仁義ある暗殺   作:絹糸

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第二話:はじめまして、ターゲット

 いっちにーさーんしーごーろっくしちはち……そんな複数人の掛け声が響く昼下がりの運動場。

 E組の隔離校舎が山の上にあることも相まって、その光景は生徒たちの平和でキラキラとした青春のひとコマにしか見えない。

 

 

「八方向から正しくナイフを振れるように! どんな体勢でもバランスを崩さない!!」

 

 

 もっとも、生徒たちの手にナイフという物騒な道具がなく、教師である烏間の指導の声も飛んでいなければの話だが。

 ついでに校庭の砂場で色々と作って遊んでいる黄色い巨大タコみたいな軟体生物の存在も、のどかな光景を破壊するのに一役どころか主役をかっている。

 この不思議な生き物、生徒からつけられた名前を『殺せんせー』といい、なんと数週間前に月を破壊した犯人そのもの。

 そんな相手を暗殺してくれと政府から依頼されたのが今ナイフを振るっている3―Eの生徒たちであり、烏間はその指導員とでも言うべき存在だ。

 

 

「いっち、にー、さーん、しー……しっかし烏間先生。こんな訓練意味あるんッスか? 当のターゲットがいる前で」

「勉強も暗殺も同じことだ。基礎は身につけるほど役に立つ」

 

 

 E組のチャラいほうのイケメンこと前原が、砂遊びし続ける殺せんせーを横目に疑問を提示。

 聞かれた烏間といえば相変わらず堅苦しい真顔のままで答えたものの、周りの生徒たちが首をかしげているのを見てあまり理解してもらえていないと察したらしい。

 説明するよりやってみせるのが早い。と考えたかどうかはさて置き、彼は前原とE組の貧乏なほうのイケメンこと磯貝を指名し、自分にナイフを当ててみろと言い放った。

 対殺せんせー用で人には無害なナイフ。かすりさえすれば今日の授業は終わりで良いと言うその台詞に、二人も躊躇いながら実行を決めたようだ。

 

 

「え、えーと……それじゃあ」

 

 

 控え目な様子でナイフを突き出す磯貝。気遣いな彼の性格は攻撃にまで反映されている。それを眉一つ動かすことなく最低限の動きだけで避けた烏間の実力も見事なものだ。

 

 

「……!」

「くっ!」

 

 

 目を見張る磯貝と、一筋縄ではいかないことを察した前原による本気の一振り。けれども次々と繰り出される二人がかりの連撃を烏間はことごとく捌き続け、磯貝と前原の表情だけが一方的に焦りへと変わっていくばかり。

 

 

「このように多少の心得があれば、素人2人のナイフくらいは俺でも捌ける」

 

 

 “多少の心得”なんて言っているが、実際のところこの男、人類最強決定戦なんてトーナメントがあれば間違いなく優勝候補の一角に祭り上げられることは確実な人材である。素人どころかプロの殺し屋がナイフ持って襲いかかって来ても撃退できるはず。

 そんなこととは露知らず、二人は烏間に少しでも刃をかすらせようと足と手を絶やさず動かす。

 そしてヤケクソになり二人して大振りにナイフを扱ったその瞬間、同時に腕を掴まれ勢いそのままに投げ飛ばされた。

 

 

「俺に当たらないようでは、マッハ20の奴に当たる確率の低さがわかるだろう」

 

 

 言い放つ烏間に呼吸の乱れは一切ない。疲労の様子も感じられない。汗をかいて肩を上下させている二人に比べて、この男の体力がどれだけのものかありありと理解できる光景だ。

 しかし上には上がいる。今の攻防の間に、殺せんせーは砂場に大阪城を造った挙句、着替えて茶までたてているのだから。その余裕綽綽の笑みには恐怖を通り越して殺意しか湧いてこない。

 

 

「クラス全員が俺に当てられるくらいになれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。ナイフや狙撃。暗殺に必要な基礎の数々。体育の時間で俺から教えさせてもらう!」

 

 

 烏間の宣言と共に授業終了のチャイムが鳴り響く。

 たった今見せつけられたばかりの烏間の活躍に色めきたつ一部の女生徒たちや、その人気に嫉妬して見当違いの文句をつける殺せんせー。

 いつも通りのE組の日常風景。

 

 

「――行こっか、有粋」

「承知したぜ、カルマ」

 

 

 それを見下ろす二人組の存在は、凪いだ湖に波紋をたてる新たな投石となるだろう。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 潮田渚がその二人を視界に入れた瞬間、こみ上げてきた感情は畏怖と歓迎の双方だった。

 

 

「カルマくん……有粋くん……帰って来てたんだ」

 

 

 青空に映える鮮紅の髪をした少年と、鷹の翼のような焦茶の髪をした少年、にしか見えないけど少女な男女の二人組。

 二人とも上中下に振り分ければ上に喰いこむ整った顔立ちをしている。あの二人に顔面だけのイケメン度数で匹敵する男子生徒となると、E組には磯貝と前原しかいない。

 もっとも有粋のほうはイケメンというより男前という表現が相応しいし、顔だけでなく行動や性格まで含めると女子生徒のイケメグこと片岡メグもランクインしてしまうのだが。

 

 そもそも二人の尋常ならざる点は容姿などではない。

 地元のヤクザがこの二人には頭を下げて道を譲るとかいう噂が出回ってもほとんどの人間が信じそうな、謎の“ただものじゃない感”。

 カルマのほうはギャングスターとトリックスターを混ぜ合わせたような悪魔的な凄味があるし、有粋のほうにはゴロツキ共を侠気と威圧で統治する縄張りの親分的な凄味がある。

 

 もちろん1年2年とも二人と同じクラスだった渚には、二人が雰囲気ほど物騒極まりない人間ではないことは理解できている。

 けれども他の人間とはあきらかに違う存在感を滲ませた二人を目の前にすれば、彼ら彼女らの性格を知っていたところで生唾を飲み込まずにはいられないのだ。

 

 

「よー、渚くん。久しぶり」

「久しいな。達者にしてたかい?」

 

 

 高い場所から見下ろすように挨拶する二人のシャツの裾や髪の先を、演出の一部みたいなタイミングで吹いた風がかすかに揺らがせ通り抜けていく。

 相変わらず絵になる二人だ。笑顔に妙な威圧感を纏っているもいつものこと。

 

 

「あれが例の殺せんせー? すっげ。ほんとにタコみたいだ」

「アタシにゃホイミスライムに見えちまうがなァ。足して割ったら丁度じゃねェの」

 

 

 気さくな様子で雑談をかわしながら、渚とその友人である杉野の間を通り抜けて、カルマと有粋は殺せんせーの元へと歩み寄っていく。

 殺せんせーのほうも二人の存在に気付いたようだ。

 

 

「……赤羽業くんと花槍有粋さんですね。今日が停学明けと聞いていました。初日から遅刻はいけませんねぇ」

 

 

 皮膚の色を赤っぽくして怒りを表現する殺せんせーに、カルマは反省の色を浮かべつつも砕けた笑顔で、有粋は申し訳なさを滲ませた真顔で答える。

 

 

「あはは。生活リズム戻らなくて」

「アタシもさ。宵っ張りが板についちまった」

「まったく……仕方がないですねぇ」

 

 

 ちゃんと謝れば、殺せんせーの顔色は一瞬で元の黄色に戻った。

 反応を見てカルマと有粋も安心したのか、ほっとした表情で手を差し出した。

 

 

「下の名前で気安く呼んでよ。とりあえずよろしく、先生」

「アタシも有粋で構わねェ。こいつ共々よろしく頼んまさァ」

「こちらこそ。楽しい1年にしていきましょう」

 

 

 左右から並んで差し出された手を2本の触手でギュッと握り返す。

 ――その瞬間、まるでチョコレートを熱湯の中に放り込んだかのような勢いで、殺せんせーの触手が2本ともドロリと溶解した。

 

 

「!?」

 

 

 驚愕に目を見張る殺せんせー。

 そんな彼が一息つく暇もなく、カルマは袖口に仕込んでいたナイフを、有粋は靴底に仕込んでいたナイフを素早く殺せんせーの体へと振るう。

 が、そこはさすがに最高時速マッハ20の化物。瞬間移動じみた退却回避により、二人の第二撃は完全に無効化された。

 それでも周囲に与えるインパクトは絶大。両手分の触手を失った殺せんせーと、それを成し遂げた二人の生徒。

 一連の光景を見ていた生徒たちが絶句して身守る中、沈黙を破ったのはカルマの飄々とした軽口だ。

 

 

「へー。ほんとに速いし、ほんとに効くんだ。この対先生用ナイフ。細かく切って貼っつけてみたんだけど」

 

 

 嘯き、カルマはひらりと手のひらを振ってみせた。そこには確かに細切れにされた対先生用ナイフの破片がいくつもある。おそらくは有粋の手にも同じものがあるはずだ。

 遠くに飛び退いた殺せんせーを見て、カルマは肩を竦めながら軽口を続ける。

 

 

「けどさぁ先生。こんな単純な『手』に引っかかるとか……しかもそんなトコまで飛び退くなんてビビリすぎじゃね?」

「確かになァ。今まで何度も生徒にタマ取りに来られてるってわりにゃァ、動揺しすぎだと思うぜ」

 

 

 それは殺せんせーにダメージを与えた生徒が今までいなかったからだ。

 彼は殺しにこられることには慣れていても、傷つくことには慣れていない。

 顔に流れる冷や汗の数が、その精神的衝撃を物語っている。

 

 

「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど」

 

 

 早くも触手の再生を始めている殺せんせーに歩み寄り、カルマはこれぞ嘲笑と太鼓判を押したいほどのスマイルで相手の顔をわざとらしく覗き込んだ。

 

 

「あっれぇ? せんせーひょっとしてチョロいひと?」

 

 

 そしてその発言を耳にした殺せんせーの表情はといえば、まさしく“激おこぷんぷん丸”である。たぶん“ムカ着火ファイヤー”にはまだ達していない。

 少し後ろで控えるようにして立つ有粋のほうも、カルマのそんな煽りを止めるどころかキリッとした表情で見守っている。

 完全に無言のまま事態に見入っていた渚だったが、くいくいと、物言いたげな茅野に袖を引っ張られてそちらへと視線を写した。

 

 

「渚。私E組来てから日が浅いから知らないんだけど、彼らどんな人なの?」

「有粋くんのほうは『彼』じゃないよ」

「えぇっ!?」

 

 

 ひとまず誤解のほうを真っ先に訂正すれば、素っ頓狂な悲鳴をあげて何故か後ずさる茅野。間違えるのも無理ないと思うが、彼女のリアクションはいちいち大きい。そこで退却する意味はあるのだろうか。

 そんな級友にツッコミを入れることもなく、渚の説明は続く。

 

 

「二人とも1年2年と同じクラスだったんだけど、2年の時に続けざまに暴力沙汰で停学喰らって……このE組にはそういう生徒も落とされるんだ」

 

 

 基本的に理不尽な暴力は振るわない二人だから、きっと起こした暴力沙汰にも何かのっぴきならない理由があったのだろう。

 かくいう渚も、道端で不良や変態に絡まれてカルマと有粋に助けられたことがある。その時はまだ、有粋のことを男子生徒と勘違いしていた。

 

 

「でも二人とも、今この場じゃ優等生かもしれない。凶器とか騙し討ちの『基礎』なら、たぶんカルマくんが群を抜いてるし……有粋くんは育ってきた環境が僕らと違う分、経験値と精神力が凄いから」

 

 

 渚と茅野が語らう一方、怒りで血管の浮き出た殺せんせーを尻目に、初暗殺チャレンジを終えてさっさと教室へと向かうカルマ。

 彼の親友を自称し他称される有粋もまた、その後を追って教室へと足を進めていた。

 しかし殺せんせーとすれ違う瞬間、小さく口を動かしたのが見える。

 

 

「……?」

 

 

 残念ながらこの距離では彼女が何と言い残して行ったのか聞き取れない。

 しかし振り返って腕組みをする先生の様子を見るに、挑発の類ではなさそうだ。

 本人に直接訪ねようにも、既に彼女の姿は赤羽業と共に校舎内へと消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「――先生、カルマを救っちゃくれねェか。アタシじゃ近すぎて意味ねェんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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