仁義ある暗殺   作:絹糸

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第十二話:中間テスト終了

 

 

「花槍有粋。お前がいたら本校舎の女子までハァハァしだしてテストにならん。一人だけ体育館でテスト受けてこい」

 

 

 廊下でばったり出くわした教師のそんな言葉と共に本校舎から放り出されて数時間。

 ただっ広い体育館の中、生徒一人に先生一人でひたすら監視されながら黙々とテストを受け続ける苦行じみた時間もやっと終わりを迎えた。

 

 国語と社会は余裕で全問正解と胸を張れる出来具合だが、他の教科は何故か難しく感じた。

 というか、出題範囲には入っていないはずの内容がバンバン出てきた気がする。

 それでも殺せんせーと親友の二人に教えて貰ったおかげで酷い点数にはならなかった。

 最低でも450点は取れたと自負している。

 

 

(カルマなら最低でも480点は取ってるな。国語にあいつの埒外そうなのが一問混じってたから、たぶん満点は取っちゃいねェ)

 

 

 冷静にテスト内容を分析しながらE組校舎への道を歩く。

 有粋がカルマには解けないと判断したのは『非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たぬという意味になる五字熟語を答えよ』という問題だ。

 大人でも五字熟語の存在すら知らぬ者が多いというのに、その中でも日常会話でほとんど使われることのない言葉をわざわざチョイスした意地の悪い内容。

 有粋は寸も悩まず『非理法権天』と正解を書き込んだが、あの問題はハッキリ言って、A組の連中だってそんなに丸を貰えていないのではなかろうか。

 中学一の成績を誇る万能型な生徒会長と、“鋭利な詩人”なんて呼ばれているらしい国語のスペシャリスト。

 自分を除けば恐らくこの二人くらいしか持っていない知識だ。

 

 

(……そういや一時期、榊原にゃァなんだかんだで因縁つけられて変な勝負したりもしたっけなァ。恋の短歌で艶と雅を競うだとか、今まで女子に貰ったラブレターの数を比べるだとか)

 

 

 E組に落ちて本校舎から離れて以来そんな勝負もしていないが、彼は未だにこちらのことをライバル的な目で見ていたりするのだろうか。

 賢い癖に妙に抜けていて、ナルシストな割に冷静なところのある、端的に言えば変わり者。

 自分が優秀なことを理解しているが、それゆえに“自分の優秀さが及ばない相手”のことも理解してしまっている。

 そんな聡くも愚かな可愛い少年。

 有粋は少なくとも彼のことが嫌いではなかったし、普通の中学校に通っていればそこそこ仲の良い悪友じみた関係にもなれただろう。

 けれどもここは椚ヶ丘中学校。

 成績至上主義の風潮が蔓延る魔窟において、人間同士の相性というものは階級を超えるほどのものにはならない。

 ゆえに有粋は、榊原蓮と決して友人にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「合計点数478点か。やっぱり苦手科目が足引っ張ってやがらァ」

 

 

 烏間先生から直々に手渡された答案用紙と順位表を眺めつつ、有粋は保健室からこっそり拝借してきた熱さまシートを片手でピシャリと額に貼る。

 一応無断で持ってくるのも悪いと思い、簡単なメモ書きと一緒に百円玉を置いてきた。

 既にみんな集まっている教室の中へ入らず校舎の外壁にもたれかかっている理由は、己が未だ濃厚なフェロモンを撒き散らすスプリンクラーと化したままだからだ。

 それがどれほど危険なものかは実体験済みの神崎さんがしっかり説明してくれたので、女子からも男子からも「頼むから距離をとってくれ」と釘を刺されてしまった。

 ついでに神崎さん狙いの一部男子からは恨みがましい視線を送られたことをここに記載しておく。

 あとカルマからもジト目を向けられた。親友を放って他の女子とイチャつくとは何事だと言いたいのだろう。あの子は意外と嫉妬深い。

 

 

「もう少し良い点数とれると思ったんだがなァ。ひょっとしてテスト範囲、間違えて勉強しちまったか?」

 

 

 根がお人好しな分、まずは周囲の策略よりも自分の非を疑うのが有粋の性分。

 本校舎の教師陣が結託してテスト二日前に大幅な範囲修正を行い、それをE組にだけは知らせなかったなどという真実は彼女の性格上思いもよらないものなのだ。

 

 

「ねー有粋。ちょっと答案用紙貸してくんない?」

 

 

 教室の中からなんだか沈んだ空気が漂ってくるな、と考えていれば、窓からひょっこり顔を出したカルマがこちらに向かって手を伸ばしてくる。

 自分の答案用紙など何故必要なのかちっとも分からないが、親友が欲しがっているのだから有粋に断る理由など一つも無かった。

 こいつが「頂戴」とねだるものなら何でもくれてやる。

 

 

「ほらよ。たぶんテメェに比べりゃ大した点数じゃねェが、構わねェか?」

「充分」

 

 

 茶目っ気のあるウインクと共に答案用紙を受け取って、カルマは開け放した窓を放置したまま教室へと身を戻す。

 さっきまでノイズみたいにぼんやりとしか聞き取れなかった教室の中の会話が、そのおかげで有粋の立ち位置からでもクリアに耳朶を打つようになった。

 中を覗き込んではまた目が合った女子を赤面させてしまうので、とりあえず手鏡を上手いこと使って間接的に中の様子を観察してみる。

 忍者にでもなったような気分だ。

 

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。……君たちに顔向けできません」

(何だ? どういう流れでこうなってんだ?)

 

 

 やたらと神妙な雰囲気で生徒たちに背を向けて語っている殺せんせー。

 一連の流れを見ていない上に昨日は休みで事情を把握していない有粋にしてみれば、このシリアスな空気に至った理由が分からず首をかしげるばかり。

 さらには鏡をちょいと動かしてクラスメイトの様子を探ろうとした瞬間、さっき答案用紙を持っていったばかりの親友が殺せんせーに向かってナイフを投擲しているのが見えてしまった。

 

 

「にゅやっ!?」

 

 

 落ち込んでいるらしくても、今まで数々の暗殺をいなしてきた殺せんせーは流石の速度でそれを避けた。

 黒板に当たって硬質な音を響かせる対殺せんせー用ナイフ。

 座席からおもむろに立ち上がったカルマの顔には、常と変わらぬ飄々とした笑みが浮かんでいる。

 

 

「いいのー? 顔向けできなかったら、俺が殺しに来んのも見えないよー?」

 

 

 わざとらしく語尾を伸ばした軽薄な口調。

 カルマお得意の人を苛立たせるテクニックの一つだ。

 案の定、殺せんせーもそれに煽られる。

 

 

「カルマくん! いま先生は落ち込んで――」

 

 

 怒鳴ろうとするのを遮る形で、カルマの手から殺せんせーへと数枚の紙が投げられる。

 咄嗟に掴んだそれに目を通せば、ただでさえ円形の目が更に丸められた。

 納得のいくリアクションを見て、カルマはどこか自慢げな顔で腰に手を当てる。

 

 

「俺も有粋も、問題変わっても関係ないし」

 

 

 散らばった紙はどうやらカルマと有粋の答案用紙らしい。

 赤羽業、英語98、社会99、数学100、国語98、理科99、合計494点の学年4位。

 花槍有粋、英語90、社会100、数学90、国語102、理科96、合計478点の学年12位。

 どちらもE組とは思えない好成績だ。

 

 

「うぉ……すげぇ……」

「数学100点かよ。っていうか花槍の国語102点ってどういうことだ?」

「問題文の間違いを解答用紙の裏に記載してプラス2点入ってる」

「えーと、なになに? 『優子が敏郎に惚れた切欠を本文の語句を用いて十五文字以上三十字未満で答えよとの問題ですが、この“切欠”は“一部を欠けさせたもの”という意味の語句であり、正しくは“切っ掛け”です。混乱を招くほどの間違いではありませんが、以後お気を付けください』だって」

「細けぇ! っていうかそれが間違いだって気付きもしなかった」

「凄いけど詳しすぎてちょっと引く!」

 

 

 答案用紙を覗き込んでやいのやいのと騒ぎ立てるクラスメイトたち。

 前原には褒めてるんだか貶してるんだか微妙な評価を頂き、有粋は一人こっそりと小さなショックを受けていた。

 本気ではなく冗談とわかっているが、庇護対象として見ているクラスメイトの一人に「引く」と言われるのは意外と堪える。

 

 

「俺と有粋の成績に合わせてさ。アンタが余計な範囲まで教えたからだよ。だけど俺は、このクラス出る気なんて無いから。俺がいる以上は有粋も絶対ここに留まるし、第一、前のクラス戻るより暗殺してるほうが断然楽しいじゃん?」

 

 

 ナチュラルに有粋の行動指針まで決められていたが、言う通りなので別段文句もない。

 二人の仲が親密なことを理解しているクラスメイトも今さらつっこまなかった。

 

 

「……で、そっちはどうすんの? 全員50位に入んなかったって言い訳つけて、ここから尻尾巻いて逃げちゃうのォ?」

 

 

 煽り文句を続けながら黒板付近に放置されていた自分のナイフを拾って、カルマは十八番の舌を突き出したムカつく顔を殺せんせーへとかます。

 

 

「それって結局さぁ、殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

 

 

 ピク、と殺せんせーの額に浮き上がる青筋。

 カルマが煽りタイムに突入したことを察し、取り囲んでいたクラスメイトたちも我先にと野次を飛ばし始めた。

 

 

「なーんだ。殺せんせー怖かったのかー」

「それなら正直に言えば良かったのに」

「ねー。『怖いから逃げたい』って」

 

 

 次第に増えていく血管マーク。

 赤みを帯びていく肌色。

 ついにはネガティブな感情を何糞の根性で吹き飛ばして、殺せんせーは怒りながらも堂々と宣言した。

 

 

「にゅやーッ!! 逃げるわけありません!! 期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!!」

 

 

 切り替えの早いその態度に、どこか安心したような溜息を吐き出す者や、堪えきれず笑いだす者など色々と現れ出す。

 教室内の空気はすっかり元通りに明るくなっていた。

 そして有粋も殺せんせーの話を聞いて、やっと今までの沈んだ空気の原因を理解する。

 

 

(なるほどなァ。今回の中間テストで全員が50位以内に入らなきゃ先生がここからいなくなる予定だったが、本校舎の連中に何かしらの策略を仕掛けられてその対決が頓挫。ってとこか。カルマもメールで説明くらいしてくれりゃァ良いのによォ)

 

 

 ま、そんなところも愛してるんだがな。

 なんて心中で小さくのろけて、有粋は手鏡を静かに閉じる。

 親友の好きなところも嫌いなところも纏めて愛しているのが花槍有粋という女だ。

 

 実際のところ、カルマが連絡をしなかったのは文章を打つのが面倒だったとかそういう怠惰な理由ではない。

 下手にプレッシャーをかけて親友がストレスで体調を悪化させてしまわないように、なんて彼なりの配慮の仕方だったのだ。

 お互い目に見えて仲の良い二人だが、目に見えないところでも充分に仲が良い。

 その仲の良さが、思わぬところで仇となったりもするのだが――それはだいぶ後の話だ。

 

 




やっと修学旅行編に入れます。
余談ですが、私が高校生の頃に行った修学旅行先も大多数と同じように京都でした。
お土産で散財しすぎて貯めていたバイト代の何割か(五万円くらい)が飛んでいったのも、今となっては良い思い出です。


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