とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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九月十九日

 一夜が明けて、ホテルから出てくる横にはゴールデンレトリーバーの姿があった。結局一人にしてくれなかったゴールデンレトリーバーと共に一緒に泊まってしまった。おそらくどっかの研究室の実験動物なのだろうが、それを送り届ける気にも、アレイスターの得になる様な事をする気にはなれなかった。とりあえず葉巻を気に入っている妙な事だけは理解できたので、朝食にビーフジャーキーを食わせたり、葉巻を与えたりしているとしっかりついてくる。

 

 やはり動物は癒しだ。すさんだ心が癒され、ステイルの財布が消費されて行く。

 

「清々しい朝だな犬!」

 

「わふっ!」

 

 同意してくれる様なゴールデンレトリーバー―――通称”犬”の声に頷きつつも、軽く頭を傾げてどうするか迷う。ぶっちゃけた話、操祈をぶっ殺そうとしている連中がいる、としか聞いていない。それ以上の情報はないのだ。元春も元春で、それ以上の情報はなく、大覇星祭が一番危ないとしか知らない。つまり、ここからは自分の足でどうにかしなくてはならない。となると張り込みと調査―――一番効率的なのは操祈の様子を見守り続ける事だ。

 

「ま、この格好ならバレない……だろうな?」

 

 ジーンズにシャツという恰好はそのまま、パーカージャケットを目部下に被って顔を隠している。ステイルに貰った認識阻害の魔術、それを魔人の能力で再利用している。周りの人間からは正しく此方を認識する事が出来ないだろう。今はその程度でいい。後は気配を殺せばいいのだろうし。足りないものは使える技術で補えばいいのだ。

 

「さて……どうすっかな」

 

 犬の頭を撫でながら考える。結局は操祈の監視、或いは護衛をするしかないのだ―――大体の事は操祈自身か、或いは彼女の派閥が機能するはずだ。それを抜けて殺すのであれば、正直同じレベル5か、もしくは特殊な訓練を受けた始末用の専用部隊ぐらいは必要になってくる。

 

「―――まぁ、十中八九アレイスターが俺を学園都市に連れ戻す為の嘘なんだろうけど、どんな些細な事でも操祈が死ぬって言われて動かない訳にもいかないしな、こればかりはしゃねーや。大覇星祭中は静かに護衛に回させて貰うとするか」

 

「くぅーん?」

 

「おー、よしよし。お前も行く宛がないか。俺と一緒に大覇星祭を観戦して回ろうぜ」

 

「わう!」

 

 やっぱ犬はいいなぁ、とその愛らしい姿に癒されながら歩き始める。この短い期間で学園都市の構造が変わっている訳がなく、そのまま記憶を頼りに大覇星祭向けの総合競技場へと向けて歩み始める。しっかりとその動きに犬がついてこれている事を確認しながら、まだ少し早い、朝の時間を歩く。

 

 と言っても、既に人の姿はまばらだが見えている。

 

 何だかんだ言って学生たちは楽しみにしているし、そして見に来ている入場者たちもこのイベントを楽しみにしている。ホテル街から離れて、競技場の近くへとやってくると、人の数が増え、そして入場しようとしている姿も見える。相変わらず派手に人が増えるなぁ、何てことを思いながら入口を見つける為に視線を逸らすと、

 

「中に入りたいなってミサカはミサカは思ったり」

 

「めんどくせェから駄目だ」

 

 幼女にタカられるしろもやし、という光景があった。しゃがみ、横から犬を抱きながら何時もの黒と白の上下の一方通行と、そして妹達(シスターズ)にしては異様に若い個体の彼女を眺め、無言でその光景をスマートフォンに録画を始める。

 

「みーたーいー! みーたーいー! とミサカはミサカは主張すーるーのー!」

 

「我がままを言うなよめんどくせェ。大体よォ、俺も立場的には学生だから見つかったら出場しろってウルセェんだ……よ……?」

 

 こっちへと一方通行の視線が向けられる。中指を掲げてこっちへ振り向くな、とサインを向けると不動のまま、ベクトル操作を利用した超高速スライド移動で一方通行が接近し、人差し指を突き刺してくる。それをスマートフォンを捨て、白羽取りの要領で掴むことによって直撃を背中を逸らしながら回避する。

 

「よォ、久しぶりじゃねェか、何時から見てたンだ? あン?」

 

「百合子ちゃんパパ―――いや、ママはミサカちゃんに優しいなぁ! 優しいなぁ! 大切そうに説得しちゃって優しそうだなぁ! へぇ! へぇぇ! へぇ!! 優しそうだなぁ!! ―――とりあえず美琴ちゃん辺りに送ってから通報するかこれ」

 

「前々から思ってたけど死ねよお前」

 

 一方通行のベクトル操作を乗せた超高速のラッシュを、時の加速を利用して上半身の動きだけで回避する。小さいミサカがナニアレ気持ち悪い、とドン引きしているようだが、これぐらいはいい感じにディスりあっているだけなので、全く問題ない。もしキレたとしても、それはキレた方が圧倒的に悪いのだ。

 

「つかテメェ、最近全く見なかったけどどこにいたんだよ。ぜってェ出てくると思っても姿消しやがって」

 

「ちょっと海外でナンパしてた」

 

「やっぱ死ねよ」

 

 はっはっは、と笑いながら、認識阻害の魔術が一方通行相手には普通に看破されている事実に気付く。レベル5には効かないのだろうか、或いは反射ではじかれてしまっているのだろうか。まぁいいや、と結論を投げすてながら小さいミサカの下へと向かい、拾い上げると肩に乗せる。

 

「おぉ、これは新鮮な視点であるとミサカは感動するの」

 

「おい」

 

「旅は道連れ世は情け、っつーだろ? これで四人パーティーを結成できそうなんだし、一緒に入ろうじゃねぇか、お菓子とかの費用は一番金持ちである百合子ちゃん持ちで!」

 

「さんせーい! とミサカは両手を上げて賛成の意をしめす!」

 

「あおーん!」

 

「犬までとか芸が細けェな」

 

 そこに感想を抱くのか、と妙なリアクションに息を抜きながらも、渋々といった様子で一方通行がついてくる。小さいミサカを肩に乗せ、犬を癒しの為に引き連れ、そして一方通行という財布を装備した今、この学園都市で恐れるものは何もなかった。きっと、今の俺であれば操祈の前に出ても大丈夫であるに違いない。

 

 

                           ◆

 

 

「ヤバイ、操祈超ヤバイ、アレ絶対怒ってるって。もう見て解る。戻ってきたって事を伝えてないのに俺が学園都市に戻ってきたって絶対わかってるって。ほら、見ろよ、あの笑顔、アレは絶対に笑顔のまま相手を殺そうって考えている笑顔だぜ? きっとこれからこの場にいる全員操って皆殺しを始めるに違いない……!」

 

「ビビリすぎだろ。どう見てもフツーだろ」

 

 大覇星祭の選手宣誓に操祈が、そしてもう一人、レベル5の第七位、削板軍覇が競技場中央で立っている。軍覇の事はどうでもいいとして、操祈の方は体のスタイルが良く解る体操服を着ている。ぶっちゃけるとエロい。あんな恰好でベッドの上にいたら一瞬で理性が蒸発するぐらいにはエロい。だってどこからどう見たって胸のサイズとか丸わかりのデザインなのだ。

 

 改めてデザイン関係に関しては学園都市は本当に天才だと思う。

 

 ―――ともあれ。

 

 ステイルとも、元春とも連絡は取っていない。連絡は来ていない。つまりそのままでいろ、という事なのだろうから好き勝手やらせてもらっている。

 

 横にいるのは犬、そして妙に丸くなった、と評価できる杖を持った一方通行、そして打ち止め(ラストオーダー)と呼ばれる妹達(シスターズ)の固体だった。学園都市にいない間にまた妙なイベントが発生してたんだなぁ、なんてことを思いつつ、視線を競技場の方へと向ける。

 

 そこにはゲンナリとした表情で軍覇に存在感を完璧に喰われている操祈の姿があった。

 

「―――無事で安心した、って顔をしてるゼ」

 

「……まぁな」

 

 誤魔化す必要はない。実際その通りなのだから。操祈が無事で、学園都市を出る前と同じように思えて安心しているのだから。ただまあ、愛想はつかされているのかもしれない、何てことは思っている。それでもよかった。元気でエロい姿を見れたのは正直嬉しかった。危なそうな雰囲気は全くないし。少なくとも競技に参加している間は無事だろう、と思う。

 

「なんつーかなぁ、上の思惑通りになるのが嫌で飛び出したのに、結局は同じところをグルグルしているだけなんだよな。なんつーか、嫌になるわ。強くなっても結局はそれも計画通りで、戻ってくるしかなくて……おい、テンション下がってきたからなんか芸をしろよ。年長者命令だ」

 

「てめェふざけたことぉ抜かしてるんじゃねェよ。芸が欲しかったら黙って見てろ」

 

「丸くなったなぁ、お前」

 

「……うるせェ」

 

 一瞬で魔人になる事が出来た、渇望を思い出す事が出来たのだ。だったら一方通行だって、そんな出来事があったのではないだろうか。一切問いただす気にならないのはプライバシーを最低限考慮しているからなのだが。ちょっとだけ気になる。

 

 そんな事を思っていると、犬の背中に乗ってはしゃぐ打ち止めがはしゃぐ、その視線の先、競技場で大覇星祭の最初の競技が開始される。今現在いるのは中等部余殃の競技場、開会式だ。それが終わったところで第一種目である棒倒しが開催される。

 

「おい、お前の女のリモコン取り上げられているぞ」

 

「操祈……」

 

 開始前にリモンを取り出し、余裕の表情を見せていた操祈の手からリモコンが奪われる。大覇星祭のルールには関係のない道具の持ち込み禁止が存在したはずだ。操祈が能力の制御と管理にリモコンを使用しているのは事実だが、競技とは一切関係ないので没収は妥当だった。そもそも去年も同じように没収されてなかったか。

 

「アイツ、能力が複雑だからリモコンを通して整理しているんだよなぁ、リモコンがなくても別に問題はないけど、時間かかったり少し無差別になったり、周囲にいる人間一生発狂とかそう言う事に―――」

 

「駄目じゃねーか」

 

 そうなんだよなぁ、と項垂れている様子の操祈を見る。元気そうな姿は良いのだが、本当に彼女は狙われているのだろうか? 操祈が狙われる理由、その相手は大体予想がつく。操祈自身がどうにか出し抜こうとしている木原幻生も存在する事だし、その線で考えれば何人か操祈を狙っている人間を想像できる。だけど、実際問題として正面切って殺しに来るか? と言われると弱い。大抵は操祈の能力や、もしくはその研究成果が目的だ。だから操祈の命の方に興味はない筈だ。

 

 ―――やっぱり俺を学園都市に戻す為の嘘かこれ……?

 

 その可能性が考えれば考えるほど濃厚になってくる。だからと言ってまだ、操祈が死ぬかもしれないという可能性はなくならない。つまり、可能性を潰せばいいのだ。そしてその可能性をゼロにすれば、それで安心して学園都市を去る事が出来る。ならどうだろうか、学園都市に操祈を置く上で、操祈を害する事の出来る集団は何だろうか?

 

 まず暗部。

 

 次に学園都市の特殊部隊。

 

 そして木原幻生。こんな所だろう。

 

 ―――んじゃ、こいつらが戦えなくなるぐらいに疲弊させるか、皆殺しにすればいいか。

 

 もう一度操祈を眺め、取り巻き達と楽しく過ごしているその姿を確認する。心の底からそうなのかは解らないが、それでも操祈は楽しそうに笑えている。この短い刹那を全力で楽しんでいる。だとしたら、それを守る事に意味はあるのだろう。笑顔がある、それだけで自分にとっては十分すぎる理由なのだ。ともすれば、これ以上迷っている理由はない。

 

 降りかかる火の粉は―――その火の元は全て消し去る。

 

 どうせ相手はアレイスターの手駒なのだ、遠慮する必要は欠片もない。新たに手にした力で心のままに蹂躙すればいい。

 

 操祈を奪おうとするなら、相手も勿論大事なモノを奪われる覚悟もできているのだろう。

 

 能力を交えた某倒しの様子に打ち止めは興奮し、犬の上でかなり暴れまわっている。犬は犬でなんだか楽しんでいるようで、打ち止めの成すが儘に動き回り、落ちない様にバランスを取っている。それを眺め、軽くその風景を気に入ってから笑みを浮かべる。

 

「何気味の悪ィ笑顔浮かべてンだよ」

 

「いいじゃねぇか、別に。笑いたい時だってあるんだよ偶にゃあ」

 

「ふーん……」

 

 一方通行はそれっきり、興味を向ける訳でもなく、競技場の方へと視線を向ける。その穏やかな姿は前、美琴と戦った時とはまるで別人の様にさえ感じる。反省―――といかなくも、思う所はあるのだろう。これも成長なのかもしれない、なんてことを思いながら自分も競技場へと視線を向ける。

 

 ―――やる事は決まった、後は実行するのみ。

 

 水底の輝きを、刹那を奪おうとする者は、殺されてもしょうがないのだ。

 

 だから、一切の容赦もなく、徹底的に、

 

 蹂躙する。




 のぶのす君:戦士
  おいぬ様:戦士
ゆりこちゃん:戦士
ウチドメちゃん:アイテム

 究極の勇者パーティー(勇者不在)が完成された。もう何も怖くない。レベルと位階を上げてひたすら物理で殴れ。

 なお分解30分前。

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