―――夢を見ている。というのは自覚できる。
だから起きる時の感覚は何時だって覚えている。まるで闇が光によって塗りつぶされて行くような光景が、意識の覚醒と共に現れる。最初に見えるのは閉じている瞼の裏。あぁ、寝ていたんだっけ、気絶していたんだっけ、どっちだっけ、そんな事を思いながら瞼を開け、綺麗な白い天井を見て、そして背中と頭に感じる清潔で柔らかい感触を確かめ、
あぁ、これは気絶したんだ、と納得する。
滅多な事ではここまで綺麗な場所で眠ったりしない。あったとしても操祈の部屋に連れ込まれた時ぐらいだ。それ以外ではやっぱりソファか、或いは安宿で済ませている。だからこんなきれいな場所で眠りから覚める時は、やっぱり気絶したとしか思えない。恥ずかしいなぁ、と思いつつ顔を横へと向け、白い壁にシンプルな窓が見え、そしてその向こう側に広がる中庭の風景にここが何処であるのかを察する。
「―――病院か。まぁ、妥当っちゃあ妥当だよな」
展開的にお持ち帰りされて血要されて、人質に使われる。そんな素敵な展開をちょっとだけ期待してみたが、やっぱりフィクションな展開なのだろうか。ちんぴらの方の先輩が一度経験したことがあるとか言っていたが、あの連中は本人もその周りもまるでコミックの様な時空に突入しているから追及したり考えたりする無駄だと思い出す。思い出して小さく笑い声を漏らしながら視線を逆側へと向ける。
「まぁ、漫画の様に誰かがいるわけないよな。とりあえずどれぐらい眠ってたんだろ」
扉側には誰もいない。当たり前のことながら寂しく感じ、上半身を持ち上げ、痛みがない事を確認しつつナースコールの為のボタンを手に取り、
ゲームセンターで鍛えた神速の三十連打を披露する。
◆
やってきたナースにたっぷり説教されながらも、カエル顔の医師はカルテを片手に呆れた表情を浮かべる。
「君達は兄弟か何かかな? 一緒に仲良くボロボロになって入院とか別に狙ってしなくてもいいんだよ?」
「別に狙ってる訳じゃないんすけど―――つか当麻の奴もまた入院しているんですね」
「うん、またなんだよ」
カエル顔の医師の表情を確認する必要はない。どうせ呆れているのだから。しかし、しょうがないのだ。だって男だし、やる事をやった結果怪我をしたのなら、それは男的には本望なのだ。きっと当麻も間違いなくそう思って怪我をしているのだ。だったこれは、
「悪いのは俺じゃない。悪いのは果たすべき使命を邪魔しようとする運命の方なんだ。そう、きっとどこかにニートがいるんだ。裏側からすべての人に役割を与えながら計算して先の展開を作っているシナリオライターが存在するんだ。そんなクサレニートがこんな展開を生み出すから怪我をする―――つまりニートが悪い。ニート滅! センセもニート系な人を見たら最大限警戒しておいてください。多分人生滅茶苦茶にされますよ」
「現実逃避をしているようで妙に現実的な事を言うね、君は……」
ニートへの熱い風評被害。残念ながら相手はカエル顔の医師で、恩のある人物だが、こうやってネタに走ったり軽口を重ねると、少しずつ脳が活性化し、調子が戻ってくるのを感じる。きっとカエル顔の医師も、心の方を確認する為に態々会いに来てくれているのだろう。死んでさえいなければなんとでもなると言うその腕前、また世話になってしまった。というか病院には世話になりっぱなしの様な気がしている。
そこでカエル顔の医師が少し、笑う様に息を吐く。
「まぁ、君の体に関する細かい話に関しては後でもいいだろう。それよりも知りたい事や話したい相手がいるんじゃないかな?」
そう言った直後、病室の扉が開く音がする。恐る恐る、首をゆっくりと音の方へと視線を向ければ、開いた扉の向こう側に立っている人の姿が見える。予想通り、常盤台の制服姿の彼女は怒りを表す様に腕を組み、開いた扉の向こう側に立っている。それを見たカエル顔の医師は軽く手を振り、逃げる様に扉を―――そして本日は星だけではなく、怒りの炎を目に宿した食蜂操祈の横を抜けて消えて行った。
医者なら患者を救ってほしい。
具体的に言うとこの状況から。
そんな願いがかなうはずもなく、操祈は無言で部屋の中に入ってくると、足で扉を閉め、そして真っ直ぐ此方へとやってくる。上半身を起き上がらせたままの状態で軽く震えながらゆっくりと笑顔で迫ってくる操祈を恐怖と共にそのまま、眺め続けると、ついに操祈がベッドの直ぐ横、自分の目の前に到達する。謝った方がいいか、と一瞬だけ思うが、それはありえない。自信を持って選択に後悔はないと言える。誇りを、そして意地を以って当たったのだ。ここで謝ったら今までの選択を侮辱しているだけに過ぎない。
だからベッドには乗ったまま、胸を張って目を閉じ、操祈からのいかなる制裁にも対応する形で身構えると、
―――次に感じたのは柔らかさだった。
「おっと」
軽い衝撃にベッドに倒れ込み、感触を確かめながら目を開ければ、体に操祈が抱き着いているのが見える。背に手を回して此方に抱き着いてくる姿を体で感じ、軽く息を吐いてから左手で操祈の背を軽く押さえ、そして右手で操祈の髪を軽くくしゃり、と乱す様に抱く。
「心配させた?」
「……ちょっとだけ。次無断で暴れたら許さないわよ?」
「状況と危険度次第かなぁ」
「そこは嘘でもいいからうん、って言ってほしかったわぁ」
そう言うと操祈は軽く笑いながら立ち上がり、近くの椅子を引っ張りベッドの横に座る。その間に自分も再び上半身を持ち上げ、操祈の方へと視線を向ける。髪の毛を乱されたばかりの操祈は手櫛で軽く髪を整える様に梳いている。
「割と時間をかけてセットしたんだけど、ちょっと酷くないかしら」
「寧ろ俺からしたらちょっとだらしない方が好感度高い。完璧にストレートなのも綺麗でいいけど、それは割と見飽きているしなぁ? 個人的には長い髪の毛が少しぼさ、っとしている感じの方が好きなんだよね。なんというか、綺麗なのに見えるだらしなさがすっげぇエロい」
「結局エロさなのね」
そりゃそうだ。エロを求めない男子とかまずありえない。細かい話をするが、操祈の魅力はその腹黒さとは反面に存在する純情さ、そして情の深さだ。姿だって凄い可愛い。中学二年生ではまずありえないレベルの巨乳、それに長く伸びる金髪。本当に日本人かどうか疑いたくなるところだが、不思議な髪色の者なら自分を含めて腐るほどこの学園都市に入る―――一説では開発の影響とかだが。とりあえず重要なのは、このスタイルで操祈は可愛い、可愛い系に入るのだ。しかしここでちょっとだけ髪の毛を乱してやるとどうなる? この少しぼさっとした、乱れている感じが体のスタイルと合わせて妙にエロい感じになるのだ。
良い、実に良い。当麻と一回エロさについて語り合った時、これで解り合えた。エロは偉大である。
「……何かいやらしい事を考えてるわね?」
「男の子だからな」
さて、と呟く。大分言葉で遊んだところで、そろそろ本題に入りたい頃である。軽く息を吐いてから、視線を操祈へと向けなおし、そして意を決す。
「今―――」
「―――七月二十九日、大体十二時半よ。ちなみにすぐ隣の病室が彼の病室になっているわよ」
「そうか、一週間も寝てたのか俺……」
「筋肉の断裂、血管も切れていて、皮膚は剥がれて、骨は折れて腕や足から突き出ている。寧ろたったの一週間で普通に生活できるレベルまで回復した方が凄いのよ。解るかしら? 本当なら一ヶ月は入院しなきゃいけないのに」
操祈に言われて、包帯の撒かれている自分の両腕に気付き、その包帯を剥がして行く。ゆっくりとベッドの上へと落ちて行く包帯を確かめつつ、包帯に包まれていた両腕を確かめる。操祈の言葉が本当であれば一週間前、火織との戦闘を終えたばかりで、その時に身体の障害を負う程のレベルの怪我を攻撃の反動という形で受けていたが、両腕には傷痕すら存在していなかった。入院し、そして医師がカルテを見せなければ疑ってしまいそうなほどに、両腕は普通の状態になっていた。軽く握り、確かめる感触もおかしくはない。完全に体の回復が完了していた。
流石”冥土帰し(ヘブンキャンセラー)”、その腕前は―――というだけでは理由のつかない治癒能力。これは誰にでもない、自分自身に備わっている、特徴の様なものだ。単純に死に難い、生命力が高い、傷の治りが早い。それだけの特徴なのだが、
時たま、こんな風に不可思議な結果を残す。不可思議で言えば”時間歪曲”もかなりレアで、それでいて意味不明すぎる能力だ。そもそもからして通常の演算方法では”フィルターが違う”とは一体何だったのだろう。今でも研究者の意味不明なつぶやきは覚えている。まぁ、もう昔の事はそこまで追求しないし、今は今で楽しんでいる。だからそれでいいや、と余計な事を頭から追い出しつつ傷痕のない両手のチェックを続ける。軽く体が硬くも感じるが、一週間も寝っぱなしであれば流石にそれもそうなるか、と納得しておく。
「ねぇ」
「ん?」
操祈の声に視線を手から操祈の方へと移すと、操祈が首を傾げる。
「話の顛末を聞かないの? 一応何が起きたのか、私全部知っているわよ?」
―――操祈はレベル5、”心理掌握”という精神系能力最強の称号を得ている。故に自分や当麻の様な例外を除けば、彼女の洗脳や脳へのアクセスは防げない。それだけじゃなく、レベル5となれば資金や権力が存在についてくる。カメラにアクセスしようとすれば自由にできるだろうし、人の記憶を除いて状況を把握するのも難しくはないだろう。だから別に、操祈は何が起きたのかを知っていてもおかしくはない。
あのインデックスという少女のエピソード記憶か、あるいは火織でも見つけて、その記憶を見たのだろう。状況や事情の把握はそれだけで終わってしまう。だから操祈に応える。
「興味ねぇや」
「そう」
―――ヒーローが関わり、そして頑張った物語がハッピーエンド以外で終わるものか。
そういう信頼がある。上条当麻なら、自分でもどうしようもない事を達成してしまうと。だからきっと、今、隣の病室絵は満足げに眠る当麻と、そして彼の様子を見ているインデックスの姿があるのだろう、と予想しておく。それを知っているのか、操祈は少し、嬉しそうに小さく笑みを零す。自分と操祈は、二人揃って上条当麻というヒーローに救われた存在だ。親愛はするし、手伝おうとは思う。だけど疑う事はない。
それが人生を救われた存在として出来る事だからだ。
ところで、と操祈が口を開く。
「別の女の胸をタッチしたって話についてなんだけどぉ」
「不可抗力! 不可抗力だから! 大体操祈以外には俺、そういう気持ちを持たないって」
「別に貴方が私一筋でゾッコンで他の女になびく事が永遠にないのは良く解ってるし、信じているわぁ? だけど、それとは別にそう言う行動で他人が勘違いしたり、見られて捕まった場合とかはどうするの? 私は痴漢を彼氏に持つ事になっちゃうわよぉ? 本当にそれでいいのかしらぁ? ヒモな上に痴漢さんになっちゃうのかしらぁ?」
「すいません、普通に責められるよりもダメージが酷いんで勘弁してくれませんか。一応セクハラ系は異性相手だと効果が―――あ、いえ、なんでもありません。もう二度としません、はい」
「うんうん、解ったのならいいのよ。もうしちゃだめだゾ」
女には逆らえないなぁ、何てことを思いつつ、やけにあっさりと終わってしまった”魔術”騒動を軽く思い出す。何だかんだで自分が魔術に関する問題に関わったのはたったの一日だ。そりゃあやけにあっさり終わったようにも感じる訳だ。溜息を吐きながら少し記憶を巡らせ―――そして思い出す。思わずあ、と漏れ出た声に操祈は可愛らしく首を傾げる。
その姿見て、笑みを浮かべる。
「実はさ」
「うん」
「―――俺、レベルを上げる方法、解ったかもしれない」
おそらく一週間や二週間では無理だ。場合によっては数か月かかるかもしれない。だが、火織との戦いでヒントに到達する事が出来た。無謀に思えるかもしれない。前例は間違いなくない。
だけど、希望が見えたのならやるしかない。
魔術を科学的に解析する事を、
魔術の法則を、その演算方法を見つけ出し、身に着ける事を。
あまりにもあっさり終わった?? そりゃあまだレベル1でプロローグ部分ですもの。最近強い系主人公ばかりだったし、偶には少しずつ強くなっていくタイプも悪くはないかなぁ、と思っているけど、
ステマ先の事を考えたらランクアップでのインフレが激しいんだよなぁ。
セクハラで自分の事よりも相手の事を考えるみさきちマジ天使。