GOD EATER 防衛班 キャラクターエピソード+ 作:アマゾナイト
それでは、どうぞ
時刻は正午過ぎ。
極東支部ラウンジは、食事や息抜きに訪れた人々で混み合っていた。
しかし、そこにいつもの活気はなかった。
螺旋の樹の汚染、調査の難航、九条博士の失踪、更にはブラッド隊の行方不明。
これほど立て続けに事件が起こると、明るい気分でいられる者は少なく、極東支部や情報局の職員達は粛々と食事を済ませていた。
そんな中、ムツミが食器を洗っている厨房と隣接したカウンター席で、カレルは電話を受けていた。
相手は友人であり、自身が経営する病院の医者でもある人物。必要な資金などの報告は既に済んだため、そろそろ切ろうかと考えていたところだった。
しかし、電話の相手は話を止めようとしない。
「――実際のところ、螺旋の樹はどうなっているんだ? 患者の中に……、まあ、難しい奴がいるんだよ。以前アラガミを信仰する宗教にいたとかで、『見ろ! あの禍々しい螺旋の樹を! この星に召されることを受け入れない我々に、とうとう神々が怒りだしたのだ!』なんて叫んでばかりで……」
カレルは顔をしかめる。
事務的な連絡だったはずなのに、いつのまにか彼の愚痴になっていたからだ。
(……何度言えば分かるんだ)
心配事があると、すぐ電話をかけてくる。
その度に、時間を無駄にすることは金を失うことと同じだと言っているのに。
知識を詰める頭はあるくせに、それを十全に活かせていない。
彼に対するカレルの評価は今日も変わらなかった。
「患者の精神管理も医者の仕事だろ。愚痴をこぼす暇があったら一人でも多く見て回ったらどうだ」
静かなラウンジに、刺々しいカレルの声がラウンジに響いてしまう。
訝しげな目を向けられ、カレルは心の中で舌打ちをする。
そんな様子もつゆ知らず、電話の相手は続ける。
「とは言ってもな……。神機使いの知り合いがいる俺に、色んな奴が質問してくるんだ。皆不安なんだよ。なあ、少しでいいから知ってることを教えてくれないか?」
機密事項だ。
そう言おうとしたところで、ラウンジに緊急放送が流れる。
『こちら極東支部支部長、サカキである。えー、いきなりですまないが、防衛班の諸君、並びに第四部隊。至急私のラボに集合してくれるだろうか。繰り返す。防衛班の諸君――』
携帯を持つ手を変えながら、カレルは席を立つ。
「仕事だ。その話はまた後にしてくれ。もう少ししたら部外者にも話せることも増えるかもしれない。じゃあな」
相手が何か言いかけていたが、構わず通話を切る。
そのまま出口に向かおうとする。
すると、厨房にいたムツミに声をかけられる。
「あ、カレルさん」
振り返ると、ムツミは精一杯背伸びして厨房から身を乗り出しながら、カレルが座っていたテーブルを指さしていた。
「手帳、忘れてますよ」
そこには確かにカレル愛用の真っ黒な手帳があった。
「ん。ああ、助かる」
カレルが手帳をポケットにしまう動作を、ムツミがぼんやり見つめながら呟く。
「皆さん、最近忙しそうですね……」
「そういうアンタは暇そうだな」
子どもに対するカレルの態度は、傍から見ると少し厳しめだが、ムツミは気にせず答える。
「いつも誰かとおしゃべりしてれば、時間なんて足りなくなっちゃうんですけど……」
「……そうか」
二人には意外にも、親交が深い。
これまで何度か取引をしたことがある。
簡単に言えば、物々交換。カレルは病院で使えそうな滋養のある食材を、ムツミはとても手を出せない高価な材料を、それぞれ必要な時に融通し合っている。
最近では、サテライト拠点で開かれた祭にカレルが出店した際、ムツミに教わった料理をメニューとして出していた。
ムツミは「誰かが喜んでくれるなら」と協力を惜しまない。
そしてカレルはムツミのことを認めている。
カレルが厨房に立つムツミを初めて見た時、(将来、俺の病院で使えそうだ)と思ったほどだ。
若冠9歳にして調理師の資格を持ち、気立ても良い。
ラウンジに活気が溢れるようになったのは彼女が来てからだと聞く。
サテライトでは、彼女と同じくらいの少年にネクタイを引っ張られたことがあり、そいつらと比べても、よほど大人びた人物なのだとわかる。
カレルの信条として、有能な人材にはそれ相応の対応をする。
故に、ムツミが落ち込んでいるならば、まあ、少しばかり相手してやってもいいかと、カレルは考えた。
「――話したいことがあるなら聞くぞ。時間はあまりないが」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
それから数分後。
カレルはサカキ博士の研究室に向かうため、エレベーターに乗っていた。
意外にムツミと話し込んでしまい、遅れているのはカレルだけのようであり、他には誰も乗っていなかった。
聞こえてくるのは無機質な稼働音のみ。
やることもなく、階を示すランプが点滅するのを見ていると、自然と先ほどのやりとりを思い出す。
「どうして病院を買ったのですか?」
会話が進んでいくと、ムツミにそう質問された。
以前、ブラッドの隊長にも同じことを訊かれたことがあったが、答えは同じである。
「儲かるからだ」
それが最大の理由だ。
金は良い。
金は全ての代わりになる。
金があれば、物も、命も、人も、心も、幸せも買える。
異論は認める。
だが、アラガミが出現する前の時代では、そう言い切れるくらいの力があったはずなのだ。
しかし、今となっては、金にそれほどの力はない。水や食糧の方が重要で、そもそも金を持っている人が少ないから。
病院を選んだ別の理由を強いて挙げるなら、『人を増やして金の価値を高めたいから』でもある。
人が多ければ多いほど金は廻る。
ぽっくり逝く奴が減れば、それだけ金を担う人が増える。
これはあくまで二次的な目的だ。人がいなければ、金の価値もなくなってしまうから。
しかし、病院を経営していると、たまに善人なのではないかと思われる。
ムツミも、そう期待しているから俺に手を貸してくれているのだろうか。
だとしたら勘違い甚だしい。
善人なんて。
そこまで自分に執着している人間なんて。
「――気味が悪い」
ふと、携帯にメールが来ていないかチェックする。
案の定、取引先や、あの友人からのメールが数件届いていた。
それを見て、先ほどの電話を思い出す。
『見ろ! あの禍々しい螺旋の樹を! この星に召されることを受け入れない我々に、とうとう神々が怒りだしたのだ!』
このアラガミ狂信者の話だが、忌々しいことに、事実とそう離れてはいない。
「終末捕喰」。それは地球再生のエコシステムであり、地球上の存在をアラガミによって喰らい、 一度「初期化」した上で、「生命を再分配」する現象。
ならば、まあ、その事実に基づいて宗教的な捉え方をするなら、「星が生み出したアラガミ」は「星の神が使わせた天使」とでも言えるだろうか。
――愚かな。
カレルはエレベーターの壁に寄りかかる。
ひやりとした鉄の感触が背中を包む。
……だいたいこの地球が人間を排除しようとするからといって、そのまま「はい」と受け入れる訳がないだろう。
地球に意志なんてないのに。
あるのはただのシステムであり、乾いた物理に他ならない。
それでも宗教家達は「自然に逆らわず」を信条とする。
宗教は嫌いだ。
三年ほど前。
とあるオカルト団体が終末捕食の理論によって人々の不安を煽り、集団自殺を引き起こした事件があった。
その時、自分も事態の収拾に駆り出されていた。
わざわざアラガミに喰われに行く人々。
この世界の弱肉強食に絶望しながらも、最後に「救い」を求める人々。
ちょうどムツミと同い年くらいの嫌がる少女を無理やりに押さえつけて、共にアラガミに喰われに行く親もいた。
そして、いくら助けても、何度でも喰われに行こうとする。
奴らは、アラガミに喰われることで魂は次のステージへ向かうことができるなんて馬鹿馬鹿しいことを本気で信じていた。
だから、アラガミによる終末理論が事実だと、前支部長ヨハネス・フォン・シックザールに聞かされた時はそれなりに動揺した。
……混乱した、と言っても良いかもしれない。
それまで価値のあったものが否定され、忌み嫌っていたものが真実だと知ったから。
そして、俺はアーク計画に賛成した。
「何をしようと生き残ってやる」そんな思いが前のめりになっていた。
しかし、今改めて冷静に考え直してみても、その判断は正しかったと考えている。
まあ、小を確実に生かし、大を見捨てることを良しとしない気持ちはわかる。
けれども、当時の第一部隊のおかげで奇跡的に終末捕食は回避できたが、生き残ることができる人類の数で評価するなら、アーク計画の方が期待値は高かったはずなのだ。
だいたい綱渡りすぎる。
人為的な終末捕食を防げたところで、本来の終末捕食がいつ起こるかもわからない。
現にこうして、螺旋の樹で問題が起こっている。
それならいっそ、人の手で終末捕食をコントロールして……なんてヨハネスと同じ考えに行きつくのが、やはり俺だ。
俺はロマンチストにはなれない。
俺は……、
と、エレベーターが目的の階に到着し、ガシャンと音を立てて扉が開く。
カレルは廊下を歩き始める。
――そもそも、八百万の神々になぞらえた「アラガミ」という呼称自体気に食わない。
カミサマなんて存在を信じていることも。
悲惨な目にあうことを、「カミサマの行いだから」と割り切ろうとしているのが、言い訳が、気に食わない。
星に見放されたって、――たとえ親に死ねと言われたあの少女だって、生きることを諦めてはなかったというのに。
目的地の扉の前まで来て、ふと気づく。
恐らく、会議が始まれば長引く可能性が高い。
その前にメールの返信をする必要がある。
(迂闊だった。無駄な思考なんかしてないで、エレベーターで処理しておくべきだった)
できるだけ素早く、淡々と、取引先からの問い合わせに返事を送る。
そして最後に、例の友人からのメールを開く。
どうせ愚痴でも書いてあるのかと思っていたが、そこには予想とは全く別のことが書いてあった。
『さっきは、なんか仕事の邪魔して悪かったな。
イラつくからって、あまり排他的になるなよ。お前、ただでさえ友達少ないんだから。わっはっは。
それはそうと、言い忘れてたことがある。
ほら、お前がこの病院を買う前から、入院していた子がいただろ。
そいつが最近やっと退院してさ、どうしても伝えてくれと頼まれたことがあって。
手紙もいいだろうけど、ここには郵便もないし、メールが確実だからな。
以下、彼女からの伝言。
「何度も命を救ってくれてありがとうございました。
家族が亡くなった時も、病院に薬がなくなった時も、いつだって、貴方だけは見捨てないでくれたことが、とっても嬉しかったです。
私、強くなりたいです。神様なんかに祈らなくてもいいように。そしていつか、アラガミに抗う貴方の隣に立てるように」
だってさ。
まったく、診てやったのは俺だってのに、妬けるねえ。
そういうわけで、螺旋の樹が片付いたら、まあ、一度こっちに来い。この子みたいに、お前の顔を見ただけで、元気になる奴もいるんだからさ。
あと、忙しかったら、返信しなくていいぞ。じゃあな』
(…………)
カレルは携帯を閉じる。
いつの間にか片付いていた仕事に、密やかな満足感を抱いて。
やはり、俺の結論は変わらない。
人が生きるのに、カミサマなんていらないのだ。
自分の弱い部分を助けて欲しいときに、都合のいい逃げ場所を求めてしまうのだ。
だから、心を弱らせてしまうほどこの世界が厳しいなら、変えていきたい。
そのためにできることが、俺にはある。もっと金を廻し、社会を発展させ、衣食住を確固なものとすることだ。
自分一人の金で解決できることなんて、微々たるものかもしれない。
それでも、いつか、きっと……、
俺は信じている。
金を廻すことも、「神を喰らう」ことへと繋がるのだと。
全てのメールを確認し終えたカレルは、扉に手をかけた。
(さて、次の仕事だ)
読了、お疲れ様です。
以上で、今作品である【GOD EATER キャラクターエピソード+】はひとまず終了となります。
長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。
…………しかし!
防衛班「個人」のエピソードはこれで終わりですが、
次回からは、防衛班「全員」が活躍するオリジナルストーリーを書いていく予定です。
オールスターで集大成のような物語を作っていけたらなと考えております。
よろしければ、そちらも是非、ご一読いただければと思います。
感想、評価、本当に励みになります。