とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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九月二十日-Ⅲ

 もはや流れは決まっていた、否定する事は出来ない。

 

 

                           ◆

 

 

 無言のまま刃を横へと走らせる。人間の生み出せる速度の限界を超えた一撃は容易く人の首を刎ね飛ばし、血を生み出しながら後方へ全てを流して行く。今視界の端に映ったのは確か黒服か研究者か、或いは被験者かもしれない。が、興味はない。完全に流れ作業と化した虐殺はもはや心になんら感慨を生み出さない。強者が弱者を淘汰する、それは自然の摂理なのだ。何故感情を抱く必要がある? 敵はただの敵。

 

 首を撥ね飛ばしてその者の時を永遠に止める。

 

 もはや声も届きはしない。そんな事よりも一瞬で隠し通路を看破し、逃げようとしていた者を皆殺しにして、伝わる筈の最低限の情報が遅れる様に念入りに破壊と殺戮を行う。疾走しながら行う流れ作業であるため、返り血は一切体にかかる事はなく、血の臭いでさえ服に触れる事無く置き去りにされる。そのまま一気に所長室へと入り込み、

 

 そこで白衣を着た老人の姿を発見する。

 

「―――」

 

 逃げようとしているのか、動こうとしているのか、作業の途中だったのか、それは解らない。足を一歩、前に出した状態で完全に停止している。正しく言うのであればほぼ停止したかのように停滞している。加速と遅延を両方合わせる事によって、自分と相手の認識の間では一〇〇〇倍の速度差が発生している。故に死ぬ事さえも知覚できない。

 

 話す言葉などない。首を撥ね飛ばし、返り血が体にかかる前に顔を掴み、その皮を引きはがす。

 

 その下から出現するのはまだ若い男の顔。つまりは偽物になる。溜息を吐く事もなく頭を放り捨てて、そのまま窓を突破する様に外へと向かって飛び出し、向かい側の建物の上へと飛び移る。距離は数百メートル以上あるが、学園都市へと到着してから”調子の良い”この体、そのアクロバットを容易にこなす。着地した所でポケットの中にくしゃくしゃにして突っ込んでおいたメモを取り出し、右手で握っている短針の処刑刃を投げ捨てる様に虚空にかき消す。手放した刃の代わりにペンを取り出し、左手で広げたメモを確認する。

 

「これで全部潰したな」

 

 特に感慨もなくそう呟き、紙に書いてあった敵拠点すべての場所名をボールペンで横線を入れ、必要のなくなったゴミを投げ捨てる。ボールペンも、そしてリストももはや不要だった。木原幻生がどれだけ資産を持っていようと、ここまで執拗に、そして集中的に施設や所有物を破壊され続ければ、誰も好んで彼と関わる様な事はしないだろう―――アレイスターが仕組まない限り。その場合はどうしようもないが、辺りを焦土に変えるしかないだろう、全てを彼のせいにして。

 

 まぁ、そこまでやる気はない。ただ木原幻生だけは明確な操祈の敵だ。理由は―――忘れてしまったが、きっと重大な理由があった筈だ。だから死による終焉を、停止を与えなくてはならない。それで漸く操祈が救われる。

 

 

                           ◆

 

 

「さあ。敵は逃げたか? いや、そういうタマではなかろう? それにヤツがあの女を追いかける理由は、あの女が敵対する理由は―――」

 

 

                           ◆

 

 

「ッ」

 

 頭に走った痛みとノイズに軽く顔をしかめつつも、咄嗟に頭を抑えた手を離し、そして目を閉じて考え始める。木原幻生という存在のパーソナリティについて。木原幻生は狡猾であり、老練な研究者だ。木原一族の中でもとりわけ歳を取っている。故にその年月から得た経験を通して来る行動予測、そして計画力が恐ろしい。故に発見次第言葉を交わす事も、何かを行動させる事もなく殺す。これが最良の選択肢となる。

 

 ただそれも、本人を見つけられなければ全くの無意味なのだが。

 

 ともあれ、木原幻生と食蜂操祈が敵対しているのには理由がある。木原幻生は―――確かレベル6を生み出すのに外装代脳(エクステリア)を利用したがっていたはずだ。ここまで殺しまわって影も形も見えない。となると、外装代脳を直接手に入れる為に向かったと考えるべきなのだろうか? いや、どうせアテはないのだ。拷問して得た相手の居場所は全てスカしたのだ。だったら後は直感に任せるしかない。操祈の持っているセーフハウスも、研究所の位置も知っている。外装代脳を確認しに行ったとしても自分に一切の問題はない。

 

 冷静にそう判断し、外装代脳の所在を思い出す。

 

 ―――そこへと移動するのにほとんど時間を使用する必要はない。

 

 加速だけを使用し、体を空へと向かって叩き飛ばしながら一気に、建造物を飛び越える様に一直線に移動する。あらゆる障害物などを無視し、追う人間も探す人間も、その全てを簡単に振り払って飛び越え、一気に外装代脳が置いてある操祈の研究所の屋上へと着地する。跳躍を誰かに見られたかもしれないが、そもそも早すぎて普通の人には点とすら認識できない。それだけの速度があった移動だが、体は疲れも痛みもしない。

 

 随分と、人間から遠ざかった気がする。

 

「まぁいい。確かこっちだったっけな……」

 

 屋上から裏手へと飛び降り、裏口へと回り込む。扉が開いていないのを確認してから扉を蹴り破り、歩く様に施設内に侵入する。蹴破った扉は背後で時を極限まで遅延させる事で干渉が不可能な障害物として放置する。これでこの裏口は使用できない。時は止まっている訳ではないが、それでも此方の出力を超える攻撃を繰り出さなければ遅延は打ち砕けないのだから。

 

 故に後ろを気にする事もなく、そのまま歩いて施設内を歩く。

 

 施設内には気配を感じる。故に、敵か、或いは全く無関係な存在がいる筈だ。気配だけで判別するのは難しい為、施設内を全て遅延で見えたし、歩く様に、真っ直ぐと気配の感じる場所へと向かって移動する。

 

 防衛用の機械も、システムも、その全てが遅延を受けて停滞している。不正規の侵入で間違いなくアラームが起動するはずだが、それは少なくともしばらくの間、認識が等速へと到達するまでは絶対に作動する事がない。前までは普通に来れたのに、今は立派な侵入者としてここにいる事にちょっとだけ嫌な気分になりつつも、そのまま上へ、上へと階段を使い、施設内を上がって行く。今まではどこも走り抜けていたのに、もはやそんな必要はない。

 

 そんな予感を胸に、上へと歩き、そして人の姿を発見する。

 

 それは広い通路だった。そこに存在するのは二人の人の姿で、一人目は体操服姿の女子中学生―――食蜂操祈の姿だった。焦ったような表情を浮かべ、汗を掻き、そして床に尻餅をつく様に座り込んでいる。端的に言えば追い込まれている。文字として表現するのであれば、それが正しく見える姿だった。良く見ればその服装も所々ボロボロなのが解る。その姿を見て、色々と胸中に浮かび上がるものがある。それを目を閉じ、胸の中へと沈み込ませるように抑え込み、操祈の視線の先にある存在へと認識を移す。

 

 そこにいるのは老人だ。白衣姿にほとんどの髪が抜け落ち、片手の存在しない老人。その体を服越しに見ても、一部が欠損し、代替品によって埋められているのが理解できる。今までの影武者や偽物とは違う。彼こそが、本物の木原幻生。その眼の色は黒だったり赤だったりと、妙な色に染まっており、楽しそうな笑みを浮かべている。間違いなく操祈を追いつめ、目的を達成する直前、という様子が見れる。

 

「……間に合った、か」

 

 安堵の息が漏れるのと同時に短針の刃を生み出し、右手で逆手に握り、歩いて幻生に近づく。もはや遠慮や容赦、そういうものは存在しない。近づいて一撃で殺す。人間という不変の時間軸に存在する者には絶対回避する事も防ぐこともできない絶死の刃、それが処刑という形で幻生へと迫っていた。それを幻生は知覚出来ないし、干渉する事もできない。

 

 木原幻生のあっけない死は確定していた。

 

 ここで殺さない選択肢はない。

 

 故に処刑刃が動き、首に触れる。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――ここで本来の流れとその歪みについて認識をする必要がある。

 

 本来であればもっと先に行われた木原幻生と食蜂操祈の勝負。それは木原幻生が外装代脳を掌握する事でミサカネットワークにウィルスを感染させ、それを通して御坂美琴へと干渉する事を許す。一方通行によるレベル6化は一番安定するものの、それが幻生の手によってなされる可能性は限りなく低い。故に出力を出せる美琴を利用する方法を幻生は思いついた。故に幻生は外装代脳を狙っており、そのためには食蜂操祈の確保も必要だった。何故なら外装代脳の完全制御にはどう足掻いても食蜂操祈の脳内のコードを取得する必要があるのだから。

 

 しかし物語は歪んでいる。

 

 大前提で言えばこの対決はここまで前倒しされる予定はなかった。そもそも渦中の存在である信綱、或いはクロノスという青年は存在しなかった。土御門元春とステイル=マグヌスも既に日本を離れ、イギリスに戻っている筈。一方通行と打ち止めでさえ物語には欠片もかかわってこない。これは本来、そういう物語であった。

 

 それに干渉する脚本家がいなければ。

 

 故に物語は細かく変わってくる。たとえば前々から木原幻生は操祈の隣にいる人物を脚本家を通じて知っており、必ず関わってくるという事実を。或いは食蜂操祈の子供らしさを青さだと表現し、それを最大限利用する事を前々から考えていたとか、

 

 そもそも目的さえ果たせるなら自分の命に頓着していない等。

 

 故に、物語はさらに捻じ曲がる。舞台の外側から全てを眺めている存在があるとすれば、指差しながら大爆笑するだろう、あぁ、この後何が起きるか解るぞ、と。伏線は張られており、そして順調に計画は積み上げられていた。故に必要なのは指導のみ。それを残して舞台は完成されていた。決壊は秒読みで、そして終わりは見えている。

 

 

                           ◆

 

 

 即死だった。それは誰の、どんな存在が見ても同じことを言える状態だった。処刑人が知覚する時すら与えずに幻生の首を切り落とした。ころでハッピーエンド―――とは絶対に行かない。幻生の死をトリガーに、舞台に仕組まれていたすべての装置が作動を開始する。もはや止める事の出来ない流れが漸く加速する様に動き始める。

 

 幻生が自らの死、というこの状況を見越して仕込んだ装置の始動だった。

 

 幻生が死ぬのと同時に時の負荷が消える。それは信綱が、或いはクロノスが戦闘を終了したという事を、行うべき使命を完了させたという事を自分に言い聞かせる行動。しかしそれと同時に幻生が死んで、心臓の鼓動が停止する事で埋め込まれた機械からの信号が発信される。脳にダメージが入るという理由で物理的な破壊や電子的なリミッター解除が難しい外装代脳が機械の過剰茶道によるリミッターを物理的に飛ばし、限界突破稼働を開始する。もはや制御する為の幻生は死んでおり、その脳は無限に傷つこうが構わず、操祈から奪われたままの外装代脳は稼働する。

 

 それに合わせて外装代脳を通し予め外装代脳へと登録が完了されている妹達(シスターズ)に対して干渉が発生する。

 

 本来は上位個体を通さなくてはならない妹達(シスターズ)の干渉も、自壊を前提とした限界突破稼働であれば、その権限を突き破る様に干渉、感染する。

 

 そうして本来の流れの様に、御坂美琴はミサカネットワークを通じて干渉され、完全に手綱を放置された状態でレベル6へと向かって進化を始める。

 

 それに連動する様に御坂美琴の体から美琴の意識は封じ込まれ、力の怪物としての意思が体を支配する。暴雷が周囲を薙ぎ払いながら無差別に破壊を生み出し、完全にレベル5の領域を超えた破壊を見せ始める。それこそ一方通行でさえまだ生み出す事の出来ない超破壊の領域を軽々とこなす程に。御坂美琴という皮を被った怪物が生まれるのと同時に、

 

 全ての震源地とも呼べる場所で一つの出来事が発生する。

 

 外装代脳は本来食蜂操祈の道具であり、彼女の研究成果であり、そして彼女の為に作成された。木原幻生がそれを狙っていると理解し、真っ先に彼女が考えたのが外装代脳の破壊。物理的な破壊は脳に障害が残る可能性があり、故に自壊コードが存在する。だがこれを行わあかったのはこれをまだ利用できるかもしれない、と彼女が判断したからだ、故にこの状況があるとも言える。

 

 つまり、

 

 外装代脳は本来は食蜂操祈の脳によって操作されるものである。それが通常であり、最も自然な形。なぜなら外装代脳自体が食蜂操祈の脳であると表現する事が出来るのだから。

 

 つまり、外装代脳が木原幻生に支配され使用されたとしても、

 

 その使用の負担はある程度食蜂操祈にもやってくる。

 

 なぜならそれは食蜂操祈の一部なのだから。

 

 故に木原幻生が行った死より始まる連鎖、

 

 それは順当に幻生の脳を破壊するだけではなく、

 

 ―――等しく、食蜂操祈の脳を破壊した。

 

 それを、時の結界を解きながら一瞬で完成するのを青年は見てしまった。もはや理屈や、理論を理解する必要はない。そもそも理屈や理論を必要としないのが魔人であり、魔神という生き物。故に彼は見てしまった。木原幻生が死んで崩れ落ちて行くのと同時に、食蜂操祈も目から光を失って、言葉を発する事もなく、思考を生み出す事もなく、ただの肉人形となってそのまま床に向かって倒れて行く姿を。

 

 時に干渉してなくとも、その体はゆっくりと、落ちて行くように見える。

 

 原因は、どうして、何故、どうやって、どんな言葉を一切思考する必要はない。

 

 目を閉じ、第三の目を開き、そして耳を傾ければいい。

 

 体を擦り付ける様に背後から絡みつく隻眼の魔神が口を耳に寄せ、そして一切の虚偽の存在しない、純然たる真実を語るのだから。

 

 ―――お前が、殺した。

 

 その事実は青年を発狂させるには十分すぎて、

 

 そして魔神に介入を許すには十分すぎる隙だった。




 何時も目の前でヒロイン殺してばかりだから主人公にヒロインを殺させてみた。あぁ、解ってる。言わなくてもいい。諸君らもこれが見たかったんだろ? 愛い愛い、言わずとも解っているとも。ん? そんな事ない?

 体すりすりオティヌスさん。

 じかい、かいじゅうちょうけっせん

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