八月十二日
八月ともなると完全真夏となり、太陽が熱気を叩きつけてくる様に熱さを感じる。
もう既に動きやすかった時期は終わってしまい、これから秋が始まるまでは猛暑におびえる日々が始まったのだと思うと鬱になりそうになる。ただ、救いなのはどこでもいいから店内へと入り込めば、クーラーが作動していて涼しい冷気を送り込んでくれている事だろう。これがないと夏はやってられない。
そんな事を思いながらファミリーレストランの席で、
目の前で皿でタワーを形成する銀髪のシスターの姿を取っているとしか表現の出来ない怪物、インデックスの食事風景を見る。
そりゃあ当麻もレイプ目になるわけだ。
既に十五度目のおかわりに突入しているその姿を見ていると、もうどうしようもない、としか言葉が出てこない。重なり、そして花弁の様に展開する伝票の姿を確認すると怖気しか走らない。もう既に数万分を食べているのだ。あの小さな体で。一体どうやってあれだけの量を消化しているのだろうかと、人体の神秘についてもう一度考え直させられる。ただこれは必要経費なのだ、そう自分に言い聞かせるしかない。
「だから止めた方がいいって上条さんは言ったんですけどねぇ」
「これを予測できた奴はすげぇよ」
インデックスの直ぐ横に座っている当麻は憐みの視線を此方へと送っている。その視線が辛かった。しかし、大分好き放題飲んだり食べ続けて一時間、インデックス自身は大分満足してきたのか、食べている者は肉類からデザート類へと変わってきている。今は巨大なパフェを一人で、スプーン一つで攻略している最中だ。それを見ながら、誰にも分らない様に溜息を吐き、小さく笑みを浮かべる。
―――こうやってインデックスが楽しくやってられるのも、ヒーローが仕事したからだろう。
退院してから、改めて顛末を魔術師、ステイル=マグナスという不良風の神父から聞いた。自分が入院した後は火織もとても戦闘が出来る状態ではなかったらしいが、それでも約束を守ってくれたらしい。その結果絶対記憶能力の事を追いかけたり、インデックスが目からビームだしたり、とかなりエキサイトした内容が繰り広げられていたらしい。なんであの時気絶して入院してしまったのだろう、と激しく後悔している。
入院しなかったらしなかったで操祈が激しくキレそうなので考えるのは止めよう。能力が通じないとしても、キレた操祈は怖い。
「―――んで」
食べるペースを落としてきたインデックスへと視線を向ける。少し前までは一心不乱に食べ続けていたインデックスだが、そのペースも今ではゆっくりなものになっている。今なら人語が通じるよな、と少し悩みながら話しかける。
「ここまで好き勝手食べてくれたんだ、俺に魔術を教えてくれるんだよな……?」
それが目的だった。魔術、それは新たな概念であり、化学には知られて冴えなかった存在。だがそれは確かに存在し、独自の法則性とルールを持っている概念だった。”時空歪曲”の能力はレベル1で止まったまま、だけどそれは、科学という観点でしか物事を見ていなかったからに違いない。もし、ここで魔術という概念をどうにかして理解する事ができれば、それがレベルを上昇させる事へ繋がるかもしれない。そういう希望を今、持っていた。そしてそれに関して協力を得る為にインデックスに暴飲暴食を許していた。
「というかこれだけ好き勝手食っておいて足りないとか言うなら俺はマジでキレても怒られないと思うんだ。最終手段、”彼女を呼ぶ”も辞さない覚悟である。ちなみに俺の彼女は凄いぞ。俺の財布も人権も握ってるんだぞ」
「いや、私としては別にいいんだけど……知ってると思うけどノブには魔術使えないんだよ?」
「超知ってる」
超能力者には魔術が使えない。これは絶対的なルールらしい。魔術に関しては軽くだが七月の事件の時に勉強している。魔術は独自の法則を持っているほかに、エネルギー源として”魔力”というエネルギーを消費する特性を持っている。完全に開発された脳を使って法則を支配し、エネルギー源を必要としない能力者とは別のルールだ。しかしこの魔力の生成が厄介なのだ。魔力の生成を魔術師達は体内で行い、これを魔術の行使に使用する。しかし、この魔力を能力者が生成しようとすると、反動が体を襲う。
この時、脳を始めとする重要な機関ばかりがその反動によって潰れるらしい。その反動を耐える事ができれば魔術は使えない事もないらしい。
「確かノブは時間を0.5秒程戻せるんでしょ? だったら魔力を生成して魔術を行使する時間を極限まで短くすれば一応無傷の状態へ回帰する事によってデメリットを回避する事も可能だけど現実的じゃないし、そういう意味で聞いてきている訳じゃないんだよね?」
「そうそう、ぶっちゃけ知りたいのは”魔術”という法則の方なんだよ。魔術を使いたいんじゃなくて、その法則性を数式化、あるいは科学で表現できる形へ持って行きたいんだよ。魔術を科学で解明し、その法則性を脳で行使できる形にする。開発された脳が持つ”演算力”に魔術の”法則”を組み込む。きっと、というか多分それでレベルを上げれると思うんだよなぁ……」
これは予感というよりは確信に近い。根拠はないのだが、こうすればいずれはレベル5まで到達できる、という答えが既に自分の中に存在している。まるでジクソーパズルの足りなかったピースを見つけ、完成の絵図がそのおかげで見えてしまったような、そんな感覚だ。いまだ不透明で法則性の欠片も見えないのだが、それでもこれが自分にとっての”開発”というのはなぜか理解できた。
「……なんか難しい話になってきたな」
当麻が腕を組みながらそう言うが、インデックスはそんな事はない、と頭を横に振りながら否定する。
「個人的には面白いアプローチだと思うよ。もしこれで本当に魔術の科学的解明ができれば、魔力がなくても魔術を行使する方法が編み出せそうだしね。そうすれば漸く脳内で腐っている十万三千冊にもようやく利用価値が出来るんだよ」
「恐ろしい事は言わないでください。というか使用できないから今のインデックスの安全があるんだろ」
「残念」
やれやれ、という表情を浮かべたインデックスに対して溜息を吐きながらも、店員を呼んでテーブルの上の皿をある程度片付けさせる。そうやってできたスペースに持ち込みのノートを広げ、それでペンを片手に握る。火織と戦った時に、ヒントとも言える感覚があったのだ。魔術の科学的解明―――久しぶりに真剣に取り組めそうな存在が、”未知”がそこにあるのだ。だとしたら全力で取り組むしかない。まだ能力のレベルを上げる事を諦めたわけではないのだから。
「んじゃ、頼むぜイカデックス先生」
「任せ―――いや、ちょっと待って今私の事をなんて呼んだの」
「ん? よろしく頼んだぜFX先輩」
「私そんなお金を溶かしそうな名前をしてないんだよー!」
「仲がいいな、お前ら」
ツッコミをいれる当麻に対して二人で同時にサムズアップを向け、そしてノートへと視線を向ける。そこに図形を描き込んだり、初歩的な魔術の詠唱文を書き込んだりするインデックスの姿とそれを良く観察し、脳を働かせる。能力を向上させたければ、頼るべきなのは他人ではなく、自分自信の努力なのだ。そして努力を忘れた事はない。たとえ頑張った結果報われなかったとしても、頑張る事だけは昔同様諦める事が出来ない。
決意を込めて、インデックスの説明に耳を傾けながら集中を始める。
◆
そして三時間後、完全敗北を認める。
既にファミリーレストラン内にインデックスも当麻の姿もない。ラッシュアワーに入っているのか客の数が多く、邪魔をしたくないと先に帰ってしまった。しかし快適な場所なんてこことクラブハウス以外は知らないし、クラブハウスには戻りたくはない。その為、自分にはこのテーブルを占拠し続けるという選択肢しか存在しない。だから貰った内容を確認し、法則を探す為に様々な数式や法則を試している。
だが魔力という未知の要素が物理法則に絡んだ瞬間、全てが吹っ飛んで解析ができなくなっている。
「なんだよこの魔力ってのは。結局は魔力から解析しないと取っ掛かりさえも無理なのかこれ? いや、間違いなく”見えないルール”が存在しているのは確かなんだ。だけどそのルールが魔力の存在によって捻じ曲げられている様にも感じる。いや、一つの法則に対して変化する様に出来ている訳か? うーん……」
何度解析を試みようとも、結論として解らない、という事に戻ってしまう。問題は魔力を生成する事が出来ず、魔術を行使する事が出来ない。そこにあるのだ。魔術を使う所を見ながら解析したり、魔力を直接調べる事ができればまた話は違うかもしれない。だがインデックスの脳内は魔導書が存在していても、魔術を行使する事は出来ないらしい。それはインデックスが魔力を持たない、という事に原因があるらしいのだが、そのおかげで一番簡単な解析方法が封じられてしまい、魔術の詠唱等から法則を見つけ出す面倒な方法を取らなくてはならない。
火織が使った炎の魔術を完璧に覚えている訳ではないから、そこから調べる事もできない。
結論としては”直接魔術か未知の法則を見る必要がある”という結論に至ってしまう。考案、解析する為の道具が少なすぎるのが間違いなく原因だ。溜息を吐きながら行き詰った事に軽く苛立ちを覚え、深呼吸で心を落ち着かせる。焦る必要も苛立つ必要もない―――結局は何時も通り、レベル1のまま、何も変わらない。能力が育たない代わりに道具と技術でどうにかしている、今までと変わらない自分のままだ、と言い聞かせる。
「……それとも一発魔力を生成してみるか? 方法だけなら知っているし、即死する前に時間を戻せば死なないで済むし、魔力の存在を解析するいいチャンスに―――ダメか。駄目だなあ。操祈がキレるわ」
また私の知らないところで、とか言って操祈が烈火のごとくキレるのが目に見える。なんだかんだで退院してから操祈には頭が上がらない。おかげで連日クラブハウスの柔らかいベッドで眠る生活を送るハメになっている。まぁ、操祈の気持ちは決して解らない訳ではない。大切な人物を失うというのは取り返しの付かない事であり、自分の知らない所でボロボロになってたらそりゃあ心配する。それに、
―――操祈のキレ方って怖いからなぁ。
彼女がキレると、普通に起こる訳じゃない。表面上は笑っているだけなのだ。別に暴力に訴えかけてくる訳じゃない。そういう暴力が得意なキャラでもないからだ。ただ―――無視される。それだけだ。シンプル故に地味に心が傷つく。
電話には出ないし、会えないし、視線を合わせてくれないし、というか一時的に自分の記憶を操作し、見えない様に自分の脳に細工をするのだ。そのせいで、何をしようとも気付いてくれない。一回だけこれを喰らった時があったが、思うよりもダメージデカかった。改めてどれぐらい操祈にほれ込んでいるのか、再確認した時でもあった。
割と本気で愛しているのって辛い。
「……まぁ、火織かステイルに連絡を入れればいけるかな」
組織に所属しているらしいし、金を払って雇えば魔魔術を実演させられるかもしれない。それでならなんとか、とあきらめの悪さを自覚しながら考えていると、店員が近づいてくる。近づいてくる店員へと顔を持ち上げて視線を向けると、
「すみませんお客様、現在当店は満席の為、出来たら合席をお願いしたいのですが」
「自分で良ければ構いませんよ」
「ありがとうございます」
そう言って去って行く店員から視線を外し、店の為にもそろそろ出て行くべきかなぁ、と思ったが、クーラーの効いている空間という誘惑は魅力的過ぎた。流石にここから出て行くのはいやだな、と外の暑さを思い出しながら思っていると、
「邪魔すんぞ」
合席の相手がやってきた。
それは男か女か解りもしない程に線の細い人物だった。色素が抜け落ちたかの様に髪は白く、そして肌も白い。センスは感じないが高級品という事だけは解る上下黒のシャツとズボンを着た少年はゆっくりとした足取りで向かい側に座ろうとし、そして此方へと追い出そうと思ったのか鋭い、睨むような視線を送り、
目があった。
口が開くのは同時だった。
「あ」
そう言うのは同時であり、先に言葉を繋げるのは相手の方だった。
「テメェ、第五位のヒモ」
「学園都市最強の白もやしさんじゃないっすか! イヤぁ、マジでもやしっすね」
―――あ、ヤベ、ヒモって呼ばれたことに反射的に煽り返してしまった……!
その言葉に青筋を軽く浮かべる相手は学園都市最強の能力者、第一位”一方通行”であった。
第一位”白もやし”さん。なんか勘違い多いけど魔術を使おうとしてるんじゃなくて、魔術を科学的に解明しようとしてるだけだよ。
クラファンの開始もあと少しになってきたなぁ……。しかし話を聞く感じ、100万コースを狙うガチ勢を五人ぐらい聞いてるなぁ。まだまだ増えそう?