シャイニングブレイド 〜蒼の魔導書を持つ男〜 作:桐生 乱桐(アジフライ)
「アラター」
明くる日
宛てなくふらふらと歩いているとアルティナから呼び止められた
「どうした? アル」
「サクヤさんが作戦会議を始めるから、酒場に集まってって」
「酒場に?」
サクヤさんが召集してるなら今後の予定を決める重大な会議に違いない
アラタはアルティナに頷くと少し小走りで酒場へと向かった
「あ、ちょっと待ってよアラター!」
急に走り出したアラタに多少驚きながらも、アルティナも彼の後ろを走っていった
◇◇◇
「みんな、お待たせ。さっそく会議を始めましょう。まずは、現状についてだけど…」
入口から顔を出したサクヤが手元の報告書に目を通す
「まぁ、戦況は落ち着いた方だろう。問題は、面倒なヤツがまだ居座っていることだ」
サクヤの報告書を横目で流し見ながらジンが言う
「…スルトですか」
重々しく口を開いたのはフェンリルだ
サクヤは頷き続ける
「そう。スルト将軍と、その指揮下にある主力部隊が後方で温存されているのよ。主力部隊を叩かない限り、この戦いに勝利はないわ」
その言葉にフェンリルは腕を組み考えるような仕草で
「俺も、なんとかヤツを引きずり出そうといろいろやってはきますが…、なかなか乗ってきませんね」
この前の戦いで用心深くなったか、あるいはあの黒いひょろひょろしたのが抑えているか…
「…なんとかいい手はないのかな…」
ほとんど無意識に近い状態でレイジが呟いた
確かにこのままではジリ貧だ
「…動かない相手を引きずり出すなら、やはり囮が効果的だな」
その呟きにジンが答える
「敵が食いつくような、いい餌があれば、ね。そんな都合のいい餌なんてないわ」
「…精霊王の卵を所持した、ルーンベールの王女…、で、いかがかな」
酒場にいる全員が息を飲む音がはっきりと聞こえた
「そ、それは、つまり…」
「ああ、アイラを囮にさせる。作戦としては、効果的だろう?」
「そ、それは、そうだけど…!」
声を荒げるサクヤに、アイラが言う
「私の事なら、心配いらない。こう見えても[氷刃の魔女]などと呼ばれる身だ。実力は、あなたもよくご存知だと思うが?」
安心させるような声色で、アイラはそうサクヤに語りかけた
「それに、この隊の実力も信頼できる。皆が影から守ってくれるのならば、私は安心して囮になれる」
「で、でもアイラ様! アイラ様が囮なんて、そんな…!」
そう言ったのはエルミナだ
幼いころから世話になっている人が囮になるのはやはり不安なのだ
「心配しないで、エルミナ。さっきも言ったけど皆を信じてれば大丈夫だから。それに、この国を守るためよ」
「で、でも…、うーん…」
エルミナは一度唸るように考え始めた
数分経って、決意の宿した表情へと変わり、
「わかりました。アイラ様が囮になるというのでしたら、私も一緒に参ります!」
耳を疑った
アイラが囮を買って出るなら、自分もアイラに同行するといったのだ
「え、エルミナ!?」
流石のアイラも動揺を隠せなかった
「私だって、ずっと皆さんと一緒に戦ってきたんです! アイラ様のお邪魔はいたしません! ですから…」
アイラは珍しくオロオロしたように目を泳がせて、やがてジンに視線を移した
「…やれやれ。止めても無駄みたいだな」
苦笑いの後にそんな事をつぶやくとエルミナの前に歩いていき
「アイラからは、何があっても離れるな」
エルミナはハッとした表情でジンの顔を見つめた後、すぐ笑顔になり
「はいっ! ジンお兄様!」
そう元気に返事をした
「よーし! 二人とも、オレたちがしっかり守ってやるぜ!」
アラタはレイジに頷きつつ、
「生き残ったルーンベールの王女の情報なら、必ずスルトも動くはずです、サクヤさん」
「そうね。さっそく準備にとりかかりましょう! 段取りが決まり次第、出発よ!」
勢いよくサクヤが指令を飛ばし、準備を進めていく
スルト率いる、ドラゴニア主力部隊を蹴散らすときがきたのだ
◇◇◇
準備を整えている間
ジンは酒場の外で佇んでいた
「…相変わらずだな、お前は」
「長年連れ添っているんだ。いい加減分かれ」
後ろから声をかけたのはアイラだ
「打ち合わせは済んだのか」
「ああ。今、私とエルミナの嘘情報を流してもらっている」
アイラとエルミナはその場所に行き、嘘情報を掴まされやってきたスルトを待ち受ける
そこを包囲して…、と、簡単に説明するとこんな感じだ
「…悪いな。お前の意見を聞かず、勝手にお前を囮に推薦して」
「気にするな。お前が言わなければ、私がそう言っていた」
そう言ってアイラは笑った
屈託のない綺麗な微笑みだ
「…そうか」
微笑みを浮かべるアイラに対して、ジンはか細い笑いを浮かべて答えた
二人は知り合って結構な月日が経っている
割と幼い頃からだ
昔馴染み、いや、幼なじみと言ってもいいだろう
「…兄さんから連絡は来ないのか?」
「ラグナさんのことか?」
ジンには一人の兄がいる
名をラグナ=ザ=ブラッドエッジ
一見しただけでは兄弟とは気づかない
というかはっきり言って似ていない
それで血は繋がっているというのだから驚きだ
「すまない、何も聞いていないんだ」
「いや、放浪癖の兄さんだ。またフラッと帰ってくるさ」
そう言って空を眺めるジン
その表情には今もどこかを旅してるラグナの事を思い出しているであろう
「…兄さんは、僕のせいで右腕を失った」
「…そう、だったな」
あれはまだ幼少の頃だ
幼いジンはアイラと一緒に森の中で遊んでいた時、モンスターの襲撃を受けた
間一髪でジンを庇ったラグナだが、代償として右腕を失った―――
「…アイラ」
「ん? なんだ」
一拍の間を空けてジンは振り向いて、まっすぐにアイラの目を見て言った
「お前は、必ず守る」
「っ…。ああ、任せたぞ」
思わず赤くなった頬を隠しながら、短くアイラは返事をした
◇◇◇
「ふふふふふ…、情報通りだな、行方が掴めなかったアイラ王女と、お供の娘がが一人、…うまい具合に休憩中か…」
アホか、と内心ハザマは毒づいた
「氷刃の魔女だかなんだか知らねぇが、ロクな護衛もなしに王城に帰るとは…、油断したもんだな」
やはり戦闘狂はおろかここまで来るともうただのアホだ
なんで罠だとわからないのだ
(いえ、わかられると都合が悪いんですが…)
「だがこれを見逃す手はねぇ!! 野郎どもかかれ!! お姫さんを片付けて、精霊王の卵とやらを分捕るんだ!!」
スルトの号令と共に配下の兵隊らが一斉に群がり、アイラたちに襲いかかる
「凍てつけ!!」
だがその兵隊たちがアイラとエルミナに手を出す事はなかった
剣や武器を構えるより先に、零度の氷がアイラたちを守るように現れたからだ
「な、なんだありゃあ!?」
「…あの氷は」
氷竜刀によるものだ
この世界で氷竜刀を扱える事が出来る人物は―――
「…想像してたものより、ずいぶん下品な姿だな」
横合いから割って入るように一人の男が現れる
「な、なんだてめぇは!!」
「お前なんかに名乗る気はない。…そうだな、余所からは[氷刃の貴公子]なんて呼ばれてる。…気にくわないが」
「…あの、スルトさん、こんな時言うのもなんですが」
「なんだよハザマァ!!」
苛立ちを隠さずにハザマに怒鳴りつけるスルト
苦笑いを浮かべながらハザマはゆっくりと
「私たち囲まれちゃってます」
「な、んだとぉ…!!」
ハザマに指摘されてようやく気づいたように辺りを見回す
その中に一人、スルトにとっての因縁が見えた
「フェ、フェンリル…!!」
「思ったより簡単に引っかかってくれたな、スルト!」
ようやくスルトは気づいたように完全に怒りを爆発させた
「て、てめぇら…!! 図りやがったなぁ!!」
「…図る? 笑わせるな。この程度の罠に引っかかるお前の方が馬鹿なんだ、マヌケめ」
「ぐ!! …て、てめぇ…!!」
「スルトさん、怒りは全くその通りですが、生憎分が悪いです。ここは退きましょう」
そう進言した直後に睨みつけるような眼孔がハザマを射抜く
「てめぇ! もういっぺん言ってみろ!! この俺に逃げろってか!!」
「何言ってんです。今は状況が悪いと言ってるんです。スルトさんならあの程度、いつでも片付けられるでしょう」
そうおだてるとスルトは一瞬考えるような仕草をして
「ふん! 仕方ねぇ、退くぞ!」
スルトの声が響くと同時、スルトの軍団が退いていく
ハザマは一瞬ジンを見る
「…、」
ジンは一瞬笑みをハザマに見せると、ハザマも同じように軽く笑んでそれに答えた
◇◇◇
「フェンリルさん、どうします?」
「スルトとはいつでも戦える。今は、ルーンベールを解放するぞ」
フェンリルは逃げるスルトたちを苦虫を噛み潰したような表情で見ていたが、やがてそれに背を向けた
「サクヤさん、新手です!」
合流したエルミナが突如として叫んだ
「新手…!? ち!」
「へっ! どんな相手が来たってこの勢いなら…!!」
新手が来る方角を睨み雪姫を構える
「<…む!? レイジ、あれを見ろ!>」
しかしユキヒメは慌てた様子でレイジに言った
「ん? どうしたユキヒメ。そんなに慌てて…、…な、そ、そんな…!?」
レイジが見ているその方向
そこには一人の人影がいた
朱色の鎧を身に纏い、同じく朱い朱槍を携えたその人は
「ローゼ、リンデ…!?」
その人は、レイジをこの世界へ呼び寄せた巫女だった
◇◇◇
ローゼリンデは左手に何かランタンのようなものをずい、と前に突き出しながら彼女は歌う
闇へと微睡む魂を、更なる闇へと誘うその歌を―――
◇◇◇
「あれは、歌姫か!? 敵にも歌姫がいるのか!?」
フェンリルの驚きは最もだ
まさかドラゴニアの軍勢に荷担する歌姫がいるなんて
「帝国の、歌姫ですか?」
「…そうらしいな」
ジンが鍔に再び手をかける
「…、」
サクヤは黙り込んだまま、ローゼリンデを見つめている
何かを考えてるのかもしれないが、伺うことは叶わない
「<バカな! どうしてあの娘が! ローゼリンデが帝国軍などに…!?>」
「そんな事、あるはずない…! あるはずがないんだ。あの子が、あんな連中に味方するなんて…!」
信じられない
信じたくない
例えようもない現実が、レイジの前に突き出される
「ローゼリンデ…!」
◇◇◇◇◇
「…つまり、ドラゴニア帝国ってのから、この国を守ればいいんだな? わかったよ、オレに任せとけって」
それは初めてこの世界に来たときの事
「は、はぁ…。で、ですが、よ、よろしいのですか?」
初めて彼女と話した時は、どこか他人行儀で、遠慮をしてるように感じられた
「? よろしいのですかって…、そのためにオレをこの世界に呼んだんじゃ…」
「い、いえ…。確かにそうなのですが…、お呼びして早々、そのようにご承諾いただけるとは、思ってもいなかったものですから…」
そう言うローゼリンデはやっぱりどこかよそよそしい
「ですが、ご承諾いただけたのは何よりです。私は、戦巫女として、これより陰日向に、レイジ様にお仕えいたします…」
「…お、お仕え?」
言ってる意味がわからなかった
「はい。私では…、ご不満でしょうか?」
「あ、いや、そうじゃないんだ。オレ、自分の世界じゃ一般人だし、[お仕え]されるほどの人間じゃないからさ」
「では…、どうしたら…」
「そうだなぁ…」
レイジは腕を組んで考える
ふと、頭の中でいいアイデアが浮かんだ
「そうだ。友達として、手助けしてくれるってのは?」
「と、友達、ですか。わかりました。では私は、レイジ様のお友達として――」
「おっとと。友達なんだから、[様]はなしだぜ」
「………、」
キョトンとした顔でローゼリンデはレイジを見る
やがて口元に笑みを浮かべ笑いだした
「ふふっ…、うふふふっ…、貴方、おかしな方ですね。…でも、わかりました。レイジ様…」
「いやいやいや、そうじゃないだろ?」
「あ、そ、そうですね…。ごめんなさい、私、その、友達というのに、慣れていないものですから…」
「え? そうなのか?」
初耳だった
「ええ…、幼いころから、ずっと巫女としての修行や、務めを果たす事に一生懸命で、友達と呼べる人は、ほとんど…」
そう言うローゼリンデの表情はどこか沈んでいる
やはり心のどこかでは、そういった存在を望んでいたのだ
「…じゃあ、オレは、お前の初めての友達ってことになるな」
「…え?」
「でもって、オレにとっても、この世界で初めての友達が、お前ってことになるわけだ」
レイジは自分とローゼリンデを交互に指差してそう言った
「初めての友達同士、いろいろと助け合えるじゃないか。だろ? ローゼリンデ」
「…レイジ…」
ローゼリンデはまた笑みを浮かべる
その笑顔は何かの喜びを噛み締めるような、そんな笑顔
「わかったわ、レイジ。貴方と私は友達。…初めての友達同士」
確かめるように言い直し、ローゼリンデはレイジに向かって言った
「一緒に頑張りましょう! レイジ!」
◇◇◇◇◇
「…」
レイジは雪姫をダラリと落とし、信じられないような目つきでローゼリンデを見つめていた
「レイジ! 何してる! 目の前に敵がいるんだぞ!」
「…えっ!?」
アラタの叫びでようやく我を取り戻したレイジはそんな声をあげた
「…行くぞ」
ローゼリンデの傍らにいる仮面の男がそう呟く
仮面の男はローゼリンデと向き合うと、彼女の胸から一振りの剣を取り出した
その剣は水晶のような煌めきを放っており、どういう訳か先が欠けている
「…君も早く来い」
「わぁってるよ、そう急かすなってファフナー」
今度は仮面の男とローゼリンデの間からまた新しい人影が歩いてきた
銀髪に紅いコート、背にセラミック制の大剣を携えたその人は
「…な!?」
「馬鹿な!?」
その驚きはジンとアイラのものだ
「な、なんで、なんでだアイラ!!」
「わかる訳がないだろう! そんな事、私が聞きたい!」
その男こそ、ラグナ=ザ=ブラッドエッジ―――
「…兄さん!」
◇◇◇
「おい! お前、ローゼリンデに何をした! それに、その剣は…!」
レイジの問に仮面の男はただ冷淡に答える
「これは心剣。ローゼリンデの心だ。彼女を守るため、俺が借りている」
「なかなか洒落たデザインだろう?」
隣の銀髪が仮面の男の心剣を軽く叩く
「なに…!? …お前らは、いったい…!!」
レイジが雪姫を持ち直し、仮面の男に向ける
「…我が名はファフナー。歌姫の守り手。…そういうお前は?」
「オレはレイジ!! ローゼリンデの友達だ!!」
意気揚々と言い返す
こんな事、認めるものか
「ローゼリンデを…!! 返せぇぇぇぇぇ!!」
◇◇◇
「…おうおう、熱血だねぇ。俺苦手なタイプだわ」
「そうか。なら、レイジとやらの相手は、俺とローゼリンデでしよう」
「頼むわ」
ラグナは逆手でセラミック製の大剣を持ち、ラグナは一気に駆け出した
そして一つ跳躍をし、アラタへと斬りつける
「のわ!?」
ガキン! と刃と刃がぶつかる音がしてそのまま鍔迫り合いへと持ち込み、アラタを睨む
「なるほど…! てめぇがウサギの言ってた男か。いい面してるじゃねぇか!!」
「ぐ…!! それ、誉められてる!?」
「当たり前さ。…最大級に誉めてんぜ!!」
◇◇◇
「へっ! そら嬉しいなぁ!!」
ぐぐ…!! と刀で押し返し、銀髪を蹴り飛ばす
「あで!!」
うまい具合に腹に決まったキックは動きを若干の動きを止めるには十分だ
個人的にはこの銀髪と戦いたかったが、そんな余裕はない
レイジをフォローしなければ
「余所見してる場合かよ!!」
「!!」
体制を整えるのが早い
流石というべきか
「凍牙氷刃!!」
その時アラタと銀髪を割って入るように一陣の刃が通り過ぎる
ジンのものだ
「行け! こいつとは私とジンが相手をする!」
「ありがとう! アイラさん!」
ジンとアイラに礼を言うとアラタはレイジを補佐すべくその場から走り出した
◇◇◇
「…兄さん」
アラタが走り去ったあと、ジンが銀髪の男へと呟いた
「…大きくなったな、ジン。アイラも」
「ラグナさん! 貴方が、なぜドラゴニア帝国なんかに!?」
アイラが悲痛な叫びを漏らす
幼いころお世話になった人が目の前に、しかも敵として現れたのだ
動揺するなという方が無理だ
「…そいつを今言うのはできねぇ。悪ぃな」
「兄さん!」
「話は終わりだ。構えな、ジン、アイラ。…久々に相手してやる」
大剣を振り回し、また背へ仕舞う
ラグナの眼孔は、確実に二人を射抜いている
「…ジン…」
不安げなアイラの瞳がジンに訴えかける
本当に、戦うのか
「…やるしか、ない」
「…く…!」
アイラが杖を握り直す
覚悟を決めたようだ
「…アイラ、フォローは任せるぞ!」
「あぁ、任せてくれ!!」
◇◇◇
「レイジ!」
ローゼリンデとファフナー、二人相手に戦いを繰り広げるレイジを援護するべくアラタはレイジの下へと駆け寄った
「ローゼリンデを、返せってんだよ!」
完全にローゼリンデの事しか頭に入っていない
(いや、仕方ないか)
同じ状況ならアラタも同様に怒りを撒き散らすだろう
「…。何を言っているの」
「…え?」
レイジの心をへし折ったのは他ならないローゼリンデ自身の言葉だった
「私は、貴方なんて知らない。貴方の友達などではない」
はっきりとレイジに向かって口を開いた
「く…、ローゼ…リンデ…」
「さよなら」
ぐ、と深く構えたローゼリンデが朱槍をレイジに向かって突き出される
今のレイジに、避ける余裕など、なかった
「レイジ!!」
ガキン! とその突きを刀の腹で間一髪レイジを助けたのはアラタだ
その時刀からピキ! と音が聞こえたが、アラタは気づかなかった
「何やってんだ!! レイジ、ぼーっとするな!!」
「あ、アラタ…」
「一旦退け! 今のお前じゃ、勝てない!」
「け、けど!」
「<アラタの言う通りだレイジ! 心が乱れてる今のままでは、満足に戦えない! 一度戻れ!>」
「ぐ…、くっそ…!」
うなだれるレイジに目をやりながら、ローゼリンデと斬り結ぶ
交戦しながらときどきローゼリンデの目を見る
…生気がない
やはり洗脳されていると見て間違いないだろう
だが、その洗脳を解く術をアラタは知らない
「なかなかやるじゃないか!」
「!!」
ファフナーの声だ
水晶の剣を振るい、アラタへと斬りつける
「ぐっ!」
状況は二対一と不利だ
サクヤや他の仲間たちはファフナーたちが引き連れていた兵士らと戦闘しているため、援護は期待できない
「ち…!」
「…なるほど、お前がラグナの言っていた…」
「…だったらなんだ」
「何もないさ、さぁ、勝負と行こう」
割と正々堂々としている
「…もし時代が違ってたら、いいダチになってたかもな」
「お互いに、な」
だが状況は変わらない
かといって逃げる訳にもいかない
なら、先手必勝だ
「っ!」
アラタは一度距離を取り、刀を鞘に納め抜刀の構えを取る
「抜刀術、か」
ファフナーが呟く
「…、」
唐突にローゼリンデがファフナーの前に立ち、そのいつの間にか持ち替えた大きな盾を構えた
「…、ちっ」
これではローゼリンデに気を取られ、ファフナーから一撃をもらってしまう
「…、」
生憎、他に方法は思いつかない
「はぁぁぁぁぁっ!」
勢いよく踏み込んで盾に向かって一撃を繰り出す
防がれるなど知っての上だ
ガキン! と盾に弾かれ、その隙を縫うようにローゼリンデの朱槍がアラタを貫かんと伸びる
その一撃を体を回して回避し、また前を睨む
第二陣、ファフナーの唐竹割り
ローゼリンデの攻撃を回避した際の隙を狙ったようだが、そんなのはわかっている
おそらく向こうも防がれるとわかってるだろう
だからアラタは刀を平に構えてその一撃を受け止めた
はずだった
バキィッ!! とまるでガラスが割れるみたいにアラタの日本刀が真っ二つに叩き折れた
「なっ…!?」
「…なに?」
流石にファフナーもこの事は予想していなかったようだ
「…、勝負ありだな。戻ろう、ローゼリンデ」
「はい」
ファフナーが言うとローゼリンデは人形のように従い、ファフナーの後ろをついていく
「…、情けを、かけられた…」
助かったが、どうにも釈然としない
単に、刀を持っていない自分に狩る価値はなかったのか…
それとも最初から殺す気はなかったのか…
考えてみるとあの太刀筋には殺意がこもっていなかった
…いや。考えるのは後だ
「とにかく、今は戻ろう」
折れた刀を鞘に納め、アラタはサクヤの下へと駆け出した
◇◇◇
「ラグナ。戻ろう」
ファフナーからそう言われるとラグナはピタリと動きを止める
「ぐ…、兄さん!」
地面に膝をつくジン
戦った結果はラグナの圧勝
いや、ジンはアイラを守りながら戦っていたのだ
互角じゃない
「…ちゃんとアイラを守ってやれよ」
ラグナは懐から紙を取り出すと、ジンに向かって放り投げた
「…これは?」
「んじゃ、またな」
「ら、ラグナさん!」
「いや、アイラ。…、この紙」
「…なんだ、紙がどうした…。…これは」
ラグナから渡された紙の内容とは
◇◇◇
「…ローゼリンデを…、今度こそ、ローゼリンデを…!」
アラタが戻ってくると雪姫を持ち、呟いてるレイジがいた
だいぶ落ち着いたみたいだ
しばらく俯いていたかと思うとキッと顔を上げて、どこかに歩いていく
その視線の先には、外へのドア―――
「っておいおい! どこ行く気だレイジ!!」
「アラタ!! …止めないでくれ!! ローゼリンデを助けなきゃ!!」
「はぁ!? 何言ってんだお前は!!」
「…たいした入れ込みようだな」
熱くなるレイジに向かって冷ややかにリックが言い放つ
「勢いだけなら、あの子を取り戻せそうだ。勢いだけで戦いに勝てるならな」
「黙ってろリック!! オレは―――!!」
「いい加減にしろこの馬鹿野郎!!」
レイジの胸ぐらを掴みあげ、アラタが叫んだ
珍しく声を荒げるその姿に誰しもが驚いた
「お前だってわかってんだろ!! この状況で、今ローゼリンデを助けるのに、戦力を割くわけにはいかないって事くらいわかってんだろう!!」
「仮に連れ戻しても、お前の知る女に戻せるかなんてわかんないしな。ま、今は待て」
そんなのんびりとした様子でレイジに言い放ったのは両儀式だ
「…式、今までどこにいたんだ」
「ああ。悪い、表の連中と遊んでた」
式だけ別行動を取っていたのだろうか
手にしたナイフを弄んでる辺り多分そうだろう
募る疑問はあったが、改めてアラタはレイジに言葉を投げかける
「…今お前の力を必要としてるのはあの女の子だけじゃない。ここにいる仲間だって同じだ」
「アラタの言う通りよ、レイジ」
リンリンがサクヤと一緒に歩いてきて、そんな言葉を言った
リンリンはネコモードだ
「…だから、今は耐えて。辛いかもしれないけど…、でも耐えて」
サクヤが諭すように言葉を投げた
しばらく逡巡したが、やがてレイジは
「…わかり、ました。今は、そうします。…けど、いつか、必ず…!」
その言葉を聞いたアラタは胸ぐらから手を離した
今度こそ大丈夫だろう
「…いつか、必ず、か…」
レイジの言葉をリックはおもむろに呟く
(…ネリス…、君は今、どこにいる?)
◇◇◇
協会後での戦いの後、スルトはルーンベールから撤退。帝国はこの地からほとんど掃討された
おそらくしばらくはルーンベールの聖騎士団で防衛は可能だろう
次の目的地はフォンティーナだ
出発を数日後に控えたある日の晩
ジンとアイラは数日前にラグナから渡された紙の内容を告げるため、サクヤの部屋を訪れた
「サクヤ、少しいいか」
ドアをノックして所在を確かめる
「ええ、開いてるわ」
反応が返ってきたのでドアを開いて中に入る
サクヤは荷物を纏めていたようだ
「二人してここに来るなんて珍しいわね。恋人になったのかしら?」
「からかうなサクヤ!」
真っ赤にしてそんな事を言ってしまっては説得力がない
「サクヤ。真面目な話だ。聞いてくれ」
ジンの表情に真剣さを感じたサクヤはからかうのを止めて、話を聞く事にした
◇◇◇
「…この紙は」
「前に、兄さんと戦った時に渡されたものだ」
「…ラグナから?」
渡された紙を開き中を見る
「…これは、ムラサメが封印されている洞窟の場所…?」
「ああ。だが、ここクレリアからだと少し時間がかかる。行くか行かないか相談したくてここに来た」
「私としては、やはり行った方がいいと思うのだ。このまま放っておけば、ドラゴニア帝国に利用されてしまう」
アイラの言い分も最もだ
「けど、封印がなされてるんじゃないかしら」
「…しまった」
ずーん、とアイラが沈む
「だが、何らかの方法で封印を解く可能性も捨てきれない」
ジンの言う事も最もだ
「…そういえば」
ふと思い出したようにサクヤが呟いた
「確か、アラタが刀を破壊されたって言っていたわ」
「アラタが?」
サクヤは頷く
「そういえば、彼の瞳には特殊な力が秘められていたのだったな」
・・・
「決まりだ」
アイラが言う
「ま、待ってアイラ。確かにムラサメも大事だけど、フォンティーナの方がもっと大事よ?」
「じゃあ向かうのは、僕とアイラとアラタの三人だけで構わない。確かに、これに人員を割けないからな」
最初サクヤは苦虫を噛み潰したような苦い表情をしたが、やがて折れ
「…一応、アラタに説明してくるわ」
ガタッとサクヤが立ち上がる
「頼む」
ジンの言葉に頷いてサクヤは一度部屋を出た
◇◇◇
「…ムラサメを、ですか?」
どこかどこか捜した結果アラタは厨房で料理を作っていた
アルティナとエルミナと合同で
「…貴方もレイジ並みに女の子と仲良くなるのが得意ね」
こちらの気持ちも知らないで全くこの男は…
「…なぜでしょう。軽くバカにされてる気がします」
「あら、言い得て妙だと思うけど?」
「な! ヒドいなアル!」
ツーン、とするアルティナに抗議するアラタ
その光景をエルミナが微笑ましく眺めていた
「…こほん。それで、引き受けてくれるかしら?」
「あ、はい。俺の眼が役に立てるなら、喜んで」
「…そう、わかったわ。ジンとアイラにも伝えておくわ。…無理はダメよ?」
「わかってますよ」
◇◇◇
「アラタさんは、フォンティーナに行かないのですが?」
お鍋を混ぜながらエルミナが聞いてきた
「そう、だね。もちろん、用事が終われば合流…すると思う」
いつ終わるかはわからない
そのため曖昧にしか答えられなかった
「まぁ…仕方ないんじゃない? 必要とされてちゃ、ね」
呟くアルティナはどこか歯切れが悪い
「…悪い、俺が世話になった国なのに…」
「謝んないでよ。…別に怒ってないから」
お皿に野菜を盛り付けた後アラタに振り向いた
「…なるべく早く来なさいよ」
赤らむ頬を隠しながらそう言った
「アル…」
「サクヤさんも言っておられましたが、無茶しないでくださいね」
そう言ってエルミナはアラタに向かって微笑んだ
「…ああ、ありがとう」
二人の優しさに感謝しながら、アラタは再び調理に戻った
…今日は腕を振るおう
◇◇◇
翌日
ヴァレリア解放戦線は、ルーンベールの防衛を再編された聖騎士団に任せ、フォンティーナへと向けて出発した
「無茶すんなよ」
先の事をレイジに言ったら笑顔と一緒にそんな言葉が返ってきた
その一言にはいろいろな意味が込められてるであろうが、ここでは割愛する
同じようにそれを聞いていたユキヒメからも
「…ムラサメを、頼む」
割と本気の声色でそう頼まれた
無論当たり前だ
「アラタ、準備はいいか?」
「問題ないです。キサラギさん」
「早足で行く。急いでサクヤたちに合流するためにな」
「わかってます、アイラさん」
渡されたマントを羽織り、三人は駆け出した
目標は二つ
一つは木の精霊王に、承認を頂く事
もう一つは、霊刀ムラサメの解放
様々な思いが絡み合いながら、一行はフォンティーナを目指す
(アラタ…)
未だに人間は信じ切れない
それはエルフの掟に反するから?
そもそも、掟ってなんなのだろう
自分がアラタに抱く感情がわからない
(ううん。今は余計な事を考えるな。私は私…)
複雑な思いを胸中に宿し、アルティナは仲間たちを導いていく―――