とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

36 / 40
九月十九日-Ⅲ

「たとえば、だ。これから起こりうるすべての出来事を体験していたとする。確かに、それは何とも退屈な事であろう。何とも生きがいのない世界であろう。この先を知っている、経験している。それは即ち人の生きる意味である事の一つ、未知を既知へ変えるという作業が存在しないという事ではないか? 成程、それはつまらぬだろう。生きる意味の一端がないのだ。何かを苦労して成したとして、達成感の代わりに発生するのは既知感だ。あぁ、やっと終わった! だけど実はもう終わらせたことがあったんだ! なんともつまらない事だろうなぁ―――」

 

 隻眼の魔神は一切の笑みを崩す事もなくそう言っていた。観客は一切存在しない。学園都市を一望できる超高層ビルの上で、人類には知覚不能な次元から、見下す存在として君臨していた。どんな生物であれ、次元が違う存在を知覚する事は出来ない。出現すればその存在感だけで虐殺を引き起こしてしまう魔導の覇者は笑みを一切消す事なく、存在しない、否、唯一、この場で知覚出来るもう一人の覇者へと言葉を送っていた。

 

「クソだな。正しくクソ。糞。Shit。クソとしか表現できない根性だな。アレだな、貴様、脳がやられているんじゃないか? ん? まぁ、そうでもなければ彼をこの程度の児戯にしか使えないのは辺り前か。まぁ、もう一度言ってやろう―――貴様、クソだな、と」

 

 一切の笑みを消す事なく言い切り、

 

「そもそもその程度がどうした。もっと大事なモノがあるのではないか? 日常生活で既知を感じるのは当たり前だ。何故なら人は生きているのだ。生き、そして生きながら朽ちて行くものなのだから。既知が溢れるのは自然の道理だ。つまり死ね―――死んでしまえ、それだけの話だ。死ぬべき時が来たというだけの話だ。私も、貴様も。死ぬべき時がそこにある、ならそれを喜んで受け入れるべきなのではないか? まぁ、私もそこまで貴様の事を言えないかもしれないがな」

 

 苛烈に、何処までも自分勝手の理屈を魔神は展開していた。他人に受け入れられないのは百も承知。だがそんな事は関係ない。自分が正しい。自分こそが正しいのであって、間違っているのは世界でしかない。世界に対して違和感を感じるなら、それは世界が形を間違えてしまっているからだ。だから自分の想う(狂信)世界に対して間違いは存在しない。盲目的とも、悪逆的とも評価できる。

 

 しかし、一切の悪意や敵意は存在しない。殺意も存在しない。そこにあるのは愛。それのみ。

 

 それが隻眼の魔神と他の超越者を有象無象の様に区別させる、最大にして唯一の要因だった。

 

「そう―――私は人類を、愛している。無論、貴様も愛しているぞ、私は」

 

 そこに一緒にカフェへと行き、気が合い、一緒に食事をとった相手がいるだろう。隻眼の魔神は相手を愛し、そして笑顔のままその相手を殺すだろう。笑いながら、抱擁する様に殺す。それが隻眼の魔神には可能だった。それには一切の迷いも間違いはないと断言できる。それでいて魔神の愛は、それだけで魔人へと至らせる熱量を秘めている。

 

「なあ、どうなんだ、貴様は。クソの様だと評価してやるが、それでも貴様の奮闘は愛おしいと思うぞ。あぁ、そうだ。貴様も貴様で、目的があるのだろう。既知感の打破等その一環でしかないのだろう? もっと大きな事を成そうとしているのだろう? 私にはその価値観を理解してやる事が出来ない。だけどきっと、それは黄金の価値があるのだろう、お前の中では。私はそれを認めよう」

 

 価値は解らない。だが大事にしているのだ、それは認めよう。その黄金の価値はその者自身にしか解らないのだから。それはそうだ、世界は完結しているのだから。無理に理解してもらう必要などない。それはそれ、これはこれ、その程度を扱う良識はある。ただ、

 

 絶対に譲れない価値観が存在する。揺るがない信念が存在する。怪物としか表現できない心がある。

 

「渡さんぞ、勝つのは私だ。宿願を果たすのは私だ。それは絶対に譲らん」

 

 この先の出来事をまるで理解しているかのように、それを隻眼の魔神は言い切った。返ってくる音のない言語に満足そうに魔神は笑みを浮かべる。

 

 結局、人のあずかり知らぬ領域に立つ存在を理解できるのは同じ存在の身になる。言葉を通してある程度理解する事は出来るが、どう足掻いても限界が来る。狂気は同じ領域の狂気を抱いたものにしか理解が出来ない。故に理解を考える事そのものが無意味な領域に魔神はある。故にこそ、通じ合うものが魔神と、そして魔神と語り合う存在にはあった。

 

 ―――学園都市、午後。

 

 ゆっくりと日が沈み始める。時が来るっているなど当たり前だ。段々と明るかった空は夕暮れの色に染まり、そして少しずつ闇の色に染まり始めている。異なる時間軸から神の視点を通して展開されている物語(茶番劇)を覗き見る。今、この場で起きている大きな事件は一つになる。それは科学サイドと魔術サイドで協力し、解決する事の経験を上条当麻へと与える為の事件であり、魔人の話し相手が組んだ物語(茶番劇)の一部だ。夜に近づくにつれ、彼らの奮闘は段々と熱を帯び、そして燃え上がる様に魂を見せている。

 

 素晴らしい。愛おしい。頑張ってくれ。そう魔神は思っている。たとえそれが仕組まれた茶番劇であろうが、それを知らぬ役者は、まさしく全力で、そして本気で向き合っているのだ。それは何とも愛らしく、そして美しいものなのだろうか。善であれ悪であれ、全力で努力する姿は美しいものである。故に魔神は愉悦の笑みを浮かべる。

 

「では、一局、相手を願おうか。何、やる事は何時も通り。変わりはしない。好きなだけ物語(茶番劇)を進めるが良い。だが私は(最愛の人)を唯一の駒として動かさせて貰おう」

 

 ほら、と隻眼の魔神―――オティヌスは嗤った。

 

「未知を見せてやる」

 

 嗤っていた。

 

「役者が良ければ至高―――あぁ、台本が陳腐であっても役者さえよければいいか。そのクソの様な理論が正しい事を実証してやろう」

 

 そう言って、歯車の動きを狂わせた。

 

 

                           ◆

 

 

「―――らぁっ!」

 

 声を響かせながら短針の処刑刃を息を込めながら振るう。路地裏を震えながら抜けて行く短い咆哮に一切の意味はない様に思え、やっている事は力を練り、呼吸を通して刃に力を乗せる事。通常の人間であればそれで斬鉄をする程度の破壊力を得るだろうが、魔人となればそれは桁違いの力を得る。たとえ手加減しているとはいえ、刃の一振りで路地裏に集まっていた黒服の存在を十人ほど一瞬で斬殺し、肉塊にする程度の威力は備えている。時間の負荷による行動の制限。超人的な反射神経、そして圧倒的な暴力。普通の人間であってはそれを耐える道理等ない。

 

 能力者であっても、時の負荷を覆す事が可能ではない限り、ただの狩られる存在でしかない。

 

 故に狭い路地裏に生まれたのは血と肉の花。戦うためにやってきた相手が知覚できる前に破裂して死ぬだけの惨劇であり、そして地獄。戦うためにやってきた筈の心は一瞬で折れる。逃げる為に動きだそうが、死ぬと気付く前に殺される。時が引き延ばされる空間ではひたすら抵抗も戦闘も逃亡も、そして覚悟すらも許されない。そうやって一方的に釣った獲物を狩り殺し、肉塊に変えて屍を晒し続ける。

 

 そこには一切の興味も迷いもない。見える的は全て殺すのみ。

 

「俺を捕まえる、或いは殺す、害するって決めたんだろう? なら同じことを仕返される覚悟ぐらいあるんだろう? リターンにはリスクがあるってぐらいは理解しているのか? まぁ、全体的にご愁傷様って事で」

 

 そう言って更に刃を振るう。命乞いすら出る事のない速度で人が死んで行く。あえて表現する様ならごみの様に、という言葉が一番しっくりくる。そうやって人の四肢が千切れ飛び、ただの肉と変化して行く姿を眺め、それが増えて行く姿に安堵を覚える―――そう、殺せばいい。殺し続ければいい。敵がいなくなりさえすれば、安心して学園都市から離れる事が出来るのだ。第一、

 

「俺を追いかけたって事は敵でいいんだよな。いや、そもそも俺を追いかける様な連中って敵しかいないし。一応女だった場合は常盤台かどうかを軽くチェックしているし。そうじゃなかったら操祈の知り合いじゃないだろうし、死んでも別にいいよな、勘違いさせた方が悪い」

 

 間違っているかもしれない―――いや、正しい。

 

 どんなに間違っていようと、それを正しいと認めるのが魔人の精神性なのだから。

 

 故に踏み込みながら更に追撃をかけて行く。範囲外にいる存在を巻き込む様に遅延の世界に引き込み、追いかけて刃を振るって殺す。一人たりとも逃しはしない。逃してはならない。逃せば、それだけ守りたい人が死に近づいてしまう。漸く見つけた敵なのだ。皆殺しにしなくてはならない。

 

 そう思い、短く咆哮しながら再び刃を振るい、そして血肉の破片を宙に舞わせる。

 

 そうやって一方的な処刑を何度も何度も繰り返し、気が付けば自分以外の全てが血で真っ赤な猟奇的な殺人現場が出来上がっていた。死体も途中から肉塊ではなく、首が綺麗に切り落とされただけの死体となっていた。無意識に、更に何かに到達しそうな気配を頭を横に振る事で振り払い、そして刃を消し去る。魔人になって色々と便利になったものだ。そんな事を思いながら振り返ると、

 

「わふっ」

 

「お前……まだいたのか」

 

 演算装置を装着したゴールデンレトリーバーが死体を避ける様に近づいてくる。片膝を下につけながら抱き込む様に犬を抱き、そして軽く溜息を吐く。

 

「お前もこんな血の強い場所でついてくるなんて物好きだな。ま、大丈夫さ。この程度で傷を負うわけがないし」

 

「くぅーん」

 

「おいおい、顔を舐めるなよ。全く」

 

 こやつめ、と軽く笑いながら空を見上げる。

 

 ―――何時の間にか、夜空には花火が上がっていた。

 

「たーまやー―――ってこんな場所で風勢も糞もねぇな」

 

「わうぅ……」

 

 犬の口の中に葉巻を叩き込んでおきながら、立ち上がり、空に咲く花火の姿をしばらく、無言のままで眺めている。去年の今頃、この風景を操祈と共に眺めていたものだ。しかし、今はこうやって、死体と血に囲まれて、一緒にいるのは犬が一匹だけ。

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 そのまま無言で空を眺め、そして空から花火が消えるまで、動くことなくずっと空を見つめている。

 

 花火は嫌いじゃない―――寧ろ好きだった。

 

 短い時間に美しさの全てを咲き誇らせる花火は、まるで人の一生のように思えたから。たった短い一瞬の為だけにその全てを捧げている。そういう人生を歩みたい。そして全力を捧げたその刹那を、永遠のものとしたい。それだけ。その程度の人生なのだ。

 

 間違ってはいない(間違いが解らない)

 

「さて、釣れたのはこの程度か。多く見るべきか、少ないと見るべきか。原子崩し(麦野沈利)もいなかったし、本気じゃねぇって事だな。んじゃあまだ殺す必要があるな。やれやれ、あと何人殺せばいいんだ」

 

「わんっ!」

 

 犬が何かを咎める様に強く吠える。それに対して軽く肩を振る。

 

「もしかして気を付けろって? やり過ぎじゃないか、って? まぁ、少し前まではそう思ったかもしれないけど―――」

 

 止まらない。

 

 いや、止められないというのが正しい。

 

「なんちうか、渇望を思い出してから、心を焦がす感覚があるんだ。それと比べると世の中の何もかもが軽く見えてしまう。いや、そんな理屈は正しくはないってのは思ってはいるんだけど、それでも自分の方が法則よりも何よりも正しい、って強く胸の中で思ってしまってどうしようもないんだよなぁ……」

 

 だから、どうしようもなく人の命が軽い。

 

 俺の刹那と比べて等しく軽く感じてしまう。

 

 昔の俺だったらまず間違いなく、殺して解決なんて事を思いつく事は出来ても、実行する事は絶対になかった。まるで、人格が変わって行く様な、そんな感覚を今は受けている。だけど確かにそうだ。魔人に至るほどの、法則や常識をぶち破るほどの思いを抱いて、

 

 ―――そのままでいられるはずがない。

 

「ま、走り出したら一周するまでは止まれないんだ、何処までも駆け抜けて行くしかないんだ―――」

 

 そう思いながら宿を探す為に歩き始めようと、視線を空から下ろす。花火はもうないが、大通りの方から人の声がたくさん聞こえる。今頃ナイトパレードの真っ最中だろう。どうだろうか、元春から一切電話が来る事はなかったが、ちゃんと仕事をこなす事は出来たのだろうか? ステイルの体力が超貧弱である事は確かだが、途中でバテていないだろうか? あの二人は自分以上にプロフェッショナルな所がある、きっと確実に仕事をこなしているだろう。

 

 更にズブリ、と戻る事の出来ない道を歩んでしまっている。その事を自覚しながら歩き出そうと足を踏み出し、

 

 ―――気配を察知する。

 

「おいでなすったか」

 

 もう増援を送るとは手間が省ける。そんな事を思いながら短針の刃を取り出し、握り、そして路地裏に入り込んできた、此方へと向かって来る気配へと向けて、待ち構える様に刃を構える。

 

 出てきた瞬間に殺す。

 

 そう判断し、路地裏の角から相手の姿が出てきた瞬間、踏み込みながら遅延の波動をぶつける。それは誰にも否定できず、抵抗もできない世界で、

 

 ―――それが音を立てて砕ける。

 

「え?」

 

「あぁ?」

 

 出てきた相手が影にいるせいで良く見えないが、お互いにそんな素っ頓狂な声が出た。だけどその程度で動揺はせず、そのまま無常に人を斬殺した刃の暴威を正面、影の中の相手へとぶつける。

 

 必殺の刃は空間を切り裂きながら突き進み、そして影に入ったところで硝子の割れるような音と共に砕け散った。

 

 その渇望が、幻想であると証明するかのように。

 

 瞬間、誰を殺そうとしていたのかを自覚し、

 

 吐き気を抑えながら下を蹴り、壁を蹴り、そして空へと逃げた。

 

 逃亡する直前に、影の中から手を伸ばす様に、月光に照らされる少年の姿を目撃し、自分が何を、どうやって、どうしようとしていたのかを、ビルの上に転がる様に着地しながら思い出す。

 

「―――当麻を殺そうとしたのかよ、はは……」

 

 屋上に一人で転がりながら、呟く。馬鹿だ。でも、当麻だと確認するその瞬間、邪魔者は殺せばいい。そう思っていて―――相手が当麻だったからこそ殺さずに済んだのだ。

 

 自分の目は今、濁り切っているんだろうな、という事を自覚しつつ、目を閉じて言った。

 

「―――最悪だな」

 

 どこかで、誰かの嘲笑うような声が聞こえてくる。




 リドなんとかさんは生き延びた模様(スカイダイビング確定

 渇望なんてものが急に芽生えたら、そりゃあ強い思いなんだから、少しずつ歪んでいくのは当たり前だよね、という流れ。

 リアル人間でチェス開始。果たしてプロットは息をしているのか。

 オティヌス狂乱可愛い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。