英雄譚発売を知り、また書きたくなりました。
どうぞ、よろしくお願いします。
俺――北郷一刀の人生の終わりは呆気ないものだった。
冬の通学路で、信号待ちをしていた時のこと。
凍結した路面にスリップしたトラックにぶつかり、体を強く叩きつけられて死亡。
その際にトラックが妙な動きをしたように見えたが、気にしている瞬間は無かった。
ぶつかって意識を失うまでの僅かな間に、俺の脳裏に家族や友人との日々が蘇る。
(これが……走馬灯ってやつか……)
これを最期に、俺の意識は永遠に途切れた。
その様子をどこかの異空間のような場所で、二人の男が眺めている。
「クククッ。これで奴は外史に行けん。忌々しい北郷一刀も、こうなっては形無しだな」
男の一人が一刀が死んだ姿に笑みを浮かべる。
対照的に、浮かない表情をしているメガネの男が話しかける。
「しかし、よかったのですか? 私達も一応は管理者。正史で生き死にに関わったら」
「うるせぇ。これまで悉く邪魔されてきたんだ、こうでもしなきゃ」
「こうでもしなきゃ、なんじゃ?」
背後から聞こえた声に振り向くと、二人よりずっと大柄な男がいた。
カイゼル髭はともかく、何故かマイクロビキニのような服を着ている筋肉質の老人が。
「貴様、卑弥呼!?」
「管理者として、越えてはならぬ一線を越えてしまったの。バレぬと思っておったかぁ!」
老人がそう呟くと、二人の足下に魔法陣が浮かぶ。
そこから放たれた紐状の光が二人を拘束し、魔法陣が輝きだす。
「な、なんだっ!?」
男の一人が抵抗を試みるが拘束は解けず、逆に力が抜けていく。
「管理者でありながら、正史で生きる人間を手に掛けるなど言語道断。揃って報いを受けい!」
光に包まれた二人の体は徐々に消えていく。
メガネの男は観念したのか無抵抗だが、もう一人は消え去る瞬間まで抵抗する。
「くっそ! くっそがあぁぁぁぁっ!」
二人の男が消え去った後、老人の姿も消え去った。
俺の意識は途絶えたはずだった。
なのに俺は意識があった。
「どうなっているんだ?」
あるはずのない、目が覚める感覚に疑問を抱き、恐る恐る目を開けてみた。
目の前に広がっているのは、暗い背景に鏡のような物が大量に浮かんでいる空間。
「これがあの世だとしたら、えらく殺風景だな」
立ち上がって鏡の一つを覗き込んでみると、そこには俺がいた。
ただ、鏡を覗いている俺ではなく、見知らぬ小柄な金髪の少女と歩いている俺がいた。
「はっ? 何だこれ。こんな子、知らないぞ」
首を傾げながら隣の鏡を覗くと、褐色肌に桃色の髪の少女と共に娘をあやす俺がいた。
「いやいやいや。俺に子供いないし、この奥さんっぽい人も知らないし」
自分で自分に突っ込んでいると、後方から何かが近づいてくる足音が聞こえた。
猪か何かと思えるほどデカい足音に、嫌な予感を覚えながら振り向く。
するとそこには。
「ご主人様あぁぁぁぁっ、お久あぁぁぁぁっ!」
マッチョにパンツ一丁、スキンヘッドにもみあげだけ残し、三つ編みにしている巨漢。
しかも何故か女走りしているので、気持ち悪いことこの上ない生物が駆け寄ってきていた。
「ぬおぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
なので俺は、容赦無く変態らしき人物の顔面に拳を叩き込んだ。
「ぶるあぁぁぁっ!?」
顔面を殴られたそいつは、後方に吹っ飛んで背中から倒れた。
クロスカウンター気味だったとはいえ、よく吹っ飛んだもんだ。
「酷いわ、ご主人様。いきなり乙女の顔をグーで殴るだなんて」
「誰が乙女だ! そもそもここはどこで、お前は誰なんだ!」
拳を握りしめ、唯一の情報源のそいつに怒鳴る。
「私の名前は貂蝉。ここは外史の観察室よ」
起き上がったそいつの名前に、俺は耳と目を疑った。
貂蝉といえば、三国志に出てくる絶世の美女だ。
それがこいつだとは信じられない。
「そうか、同姓同名の別人か」
思いついた事を口にすると、貂蝉と名乗ったおっさんが怒り出した。
「誰が見るに堪えない外見の変態おっさんかぁ!」
「そんな事言ってねぇ!」
勝手に暴走した貂蝉とやらに、渾身の右アッパーを浴びせる。
我ながら最高の一撃だった。
「ぶるあぁぁぁっ!?」
顎下から撃ち抜かれ、宙に浮いた貂蝉は頭から落ちた。
普通なら唯では済まないはずなのに、貂蝉は普通に起き上がった。
出血の様子も無く、傷の一つもつかずに。
「今度のご主人様は、随分武闘派なのね」
「誰がご主人様か!」
お前みたいのを雇った覚えも、仕えさせた覚えもない。
「で、外史ってのは何だ?」
「分かり易く言えば、並行世界でパラレルワールドよ」
そう言って、貂蝉は説明を始めた。
曰く、そこは大抵三国志の世界から始まる。
主な人物が全員女性になっている。
真名という初見殺しな風習がある。
必ずしも、俺の知っている歴史通りに物事が進むわけではない。
その外史は悉く俺という存在を必要とし、別世界の俺もそれを経験している。
そして俺と外史の物語の終わりは、一つではないということ。
「じゃあ、あの鏡に映っている俺は?」
「別世界のご主人様よ。自分の向かうべき外史に行って、そこで頑張っているわ」
先ほど俺が覗いた二つの鏡を手元に寄せ、その光景を見せてくる。
一方は傷のある少女と街を歩いている。
お茶をしていた眼鏡の少女と、ゴーグルを首に掛けている少女がそれを見て逃げ出す。
傷の少女は怒りながら二人を追いかけ、俺はそれを苦笑いしながら眺めている。
「このご主人様は、後に己の存在を賭けて大事な人を守ろうとするわ」
もう一方は娘に泣かれて落ち込む奥さんらしき女性を、忍者のような少女と慰めている。
すると忍者の少女そっくりの娘と、赤ん坊を抱いた片メガネに袖の長い少女もやってきた。
「こっちのご主人様は悲しみを乗り越えて、新たな時代を担う子を育てているの」
さらに追加で見せてくれた鏡では、三人の少女と桃の花の下で乾杯をしている。
「これはここ最近、始まったばかりの外史ね。この外史の物語は、ここから始まるのよ」
説明に使用した鏡を元の位置に戻して、再び俺に向き合う貂蝉。
「この他にも、色々な人の処へ仕えたご主人様、自分で旗揚げしたご主人様がいるわ」
「ふうん。でも、俺は外史とやらに行ってないぜ。というか、もう行けないよな」
だって俺死んじゃったんだもんよ。
「そうなのよ。だから、ご主人様が行くべき外史が歪んじゃってね。困っているのよ」
新たに手元に寄せた鏡が、俺が行くべき外史を映す鏡なのだろう。
でも、そこには何色もの光が歪んでいるように見えるだけ。
人影も景色も何も見えない。
貂蝉が言うには、このままでは外史が暴走して、俺がいた世界と共に消滅してしまうのだという。
「ひょっとして俺がここにいるのは」
「そうよ。ご主人様には、この外史の過去に生まれ変わりという形で行ってもらいたいの」
生まれ変わりかよ。
要するに転生ってことか。
おそらく狙いは。
「そうする事で、元から俺がいることにして事態を回避しようって事か」
思ったことを口にすると、貂蝉は満面の笑みを浮かべる。
笑顔なのに、ぶっちゃけキモイ。
「察しがよくて助かるわ。ただ、三国志の歴史の流れの大半を記憶から消させて貰うわね。名前とか、多少の事は記憶に残しておいてあげるけど」
なるほど、歴史を知っての転生は何か弊害があるという事か。
普通そうだよな。
何でもかんでも知っていたら、起こる出来事に無敵状態だもんな。
「それで、行ってくれるかしら?」
「……分かった、行こう。頼む貂蝉、俺を外史って所に送ってくれ」
決心した俺は貂蝉に転生を頼んだ。
俺はもう死んだ身だけど、元いた世界がそれで救われるのなら。
それに三国志のパラレルワールドにも興味があるしな。
「分かったわ。じゃあ、頑張ってねご主人様」
貂蝉が持っている鏡を俺に向けると、鏡から光が発する。
その光に包まれた俺の意識は徐々に薄くなり、やがてこの空間から消えた。
一刀が消えたすぐ後。
前触れもなく一人の男が現れた。
二人の男に罰を与えた、カイゼル髭に妙な格好の老人――卑弥呼が。
「お帰り。卑弥呼、首尾は?」
「バッチリじゃ。まだ正史にいただぁりんを亡き者にした首謀者の二人には、管理者権限を剥奪し相応の罰を与えてきた」
卑弥呼の返事に、貂蝉は満足そうに微笑む。
「さぁ、大変なのはこれからよ。ご主人様の行った外史を安定させなきゃ」
「うむ。せっかくだぁりんが行ってくれたのに、過去から崩壊させては意味がないからの」
そうして二人は作業を開始した。
それに合わせるように、鏡の中の歪んだ光が消え、ある邑の光景が映る。
一筋の流れ星が落ちた夜、邑に建つ一軒の家では出産が行われており、無事に一つの命が生まれた。
「よくやったぞ! 見ろ、元気な男の子だ!」
父親に赤ん坊を見せてもらった母親は、愛おしそうに息子を見る。
「それであなた。この子の名前は?」
「呂迅だ! この子の名は迅。そして真名は……一刀! 一刀にしよう!」
こうして転生した北郷一刀の新たな人生が始まった。