とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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九月二十日

「クソ……」

 

 軽く頭を抱えながらそんな事を呟く。元春やステイルから連絡の入るスマートフォンに関しては煩いので握りつぶしてしまった。結局、当麻の姿を目撃してからは一睡もできず、再び朝日が昇っている。その事にショックを受けていても、芯は揺らがない自分がいる。絶対にブレない価値観が存在する。そう、こうしなきゃ誰も守れないのだ。だったらこれで間違っている事はない。間違っていてはならないのだ。

 

 だからこれでいいんだ。今更他人の評価とか知った事かよ。

 

 朝日が昇り、大分時間が経ってから漸くそう結論を出して開き直る。寝る為に使っていたビルの屋上から飛び降りて昨夜とはまた別の路地裏に着地する。血も屍の臭いも存在しない、普通に臭いだけの路地裏に着地した事に何故か安堵を覚えつつも、軽く息を吐き、表通りに向かおうとしたところで、

 

「ばうっ!」

 

 振り返る。

 

 快活な咆哮を送ってきたのは演算装置を装着したゴールデンレトリーバー―――犬の存在だった。ここ最近ずっと一緒だった犬だが、まさか昨夜からずっと追いかけていたのだろうか? だとしたらご苦労様、と労うしかない。苦笑しつつ犬の頭を撫でて、一人と一匹で学園都市の表通りに出る。大覇星祭二日目という事で、前日よりも通りにいる人の姿は多く見える。初日は外部からやってくるしか手がないが、今日は昨日から泊まりで学園都市にいる人も存在する。故に昨日よりも人は多い。最終的に、大覇星祭最終日には凄まじい数の人がいるだろう。

 

 歩きながら開いている露店から見えない様に帽子を一個盗み、それを被って歩き続ける。昨日は皆殺しにしたから多少のメッセージが”敵”には伝わった筈だ。それらは間違いなく自分を狙って来る。それを認識しつつ、彼らがやってくる方向へと向かい、そして狙うような集団そのものを殲滅するのが一番良いだろう。

 

 それとも、

 

「―――直接狙うか?」

 

 そう言って睨むのは学園都市に存在する”窓のないビル”と呼ばれる建造物。アレイスターが存在すると言われている場所であり、あそこへと乗り込めばアレイスターへの直接攻撃が可能となる―――間違いなく勝てないが、それでも成せる事は多い。それを考えると乗り込むのも悪くはない。ただ、やはり優先順位的にはどうしても下がってしまう。一番重要なのは操祈の安全確保だ。

 

 となるとやはり、

 

「木原幻生を殺すしかないな」

 

 老人と表現していいのが木原幻生という男ではあるが、長い年月を学園都市の暗部で経験した事を含め、膨大な経験を体に秘めている。故に突発的な状況や策謀に対して恐ろしく強く、殺す為には一方的に奇襲して殺すのが一番効率的だと思える。まぁ、つまりは自分の様に超強力な怪物で一気に、計算も計画もする暇なく殺してしまえばいいのだ。

 

「木原幻生の居場所は■■■■(第六十四研究所)―――ッ」

 

 口から漏れた言葉に違和感と脳の痛みを感じ、軽く片手で頭を抑える。犬が心配そうに頭を足に擦り付けている為、その頭を軽く撫でて安心させる。言葉を話そうとして出てきた言葉は自分の知らない言語、ノイズとも呼べるものだった。しかし、それからは確かに、木原幻生の居場所が漏れ出ていた。そんな知識が自分にはない筈なのに。間違いなく既知感、或いは干渉を受けている。しかし、それは今、好都合だった。

 

 居場所が解るなら殺しに行けばいい。それだけの話だ。そうと解れば行動は早い。どの学区に目的地があるかは既に思い出してある。故に後はそこへと向かい、

 

 処刑するだけだ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――ま、こんなもんだろ」

 

 包帯だらけの体、本来なら入院していた方がいいのだろうが、回復魔術を受けた事、そして学園都市の医療技術のおかげで歩き回る程度だったら一切の問題なく行動が出来るレベルにはなっている。そんな状態では勿論、大覇星祭には参加する事は出来ない。だから体操服姿でサングラスを装備し、仕事に仕えそうな道具を小さいポケットに突っ込み、スマートフォンを片手に学園都市内を歩いている。

 

「ステイルとカミやんは追いかけたか。まぁ、そりゃそうだよな。何だかんだでダチだって言ってるし。ここで見逃したらダチとしちゃあ名折れって訳だよな。なんだかんだでステイルの奴も甘いな。いや、インデックスの件を見れば甘いのは解っていたことか」

 

 鼻歌交じりに学園都市を歩きながら、スマートフォンに出てくる情報を処理する。普通のスマートフォンに見えるが、実のところは学園都市製の中でも更に特別にチューンされた、超特殊仕様のスマートフォンになる。防弾だし、防水だし、帯電性だって高いし、放射能にだって強い。色々と素敵なスマートフォンだ。

 

「んじゃ、ま、俺は適当な所でサボらせてもらおうっと」

 

 そう言って、適当な広場の適当なベンチの上で、スマートフォンを片手に座る。もうこれ以上歩くのは面倒だ。仕事するのだって面倒だ。大体昨日、本気で頑張ったのだから、今日は休んでも許されるはず。大体自分はどちらかというと反射神経の人間だ。自分から動くのが間違いなのだ。というわけで、

 

 ふぅ、と軽き息を吐きながらスマートフォンで通話を開始する。

 

 相手は、

 

「―――あ、もしもし? 初めまして陰陽師で博打好きのシスコンなんだ―――うああああ!? 電話切らない! 切らない!」

 

 ほら、

 

「彼氏が今学園都市にいるらしいって教えるからさぁ!」

 

 

                           ◆

 

 

「おい、ステイル」

 

「……こっちで会っている……筈だ」

 

 偶に地面に触れては魔術を使用し、ステイルは道を確認している。魔術に関しては全く理解できないが、とりあえず右手で振れてしまうとおじゃんになってしまう事だけは理解できている為、常に数歩後ろを歩く事を心掛けている。心が若干焦っている事は認めるが、だけどそれを認めざるを得ないぐらいには驚きが自分にはあった。ステイルが立ち上がり、再び歩き出す事を確認しながらその後ろをついて歩く。

 

 ―――信綱。

 

 しばらく会っていなかった友人らしき人物の顔を思い出す。ある日急にいなくなった、と思ったらイギリスにいると元春に言われたために驚いた。イギリスにいるって事は魔術にでも関わっているんだろうなぁ、何てことを思った。元々魔術の畑の人間だったのかもしれない。少なくとも、彼に関して深くは知らないという事実がある。いや、正しく言えば”知っていた”が正しいのだろう。

 

 上条当麻は過去を失っている。

 

 気が付いたら過去を失って病院で目覚めた。それが今の自分の始まりだった。その後に出会ったのがインデックスで、医者の先生で、元春を含めたクラスメイト達と、そして信綱だ。気付けばするり、と入り込んでいたという印象がある。気安い奴で、能力の開発を頑張っていて、そして魔術の勉強もしていた。そんな感じになんかいい空気吸ってたヤツ。それが信綱。

 

 なお最近厨二病に目覚めて改名したらしい。可哀想。

 

 良く考えればそこまで深く知っている訳じゃない。と言っても深く事情や背景を理解しているのはインデックスと美琴と、最近助けた数人ぐらいだ。良く考える女性の比率が多めだが、そう言う事もあるんじゃないかと思って軽く受け流す。ともあれ、昔知り合って、そして助けた相手らしい。まぁ、その程度だが、友達なのだ。

 

「一切見捨てる理由にはならねぇよ」

 

「こっちだ」

 

 ステイルが指差し、そしてその方向に従って移動する。段々とだが学園都市の人気の多い場所から離れ、そして人の少ない、研究所の多い区画へと移動する。ここまで来るとなると、やはり信綱が研究所を襲撃している可能性が高くなり、そしてまた、人を殺しているであろう事実に対して顔を歪めるしかない。どうしても昨夜、目撃してしまった凄惨な殺人現場を目撃してしまった為、嫌な気持ちが胸に浮かび上がってしまう。

 

 アレはもはや殺人と表現する事は出来なかった。

 

 あえて表現するなら処刑という言葉が近かった。死体も多くが首を刎ねられており、一方的に殺されているという状況を証明していた。一切の戦闘を感じさせないその現場は、一方的な処刑だった。ただの慈悲もなく、流れ作業の様に殺す。それだけの現場だった。それを見て胸に感じたのは吐き気や恐怖よりも、

 

 ―――情けなさだった。

 

「ふぅ、ここだな」

 

 そう言ってステイルが足を止める。その視線の先にはやはり、研究所の姿があった。静かで、一切人気のしない研究所を前に立ちステイルは少し、警戒する様にそう言葉を継げた。ステイルの声に合わせて件の研究所の方へと視線を向ければ、警備員の姿も、そしてそれに出入りする人の姿もないのが見える。歩いて研究所の方へと向かおうとする姿を、ステイルは肩を掴んで引き戻した。

 

「うぉぉ、ととと、何をするんだよ。アイツが中にいるなら―――」

 

「非常に癪に障る事だが、おそらくこっちでは知覚する事さえできない。君だけが、対等に戦うための状況へと持ち込めるという事を忘れないでくれ」

 

「……? あぁ」

 

「じゃあ、覚悟は出来たな? 行くぞ」

 

 そう言うとステイルは先導する様に歩き出す。その背中を追い、追いつく様に横に並んで研究所の正面へと回ると、そこには閉じてある鋼鉄の門が存在する。どうやって抜けようか、等と考える前にステイルが炎剣を取り出しており、それで扉を焼き切っていた。素早い行動に軽く引きつつも、ステイルの後を折って素早く研究所の敷地内に入り込む。

 

 そこには昨夜と同じ、凄惨な処刑場が広がっていた。

 

 研究所の前の空間はそう広くはない。広さで言っても、せいぜいバスケットボールのコート程度の広さだろう。だがその空間は、まるでペンキをぶちまけたかのような赤色に染まっている。おそらくがガードに出てきたドローンの類、それが綺麗に一撃で両断されており、その近くには首のない死体が遠くに首を転がせており、顔に驚きの表情を浮かべる事もなく死を証明していた。

 

 死、圧倒的と言える死がここには満ちていた。その色しかここには見えなかった。いっそ芸術的と表現できるほど、ここにいる存在の姿は綺麗に殺されている。死んだ瞬間は日常の一ページを切り出したかのような姿で、死ぬその瞬間まで日常生活を、ここでの警戒を行っていたのが解る。

 

 まるで時を止めたまま死んだかのようだった。永遠の形がここにはまた一つ会った。それは即ち、死。死ぬ事。死ぬ事でその形を永遠にしてしまっている。それがここに見事な形として存在していた。昨夜同様、吐き気よりもその異常さに体が襲われ、殺人という行為に対する吐き気が湧き上がってこない。

 

「遅かったか……もう中にはいないだろうが、探るか」

 

「おい、ステイル。一体これは、どうなってるんだよ」

 

 歩きだそうとしていたステイルは足を止め、煙草を口に咥えながら軽く溜息を吐き、死体を避ける様に研究所の入り口を目指しながら歩いていた。

 

「―――魔術と言ってもいろいろある。まぁ、それは君でもわかっているとは思うが、それでもあの馬鹿が突っ込んでいる部類は魔術の中でも異端の中の異端だ。渇望を動力源に、力にする魔術なんて聞いたことさえない。ただ願いを媒介にする魔術ってのは珍しくはないし、聞いたこともある。だからそれから今回の事をある程度推測する事が出来る」

 

 ステイルは言う。

 

「アイツは精確的には温和な方だが、トリガーを踏むと一気に凶暴化する―――が、それも基本的には限度がある。キレると言っても普通はリミッターがあるものだろ? 殴りかかる拳を少しは抑えるものだろう?」

 

 それが、

 

「今のアイツにはない。得た力に対して心がついて行けていない。見れば解る事だし、考えれば解る事だった。なのに”なぜか”頭から失念していた。僕もアイツもそれをすっかり忘れて旅行気分でアイツを日本に連れてきてしまった」

 

 その結果がこれだ。

 

 ステイルは言外にそう語っていた。

 

 床も天井も完全に赤色に染められた研究所。

 

 たった一つの生存者を残す事なく、地獄絵図を残して―――物語(茶番劇)を加速させた。




 走り抜けて一周する。

 終焉を与えて終わらせる。

 やっている事は違う様で、実際は全く同じ事。結局は似たり寄ったり。カミやん頑張れ、頑張れ。

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