仁義ある暗殺   作:絹糸

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第九話:アウェイでこそマイペースに

 

 

 月に一回の全校集会。

 普通の学校に通う中学生たちにしてみれば、それは『面倒臭いけどただボーッと立っていれば何事もなく終わる楽なもの』でしかないだろう。

 しかし椚ヶ丘中学において――さらに言うなればE組の生徒たちにとって、このイベントは酷く憂鬱なものでしかなかった。

 

 

「クスクス……見て、E組よ……」

「あれが先輩の言ってた椚ヶ丘のゴミ集団かー」

「進学校で落ちぶれるくらいなら普通の中学行ってりゃいいのにね」

「でも顔は結構イケてる奴多くない? 頭悪いんじゃ宝の持ち腐れだけど」

 

 

 体育館にてひそひそ飛び交う罵倒に皮肉に嫌味の乱舞。

 毛色の異なる誹謗中傷の数々は程度の差こそあれど、どれもがE組を見下す意識が根底に見え隠れしたあけすけなものばかり。

 聞いているだけでストレスが溜まって胃が重たくなりそうな台詞の降って沸く中を、寺坂や村松は顔をしかめながら、渚や磯貝は気まずげに立っていた。

 

 E組の差別待遇はここでも同じ。

 数多い侮蔑と嘲笑の視線に長々と耐えなければならないことを鑑みれば、普段よりもいくらかキツい状況だ。

 壇上でスピーチを行う校長からも露骨な揶揄を喰らい、それに沸き立つ周囲の生徒と、暗然に俯くE組の生徒たち。

 もっとも堪えていない生徒も少ないながらいるようで。

 

 

「こうして中学生らしい悪口聞いてると、歓楽街のお兄さんらがどれだけガラ悪いかはっきり分かるよねー」

「口を開けば×××だの×××××だのと喚いてるような連中と真っ当なガキを比べんのが間違ってらァ」

「だね。『クズ』とか『ゴミ』とかはあそこらじゃ比較的お上品なワードだし。さすがの俺も×××××××××って挑発された時はあまりの口汚さに驚いた」

「ああ、あんまり行き過ぎた罵りなんか受けるとそうなっちまうよな。腹ァたたねェが舌を巻くってやつだ」

 

 

 ――この嫌な空気の中にいてなお、放送コードに100%引っかかる用語を織り交ぜつつ平然と日常会話を続ける二人組。

 

 E組が誇る天才児にして問題児、赤羽業。

 そんな彼の親友たる男前任侠娘、花槍有粋。

 

 彼と彼女のペースはたかが一般中学生の毒舌ごときで崩されたりしない。

 もっと率直な物言いをすれば“相手にするまでもない”。

 さらに重ねれば“視界に入っていない”。

 短的に言えば“どうでもいい”。

 

 敵意をもって無視しているのではなく、敵意を持つことすら面倒だから無視しているのだ。

 仮にそうしなかったところで、カルマも有粋も他のE組生徒たちに比べて本校舎の生徒から絡まれる経験は少ない。

 数度に渡り繰り返された暴力沙汰はもちろんのこと、二人の成績が本来ならばA組級の優秀さであることもその要因だ。

 成績を馬鹿にしようと思えば自分のほうが劣っているのでブーメランになってしまい、ならばと腕っ節に訴えれば返り討ちにあう。

 そんな厄介種共に好き好んでちょっかいかけるくらいなら、大人しそうな他のE組生徒を馬鹿にしたほうが手っ取り早いし楽。

 そんな訳で、カルマも有粋も『E組』というくくりで罵倒されることはあっても、個人個人の所業に文句をつけられることは滅多に無かった。

 もちろん中には少数の例外も存在するのだが、それはさて置き。

 

 

「二人とも、雑談で暇を潰すためにわざと遅れてきて後ろに並ばされたのかな……」

「多分カルマの提案じゃねーか? 花槍の性格ならアイツの頼みでもない限り遅刻はしないだろ」

「初日は遅刻登校してたけどねー。ってかカルマくんがサボらなかったほうが意外だよ」

 

 

 出席番号の関係で近くにいる潮田渚・菅谷創介・倉橋陽菜乃の三人が後ろをチラチラ振り返りながら小声で放す。

 確かに成績が良くて素行の悪いカルマならば、この手の面白くないイベントは早々にフケてどこかで昼寝でもしているイメージがある。

 後から罰を喰らっても痛くも痒くもない、と嘯く飄々とした笑顔まで想像できそうだ。

 

 

「続いて生徒会からの発表です。生徒会は準備を初めてください」

 

 

 渚たちが親友コンビについて感想をこぼしあっている内にも、依然として集会は進んでいく。

 ホワイトボードを押して登場する生徒会の平役員たち。

 それに紛れて舞台袖から姿を現したのは、我らがE組で表向きの担任を務める堅物男、烏間惟臣。

 見覚えのない男の登場に本校舎の男子生徒たちがざわめき立つ。女子のほうは烏間が精悍な容姿をしていることから、色めき立つ、の表現が相応しい反応。

 

 

「誰だあの先生?」

「シュッとしてて格好良いー!」

 

 

 黄色い悲鳴を上げる女子生徒のことをいくらか恋愛対象として見ていたらしく、隣に立っている男子生徒が「うっ」とショックに呻いた。

 そして後ろの男子生徒から肩をポンポン叩いて慰められる。

 そんな本校舎生徒たちによる軽い青春模様には目もくれず他の教員たちの前まで歩を進めた烏間は、背筋の伸びた会釈と共に表向きの自己紹介を始めた。

 

 

「E組の担任の烏間です。別校舎なのでこの場を借りてご挨拶をと」

「あ……はい、よろしく」

 

 

 真正面から見つめられた年嵩の女教師は頬を染めている。

 言っちゃ悪いがパッとしないルックスをした教師の多い本校舎において、彼のような背丈もあって引き締まった身体をしたイケメン先生というのは稀少価値が抜群に高い。

 よって女子生徒のみならず女教師までもが彼に熱い眼差しを注いでいるのも、まあ仕方のないことと言えよう。

 

 

「烏間先生ー。ナイフケース、デコってみたよー」

「可愛いっしょ?」

 

 

 烏間の鼓膜に聞きなれた声が飛び込む。

 振り返ればそこには担当するクラスの女子生徒である倉橋陽菜乃と中村莉桜がいて、手に持っているのは妙にキラキラしいが支給品のナイフケース。

 スワロフスキーやラインストーン、ビジューやブリオンやグリッターといった数多のデコレーション素材で飾られたそれは、一目見ただけでは決してナイフケースとは思われないだろう。

 しかしどれだけ過剰装飾がなされていようともナイフケースはナイフケースだ。

 それを公衆の面前で見せびらかすという行動に、彼は鉄仮面をわずかに崩しながら慌てて駆け寄った。

 

 

「可愛いのは良いがここで出すな! 他のクラスには秘密なんだぞ暗殺のことは!!」

「「はーい」」

 

 

 小声で怒鳴るという高等テクを披露すれば、二人も素直に返事してナイフケースをいそいそと仕舞ってくれた。

 傍目に見れば非常に仲睦まじい生徒と教師でしかないその光景に、またしても本校舎の生徒から羨望じみた声が上がる。

 

 

「……なんか仲良さそー」

「いいなぁー。うちのクラス先生も男子もブサメンしかいないのに」

 

 

 突然の悪口に無言で汗を流すしかない男子生徒。諸君に幸あれ。

 

 E組教員のインパクトはこれだけで終わらない。

 勢いよく扉を開ける音と共に登場したのは、マリリン・モンロー並のスタイルと銀幕女優もかくやの花貌を誇るご存知イリーナ・イェラビッチ先生。

 紆余曲折を経てE組に英語教師として迎え入れられたばかりの彼女は、抑えきれない美女オーラを体育館一面に撒き散らしながら、まるでそこがレッドカーペットの上であるかのような堂々たる闊歩を見せつける。

 

 

「ちょっ……なんだあの物凄い体の外人は!?」

「あいつもE組の先生なの?」

 

 

 半ばヨダレを垂らしたような表情の男子生徒と、嫉妬ゆえか冷ややかな眼差しを向ける女子生徒。温度差は凄まじかった。

 「何しに来た」と烏間に詰め寄られた彼女は、それを「何でもいいじゃない」とおざなりな返事であしらい、とある生徒目指して向かっていく。

 釣られて生徒や職員の視線もそちらに誘導された。

 

 

「会いたかったわ有粋、今日もイイ男ね!」

 

 

 満面の笑みで言いながら、生徒――花槍有粋の体を力任せの強引さで熱烈に抱き寄せ、相手の顔を自分の谷間へ押し付けるというエロガキ垂涎の状況に持ち込んだイリーナ。

 しかしいくら男前だろうとも、有粋の性別は正真正銘♀だ。当然興奮などできようはずもなく、彼女はただ息苦しさから眉間にシワを作るのみ。

 ついでに言うと隣の赤羽業も呆気にとられたのは一瞬のことで、すぐ不機嫌丸出しの形相になると有粋の腕をグイグイと自分のほうに引っ張った。

 中学生とはいえ背丈で勝るカルマのほうが腕力が強いらしく、あっさりと力負けしたイリーナが有粋の体を解放する。

 再びちょっかいかけられる前に有粋の片腕へと自分の両腕を絡め、まるで彼氏に手を出す泥棒猫を威嚇する彼女のような体勢でカルマは小悪魔的に笑った。

 

 

「悪いけど、こいつは俺の親友(モノ)で俺はこいつの親友(モノ)だから。二人で話してる時に邪魔しないでくれる?」

「くっ……上等じゃない。略奪愛ってのも燃えるもんよ」

 

 

 カルマの発言にざわめきを通り越して吹き出す生徒多数。

 知っている人は有粋が女だと知っているが、知らない奴は知らないのだ。

 特に一年生なんかは男子制服を着た有粋をそのまま男子と認識している者がほとんどで、そんな彼女が美形男子のカルマとこういうやりとりをしていれば……。

 

 

(これが噂に効くボーイズラブ……?)

(スゲェ……外人先生と赤髪男子生徒の背後に虎と龍が見える……)

(美女にも美少年にもモテるとかなんだよあの焦茶髪のイケメン。爆発四散しろ)

 

 

 この通り、完全に修羅場と誤解された上モテる男として嫉妬まで買っていた。

 最終的には、右腕にはカルマが引っ付いて左腕にはイリーナが引っ付くという両手に花状態に陥った有粋。

 己を挟んで未だ言い争う二人に対し、溜息を堪えつつ声をかける。

 

 

「カルマ、イリーナさん。愛しの親友ととびきりのイイ女に取り合われるこの状況ァ、言っちゃあなんだが冥利に尽きるってもんで悪い気はしねェさ。だがな」

「ほら、今『愛しの』って言ったでしょ? こいつってば基本的に誰にでも優しいけど、愛してるのは俺だけなんだから。ビッチ先生はさっさと諦めて他の男でも悩殺してなよ」

「あら、私だって『イイ女』って何度も言われてんのよ。可能性は充分残されてるわ。それに女だって分かっても、有粋以上のイイ男なんて滅多にいないんだから。スキンシップするくらい良いじゃない。そんなので目くじら立てるなんて、あんまり嫉妬深くちゃ有粋に嫌われるわよ?」

「なァ、お二人さん」

「はっ。わかってないねビッチ先生。こいつの愛はそんなもんじゃないんだから。前に自分が死んだら天国と地獄のどっちに行くと思うかって話してた時だって、『そうさなァ。テメェが天国にいるなら地獄の鬼共ぶん殴ってでもそっちに向かうし、テメェが地獄にいるならさっさと堕ちてまたつるもうとするだろうぜ。要するにテメェ次第だ』なんてクソ恥ずかしい台詞を臆面もなく言ってくれ――」

「――頼むカルマちぃとばかし口つぐんでくれ!」

 

 

 さすがに二人きりの時に発した口説き文句を全校生徒の前でバラされるという羞恥プレイは耐えかねたようだ。

 両手が塞がっているので相手の口元を掌で覆い隠すという手段はとれず、仕方なしに自分の肩に相手の口を押し付けるという形でカルマの言葉を遮った有粋。

 その体勢が結果的にはカルマだけを抱き寄せたように見えて、修羅場を観戦していた生徒たちからは「赤髪のほうが勝ったぞ!」「なんてスマートな抱擁だ!」と歓声が上がる。

 イリーナに向かってこっそり舌を突き出すカルマ。悔しげに爪を噛むイリーナ。

 

 もはや全校集会と呼べる状況ではなかった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「……ご苦労だった、花槍くん」

「はは……まあ、幸せな疲れなんですぐ回復しまさァ」

 

 

 疲れきった表情で帰り道を行く有粋に、烏間は同情気味に声をかける。

 キャットファイトに巻き込まれた色男ポジションを強制的に満喫するはめになった彼女だが、しかし本人の言う通り、疲労と同時にどこか幸福感のようなものを見る者に与える雰囲気をしていた。

 愛する者と好いている者が己を巡って可愛らしく口論する様は、彼女の心をどこか甘辛く擽ったらしい。

 案外、子猫同士の喧嘩でも見ている気分だったのかもしれない。

 

 あれからなんとか他の先生たちがイリーナを有粋から引き離し、途中でプリントを使ったE組いびりなどがあったものの、殺せんせーがこっそり助けてくれたおかげで無事に全校集会を終えることができた。

 今はその帰り道。

 本来ならばカルマと共に教室へと戻る予定だった有粋だが、彼は途中で「殺せんせーへのイタズラに使えそうなキモい虫がいた」と言って別方向に進路を変えてしまった。

 待っていても良かったのだが、そうすると一時間目に遅れてしまう可能性もある。よって一人で帰ることを選択し、その道中で烏間とかち合ったのだ。

 

 

「しかし君と赤羽くんは、その、ずいぶんと仲が良いんだな」

「まァ、なにせ3歳の頃からの付き合いですからね。結婚式の友人代表スピーチはお互い他に譲る気がねェってくらいにゃ親密ですよ」

「恋仲ではないのか?」

「そういうのァとっくに通り越しちまって。あいつに彼女ができりゃァ、その彼女だってアタシゃ命かけて守りやしょう。大事な奴が大事にしてるモンなら、親友のアタシだって大事にすらァ」

「そういうものか」

 

 

 恋バナだか友バナだかわからない会話を交わして平和に歩いていたが、しかしその凪いだ時間も長くは続かなかった。

 

 

 

「おい、なんだその不満そうな目」

 

 

 帰り道から外れた側。

 自動販売機のある方向から物騒な響きが聞こえてきて、二人して咄嗟に立ち止まる。

 そちらに視線をやれば、有粋からしてみればクラスメイト、烏間からしてみれば教え子の潮田渚が見知らぬ男子生徒二人がかりで壁際に追いやられていて。

 気づいたのも同時なら、目つきを険しくしたのも同時だった。

 

 

「チッ。まったくこの学校は……」

「血気盛んならスポーツにでも打ち込めってんだ」

 

 

 二人して足を踏み出す。もちろん目的は潮田渚の救助だ。

 しかしその肩に二本の腕が置かれ、あえなく進行は止められた。

 背後に瞳を動かせば、そこにいるのはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら顔面をシマシマ模様にした殺せんせー。

 変装中なので一応カツラはかぶっているが、これで周囲が騙されてくれているのが納得できないくらい明らかに人間ではない造形だ。

 

 

「あの程度の生徒にそう屈しはしませんよ。私を暗殺しようとする生徒達はね」

 

 

 ……まぁ、こいつが言うならばそうなのだろう、と。

 全面的に信用はしていないものの、とりあえずは事態の進行を見守ることに決めた二人。

 もちろん危なくなったらこの触手を振り切ってでも駆けつけるつもりだ。

 

 

「なんとか言えよE組! 殺すぞ!!」

 

 

 何を言っても堪えた様子のない渚にしびれを切らし、男子生徒の一人が彼の胸ぐらを掴むとそんなことを叫びながら壁に押し付ける。

 『殺す』――そのキーワードが出た瞬間、渚の瞳に何かゾッとするような空恐ろしさが滲んだ。

 研ぎ澄まされた刃のような、磨き抜かれた銃身のような。

 それこそ、生まれて初めて自分の肉体に短刀が刺さった時の記憶を有粋の脳が奥底から掘り出してくるほどの。

 

 

「殺そうとしたことなんて無いくせに」

 

 

 笑みを刻む口元でさえ、普段とは打って変わって凄味を感じさせる。

 いや、凄味なんてものではない。これはれっきとした殺気だ。

 本能的な危機感に従って、男子生徒たちの体は無意識に渚から距離をとる。

 そんな二人にはもう目もくれず、渚は悠然とした歩調でしてその場を後にした。

 

 

「ホラねぇ。私の生徒たちは殺る気が違いますから」

 

 

 上機嫌に嘯く殺せんせー。

 烏間と有粋は、渚が去っていった方向を見ながらひたすらに無言のままだ。

 

 

(今の彼の殺気は……)

(昔アタシを狙ってきた殺し屋(鉄砲玉)なんざよりよっぽど……)

 

 

 暗殺者と呼ぶにはあまりにもお粗末とはいえ、それでも6歳の頃に父親の敵対組織から送られてきたヒットマンに殺されかけたという思い出は中々に鮮烈なものだった。

 しかし有粋はもうその記憶を感慨深く振り返ることもないだろう。

 あんなものを見せられてしまっては、チンピラ紛いの殺し屋のことなどもう色あせた。

 

 

「……負けてらんねェ、か」

 

 

 有粋自身は己が殺せんせーを殺したいとは考えていないが、親友であるカルマが自分の手で彼を殺したがっている以上、その手伝いを惜しむ気は無い。

 その過程で渚は協力者にもライバルにもなることだろう。

 ならば自分も、あの超生物に届きうる刃を身につけなければ。

 

 ひっそりと宿した決意を胸に、有粋もまた教室へと戻る道を再び歩き出す。

 ――一連の流れを見ていたのは自分達だけではないと、知っている者はこの場にはいなかった。

 

 


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