仁義ある暗殺   作:絹糸

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第十四話:京都に行くまでも修学旅行

 

 

 京都で2泊3日の修学旅行。

 

 普通であれば、龍安寺の石庭を眺めてみたり、宇治抹茶を使用したスイーツに舌鼓を打ったり、映画村ではめを外してみたり、清水寺の舞台から飛び降りる真似をしてみたり、金を払って舞妓になりきってみたり、三十三間堂で自分によく似た仏様を探してみたり、生八つ橋を全種類味わって喉をカラカラにしてみたり、パワースポットを巡りすぎて逆に疲労したり、貴船の川床で優雅に涼んだり、錦市場でお土産探しに明け暮れてみたり、坂本龍馬のお墓参りをしてみたり、京都駅の空中回廊でひたすら写真をとってみたり、西陣織会館で十二単の着付けを体験してみたり、天橋立で股覗きをしてみたり、鳴き砂を無駄にキュッキュと踏み歩いてみたり、あえてのイギリス村でヨーロピアンな気分に浸ってみたり、よーじやで油取り紙を大量購入してみたり、とにかく観光と買物に忙しくその他のことにかまかけている時間がない。

 

 なにせ日本屈指にして世界有数の観光地だ。

 地元民や関西圏域の住人なら行き慣れているかもしれないが、椚ヶ丘中学校は東京にあり、そこに通う生徒たちもまた東京住まい。

 当然、積極的に観光計画を立てて京都旅行を楽しみきりたいところなのだが……。

 

 

「修学旅行中でもやっぱり暗殺は休みなしかー」

「狙撃手が狙いやすい場所ってどんなだよ」

「もう京都タワーでよくね? 高いし」

「窓ガラスあるからスナイプは無理だって」

 

 

 烏間からの説明を聞いた後、生徒たちは暗殺向けのコース選びのために京都の建物について調べたり自分の意見を公表したりと、個人差はあれど真面目に話し合いをしていた。

 京都での暗殺が成功した場合、成功報酬の百億円は作戦への貢献度に応じて分配される。

 国が既に狙撃のプロを配備済みということで、今回生徒たちに課せられた任務は凄腕スナイパーがターゲットを射殺しやすいロケーションやシチュエーションを探し、そこに殺せんせーをそれぞれの班の付き添いとして連れてくること。

 

 

「暗殺に適した観光スポットなら、祇園はどうかしら。一見さんお断りの店ばかりだから、奥に入ると人気も無いし」

「祇園ってェと、甲部と東のどっち側だい? 甲部のほうなら親父が行きつけにしてる店があるぜ。暗殺ついでに飯喰うなら話通しとくが」

「無理無理無理! 甲部と東の違いがよく分かんねーけど、祇園の店で昼飯とか緊張して喉詰まるって!」

「わ、私も遠慮したいです……」

「そう? 意外と大丈夫だよ。食事の作法とか間違っててもいちいち指摘されたりはしないし、芸妓さんとの会話に困ってもいざとなれば有粋が口説いて(フォローして)くれるから」

「周りに侍らせた綺麗なお姉さんから花槍さんにハートマーク飛んでる光景が目に浮かぶねー」

「あはは……だね……」

 

 

 有粋たちの班も軽口を交えつつ暗殺コース選びに勤しんでいる。

 E組基準では至極平和なその光景を見て、窓辺にもたれかかり腕組みしたイリーナはフンと鼻を鳴らした。

 

 

「皆ガキねぇ。世界中を飛び回った私には……旅行なんて今さらだわ」

 

 

 やわらかい光に包まれた理想的なプラチナブロンドを一房払い、これまた素晴らしい花のかんばせを、どこか気取った冷淡な笑みで彩る。

 大人の女の色香と性悪さを等しく感じさせる挙措は、しかし生徒たちの神経を逆撫ですることはなかった。

 

 

「じゃあ留守番しててよビッチ先生」

「花壇に水やっといてー」

 

 

 前原と矢田の見事なまでに鮮やかな適当対応。

 そのまま目さえ合わせずこちらのことをスルーして修学旅行二日目の予定を和気藹々と楽しそうに話し合うものだから、イリーナは呆気にとられた表情を見せたあと、寂しさと恥ずかしさと苛立ちがこんがらがった気持ちを抑えきれずに頬を真っ赤にしながらデリンジャーを引き抜いた。

 

 

「何よ! 私抜きで楽しそうな話してるんじゃないわよ!!」

「あーもー!! 行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ!!」

 

 

 どうやら「えー、ビッチ先生がいなかったら寂しいなー」「ふん、仕方ないわね。そうまで言うなら行ってあげるわよ」みたいなやり取りがお望みだったらしく、アテが外れた彼女は拗ねてしまっていた。

 こういうところは成人女性といえど子供っぽくて可愛らしい。

 容姿は20代半ばから後半くらいに見えるイリーナだが、性格だけで推測すると、案外もっと若いのかもしれない。

 何はともあれこのまま放っておくといじけてしまいそうなので、有粋はイリーナの機嫌を回復させるべく意識的に色男オーラを振り撒きつつ口を開いた。

 

 

「薔薇ってやつはどこに咲いてようと綺麗だが、背景でその印象も随分変わるたァ思わねェかい?」

「何だよ唐突に」

 

 

 首をかしげる前原に、有粋は椅子の上で長い足を組んで続ける。

 

 

「教室で見るイリーナさんの美しさと、京都で見るイリーナさんの美しさは別物だ。せっかく稀少なもんを愛でる機会に恵まれたってェのに、むざむざ放り捨てんのァ惜しいだろ」

「有粋……!」

 

 

 男でもぞくりとするくらい艶っぽい流し目をイリーナに寄越せば、感極まった彼女は恍惚の顔色で指を組んで嬉しそうに声を震わせた。

 他の生徒にドライな態度で落とされたあと、女たらしモードの有粋に熱っぽく上げられる。まさにアメとムチ。

 

 

「有粋ー!!」

 

 

 マタタビを与えられたネコみたいにふにゃんふにゃんに蕩けきった笑顔になって、イリーナは有粋へと抱きつこうとする。

 そんなイリーナの足元にカルマが靴先を突き出して引っかからせるのも、この教室ではわりと見慣れた光景だ。

 転びそうになるイリーナ、咄嗟に立ち上がって抱きとめる有粋。接触阻止が無意味に終わったことを悟り舌打ちするカルマ。

 これもわりとよくある光景。

 

 

「あぁんっ……有粋ぃ……」

「ハァ……イリーナさん、今わざと引っかかったろ」

「有粋、それ分かっててビッチ先生のこと助けたわけ? このムッツリスケベ」

「拗ねんなってカルマ。体に触りたかったわけじゃァねェよ」

「あら、有粋ならいくらでも触ってくれて構わないのよ?」

「そいつァまたの機会に、な」

 

 

 よろけて乱れたイリーナの金髪を丁寧な手つきで軽く整え、その中の一束にちゅっと音を立ててキスを落としたあと、ゼロ距離でのフェロモンに当てられて腰砕けてしまったイリーナを近くの椅子に座らせる。

 あまりにも自然な、流れるような動きと慣れた態度に、スケコマシで有名な前原も「やるなー」と感嘆の声を隠せない。

 神崎さんに至っては、イリーナの様子で先日の自分の痴態を思い出してしまったらしく顔を真っ赤に染めていた。

 それを見て何かを察した杉野がまたしても悔しげな眼差しで有粋を睨めつける。

 ポルノ映画と青春映画の登場人物が混ざり合ってわちゃわちゃしているような雰囲気だ。

 どちらがどちら側のメンバーかは推して測るべし。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 修学旅行当日。

 東京駅にそれぞれ現地集合を果たしたE組の生徒たちは、ここまで来て存在する差別に苦々しい気持ちでごちった。

 

 

 

「うわ……A組からD組まではグリーン車だぜ」

「E組だけ普通車。いつもの感じね」

 

 

 新幹線に乗り込んでいく他クラスの面々を眺める菅谷と中村。

 なんとなく気が重くなってしまうのは、カバンの中に入っている殺せんせーお手製な百科事典みたいに分厚い旅のしおりのせいだけではない。

 いや、そのせいというのも二割くらいはあるかもしれないが。

 

 

「うちの学校はそういう校則だからな。入学時に説明したろう」

「学費の用途は成績優秀者に優先される」

「おやおや。君たちからは貧乏の香りがしてくるねェ」

 

 

 D組教師の大野と、それぞれ『ニキビデブ』『メガネノッポ』なんて愉快な名前でセットとして認識されていることの多いD組生徒二人が、嫌味ったらしい口調で新幹線への乗車ざま悪意の羅列を残してゆく。

 サンバイザーをかぶったりサングラスをかけたりと、今から南国にでも旅立つような装いだが、行き先は全員もれなく京都だ。

 むしろ現地に到着したら悪目立ちすることになりそうだが、修学旅行でテンションが上がりすぎて気付けないのか。

 

 

「……大野の野郎、相変わらず嫌な目つきしてやがるぜ」

 

 

 有粋にしては珍しい、あからさまな敵愾心の吐露。

 愛しの親友カルマの信頼を意図的に裏切り、飄々としているように見えて意外と繊細な精神を傷付けた男。

 そんな相手に対しては、さすがの彼女も友好的な態度は崩れるらしい。

 ちなみに隣のカルマは至極どうでもよさそうだ。

 大野のことなどもう吹っ切れて記憶の端っこからも消去したのだろう。

 

 

「ごめんあそばせ」

 

 

 そんな二人とD組連中の間を、一人の華麗な美女が通り抜けた。

 

 

「ごきげんよう、生徒たち」

 

 

 道行く人々の視線を一身に浴びながら、彼女は歩いてくる。

 

 滴り落ちるようにガラスの天井から差し込む陽光を黄金に照り返して眩いばかりのプラチナブロンド。

 雄を惑わせる色香を自然と振りまく豊満な肢体。

 ブラウスの胸のボタンがあいているのは、わざとではなく閉められないからだろう。

 網タイツに包まれた肉感的な太ももや、大胆に開いた胸元から覗く大きな乳房も、瑞々しく張りに富んだ純白の肌も、すべてがプリミティブな魅惑を隠そうともせずに滲ませていた。

 長身を飾る見事なプロポーションといい、月華を思わせる金の髪といい、幼さに通ずる魅力があるのが美少女とすれば、あまりにも『女』を強調した魅力の美女そのものが彼女だ。

 

 ――なんて長ったらしい描写をしたところで、その美女はE組生徒たちにしてみれば見慣れた相手で。

 

 

「ビッチ先生。なんだよそのハリウッドセレブみたいな格好」

「フッフッフ。女を駆使する暗殺者としては当然の心得よ」

 

 

 ドン引きの形相で尋ねる木村正義に、絢爛たる登場をしたセクシー美女ことイリーナは瞳を覆っていたサングラスを外し妖艶に笑う。

 小顔効果のあるバタフライ型のそれを胸の谷間にひっかける姿に、周囲の男共から生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

 

「狙っている暗殺対象にバカンスに誘われることって結構あるの。ダサい格好で幻滅させたら折角のチャンスを逃しかねない。良い女は旅ファッションにこそ気を遣うのよ」

 

 

 全身有名な海外ブランドで固めたイリーナが胸を張って語るのと同時、額に青筋を浮かべた烏間が苦言を呈する。

 

 

「目立ちすぎだ。着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」

「硬いコト言ってんじゃないわよカラスマ!! ガキ共に大人の旅の……」

「――脱げ。着替えろ」

「…………」

 

 

 あまりにもドスのきいた凶悪な声と表情に、暗殺者といえど恐れをなしたようだ。

 無言でビクついて大人しく寝巻きのジャージをカバンから取り出すイリーナ。

 そんな二人のやりとりを見て、カルマが唐突に呟く。

 

 

「ビッチ先生、もっとえげつないデザインの寝巻き持ってきて有粋に夜這いでも仕掛けると思ったてたんだけどなぁ。意外と普通のでつまんないや」

「透けたベビードールとか、サテンのネグリジェとかか?」

「へー……この流れで具体例出すってことは、そういうのが好みなんだ」

「……親父の情婦(イロ)がよく着てるってだけだ、そんなニヤついた顔で見てんじゃねェよ。アタシにエロい格好した女を視姦する趣味なんざねェぞ」

「ふぅん。でも、有粋と親父さんって結構食事の好みとか似てるよね。案外そういう好みも似てるんじゃない?」

「もしそうなら、今頃アタシは親父と殴り合いの喧嘩でテメェの親友の座を競うはめになっちまってらァ」

「……あはは。そっか」

 

 

 返事はそっけないながらも嬉しそうにはにかむカルマ。

 実の父親と血みどろの争いを繰り広げてでも自分はお前の親友の座に固執したことだろう、と真正面から切って言われたようなものなのだ。

 頬がゆるまない訳が無かった。

 愛しい相手への独占欲が強い者は、愛しい相手から独占欲を向けられることをも好む。

 それが恋情ではなく友情であれども。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 駅の女子トイレで着替えたイリーナを連れて新幹線に乗り込んだE組一同。

 もう数分も前に運転手が出発させているのに、殺せんせーの姿が見えないことに気付きあたりを見回す。

 

 

「うわっ!!」

 

 

 窓にベッタリと貼り付いた探し人を見つけて絶叫する渚。

 冷や汗だか粘液だかわからないものでガラスと密着した殺せんせーは、あろうことか新幹線の内ではなく外側にいた。

 

 

「何で窓に貼り付いてんだよ殺せんせー!!」

「いやぁ……駅中スイーツを買ってたら乗り遅れまして。次の駅までこの状態で一緒に行きます」

 

 

 普通に叫んだだけでは流石に会話が成り立たないと判断。

 携帯電話越しのやりとりが騒がしいことを考えれば、E組だけグリーン車ではなく普通車の一つを貸切というこの状況はかえってラッキーだ。

 今だけは差別に感謝しよう。

 

 自身の肌色を保護色にして次の駅までなんとか怪しまれずに済んだ殺せんせー。

 それから新幹線の中では、彼の近くで見れば人ではないとバレバレの変装を少しでもマシに見せるべく、菅谷が持ち前の美術的な才能と技術を駆使して精巧な付け鼻を作ったりしてくれていた。

 こういうクラスメイトの意外な一面が見られるのも修学旅行の楽しみだ。

 これからの旅の出来事次第で、もっと色々な生徒たちの予想だにしない一面が見られるかもしれない。

 

 

「ね。みんなの飲み物買ってくるけど、なに飲みたい?」

「あ、私も行きます」

「私も!」

「嬢ちゃんたちだけに使いっぱしりさせんのも忍びねェ。アタシも行くさ」

 

 

 班で固まってのトランプ遊びの合間、神崎がそう切り出したのを切っ掛けに奥田と茅野と有粋が席を立つ。

 杉野はついてきたそうにしていたが、メンバーが女だけだったので何だか行ってはいけない気がしてどうしようか迷っているうちに置いていかれた。

 そんな杉野の肩に渚が苦笑いで手を添えている。頑張れ、杉野。ちなみにカルマは寝ている。

 

 

「……神崎の嬢ちゃん。奥田の嬢ちゃん。茅野の嬢ちゃん。アタシの後ろに隠れてな」

「? 花槍さん?」

 

 

 車両販売のあるほうを目指して歩き始めてからすぐ、有粋がごく小さな声で連れの女子生徒たちに警告を漏らす。

 どこか鋭い色を帯びたその眼差しの先には、ガラが悪いと東京でも有名な男子校の制服を着た何人もの高校生たちがいた。

 髪を染めていたりオールバックだったり目がロンパっていたり、大口開けてギャハハハなんて笑い声を上げながら下品な内容でトークしていたり、あきらかに関わり合いにならないほうが良い部類。

 神崎は見ての通りの真珠のような美少女で、奥田も磨けば光る原石みたいな少女だし、茅野はキャンディリングじみた幼い可愛らしさがある。

 三人で歩けば間違いなくあの連中は良い獲物を見つけたと悪質な絡みを寄越してくることだろう。

 そう考えて、有粋はわざと前に出たのだが――。

 

 

「きゃっ」

 

 

 大股広げて眠っていた他の乗客の足に引っかかって、神崎が有粋の背後からよろけ出てしまう。

 拍子にオールバックの男の腕にぶつかって、彼の持っていた缶入りのコーラが地面にこぼれた。

 

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 

 咄嗟に謝罪する神崎だったが、有粋が一瞥で非行者と見なすような連中がそれで許してくれようはずもない。

 「あぁ?」とドスの効いた声と共に視線を下げたあと、そこにいるのが清楚な美少女と知って一気にニヤつく。

 どんなことを考えているのか嫌でもわかる下卑た笑みだ。

 

 

「おいおい、人の靴にコーラひっかけといて『ごめんなさい』で済ませる気かよ?」

「誠意が足りないんじゃねーのぉ?」

「え、えっと……」

 

 

 眉を下げ、困った表情で財布を取り出そうとする神崎。

 弁償を迫られていると考えたようだ。

 けれどもそれは勘違い。

 オールバックの男は神崎のか細い腕を掴もうと手を伸ばす。

 

 

「金じゃなくて、コッチのほうで払ってくれよ」

 

 

 しかしその指が神崎の体に触れることはなかった。

 割って入った有粋が、男の手首を掴んでひねり上げたからだ。

 

 

「いってぇ! テメェ何しやがる!!」

「何しやがる、ってのはこっちの台詞だ」

 

 

 吠える男を睨めつける琥珀の瞳には確かな牽制の色があった。

 年下の男(と相手は思っている)から発せられる予想外の気迫にたじろぐオールバック野郎。

 自分の中に湧き上がった恐怖を悟られまいと乱暴に手を振り払って後ろに下がった彼は、己を鼓舞するように口端を引き上げながら有粋に食ってかかった。

 

 

「おいおい坊や。先にぶつかってきたのはそっちの女だぜ? 弁償迫って何が悪いんだよ」

「それについちゃこっちに非があるが、金で払おうとしたのを遮ったのはアンタだろ」

「こっちは体で払って欲しいんだよ! それとも何か? その嬢ちゃんの代わりにテメェが払ってくれんのか!?」

「……いいぜ。先に手ェ出したのはアンタでも、手ェ着けたのは()だからな。詫びの菓子折り代わりだ。一発ぶん殴る権利くらいくれてやらァ」

 

 

 慌てることなく言い放ち、有粋は「さっさと殴れ」とばかりに大人しく腕を組んで男の前に仁王立ちする。

 その様子に恐れも気負いも感じられない。

 お前に殴られるくらい大したことないと、口にするまでもなく全身で主張しているような落ち着きっぷりだ。

 冷静すぎる態度に戸惑ったのはむしろ男達のほう。

 それでも八つ当たりの口実を得たとばかりにニヤつきを取り戻した男たちは、有粋の肩を引っ掴んで自分たちのほうに引き寄せながら粗雑な態度を崩さない。

 

 

「肝っ玉の据わった色男だ。ここじゃ目立つ。ついて来な」

「は、花槍さん……」

 

 

 男達に連れて行かれる有粋を見て、神崎が悲鳴のような声を上げる。

 そんな彼女を安心させるような気軽さで、振り返らぬまま有粋はひらりと手を振った。

 

 




京都ええとこ一度はおいで(大阪在住)。
でも京阪線は最低週5で乗ってるのでおけいはんは名乗れます。

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