仁義ある暗殺   作:絹糸

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『暗殺教室 E組の本条弥人』×『仁義ある暗殺』~中~

 

 

 吸い込む空気が心なし腐っている。

 そこら辺に打ち捨てられた生ゴミの臭いか、壁際に放置されている猫やネズミの死骸の臭いか、浮浪者達が昼間に引っ掛けていった小便の臭いか、酔っ払いが胃の中身を吐き下した臭いか、あるいは今、この中でたむろしている男達の人間性が放つ臭いか。

 

 踏み込んだ先の路地裏の奥のまた奥。

 繋がっていた場所はどこかの寂れた小さな廃工場で、鼻につく臭気の酷さに弥人も武宏も思わず顔をしかめた。

 建物の前の地面は何ともつかぬ汚れの数々で埋め尽くされ、その中に時折血痕も混じっている。

 転がっていた小石をそこに向かって蹴飛ばせば、カラカラと地面をすべっていった小石にはべったりと血が付着した。

 

 

「まだ真新しい。流れてから一時間も経過していない血の痕だ」

「この大きさじゃかなりの量だぜ。引きずった痕跡もあるってことは、ここで殴った誰かを廃工場の中に連れ込んだってことか」

 

 

 推理する二人の口調こそ冷静だが、弥人はあどけなさの残る整った顔立ちに剣呑な色を浮かべ、武宏はプレイボーイめいた軽薄な面貌を不穏に歪ませている。

 二人とも、決して気長な性格ではない。自分が馬鹿にされた時の沸点もさほど高いわけではないが、もっと低い位置にあるのは非道の輩を目撃した時の沸点。

 今回は犯行現場を直接見たわけではないが、既に己の知人(弥人にとっては悪友の知人)を害されている事実に加え、拠点と思しき場所の手前であきらかな暴力沙汰の証拠を視界に入れてしまったというトドメ。

 要するに二人とも、とっくにかなり腹が立っていた。

 

 靴底が地面とこすれてノイズのような音を奏でる。

 どちらからともなく廃工場の中へと伸ばされた足取りは重く、しかし臆している様子はない。

 ただ、見ている者がいれば身震いしてしまいそうな威圧感だけが、彼らの背中には確かにあった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「路地裏奥の廃工場、か。だいぶと寂れた場所を拠点にしてやがらァ」

 

 

 二人にとっては己が庭と同じ、見慣れて来慣れた歓楽街へと足を踏み入れてから三十分後。

 聞き込みの末になんとか件の不良グループについての情報を入手した有粋とカルマは、むせ返りそうな臭気に満ちた劣悪環境の路地裏をこれといったリアクションも無しに突き進んでいる最中だった。

 臭いと感じないわけではないが、こんなものは昔クスリ漬けにした男女に格安の料金で体を売らせまくる商売で荒稼ぎしていたゲス野郎の店に乗り込んだ時に比べればマシなほうだ。

 

 覚せい剤の中毒者からは独特の体臭が放たれる。

 風呂の残り湯からもほんのりと嗅ぎ取れるほどの、ケミカルで甘酸っぱい香り。

 俗に『シャブ臭』と呼ばれるそれが何十人分と狭い建物に密集して、なおかつ赤白黄色に透明と多種多様な体液のスメルまで交わってしまえば、それはもう臭いなんてものを通り越して刺激物の域だ。

 あの二重の意味で不愉快な香りを思い出してしまえば、まだこの路地裏は耐え切れる範囲内。

 よって有粋もカルマも表面上は平然とした表情のまま、途中で厄介な人種に絡まれることもなく無事に廃工場へとたどり着いた。

 

 

「へー、ここが不良のお兄さんらのアジトか。こんな汚いトコ溜まり場に選ぶなんて、ひょっとしてマゾ?」

 

 

 本人たちと顔を合わせる前から皮肉るレベルの高い煽り芸を披露するカルマ。カルマは下品な言葉はあまり口走らないが、挑発の類は中学生離れして上手い。

 もちろん今は本人たちに言い放ったわけではないので、活きの良いリアクションは返ってこないが。

 

 

ヘロイン中毒者(ペイ中)麻薬中毒患者(ペーカン)なんじゃねェのか。頭イッちまってりゃ、臭いなんざわからねェだろうよ」

「あー、またそのパターンか。有粋の親父さんが禁止してるのに、薬流して稼ごうって奴は全然減らないね」

「そんで薬物良いしちまった(ラリっちまった)馬鹿が行き過ぎた暴力沙汰起こしゃ、また組の連中の出番だ。堅気守んのがウチの役目たァいえ、決まり破る手合いがこうも多いとさすがに溜息出ちまう」

 

 

 渋味のある焦茶色の頭髪をガシガシ掻き乱して、しかし発言とは裏腹に、有粋は溜息など吐かなかった。

 呆れを主張するような表情の中に、ほのかに混じる自責の色。

 

 父親から「女子供は守るもんだ」と教えられて育った彼女は、基本的に性格など関係なしに未成年と女性のほとんどを庇護対象として見ている。

 そんな彼女だからこそ、例えカルマから見れば人でなしのクズでしかない連中でも、『そこまで堕ちてしまう前に止めてやれなかったこと』に無意識に責任感を抱いているのだろう。

 もちろん他人を理不尽に傷つけた以上、忠告を無視されれば有粋は手加減などせず奴らをぶちのめす。

 しかし男らしいがゆえに責任感も人並み以上の彼女は、どうしてもそういった葛藤を捨てきれずにいる。

 あるいは昔から変わらぬその性質こそが、彼女を義理人情に厚い侠客たらしめているのかもしれない。

 

 

「……過保護なら俺だけに発揮してりゃいいのに」

 

 

 唇を尖らせて小さく呟いた。

 どこの馬の骨ともわからん連中が、自慢の親友から多少なりとも惜しまれている。そんな事実に微量の不満を覚える。同時にそういう部分に「さすが俺の親友」と自慢したい気持ちも湧いてくるので、カルマは内心ちょっと複雑だった。

 

 さて、そろそろ中に入ろうか。

 そう考えてカルマが両指を鳴らし、有粋が靴紐をきつく結び直したその瞬間だ。

 

 

「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 絹を引き裂いたような女性の甲高い悲鳴が、中から響いてきたのは。

 

 

「カルマ!」

「わかってる。さっさと行くよ」

 

 

 門の側に回るのも億劫とばかりに高い塀を二人して飛び越え、廃工場の敷地内へと入る。

 そのまま勢いを緩めることなく疾走。ボロっちい建物の裏口には南京錠がかけられているのが遠目でも分かったので、有粋は近くの窓を蹴破って侵入するほうが早いと判断。

 瞬時に考えを実行すべく地面を蹴り上げようとすれば、こちらの思惑を察したらしいカルマが先んじて窓ガラスに片足でのミサイルキックをぶちかました。

 バリィンッ、と粉々に砕け散ったガラスの破片がコンクリートを打つ。

 そのまま建物内部へと余裕で着地を決めたカルマに二秒遅れて、有粋も窓枠を飛び越え降着。

 

 

「やめて、離してえぇぇぇっ!!」

「! そっちか!」

 

 

 3メートルほど廊下を突き進んだ先にある部屋の中から先ほどと同じ女性の悲鳴が耳朶を貫いた。

 有粋は常人なら瞬間移動と見紛いそうな速さで扉へと駆け寄り、ドアを破壊しかねない勢いで乱雑に押し開く。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 そこにいたのは着衣を見出し血を流し半狂乱で泣き叫ぶ女性と、そんな女性を押さえつける中高生くらいの少年の二人組で。

 片方の少年の手に何か液体の入った怪しい注射器を見つけた瞬間、有粋は躊躇うことなくそちらの少年へと回し蹴りを決めた。

 

 

「おっと!」

 

 

 しかし茶髪にピアスとどこか軽薄な印象を抱かせる容姿をしたその少年は、鉄パイプ数本くらいなら真っ二つにへし折る有粋の蹴りを腕をクロスさせる形で見事に防ぎ切った。

 常人ならば骨にヒビが入っていてもおかしくはない威力を受けた少年の腕は、しかしびくともしていない。

 

 

(十字受け――この(あん)ちゃん、空手家か)

 

 

 足首を掴まれる前に即座にもう片方の足で少年の腕を蹴り、それを足場にする形で距離をとって着地。

 有粋の相手をするために女性から離れざるをえなかったのか、少年もまた立ち上がり、こちらを隙のない眼差しで見つめながら構えをとっていた。

 その構えが空手ではなく合気道のもの、いわゆる右半身だったので、有粋は少年をただの空手家ではなくオールラウンダー型の格闘家であると認識を改める。

 注射器は既に少年の手から離れて部屋の隅っこに転がっていた。

 

 

「うん、痺れちまいそうなほど見事な蹴りだ。なるほど。あいつら弱すぎだと思ったら、チームの頭はアンタか」

「そっちの赤髪も体幹にブレがないぜ。……どっちとやる? 武宏」

「こっちの色男」

「オーケー。なら俺は赤髪のほうだ」

 

 

 錯乱したような様子だった女性は乱入者の存在でついに脳味噌がキャパオーバーを起こしたらしく、全身から力が抜けてぐったり意識を失っていた。

 そんな女性の体を地面に優しく横たえ、自分の上着をかけてやるもう一人の少年。

 それを見た有粋とカルマが違和感に眉をひそめる。

 

 

(あいつら? チームの頭? それにあっちの兄ちゃん、どうも不良って風にゃあ見えねェ。ひょっとして何か勘違いでも起こってんのか?)

(なーんか噛み合わないよね。でもあっちの女の人は泣き叫んでたし……ああもう、いいや。向こうだってやる気満々なんだから)

 

 

 ――話し合いは相手をぶっ倒した後で良い。

 物騒な考えと共に首を鳴らして、カルマは黒髪の少年と、有粋は茶髪の少年と対峙した。

 

 




次回で弥人くんと武宏くんのほうで何があったのかキッチリ説明させていただきます。


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