とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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九月十九日-Ⅱ

 ―――殺しに行くって意気込んだところで居場所がわかるわけがない。

 

『つーわけで情報が欲しいってわけか。俺忙しいんだけど』

 

「知らんなぁ……」

 

『鬼畜ゥ!』

 

 元春に電話をした。しかし返事は芳しくない。それどころか背後からギャースカ声が聞こえる。やはり相当楽しんでいるのか、相当忙しいらしい。返事が若干おざなりになっている。仕方がないにゃあ、とネタを込めながら元春に返事をし、

 

「お前が超使えないのは解ったから通り魔するわ。とりあえず黒服を襲えばいいんだよな?」

 

『おい、マジ止めろよ、カミやんけしかけるからな。冗談じゃなくカミやんを放つからな! お前の周りでフラグ乱立しまくる光景を見るハメになるからな!』

 

 精神的にそれはかなり痛い。辛いわぁ、と呟きながらポケットに手を入れると、そこに何かの感触を感じる。取り出すそれは黄色の折り紙で折られた龍の折り紙だった。そう言えば飛行機の中で全裸に剥いたステイルに投げつける為の折り紙を元春と作成していたなぁ、なんてことを思い出しつつ、それをポケットの中に戻す。

 

「まぁ、いいわ。焦ってもしょうがない事だろうし」

 

『お、おう。まぁ、ぶっちゃけた話、お前の姿をチョロっと見せればたぶん、喰いつく連中は多いぜ。それに便乗する形でおびき出せば多少はたどれるんじゃないのか?』

 

「流石ツッチー、さっそく実行するわ」

 

『お前、一応今はイギリス清教っつーか必要悪の教会(ネセサリウス)の預かりなんだから、あんまり派手にやりすぎるな―――あぁ、無理か』

 

「おう、じゃあな」

 

 通話を終わらせて、スマートフォンをポケットの中に押し込む。学園都市だしこれ、盗聴されないかなぁ、と思ったりもするが、ぶっちゃけ盗聴されたら居場所を特定されるだけだし、聞かれて困る様な事は口にしていない。元春が二重スパイならこれぐらいはきっと許容されるだろうし―――きっと。つまり重要なのは自分がこれからどうするかだ。

 

 マラソンを始める競技場、完全に最下位を走る操祈を見てから視線を傍にいる一方通行と打ち止めへと向ける。視線に気が付いたのか犬が軽く吠え、背中から打ち止めを揺らす様にゆっくり落とし、横についてくる。それを見て打ち止めが首を捻る。

 

「どこへ行くの、とミサカは軽い疑問を投げかけてみたりする」

 

「星になるのさ」

 

「死ぬのかよ」

 

 一方通行の素早いツッコミに、段々と一方通行の普段の生活が見え隠れし始める。打ち止めと一緒にいる姿から、一緒に暮らしているのかもしれない。そしてもしそうだとしたら、まぁ、一方通行の丸い姿にもなんだかんだで理由が見えてくる。自分には全く関係のない事だが、これはこれでいい事ではないだろうか。顔には出さない様に笑みを浮かべながら、結構いい時間に入っているなぁ、と思いつつ立ち去り始める。

 

 その背中に一方通行が声を投げてくる。

 

「ンで?」

 

「ちょっとゴミを捨ててくるだけよ」

 

「そーかい」

 

 それ以上一方通行が言葉を送ってくる事はなく、競技場の外へと歩く。その横には最近増えた同行者、というより同行犬である”犬”が存在する。こいつ、このままでいいのかなぁ、と思ったりもするが実際どうでもいい感じなのでサクっと頭の中から排除する。とりあえずは”釣り”をする方向で進めよう。アレイスターのプランなんて知った事ではない、という勢いで暴れておかないと色々と気が済まないのだ。

 

 だからと言って普通に暴れるとそれはそれで一般人に対して迷惑がかかるのだ。

 

 面倒な話だ。そんな事を思いながら競技場の外へと出る。そのまま被っているパーカーのフードを脱ぎ、そして認識阻害を解除する。これで普通に人やカメラに正しく自分の姿が認識される様になる。ただそれでも、すぐさま相手が来るわけではないだろう。もっともっと、しっかりと相手が食いついてくれるように、しっかりと歩き回って存在をアピールしないといけない。

 

「っつーわけで、ツッチー達の苦労を肴にどっかでメシを食うか?」

 

「わんっ!」

 

「いい返事だ。気に入った。高級ドッグフードを用意してやる―――ステイルの金で」

 

「わおーん!」

 

 そうか、嬉しいか、やっぱ他人の金で喰う飯は美味しいよな、という感想を犬と共有しながら学園都市の中を歩き始める。この後自分が行うであろう狩りのプランを素早く脳内で構築しつつも、瞬間瞬間を大切に、どうやって楽しむかをも考える。必死になるのもいいが、それは余裕を失っているだけなのだ。だからじっくり、冷静と余裕をもって、

 

 効率的に確実に殺す。

 

 

                           ◆

 

 

「……はん」

 

「どうしたの、とミサカは首を傾げながら可愛らしく聞いてみる」

 

「なんでもねェよ」

 

 打ち止めの額を軽く指で叩き、弾く。ぐわぁ、と声を上げながら床に転がる姿を見て、軽く手で掴んで持ち上げる。別に汚れるのは打ち止めの勝手だが、それでこっちまで貧乏臭く、あるいは汚らしく見られるのは非常に嫌だ。だから汚れが付く前に片手で掴んで持ち上げ、そのまま横の椅子に座らせる。打ち止めは気になる様でミサカはミサカは、とアピールして来る。このまま放っておいてもいいが、打ち止めのうるささを考えると此方で折れていた方が早い―――反射の能力を好きに使うにはある程度機嫌を取っておいた方がいいから。

 

「ち、変わったな、って思ったンだよ」

 

「どう変わったの? とミサカはネットワークにアクセスしてログを確認しつつ聞いてみるの」

 

「キレてやがる」

 

 そう告げると、ほえ、と呟きながら打ち止めが首を傾げる。説明する事になるから言いたくはなかったのだ。だから軽く溜息を吐き、手を上げて近くで販売を行っている者を呼び寄せ、売っている缶珈琲を購入する。それを開け、口を付けて満足感を得る。やっぱり珈琲だこの味は。いい。カフェインではなく珈琲、これだけが今の生活で心を癒してくれる。コーヒー中毒である自覚はあるが、これだけはどうしようもない。

 

 ともあれ、

 

「言っておくけど俺は学園都市の暗部を”それなり”に知っている。ンで、そいつら特有の空気とかに触れてる訳だがよ―――まァ、今の馬鹿はそういうのに近ェ空気してる訳だな。殺す、許さねェ、奪われるか、死ね、そういうドロドロした感情を表情の下で凝縮してやがる。あンまし関わって愉快じゃない連中の特徴だよ」

 

「ログを閲覧してみるともうちょっと好青年だった筈だとミサカは確認するんだけど」

 

「そうだなァ」

 

 そうだな、と思う。

 

 何だかんだでジャンルとしては好青年に入って行ったのではないだろうか? 人の生き死には敏感だったし、それでも殺意と敵意を煮詰めた様な感覚の持ち主ではなかったはずだ。ああいうのは余程のを持てるような人間ができる事だ―――上条当麻(ヒーロー)側の人間が持つべきものではない筈だ。御坂美琴と一緒に助ける為に戦っていた男がなぜ?

 

 そこまで興味があるわけではない。

 

 それに自分の様に敗北を契機に、大きく変わる事だってあり得る。今の自分だって戦闘時間は十五分程度しか出来ない。それだって打ち止めやミサカネットワークそのものを守り続けるという前提条件が付いてくる。あまり、大っぴらに動けば妹達(シスターズ)に危険が及ぶ。そうなると色々と困るのは自分だ。

 

 つまり動かない。動けない。興味はない。関わらない。

 

「ま、どうでもいいな」

 

「なんだか自己完結して知っている事にミサカはなんだか疎外感を感じる事を主張するのー!」

 

「疎外感を感じてどうするんだよ。結局の所かかわりはしねェんだから納得しておけ」

 

 再び軽く打ち止めの額を叩いておく。それに痛がって今度は椅子の上で転がる打ち止めから視線を外し、珈琲を飲み直しながら視線を競技場の方へと向ける。

 

 そこには常盤台中学所属の女子達の姿が見える。女子校なのだから男子が混じっていたら相当恐ろしい事態なのだが。ともあれ、常盤台にはレベル5が二人存在する。御坂美琴(レールガン)食蜂操祈(メンタルアウト)の二人だ。しかし注目するのは打ち止め等に関係のある美琴の方ではなく、自分とはほとんど関係のない操祈の方だ。あの男、名前は忘れたけど時間を操れるあの男、彼の女だ。

 

 ―――アイツ、ロリコンか?

 

 そんな事を言ったら何故かブーメラン扱いされそうなので絶対に口には出さないが、あの男と彼女の出会いはどんなものなのか、少々気になる所はある。まぁ、気になる程度の話だ。実際どうかする事は一切ないのだが。まぁいい、どうせ自分に関係ない所で暴れるならそれでいい。レベル6、能力者としての至高の頂にはもう、さほどの興味はない。ミサカネットワークの補助が必要な体になってからは、そういう強さに対する執着はすっかり消えてしまった。

 

 燃え尽きたンかねぇ。

 

 自分の事はそう評価している。少し前に馬鹿を一人吹き飛ばしたが、それも結局はミサカネットワークを、妹達(シスターズ)を守るための行動だ。自分から、能動的に力を求める様な事や、この状況から回復するような行動は一切取っていない。そう考えると、やはり最弱(上条当麻)に敗北してしまったことで一種の燃え尽き症候群に陥ってしまったのかもしれない。

 

 ……まァ、どうでもいいか……。

 

 しばらくは打ち止めと、そして下宿先で穏やかな生活を、求めるのはそれだけだった。しかし、目の前に嵐が迫っているのもまた事実だった。どっかの計画か、或いは巻き込まれたのかもしれない。利用されるのは非常に癪であるため、その場合は能動的に潰しに行動を始めなきゃならないのだが、それまでは受動的に動けばいいだろう。

 

 そう結論し、そして思考を落ちつけたところで、あ、そう言えば、と打ち止めが口を開く。

 

「なんでノブノブは木原なんかと一緒にいたのだろうとミサカはミサカは疑問に思ってしまったり?」

 

「は? 木原?」

 

 聞き返すと打ち止めが胸を張る。

 

「木原一族とは即ち学園都市に存在する五千人を超える超! 巨大―――」

 

「キチガイ一族だろ」

 

 うえぇ、と言う打ち止めは無視し、木原と呼ばれる最悪の一族の事を思い出す。

 

 人間は何事をするにしても、リミッターというものを所持している。精神的、肉体的、発想の、そういうリミッターが存在している。木原一族の大半は学園都市で研究者をしており、その価値観は精神的に及び発想的にリミッター解除を受けた様な状態であり、人が躊躇する事を鼻歌交じりに超越する。一切のブレーキが存在せず、研究の事しか脳には存在しない、そのキチガイ集団が木原一族と呼ばれている。

 

 レベル6になる為の絶対能力者計画、これにも勿論木原が関わっていた。

 

「おい、木原がいたってどういうことだ」

 

「あの演算装置を外付けしている犬は木原脳幹であるとミサカはミサカネットワークから少ない情報を洗い出して報告するよ? ただ名前以上は全く分からないけど」

 

「……まァ、俺には関係ないな」

 

「えー」

 

 バンバンバン、と打ち止めが椅子を叩いて存在感を主張するが、あの男には優しくする義理も義務もないのだ。それに、自分よりも年上で、自分の問題はどうにかできるタイプの人間だ。アレコレ教えたところでどうにもならないし、質問するような間柄でもない。

 

 故に無関係、無問題。何かやろうとすれば頑張れ、特に応援はしないけど。そんな心境で木原脳幹に関して忘れる。それを打ち止めはつまらないし、仁義に則らないと言うが、ぶっちゃけそのぐらいが平和に暮らすにはいいと思う。

 

 とりあえず、

 

「おい、アイス食うぞ」

 

「ヒャッハー! と嬉しさのあまりミサカは世紀末化してみるの!」

 

「なんでもいいから世紀末化はやめろ」

 

 溜息を吐きながら、休日に娘を連れてきた父親の気分はこんなもんか、と半ば打ち止めに関して諦めながら近くの販売員からアイスを購入する。

 

 どう足掻いても荒れるのは目に見えているが、それから隠れればいいだけの話だ。

 

 それだけだ。

 

 平穏は破られない。




 音楽性の違いで解散しました。

 ロリコンというよりは父性に目覚めてしまった白もやし。

 次回、リドなんとかさん、星になるかもしれぬ

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