彼女はラケルを愛しすぎている 作:ジョセフィーヌ
何も考えずに頭空っぽにして読むことをお勧めします。
1話
○月×日
今日もラケル先生は神々しかった。
♦♦♦
件名:拝啓、愛しの愛しのラケル先生へ
本文:貴女がこれを読んでいる頃には、私はもうこの世にいないでしょう。不様に無惨に喰われ、アラガミの一部となっているはずです。
幼い頃から貴女の元で育ち、今の私があります。そう思えばあれから幾──
って、とこまでは見えた。目の前で開かれて、すぐゴミ箱行きとなったメール。自分が送ったものだ。そのあんまりな末路に私はいつも通り抗議しようと腰を上げ、こちらを見つめる二つの瞳に黙ってまた腰を下ろす。勢い良く座ったせいかソファーにお尻が少し沈んだ。憎たらしいほどのふかふかソファーである。
「私が何を言いたいか、わかりますね?」
キュッと音をたて車椅子のタイヤが向きを変えた。瞳だけでなく体が私に向けられる。顔を上げるとほら、優しく微笑む女神様がいた。いや、妖精さんだろうか。光に当たって輝く金色の髪が、彼女を更に神々しく現実離れした姿に見せる。
どこぞの根暗眼鏡コミュ症が彼女を「蛍」だと例えたが……。思い出して、けっと内心で顔を顰めた。何が蛍だ。虫に例えやがって。蛍なんか生まれてこのかた見たことも食べたこともないわ。ってか、食べれんの? 蛍って。
「アリシア?」
「はい。なんでしょう、ラケル先生」
最愛の人に名前を呼ばれる幸福に頰が緩む。根暗眼鏡コミュ症モヤシ野郎のせいで悪くなっていた機嫌は、どこかに放り投げた。
はいはい、何でございましょう。ラケル先生の言うことなら何でもかんでも、あんなことやらこんなことまで何でもござれです。
「私の言ったこと覚えてますか?」
「もちろんです」
ラケル先生の言葉なら聞いた瞬間に何度も脳内再生される仕組みになってるんですよ、私。これも愛がなせる技だと思うんですが、どうでしょうか?
「……珍しい身体の仕組みですね。はじめて知りました」
「分解しますか? これ後世に残しておくべき仕組みだと思うんですが」
「アリシア」
静かに今一度名前を呼ばれ、私は思わず姿勢を正した。おふざけはどうもここまでにしておいたほうが良さそうだ。いや、ラケル先生に関することは全て嘘偽りのない気持ちなんだけど。
「なぜ、何度も遺書めいたメールを送ってくるのか。先生が訊ねたいのはそのことですよね。理由は簡単、単純明快ですよ――死んでも私は残りたいんです」
どこかでアラガミに喰われ、死に、それで終わる。別に後の人々の記憶に残りたいわけじゃない。ただ一人、私が好きだった人の記憶には残りたいのだ。
「私は死んでも、ラケル先生の記憶の中で生き続けたいんです。これも私なりの愛ですよ」
ラケル先生が私に興味も関心も期待もないことは知っている。限りなく成功に近い失敗作、どう足掻いてもモルモットでしかないのが私だ。
でも、それがどうした。モルモットの分際で、おこがましくても私は彼女の中に残りたい。
それで考えついたのが、このミッションのたびに遺書を送り続けよう作戦。名付けて『先生の中に残りたい作戦part2』だ。part1の写真を送り続ける作戦は不評だったので、手紙で思いを伝えようかなと。
ノルンに残ってた昔の映画を観てこれだと思った渾身の作戦である。
「今度から送らないでください」
笑顔でバッサリだった。
「ダメですか」
「ダメです」
更に笑みが深くなる。曇りのない美しい笑顔に頰に熱が集まるのを感じた。
「貴女はそんな簡単に死なないでしょう? それに、心配しなくても貴女の今までのデータは残ってますよ」
なんだ。そうなのか。それなら安心だ。データで残る。つまり私が今まで受けた数々の実験が残ってる。
それがラケル先生の後々の研究に活かされてると思うと……ゾクゾクしてきた。
「あら、もうこんな時間ですか」
ディスプレイに表示された時間を見るともう5時過ぎ。この研究室は窓がないから、外の様子が見えない。だから、時間の感覚がよく掴みにくい。5時と言われても、いまいち実感がなかった。
「もしかして、これから誰かと会うんですか?」
「ええ」
「レア博士ですか?」
「いえ、クジョウ博士です」
その名前を聞いてテンションが一気に下がった。さっきまで感じていた快感も体を通り過ぎるだけ。
ギリッと噛み締めた歯が音を鳴らす。違う意味で気持ちが高ぶってきた。これ部屋出て鉢合わせしたら何をするか、自分でも抑えられる自信がない。
「…………そう、ですか」
絞り出すような声をやっとのことで出す。
そうか、あの害虫。もうこの研究室に呼ばれるようになったのか。で、この研究室でラケル先生と二人っきりと。おいおいおい、クジョウいや、害虫。ちょっとそれはいただけないな。
そんな私の引きつりそうな頰に何か暖かいものが触れる。頰を包み込むような感覚に促されるまま、私は顔を上げた。
「ダメですよ、アリシア。クジョウ博士は私がお招きしたお客様なのですから」
彼女の息がかかる。
彼女の瞳に私が映る。
そして、彼女の手が私に触れている。
「わかってますよ、ラケル先生。大丈夫です」
我ながら熱に浮かされたようなぼんやりとした声だ。
しょうがない。害虫駆除は用済みになってからしよう。今は我慢。全て終わってから、ラケル先生に触れた箇所を削ぎ落とせばいいんだ。
「それでは、先生。また来ますね」
頰から離れていく手が実に名残惜しい。指先が離れていくのを目で追いながら、私は立ち上がる。座ると同じ目線なのに、立つと私がラケル先生を見下ろすことになる。数年前、マグノリアコンパスにいた頃は見上げるだけだったのが懐かしかった。そういえば、先生はあの頃からあまり変わらない。姉のレア博士は多少なりとも変わったというのに。
まぁ、別に変わらなくたっていいんだけど。というより、今のラケル先生の体格は私にとってはぶっちゃけ都合がいい。ゴッドイーターになって体が強化されているせいか、先生ぐらいの軽さなら簡単にお姫様抱っこもできる。何を隠そう車椅子に乗ってるラケル先生の身の回りのことは、レア博士と私で分担しながら行っているのだ。
羨ましいだろ。代わらないぞ。
「ええ。またいらっしゃい」
心地の良い優しい声を背に、私はラケル先生の研究室から出て行った。
廊下に出てすぐ、害虫と……は鉢合わせしなかった。代わりにエレベーターの前に立っていたレア博士と出会う。
「こんにちは、レア博士」
「ええ、こんにちは」
彼女の隣に並び、私はスンと鼻を鳴らした。いつもの香水の中に、僅かな煙たさ。横目で見るとちょうど目が合った。
「程々にしておいたほうがいいですよ」
「……あぁ、そういえば貴女、鼻が良かったわね」
何をと具体的なことは言わず、話が進む。
レア博士の言う通り、私はかなり鼻がいい。ラケル先生の居場所を自力で探しているうちに、いつのまにか敏感になっていた。
ちなみに、鼻以外にも目や耳、さらには性格までもいいのが些細な自慢だ。
「………………つかぬ事をお聞きしますが」
ラケル先生とは似ても似つかない瞳が私を捉える。その瞳をじっと見つめて、
「サービス業は楽しいですか?」
「貴女、答えのわかる質問をするのは悪い癖よ」
「それは失礼。それじゃ、楽しくはないんですね」
そりゃそうだと私は思った。綿密な打ち合わせもとい、特殊なプレイは少々レア博士には荷が重い。外見は父親譲りの少し鋭い視線を持つ色気たっぷりな大人の女性、フライア内の職員曰く「一度ヒールで踏んでほしい」と言われるほどである。
しかし、何事もただ外見だけで判断してはならない。彼女、Sに見えるがれっきとしたMだ。攻めにも見えるが受けだ。
「大人って大変なんですね」
博士、ドMですものね。とは、心の中でひっそりと呟いておく。
「そうね、大変なものよ」
「まぁ、私は大人になる気なんてさらさらありませんけどね」
そう軽く言って肩を竦める私を見るレア博士の表情に、やはり彼女はフェンリルの研究者に向かない人だと思った。そんな、辛そうな顔はただのモルモットに向けるには勿体無さすぎる。研究材料一つ一つに同情していたら身が持たないと思うんだけれど。
「そんな顔しないでくださいよ。どうせゴッドイーターなんかも今日明日死ぬかわからない職業じゃないですか」
「大人になりたいとは思わないのかしら」
「思いませんね。私の寿命なんて後数年あれば十分ですし」
そう、後数年。具体的に言えば2、3年。実験やら何やら、度重なる体への負担で私の寿命はそれぐらいだ。他でもないラケル先生の予想なのでそれを覆すことはできないだろう。もっとも、覆す気なんてさらさらないけど。
たかが数年、されど数年。最愛の人が目標を達成するのには十分だ。
「ラケルとも別れることになるのよ?」
「あぁ、それなんですけどね。別に私のデータが残るなら、それでいいかなって。どうせ最後はラケル先生の側で死にますし、データは後々の研究材料として使われるし……よくよく考えたら最高じゃないですか!」
いけない、いけない。思い出して気持ちが昂ってしまった。だって、最高じゃないか。ラケル先生の側で死に、データはラケル先生の役に立つ。彼女の為に生きて、そして死ねることの幸福さ。あぁ、早くその最高の瞬間は訪れないだろうか。
「貴方は……本当にラケルが好きなのね。少し羨ましいわ」
…………いや、だからさ、何でそんな辛そうな表情を向けてくるのさ。