とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月十二日-Ⅱ

 学園都市、能力者の頂点第一位、”一方通行”。その姿、そして名前は有名であり、またその能力も良く知られている。一般的には反射だと思われがちだが、実際の所一方通行の能力はベクトル操作という能力になる。物事のベクトルを操作する、シンプル故に応用であり強固な能力。それがレベル5、最強の強度に達しているのだから、どうしようもない。ガンメタ戦術を利用しても、それでも一切の勝機見出す事が出来ない、という絶対君臨者になる。

 

 とはいえ、彼と会うのはこれが初めてではない。

 

 操祈に連れられ、他のレベル5と会う事が時にはある。というのも、操祈の能力は同じレベル5ぐらいではないと防ぐことができない。故に研究者の中に不正を行っている者や裏切りを考えている者がいれば、たとえ隠そうとしても、操祈はそれを暴ける。だから定期的に操祈が重要度の高い施設を周り、そこで脳内のチェックを行う事をしていたりする。レベル4は騙せても、レベル5は騙せない。しかし操祈曰く”すっごいつまらない”という事なので、

 

 お付きとしてついて行くことがある。その場合、いろんな能力者等とエンカウントする事があり、

 

 そうやって第一位とも会ったことがある。という事で、一方通行の認識は間違っていない。ヒモだ。間違いなくヒモだ。間違えようのないヒモだ。だけど頑張っているのだ。色々と。普通の人間は洗脳すれば傍に置けるけど、自分の様な改竄の通じない相手にはそれ以外の方法で結びつけないといけない。たとえば金とか、立場とか、愛とか。

 

 ただ、それでも言っていい事と言ってはいけない事があるのだ、一方通行相手に煽るとか正気じゃないが、よく考えれば正気な方が遥かに珍しいから別に問題ないよな、と気づく。

 

「もやしぃ! 白もやしぃ! もやしってなんだよ! ふざけんじゃねぇぞ! 人間がもやしの訳あるかよ! お前正気か!?」

 

「正気かどうか聞きてェのはこっちだよ」

 

 冷静な一方通行のツッコミが入る。数旬前までは青筋を浮かべていた一方通行だったが、此方の逆ギレにも近いネタをぶちかますと、一周回って冷静になったらしく、そのまま面倒くさそうな顔を浮かべて相対側の席に座る。そのまま此方を完全に無視したような様子で一方通行は珈琲を頼むと、黙って窓の外を眺め始める。

 

 合席になったのはいいが、此方とコミュニケーションを取るつもりは一切ないらしい。

 

 それはつまらない。

 

 せっかく合席になったのだから、ここは是非ともコミュニケーションを取るべき。相手が学園都市最強の第一位とか知った事じゃない。此方には0.5秒時間を巻き戻すという手段があるのだ。怒らせた結果即死したとしても、即死だけだったら時間を巻き戻して蘇られる。徐々に殺される場合は全力で”冥土帰し”の所まで逃げればいいのだ。

 

 あとは女神・操祈に祈るのみ。

 

 狂気の沙汰程面白い。というわけで此方をガン無視する様に窓の外を眺めている一方通行へと視線を向ける。此方へと一切視線を向けないのは此方を意識しない為―――逆説的に言えば、此方を意識しているからこそ、意識しないようにしているのだ。この中学生め、と心の中で呟いておきながら、自分の中でキレッキレの煽りを選んで行く。ナチュラルに煽りを何故選ぶかと思ったが、きっとそっちのほうが面白いからだろう。

 

 ―――やっぱ俺、正気じゃねーわ。

 

 邪魔になりそうなノートは一旦手元に寄せる。とりあえず、まずは一方通行へと視線を向け、

 

「ヘイ白もやし! 黒もやし! モヤシレンジャイ! そんな貧相な体してると男か女かもわからないぞ! もっとバランス良く肉と野菜と米と魚を食えよ! ファストフードばかりだと体を壊すぞリトルボーイ! トラストミー! 一回操祈にお金を借りるのが恥ずかしくて雑草食ってたら何故か病院にいたからな!」

 

 一方通行は窓の外を見たまま、動かない。何か窓の外に面白いものでもあるのか、と思って覗いて見るが何もない。あ、完全に無視してるなこの野郎、とカチンと来るが、一方通行に言葉が届いているような様子はない。どうやら、能力か何かで完全に音を遮断しているらしい。そうなるとどれだけ口を開いたとしても、一方通行には言葉が届かない。器用な真似をしやがる、と思いながら腕を組んで短く悩み、ノートへと視線を向け、それを手に取る。

 

 インデックスが魔術の事を描いたページとは別のページへと飛び、そこに鉛筆を使って絵を描き始める。言葉が駄目なら絵を、視覚から攻めるしかない。古来より利用されてきた手段だ。だから一方通行へと視線を向け、そしてその姿を良く記憶し、そしてそれを確認しながらノートに描く。ベースは一方通行だ。そこに多少のアレンジを加えたり、想像を広げながら色々と色を加えて行く。鉛筆が一本しかない為に出来るのはトーンやシェードを加える程度の事だが、絵を描くのは難しい事ではない。

 

 脳の開発の為に、誰もが練習した事のある事だ。だからその時の感覚を思い出しつつノートの中身を見られない様に絵を描き、

 

 一方通行が頼んだ珈琲がやってくる頃に絵が完成する。音を遮断し、そして此方の事を一切認識する事もなく、一方通行は珈琲を飲もうとカップに手を伸ばし、それに口で触れた所で、

 

 ノートに描いた、その中身を見せる。

 

「じゃぁん! 本邦初公開、これが鈴科百合子ちゃん!!」

 

 じゃじゃーん、と口で言いながら一方通行に絵を見せる。それは一般的に言えば女体化というジャンルの絵、簡単に言えば一方通行を女体化した、

 

 完全に本人にとって嫌がらせでしかない絵だった。

 

 服装は自分が一番よく知っている常盤台中学の制服、そこに邪悪な笑顔を浮かべた鈴科百合子が両手を広げ、燃え盛る学園都市をバックに笑いまくっている、というだけのシンプルな絵だ。どこからどう見ても一方通行にしか見えないその女子、流石の一方通行もそれを見て、飲み込もうとしていた珈琲をのどに詰まらせ、むせながら俯き、テーブルを叩いている。その姿にやったぜ、と心の中でガッツポーズを決めながら、

 

「次のペェェジィ! 差分の鈴科百合子ちゃぁん!」

 

 ノートをめくろうとした手を一方通行が掴んで止める。

 

「何やってんだテメェ、無駄に上手ェとか差分差し込み時間どこにあったんだよとか色々いいてェけどよォ、お前確実に喧嘩売ってるんだろ? あァ?」

 

「相手が自分より強いからって煽らない理由にはならないんだよなぁ……」

 

 悟った感じにそう一方通行に告げると、一方通行が辟易とした様子を見せながらノートから百合子の描かれたページを千切り、それを小指サイズまで片手で圧縮する。能力使ってそんなことまで出来るのか、と軽く戦々恐々とするが、やっぱりそれは煽らない理由にはならない。人生は楽しめた奴が勝者―――つまり楽しめる時に楽しめないと意味はないのだ。

 

 ―――まぁ、それに一方通行は心の底から”悪”ではない事ぐらい第三次―――。

 

 思考に霞がかかる。ノイズが走る。意識が現実に戻る。

 

「うぁっ……あれ……俺、今なんて考えていたんだっけ?」

 

 頭を横に振り、眠気を振り払いながら視線を一方通行へと戻す。どうやら軽く眠気を感じていたようだ。自分も珈琲でも頼むべきだろうか。

 

「良し、解った。お前入院しておけ。お前、絶対に頭おかしいンだろォからよ」

 

「はあ? 頭おかしい事の一体何がいけないんだよ! お前それ頭のおかしい奴の前でも言えるのかよ!! 頭のおかしい奴はおかしいやつなりに、どうやってキチガイ理論を現実的に実践するかどうかを考えるのに時間使ってるんだぞ!! その苦労と努力を否定すんなよ! 頭おかしい奴め!」

 

「テメェ……!」

 

 ここまで来ると一周回ってテンションが上がってくる。

 

「でさ、百合子ちゃん」

 

「お前マジでぶっ殺されたくなかったらその口を閉じろよ、人目を気にしねェと思ってンならそりゃ勘違いもいいところだからな……!」

 

 まぁ、待て、と片手で一方通行の動きを止める。遊びすぎたかもしれない、と思う反面、これぐらいならまだ許容範囲内あろう、と一方通行の言葉には本気の殺意が感じられない事を理由に判断する。というか、一方通行から学園都市の研究者には特有の”悪い”を感じないのだ。歪んではいるけど、それでも快楽の為に人を殺す様な感じはない。

 

 もし見込み違いだった場合は責任を取るだけの話だが、遊んでいる分には一方通行はそこまでは悪くはないと思う。というかたぶん本気で殺さないだろ―――たぶん。これは深く考える必要があるかもしれない。もう一度一方通行に待て、と片手を前に出して言い、

 

「これから真剣に脳内会議でお前が煽られた程度で人を殺す程度の豆腐メンタルの白もやしなのかどうかを議論しなきゃいけないんだ。いいか、もし第一位の一方通行が煽られた程度で人を殺す様な奴だったら学園都市の恥もいいところだなぁ! おおい、こんな奴が一位やっててもいいのかよ……マジかよ……俺百合子ちゃんのファンをしたくなくなっちゃうよ……というわけで数分待ってね」

 

「理解した。お前、会話する気ないだろ」

 

「何を言ってるんだ、俺は超話す気があるぞ。ただここで殺されると操祈がすっごい怒るからな。超怒るからな。彼女を怒らせて良い事なんて一切ないからな。だあら真剣に百合子ちゃんと話し合いをして生き残れるのかどうかを考えなきゃいけないのだ。つか学園都市最強のそばにいたらこの強者オーラで俺のレベルも上がらないかなぁ、とか思ってる」

 

「レベルはなんだよ」

 

「1」

 

 一方通行が物凄い邪悪な笑みを浮かべながら見下してくる。今まで散々煽ってきたせいか、それを聞くだけで物凄い嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべている。そのまま隠すことなく笑ってすらいる。白もやしの分際で―――と思ってしまいそうだが、なんだかんだでこいつは自分よりも遥かに格上だからある意味正しい視線なんだろうなぁ、と思う。ただ、

 

「友達がいなくてもぼっちで加えて心配してくれる人のいない貧弱もやしボディの百合子さんと、そして健康的で友達がいっぱいで美味しいものを食べている上に素敵な彼女のいるこの俺と、どんなにレベルが高くても俺の方がリア充度が高くて満たされてるんだよなぁ。ごめんなぁ、人生が数倍満たされている人間で」

 

「気付いたわ。俺、テメェの事嫌いだわ」

 

 一方通行のその言葉にサムズアップを向けると、苛立つ表情を見せてくれる。割と珍しい、というかありえない学園都市第一位の姿に満足し、納得し、軽く息を吐いて満足の様子を一方通行へと見せつける。それを見て一方通行が更に苛立つのが見えるが、一方通行が此方を殺すという懸念はもうない。言葉はそこまで交し合ったわけではないが、それでも一方通行という少年のパーソナリティを把握するには十分すぎる時間だ。

 

 伊達や酔狂で操祈の横に、レベル1のままいられる訳じゃない。

 

「いやぁ、なんつーか悪いね。年下の少年を見かけると遊びたくなる病気でな」

 

「テメェ、マジで病院に行けよ。今なら俺が名医を紹介してやっからよ」

 

「”冥土帰し”のセンセの事なら匙を投げたよ。馬鹿は死ななきゃ治らない、ってな」

 

 それを聞いた一方通行は露骨に嫌そうな顔を浮かべると、そのまま一気に珈琲を飲み終わる。このままここに居座るよりはさっさと飲んで退散した方が遥かに良いと判断したのだろうか。残念だ、ぶっちゃけ一方通行で遊ぶのはスリルがあって楽しかったのに。しかし、ここで会えたのも何かの縁に違いない、きっとそのうち、また一方通行とエンカウントする事もあるだろう。また百合子ちゃんをネタに一方通行と遊べないか、あるいは次回までに常盤台の制服を調達して、それを叩きつける様にして遊ぶのも悪くはないかもしれない。

 

 ―――レベル5も結局はどこか、子供だったと言うべきか。

 

「……?」

 

 首を捻る。なんか、こう―――首の座りが悪い。小骨がのどに引っかかる様な感覚がする。忘れている、思い出せない、理解できない、閃けない―――そういう感覚とも違う。なんか、妙な感覚が自分の中にあって、それに対する答えが見つからない。

 

 そう、魔術に触れた時から。

 

 そこまでは解るが、それ以上は答えが出ない。

 

 唸りながら両腕を組み、目を瞑って考えるが、そんな事で答えは出ない。答えが出ないなら、きっとそこまで重要な事ではないんだろう、と思い、目を開けた瞬間、

 

 顔面に何かが叩きつけられた。

 

「死ね、カス」

 

 そう言いながら一方通行が振り返る事なくファミリレストランの出口へと向かって歩き始める。それを片目で追いながら、もう片目で叩きつけられた物を―――ノートを確認し、

 

 数式が一つ、追加されているのを確認する。

 

「ちょっとぉ! 答えだけ出されても法則とかやり方が不明なんでマジ困るんですけどォ! つか答えだけ書くとかひっでぇネタバレされた気分なんだけど!」

 

「頑張れ。そして死ね」

 

 中指を振り返る事なく突きつけた一方通行がそのまま去って行く。満足げに歩いて街の中へと消えて行くその背中姿、

 

 きっと、その顔には、あの邪悪な笑みが張りついているのだろう。




 ロリコンとヒモと歩く不幸の事案

 三人が揃うともはや主人公って何だろうって思いたくなるな。

 爪牙諸君、あと少しですよ?

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