、それも一般人に対する超アピールタイムって思えばいいさ。何せ国家レベルであれば学園都市の科学技術も認知されている。だけど民間レベル、家族とかだと話に聞く程度で実感はないものさ。だけど実際足を踏み入れて聞けば変わってくるだろ?」

 

 ロボットや対能力装備とかが普通に存在する学園都市だが、それは一般の常識ではない。基本的には”凄い科学力で凄い事をやっている場所”ぐらいの認識しか存在しない。余り学園都市が情報を公開しない事と相まって信用され難い事の一旦だが、大覇星祭はそういう学園都市を疑い気味にある一般人へのアピールを含めている。体育祭というのは子供への教育、そして能力の開発具合を見せ、安心させる意味でもあるのだろう。

 

 つまり体育祭という形を取ったデモンストレーションという側面が大きい。

 

「ただ、大覇星祭は入場が増えるからな、その分警備を緩めなくちゃいけない部分があるのよ。っつーわけで結構面倒な感じで、学園都市は毎年そこらへん苦心してるんだけど―――」

 

「―――まぁ、裏の事情から言っちまうと一般区域はそこまで警戒してねぇのよ。風紀委員(ジャッジメント)もいるしそこまで心配はねぇんだよ。ただ非公開区域にスパイやらが一気に増える時期でもあるからな、こっちの方はこっちの方で警戒が逆にあげられているんだにゃー」

 

「能天気なイベントに見えて実利を兼ねているのか、成程な」

 

 と、そこまで話した所で飛行機の搭乗時間が近づいてきていた。必要悪の教会(ネセサリウス)が経費扱いで落としてくれたフライト―――ファーストクラスで乗れるというのは実に心躍る話であり、人生で初めての経験。いや、もしかして既知感が働くかもしれないが、それはそれでいい、楽しむべきだ。ともあれ、男三人という欠片も色気のない空の旅を楽しむ為に飛行機の搭乗口へとパスポートとチケットを片手に、歩き出す。

 

 しかしパスポートがイギリス国籍になっている辺り、完全に抱き込まれそうになっている気がしてならない。

 

 

                           ◆

 

 

 飛行機内で野球拳を始め元春と共謀し、ステイルを全裸に剥く事を達成しながら長時間のフライトを楽しみ、久しぶりの日本の地にと横着する。手荷物を――――――ショルダーバッグを回収して背負い直し、税関を通って成田空港の外に出れば、久々の日本の空気を肌で感じる事が出来る。両手を広げて流れる風と熱気を感じながら久々の日本に浸っていると、後ろから追いついて来た元春が背中を叩いてくる。

 

「足は呼んであるから今日中に学園都市入りするぜぃ」

 

 横を通り抜ける元春の後を追う様に、キャリーバッグを引くステイルが歩いて行く。

 

「この国の人間はなんでこうも視線を此方へと向けるんだろうなぁ……」

 

「自分の姿を見ろよ少年」

 

 そう言ってステイルは立ち止まりながら自分の姿を確認しつつ、服の臭いを嗅いだりして確かめたりしている。やはり魔術師となると常識が若干ズレているなぁ、なんてことを思いながら元春の後を追い、そのまま空港前の道路へと出ると、元春が振り返りながら手を振ってくる。

 

「おーい、こっちこっち―――っと来たか」

 

 そう言いながら道路の方へと顔を向ける元春の視線に合わせれば、一台の白い車がやってくるのが見える。どこのブランドだったかなぁ、等と思いながらそれを目で追っていると、それは元春の前で止まり、運転手席の窓が開く。そこから顔を見せるのは自分の身知らぬ人物だ。ただ元春はその人物を知っているようで、運転手席にいるカジュアルな服装の男は笑顔で、

 

「貴方の人生に潤いを! 天草タクシーでーす!」

 

「天草式の連中もホント逞しいな。んで、調子はどうよ」

 

「あ、どうも。リーダーは最近超巨大アフロに挑戦したり、おしぼり作戦mk-Xの企画を練っていたり、聖天使エロメイド服の作成をみんなでやっていたり、人生は充実してますわ」

 

「そりゃ充実するわ」

 

 ささ、と降りてきたドライバーがトランクを開き、そこにドンドン荷物を積み込む。それを軽く手伝いながら自分が助手席に、残りの二人を後ろへと乗せる。それに対してステイルが煙草を吸いたがって文句を言うが、間違いなく最年長は自分なのでその意見を黙殺する。日本では年齢による絶対的カースト制度が存在するのだ。というわけでステイルの禁煙が続く。

 

 窓を開けた状態で車は走り出し、学園都市へと向かって移動を再開する。

 

「とりあえず学園都市近辺にまで運んでくれって頼まれていますが、そこからは―――」

 

「あぁ、気にする必要はないぜぃ。そこらへんは俺が色々と出来るからな」

 

「ツッチーの謎の権力」

 

「おいおい、こう見えても俺ってば結構便利だし、便利にされているし、便利に思われているんだぜ? ちゃんと仕事しているから上司からの評価は良いし。ただ評価が良すぎると粛清待ったなしだからな。ちょくちょく評価下げないといけないのが辛い。つか聞いてくれよ―――」

 

 流石ブラックさに定評のある学園都市の格は違った。学園都市の辛さの説明を始める元春の声をBGM代わりにしながら窓の外の、日本の風景を眺める。まだ高速道路の上だが、昼間である事から車通りは多く、そしてそれだけでイギリスと違う事を自覚させられる。次、日本に帰ってくる時は完全にアレイスターを殴る準備が完了した時かと思っていたが―――そんな事はなかったようだ。

 

 軽く溜息を吐きながら窓の外を眺めていると、後ろから自分に向けられる声が聞こえてくる。

 

「そう言えば君は学園都市に恋人を置いてきてたんだっけ。割とナンパしたりしているから割と怒るんじゃないか、彼女」

 

 意外にも、そんな話題を振ってきたのはステイルだった。まぁ、何だかんだでイギリスにいる間、一番付き合いが多かったのはステイルだ、ヤク中逃走事件や、アーク逮捕事件などの友情の確かめ合いもした。ならこれぐらい別に不思議でもないか、と思いながら口を開こうとし、

 

心理掌握(メンタルアウト)の事だろ? 知ってるかステイル、こいつ押し倒すとか言っている割には実は割とプラトニックな関係なんだぞ」

 

「うるせぇ、そのサングラス割るぞシスコン軍曹。俺が本気になったら、こう―――北欧神話をシスコンの部屋にシュゥ―――ット! お前の宝物をデストロォ―――イ!! な感じにする覚悟が何時だってあるんだからな」

 

「今まで殺傷力皆無な能力なだけだったのに、破壊力を得て割と楽しんでいるなこいつ」

 

 オッレルスのオティヌスに対する無能っぷりは驚きを通り越して拍手したいレベルなのだが、それを抜きにして北欧王座(フリズスキャルヴ)に登録されている他の術式や、特に相性の良い運命の三女神(ノルン)の術式とか、オティヌス(オーディン)を相手にさえしなければ優秀なのだ。

 

 ―――一応前回の事を反省して色々と他の神話や術式も教えてもらったんだけど、通じるかねぇ。

 

 元春からはサクっと陰陽道を、ステイルからルーンを、そして火織からは軽く騎士団への、特に騎士団長への殺意に関して教わった。しかしなんで火織だけあんなに殺意の波動を体に漲らせているのだろうか、と軽く恐怖を覚えている。ともあれ、

 

「まぁ、アレよ。なんだかんだで色々とショックでなぁー……ぶっちゃけ他人の気遣いとかするだけの余裕はねぇわ。幸い魔術覚えたおかげで変装とかで全くの別人に変身する事もできるし。その時になったらまたオッレルスかオティヌスごっこしてあいつらの悪評でもバラまいてやる」

 

「やり方がゲスだなお前……」

 

「というかオッレルスに対して一体何の恨みがあるんだ」

 

「実は特にない」

 

 ないのか、とドライバーが困惑するが、無いならしょうがないな、と後ろの二人は納得していた。その事に軽く笑いながらまた窓の外を眺め、次第に風景が街の中へと切り替わって行くのを見る。懐かしいビルの姿、人の声、そして空気の味だ。

 

「ま、ノブノスはアレよ。マジで最終兵器だからな。俺達がサインを出すまでは自由にやっていてくれ。それ以外は関わるつもりもないだろ?」

 

「……まあな」

 

 昔なら間違いなく飛び込んでいた話だが―――オッレルスからアレイスターの計画の話を聞かれると、そういう気はなくす。学園都市で発生するであろう事件は大体、アレイスターが狙って発生しているものだって思えばいいらしい。つまりそれに関わるだけ、自分が計画にからめとられて行く。

 

 今回は操祈が関わる、という話だから戻るだけだ。問題を皆殺しにしたら直ぐにイギリスに戻る。

 

 それだけだ。

 

 ―――ただ、それだけで終わるわけもなさそうだけどな。

 

 解ってはいるけど、それでもどうしようもない事がある。

 

 高速道路から降りて完全に市街地へと入った車がゆっくりと減速し、そして学園都市からそう遠くない位置でゆっくりと動きを止めた。車から出るとドライバーがテキパキと手荷物を下ろし、そして元春からお金を受け取り、笑顔で車へと戻る。

 

「長距離の移動には是非とも天草タクシーを!!」

 

「商魂逞しいなぁ」

 

 少ない荷物を手に持ちながらタクシーが去って行くのを眺め、完全に視界外へと消えたところで視線を元春へと向ける。

 

「俺は今夜から学園都市に入るけど―――」

 

「はいはーい、明日に回す意味ないし、俺も便乗して侵入するわ」

 

「まぁ、そうなるな。だけど……」

 

 元春とステイルの視線が此方へと向けられる。言おうとしている事は解る。だから肩を振りながら軽く息を吐く。

 

「30倍速しつつ同じだけの停滞を押し付けて強引に突破すりゃあええじゃろ。知覚できない速さで飛び越えればいいだけの話だし」

 

「不安しか残らないからこれを持っておけ、認識阻害の魔術が刻んである」

 

 ステイルは本当にツンデレだなぁ、等と言っているとステイルから腹パンを食らわせられ、道路に転がるハメになった。イギリスで面倒を見てもらっている間、そのまま面倒を見られるだけなのも嫌なため、軽く格闘に関して教えていたが、それがいい感じに実り始めているようだ。

 

 魔人の体でも、地味に痛い。

 

「じゃあな」

 

「また明日会おうぜー」

 

「あいよー」

 

 そう言って二人と別れる。仕事の為に学園都市へ来ているのだ、二人には正式なルートがあるのだろうが、そんな二人と違って、此方はなるべくアレイスターという存在に補足されたくはないのだ。学園都市そのものに来ない事が最上なのだろうが、それだけは出来ない。

 

 罠だと理解していても、やるしかないのだ。

 

「一人はさびーしーなぁー、っと」

 

 二人の姿が完全に消えたところで時の加速と遅延を同時に発生させる。またステイルからもらった、ルーンの刻んであるカードに”力”を流し込んで発動させ、認識阻害の魔術を発動させる。その後で一気に近くの家の屋根へと飛び移り、次の跳躍で高い建造物の屋上へと一気に飛び上る。

 

「さて、と!」

 

 跳躍、疾走し、空を蹴り、空に衝撃波を撒き散らしながら一気に学園都市を囲うセンサーや検問所、チェックの類を一瞬で飛び越えながら突破し、超能力を利用した監視網を知覚しつつ回避する様に体を捻り、高速で落下し、一切の衝撃を発生させない様に学園都市内に着地する。

 

「ふぅ―――」

 

 軽く息を吐きながら侵入した事を確認し、カードが燃え尽きるのを確認する。変装用に服でも購入しようかなぁ、何手ことを思いつつまずは宿を確保しよう。

 

 そう思って歩き出そうとし、

 

「ばう!」

 

 そんな声に振り返る事を強要される。

 

 振り返った先、そこにいたのは―――装置をくっつけた、葉巻を咥えたゴールデンレトリーバーだった。

 

 ゴールデンレトリーバーは此方を見ると、もう一度葉巻を噛んだまま、

 

「ばう!」

 

 そう吠えた。

 

「ばうっ!」

 

「ばうっ!」

 

 吠えてみたら吠え返された。

 

「友情を感じる……―――じゃねぇよ。どう見てもどっかの実験動物じゃねぇか。オラ、実験場へお帰り。実験が待ってるぞ」

 

「ばうわう!」

 

 しっしっ、と手を振って払いのけようとするが、逆に葉巻を咥えたゴールデンレトリーバーは近づいてくる。マジかよ、なんて感想を抱きながら離れようとするが、犬はついてくる。溜息を一回履いて、そのまま学園都市の道路へと目指して歩き出す姿に、葉巻を咥えたまま犬はついてくる。

 

「なんだ、実験室に帰りたくないのか?」

 

「わう」

 

「そうか、俺貧乏だぞ?」

 

「わうぅ……」

 

「だが安心しろ、ステイルの財布をスってきた。これで豪遊確定だ」

 

「ばう!」

 

「大丈夫大丈夫、ぼっち系同僚の財布だか―――おい、アイツ大事そうにインデックスの写真、しかも学園都市にいる時の奴持ってるぞ! これでしばらくはアイツを弄れるぜ!」

 

「わ、わう……」

 

 旅は道連れ世は情け、そんな言葉を抱きながら、行動を起こす為にも、宿を探す為に学園都市を歩き始める―――犬と共に。

 

 どこからどう足掻いても怪しい犬だったが、その愛らしさに問い詰める気は起きなかった。




 犬:強い奴メタ。ロマンを理解するダンディ生物
 ツッチー:ツッコミに回りつつあるシスコン。摩の波動を感じる
 ステイル:14歳童貞財布なし彼女なし思い人は別の人を思っている人生の敗者老け顔

 ステイルがダントツで酷い、一体誰がこんな事を……。

 あ、そろそろ更新安定しないかも。環境的に

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。