仁義ある暗殺   作:絹糸

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第十三話:旅の準備と修羅場のフラグ

 

「有粋はもちろん俺と同じ班だよね?」

「何がだ?」

 

 

 登校して早々にカルマから振られた話題。

 それが何のことなのかイマイチ掴みきれず、首をひねるばかりの有粋に情報を補足してくれたのは、教室に入ってきたばかりの神崎さんだった。

 

 

「来週の修学旅行のことよ。班が決まったら、学級委員の片岡さんか磯貝くんに伝えるの」

「へェ、もうそんな時期かい。ならカルマと組むさ。良けりゃァ神崎の嬢ちゃんも一緒にどうだい?」

「だ、駄目だッ! 神崎さんは俺が前から誘ってたんだからな!」

 

 

 下心無しに神崎さんも誘った瞬間、ちょっと離れた場所で渚や茅野と駄弁っていた杉野から慌てた様子でストップコールがかかる。

 というか神崎さんとの間に両手を広げて物理的に割り込まれた。

 必死で毛を逆立ててグリズリーを威嚇する野良猫みたいなその剣幕に、失礼かもしれないが「こいつ可愛いな」なんて考えてしまう。

 神崎さんへの青臭い好意が見え見えで、微笑ましいというか和ましいというか。

 この少年の恋の成就を願うと同時に、ちょっぴりからかってやりたい気持ちにもさせられる。

 こういう所は多少なりとも親友に似てしまったようだ。

 

 

「人間関係は早いモン勝ちじゃねェぜ、杉野。ましてや女ってやつァ、惚れた男の最初の女より最後の女になりたがるもんだ」

「くっ……! 何が言いたいのか分かんねーのにその顔で言ってるだけで格好良く聞こえるところがズルくてムカつく!」

「そりゃ適当なこと言ったからな。顔に関しちゃ親父譲りだ。悪ィがやることも出来ん」

「欲しいとは言ってねーよ! ああ、でも神崎さんって花槍みたいな顔が好きなのかなぁ……」

 

 

 最後の言葉は真正面にいる有粋くらいにしか聞こえない声量で呟かれた。

 じっとこちらを、もっと細かく言うなら顔面を親の仇のような眼差しで眺めてくる杉野。

 きっと先日フェロモン撒布マシンと化していた有粋に神崎さんがメロメロになってしまった一件を思い出し、警戒心やら羨ましい気持ちやらで複雑な心境なのだろう。

 いま彼の脳内にある吹き出しは、『俺だって神崎さんに甘えられたいのに! ズルい!』と『この危険な女たらしに先を越されてたまるか! 神崎さんは俺の班に来るんだ!』の二つだけに違い無い。

 恋は盲目という言葉は何も惚れた相手だけに当てはまるものではなく、今の杉野には有粋が女だとか別に神崎さんを狙っているわけじゃないとかは関係なかった。

 とりあえず目の前で神崎さんとイチャついて欲しくないから阻止しよう。

 その衝動に突き動かされるまま彼は飛び出してきたのだ。

 

 

「だったらカルマくんも有粋くんも、同じ班にしない? 僕と茅野と杉野と奥田さんと神崎さんで5人だから、2人が入ったら丁度7人班だし」

「ああ、確か人数の都合で一つだけ7人班になるんだっけ。オッケー。俺も有粋も問題ないよ」

 

 

 渚が出した助け舟にカルマが嬉々として乗っかれば、杉野は「まあ、それなら……」と渋々ながら受け入れた。

 素行不良のカルマが同じ班に来るのを歓迎していないのか、それとも神崎さんとの時間が有粋に侵略されることを危惧しているのか。

 どちらにせよ不安そうな杉野の懸念をかき消すかのように、有粋の肩に肘をついたカルマがニィと不敵に笑った。

 相変わらず息をするようにボディタッチする二人である。

 

 

「神崎さん盗られるかもって心配してるなら、ぜんぜん問題ないよ。有粋は京都じゃ俺を甘やかすのに忙しくて他に色目使ってる暇なんて無い予定だし」

「色目なんざ普段から使っちゃいねェんだが……」

「はいダウト! 花槍は女子と目が合った時点で色目使ってる判定になるんですぅー!」

「さすがに理不尽すぎやしねェかい?」

 

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ親友コンビと杉野の会話は、うるさく聞こえるだけで実際のところ小声の応酬なので、神崎さんの耳にはギリギリ届いていない。

 聖母のごとき微笑みを浮かべたまま頭上にハテナマークを浮かべる彼女は今日も今日とて美しく清らなり。

 

 

「まったく……3年生も始まったばかりのこの時期に、総決算の修学旅行とは片腹痛い。先生あまり気乗りしません」

 

 

 賑やかな生徒たちを見渡して嘯く殺せんせーだが、そんな彼の背後には高々と積み上げられた巨大なリュックサックの山が出来上がっている。

 頬も上気していて表情もどことなく楽しげだ。

 

 

「ウキウキじゃねーか!!」

「たかが修学旅行に荷物デカすぎ!」

「明らかに必要無いもの入ってるし!」

 

 

 思わず突っ込んだ前原・矢田・岡野に罪は無い。

 けん玉や『ふんわりロールケーキ』と書かれたお菓子などはともかく、リュックの隙間からこんにちはしている剥き出しのこんにゃくなんて必要性が微塵も感じられない。

 苦肉の策として、冷やしておけば炎天下で清涼剤代わりに使えるかもしれないが、そんなことするくらいなら大人しく氷嚢を持ち歩いたほうが効率的だ。

 あと、やっぱり生臭いしベチョベチョするから例え氷嚢が無くたってこんにゃくで体を冷やそうとは思わない。

 苦し紛れに考えた用途が一瞬のうちに破棄された。

 哀れなり、こんにゃく。

 

 

「……バレましたか。先生正直、君達との旅行が楽しみでしょうがないのです」

 

 

 照れ笑いしながらモジモジする殺せんせーは、きっとこの教室の誰よりも京都への修学旅行を満喫する気で一杯だ。

 かくいう有粋もこういう行事は結構楽しむタイプ。

 特に京都は赤ん坊の頃から五花街を連れ回された馴染みのある場所だから、あからさまにテンションが上がったりこそしていないが、あの店に久しぶりに顔を出そうか、あの店の芸妓さんは元気にしているかなど思うところが沢山ある。

 

 

(そういえば、今よりガキだった頃に京都でスゲェ美形の嬢ちゃんに惚れて貰えたっけなァ)

 

 

 唐突に脳裏をよぎる過去の懐かしい記憶。

 日の沈み切らぬ夕方の時間帯。まばらに射す橙の日差し。伏見稲荷大社の千本鳥居。

 この世のものではないかのような幻想の空気に包まれたその場所で、玉藻前とはこんな容姿をしていたのかもしれないと思わせる麗姿をした子供は、別れ際、幼い有粋にこんな願いを言ってのけた。

 

 ――あてな。好きな人をモノにするより、好きな人にモノにされたいんよ。せやから待ってて。うーくんが喉から手ぇ出るほど欲しくなるような、とびきりのええ女になって、うーくんに貰われに行くから。

 ――約束してな。破ったら針千本……は飲まんでええけど、指切ってあてに頂戴。モノにされるんが叶わへんかったら、モノにするほうで我慢するわ。

 ――ほなら、また数年後。その時はあて、うーくんの『一番』になってみせる。

 

 当時はまだお互いに小学校低学年かそこらの年代だった。

 本名も知らず、住所も知らず、「うーくん」「スズちゃん」と呼び合い、一日だけ共に過ごした謎の少女。

 電話番号さえ聞いてこなかったのに、絶対に再会できると断言してのけた変わり者。

 彼女は今も元気で暮らしているのだろうか。

 

 

(けど、いま再会しちまってもなァ。アタシのモノは親友だけで手一杯。恋人も愛人も作る余裕なんざねェが、かといって友人で止まって貰うにゃあの嬢ちゃんの性格は熱烈すぎた。このまま互いに綺麗な思い出で終わるのが一番良いんだが)

 

 

 もしこの京都旅行で偶然再会してしまうようなことがあったら――荒れるだろう、間違いなく。

 有粋の『一番』かつ『最愛』であることを自負するカルマは、有粋に関することにはわりと嫉妬深い癇癪持ちだが、それでも普段はマシなほうなのだ。

 ただ有粋に優しくされたり、有粋に好意を抱いているだけの相手になら可愛らしい嫉妬で済む。

 しかしそれが有粋への本格的な恋愛感情を持っている相手……有粋にとっての『一番』で『最愛』であることを望む者ならば、赤羽業から花槍有粋を奪おうとするならば。

 

 

(……まあ、会うと決まったわけでもねェんだ。気楽に構えるとするか)

 

 

 かつてカルマの目の前で有粋に告白してきた少女達が、次の日からはカルマを見た瞬間悲鳴を上げて逃げるようになっていた。

 そんな小学生時代の懐かしい記憶を遠い目で思い出しつつ、有粋は現実逃避のような楽天思考に落ち着くのだった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「――うーくん。約束通り貰われに行くで。もし約束破って、あて以外を先にモノにしとったら……その時は」

 

 

 とある日とある時とある場所。

 ドレスのような衣装で華やかに着飾った一人の少年(・・)は、眼前の姿見に写した傾国の姫君を思わせる美貌をうっそりと歪ませ、手に持った写真に熱く口付けた。

 細くすがめられた眼差しは夢魔のごとく艶かしい。

 

 

「『スズちゃん』のおねだり、ちゃんと叶えたってな」

 

 

 




次々回あたりの適当なネタバレ:初恋こじらせ系ぶっ飛び女装男子VS親友への独占欲高めなイタズラっ子のド修羅場。不良高校生たちはかませ犬と化す!


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