シャイニングブレイド 〜蒼の魔導書を持つ男〜 作:桐生 乱桐(アジフライ)
朝
窓から差し込む太陽の光が瞼の上から注がれる
相変わらずベッドの位置が憎たらしい
「うーん…」
眠たげに重い瞼を強引にパチパチさせてなんとか意識を覚醒させる
「…もう朝か」
そんなどうでもいい言葉を呟きながらアラタは軽く背伸びをする
そして手を一度自分の体の横に―――
もにゅ、となにやら変な感触が襲った
「…、え?」
まさか、そんな
いやいやいや…
先日彼女は刀状態で寝る、と言ってくれたじゃないか
うん
たまたま布団の…、なんかこう、変な箇所を触ったに違いない
アラタは勝手にそう決めつけて恐る恐る自分が触れた手の方を見る
そこにはなんでか下着姿でぐっすりとスヤスヤ眠るローナの姿が
そして自分の手はしっかり胸に触れているではないか
「…え?」
本日二度目の疑問系
「う、ぅーん…」
慌てて自分の手を引っ剥がす
ちょうどその時ローナが体を起こした
悲鳴やらなにやらをあげなかった分だけ、アラタは幾分立派である
「あ、アラタさま。おはよーございます…」
こしこしと寝ぼけ眼をこするローナ
「あ、ああ。おはようローナ。…いくつか聞きたいのだけど、いいかな」
とアラタが聞くとローナは慌てた様子で軽く頬を叩き、眠気を覚ます
「はっ、はい! なんでしょう!」
「や、その…、何故人間体なんだ? あと服はどこいった」
「あ、服はあちらに」
び、と部屋のある一点を指差す
そこを見るとハンガーにかけられたローナのメイド服が
「いつの間に!?」
「だいぶ寝静まったときでしたから…深夜ですね」
しれっと言うローナ
「ま、まあ服はわかった。人間体になった理由は?」
「あ、それは…」
ローナは一度顔を俯かせ
「…人の暖かさを、感じたかったんです」
寂しげに呟いた
「…今までは薄暗い洞窟の中で一人でしたから。前は、ユキヒメと一緒に寝てまして…。それで、久しぶりの人肌に…、つい…」
そうだ
彼女はつい最近自分が解放したばかりではないか
長らく甘えてなかった分、こういうところでは甘えたいのかもしれない
「…や、やっぱり、迷惑ですよね。いくらアラタ様の、霊刀とはいえ、出過ぎた真似を―――」
「いいよ。別に」
素っ気なく返事をするアラタ
その反応にローナは不安な気持ちに駆られる
「す、すいませんアラタ様! もう、もう二度とこんな事はしませんから! だから…」
はし、とアラタの服の裾を掴む
ちらり、と見るとローナは肩を小さく震わせ
「もう…、一人は嫌なんです…!」
「…アホ。別に人間体で寝た事には起こってないよ」
「ふぇ?」
「…別に、寝るのは構わない。本当はこんな時、床に寝たいが…、ドラゴニアが攻めてきた時に風邪なんかカッコ悪いから、俺もベッドに寝るけど、いいか?」
「い、いえ! そんな滅相もないです!」
わたわたと手を振るローナにぽふ、と手を置いて軽く撫でる
「やっと自由になれたんだ。甘えたい時に甘えてくるといい」
そう言われローナはハッと顔をあげ、アラタの顔を見つめる
彼の優しい笑みを見てると、目尻に涙が浮かんでくる
「…はいっ」
声を絞り出してローナはアラタにそう言った
◇◇◇
「おはようアイラさん」
翌朝エドラスに戻ってきたという事をサクヤに聞いたアラタはアイラを見つけるとそう挨拶を述べる
「ああ、アラタか、おはよう。少々待っていてくれるか? 今忙しいのだ」
「? 忙しいって…。あれ、エルミナ」
アイラのすぐ隣にはエルミナもいた
何故か目尻には涙が
「う、うぅ…、アラタ、さん…っく、うわぁんっ!」
「わ!? ちょっと! なんで泣いてるんだ!? 俺なんか君にやらかしてしまったか!? すまん、よくわからないが本当にすまんっ!!」
その場で素早く両膝を折り曲げてジャンピングな土下座を披露するアラタ
「ち、ちがいっ…、えと、そのっ…うえぇん…!」
なんだかすごく混沌(カオス)な予感がする
とりあえずアイラはエルミナの両肩を抱き
「エルミナ。もう大丈夫だから、もう泣かないの。ね?」
するとだいぶ落ち着いたのか、次第にエルミナは泣き止んで
「…はい、もう大丈夫です。ありがとうございます。アイラ様」
「本当に大丈夫なの?」
念を押すようにアイラはまた聞く
「はい。あとアラタさん、もう大丈夫ですよ? 決してアラタさんが理由ではないです」
エルミナがアラタを揺する
アラタはゆっくりと顔を上げて
「うぅ…、とりあえずすまん…」
それでも非は自分にもありそうだと思っているアラタに若干エルミナは笑みを浮かべて
「では、私買い物の途中でしたので、これで失礼します」
「そう。気をつけてね?」
「はい!」
アイラと短く会話を終えるとエルミナは買い物に戻っていった
「…いい加減立て。アラタ」
アイラに言われようやく立ち上がったアラタ
「…なんでエルミナは泣いていたんです?」
「アラタには、関係ないことだ」
疑問を投げかけたらフルスイングで打ち返された
「…むー」
「? どうした?」
「関係ないと言われても、やっぱり友達が泣いてたら気になるじゃないですか」
「―――」
アイラは珍しく虚をつかれた表情をした
「…無礼を承知で聞きますが、なんでエルミナは泣いてたんです? 心配してるのはアイラさんだけじゃないです。…あ、やっぱり俺がなんかやってしまったとか!?」
「それは違う。そこまで言うなら説明してやろう」
アイラはこほん、と息を整えると口を開く
「さっき街で犬に吠えられてな。それで泣いていたんだ」
意外や意外、理由としては少々拍子抜けだった
「え? そんな事?」
「犬はただ遊びたがっていただけのようだがな。物陰から突然飛び出してきたので、エルミナは驚いたのだろう」
いざ真相を聞いてみるとよくよく考えてみれば果てしなくしょうもない事ではないか
「…アイラさんはエルミナに甘すぎます」
「甘すぎる? 私がか」
「なんだか子離れできていない両親みたいです」
「エルミナは私にとって、大切な存在だからな」
「それはわかってますけど、もう少しは離れないとエルミナのためにならないですよ」
「もし私が離れてる間に敵が現れたら、誰がエルミナを助けるんだ?」
「俺や他の皆が助けに行きますよ」
「それが間に合わない。もしくは、他の敵と戦闘中だったら?」
なんなんだコイツは!?
一国の王女に抱いてはならない感情だとわかっててもイライラせざるをえない
いくらなんでも心配しすぎやしないだろうか
「そうなったらそうなったで、エルミナが自分の力でなんとかしますよ。彼女だって戦えます」
「その敵が、エルミナの力を上回っていたらどうするんだ」
殴りてぇ!!
一国の王女に抱いてはならない感情だとわかっていても果てしなくイライラしてくる
過保護すぎるよアイラさん
「考えすぎです!!」
「そんな事はない。考えられる事は考えられるだけ考えておくべきだ」
「じゃあそうならないために、やはりエルミナとは距離を置かないとダメです」
「…何故だ」
「誰もそばにいないとき、彼女自身の力でなんとかする為です。今のうちに慣れさせてあげないと」
そう言うとアイラはむぅ、と考える声をあげ
「…確かに、それも一理あるな」
「でしょう?」
これで多少考えなりとも変わってくれるといいのだけれど
「そうなるとエルミナには、もう少し戦いの手解きをしないとな」
「それがいいです。どうせなら、何でも彼女が一人で出来るくらいに―――」
「いや、私やジンが間に合うまでの時間稼ぎが出来るくらいでいい。エルミナを助けるのは、私かジンだ」
「…」
「どんな修行ならエルミナは強くなるかな…。あまり厳しいものはかわいそうだからな。どうせならエルミナが喜ぶような…」
全くわかっておられなかった
「…あの、アイラさん?」
「あれをこーして、次に…、うむ。これはいいな」
ぶつくさ呟きながらアイラは歩いていってしまった
「…エルミナを思ってやってるのはわかるんだけどなー…」
思えばジン、アイラ、自分の三人でローナを解放する旅をしていた時、終始エルミナの事を心配していた
口に出すたびにジンがそれをなだめるのがやけに頭に残ってる
「砂糖みたいな甘さだよ、アイラさん…」
いや下手すれば砂糖以上だ
小さく言葉を漏らし、アラタは少し疲れた足取りで、朝食作りを手伝うべく、厨房へと足を運んだ
◇◇◇
「あら、おはようアラタ。…? 疲れた顔してるわね、どうしたの?」
すでに厨房で朝ご飯を作っていたサクヤに聞かれるとアラタは
「…え、あ、大丈夫です」
とりあえずそう返しておいた
「よくわからないけど、困ったことがあったら相談してね。力になるから」
「ありがとうございます」
◇◇◇
ローナを連れて街を練り歩く
相変わらずいろいろと珍しいローナはあちらこちらへと視線を移す
「おお、アラタにムラサメではないか」
「珍しいな、二人で散歩か?」
聞き慣れた声と思ったらレイジとユキヒメだ
「あ、ユキヒメ」
「二人も散歩か?」
アラタが聞くとユキヒメはこほん、と調子を整え
「いや、これからレイジを鍛えようと思ってな」
そう言ってユキヒメはチラッとレイジを見る
「はははっ、ムラサメが帰ってきてからすごく元気でさ」
レイジは笑いながら頭を掻く
なんだかんだで相棒が元気になった事は嬉しいのだろう
「良かったらアラタとムラサメもどうだ。私と共にレイジを見届けて欲しいのだが」
アラタとローナは一度顔を見合わせる
正直特に予定はなかったので、二人はレイジの修行を見学することにした
◇◇◇
「さあレイジ、この崖の上にあるあの花をとってくるのだ」
びし、と崖の上にそびえる一輪の花を指差した
「…結構険しいな、この崖」
「こらレイジ! この程度でへこたれては困るぞ、先代ならばこの程度ものの数分で乗り越えていたからな」
横でローナと一緒に見学していたアラタはふと疑問に思った事をユキヒメにぶつけてみた
「先代って、そんなにすごかったのか?」
「あ、オレも知りたいな、それ」
それを聞くとユキヒメがくわっとして
「当たり前だ!! 先代が本気を出せば、この崖とて灰燼に帰すほどだ!!」
ユキヒメが力説し始めた
だが流石に過大に評価しすぎではないかと思ってローナに聞いてみる
「…本当?」
「うーん…、先代が本気を出せば有り得ない事もないかもしれないです…」
…あながち嘘ではないのかもしれない
「レイジ、早いとこ花とってきてくれ。このままじゃ先代トークになる」
「おっと、そうだった。じゃあちょっと待っててくれ」
そう言ってレイジは歩きだした
崖の右側に
「お、おいレイジ、そっちは崖ではないぞ」
「大丈夫だって。ユキヒメはそこで待っててくれよ」
そう言い残すととことこと歩いていってしまった
「…むぅ」
ユキヒメはどこか納得していない様子でレイジの背中を見ていた
◇
三十分後
「…遅い」
三十分が経ってもレイジが帰ってくることはなかった
「もしやレイジのヤツ、サボっているのか…」
「ダメだよユキヒメ。パートナーの事は信頼してあげないと」
「ぬ、ぬぅ…」
め、とローナに言われ再びユキヒメは待つ
アラタはとりあえず空見てました
やることがなかったので
◇
「遅い!!」
一時間が経っても帰ってくる気配はゼロ
流石にユキヒメの怒りも有頂点だ
「次に会ったら、こっぴどく説教しなくては!!」
「ユキヒメー」
ユキヒメが怒ってるときレイジの声がした
「あ、帰ってきた」
「む! レイジ! 貴様どの面下げて戻ってきた! 花も取らずにのこのこと!」
「お、おいおい。ちゃんと花はとってきたぜ、ほら」
ずい、とレイジは一つの植木鉢を差し出した
その中には先ほどの崖の上にあった一輪の花
「…これは…、」
「ユキヒメはあの花をとってこいって言っただろ? ちょうどあの崖には坂で登れる道があったし、それでゆっくりと登っていったんだ。事前にハンドスコップと植木鉢はもらっておいたし、ただ引き抜くのも花にかわいそうだと思ってさ」
思えばユキヒメはとくに時間に制限などつけていない
ただあの花をとってこい、としか言ってないのだ
「…これはレイジに一本取られたな」
「な、アラタ!?」
「ふふ、ユキヒメ顔真っ赤」
「ムラサメまで!?」
珍しくわたわたとするユキヒメはなんかかわいかった
「その植木鉢はあげるから、大切にしてくれよ。常日頃世話になってるお前へのプレゼントでもあるんだからな、じゃあオレ、ハンドスコップ返してくるなー」
ユキヒメにそう言うと先ほど来た方にまた歩いていった
「…、」
ユキヒメはただぽー…、と顔を赤くして先とは違う視線でレイジの背を見送った
「霊刀の私に…、プレゼントなど…、ま、全く、何を考えているのやら…」
そんな事を言ってはいるが、ユキヒメは無意識に笑みを作ったままだった
◇◇◇
「らー♪ らららららー♪ らららー…♪」
ローナが一度自分の部屋へと戻っていったあと、アラタはまた意味なくエドラスを歩いていた
時刻が夕刻にさしかかったとき、綺麗な歌声が耳に入ってきた
アルティナの歌声だ
(…アル?)
アルティナが歌い出してしばらくすると、彼女の周りにバサバサと鳥や動物たちがアルティナの周りに集まってきた
「ふふっ、皆来てくれたのね? 元気そうで良かったわ」
鳥や動物の頭を一頭ずつ撫でながらアルティナは笑顔を浮かべて
「さ、こっちに来て? 今日はおやつを持ってきたの。皆で食べましょ?」
動物たちと戯れるアルティナはハツラツとしていて、楽しそうだ
「アル」
「あら、アラタ。いついたのよ」
撫でる手を休める事なく顔だけをこちらに向けて声をかける
「ついさっきだよ。アルが動物たちと戯れるのにちょっと見とれてさ」
「? そう? それってそんなに珍しい?」
「いや、珍しいというより、歌声で動物たちを集めて話が出来るアルに感心してさ。すごいじゃんか」
アラタがそう言うとアルティナはぼっ、と顔を赤くした
「す、すごい…。そ、そう?」
「…顔が赤いぞ?」
「!? な、何でもないわ! 別に何でもない! だいたい、あんなのたいした事ないわ!」
「そうなの?」
「ええ。だって私は森で生まれて育ったのよ。森にいた頃は、いつも動物たちとあんな風に遊んでたんだから」
アルティナはいろいろと見渡して
「…ここはそれほどでもないけど、森の中には鳥も、動物たちも、それから精霊も、もっとたくさんいて…、私が歌うと、皆が集まってきてくれたんだから。さっきみたいにね」
「…そうなんだ。それは、楽しそうだ」
そう言うとアルティナはどこか儚げな笑顔を見せて
「うん。とっても楽しかったわ。あの頃の森は、本当に楽しかった。…動物たちがいて、精霊たちがいて、皆、友達だったの」
「…ま、まぁこんな話、人間の貴方にはわからない、かもだけど…」
「いやいや、森がいいところなのは、アルを見てればわかるよ」
「わ、私を?」
「うん。だって、今のアルは、すごく明るい顔で、とても楽しそうに笑ってる。アルのそんな顔初めてだ。そんな綺麗な表情もできるんだ」
「き、きれ…!?」
「だから、アルの住んでた森は、本当にいいところなんだろうって、そう思える」
「…」
思わずぼー、としてしまった
目をパチパチさせながらアルティナはただアラタを見つめる
「もし良かったら、また森の話を聞いていいか? アル」
「…そ、そうね。たまに、ならね…」
「ありがとう。アル」
そうしてまた小さい笑顔を浮かべるアラタ
「…、じ、じゃあ…また、あとで…」
終始赤い顔でアルティナはどこかに歩いていった
「? どうしたんだろ」
対象的にアラタはあんまりわかってない顔を浮かべてその場を後にした
◇◇◇
「…、」
なんなのだろう
アラタを見ると顔が赤くなる
この感情ってなんなのだろう、と考えるとある結論にたどり着いた
「…ダメダメ! 私はエルフ、アラタは人間なんだ…!」
そう強く言い聞かせ、アルティナは夕飯の支度を手伝うべく厨房へと歩いていく
厨房にはアラタもいた
「お、アル」
「あら、アラタ。先にいたんだ」
感情を押し殺し、アルティナはアラタと接していく
それがどんな感情かわからないままに