仁義ある暗殺   作:絹糸

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第四話:それだけは許さない

 

 いつでもお前の味方だよ、と。

 赤羽業にそう言ってくれた人間は世界に二人いて、うち一人にはついこのあいだ裏切られた。

 相手の全てに絶望してしまえば、もうその人は自分の中で生きていないのと同じ。

 死んでしまった奴のことはどうでも良いけれど、最後に残った自分の味方が離れてしまったらさすがに駄目かもしれない。

 そんな薄ぼんやりとした考えが相手にも伝わっていたのだろうか。

 理不尽な態度をとることに侮蔑じみた拒否感を持つにも関わらず、有粋は荒れたカルマの周囲に迷惑をかけるような暗殺計画をしっかり手伝ってくれた。

 嫌な顔一つせず……昔から変わらぬ、友情と信愛の籠った眼差しでカルマを見て、雄々しい笑みと共に言い放ってくれた。

 

 ――親友なんて名乗ってる以上、泥被る時もテメェと一緒だ。安心しな。テメェがどうなっちまおうと、アタシはテメェを手放してなんかやらねェよ。

 

 その言葉があまりにもあっさりと身に染みて。

 たとえ草木や獣に至るまでの世界の全てが敵に回ったとしても、こいつは、花槍有粋だけは赤羽業の一番の味方でいてくれると。

 そう無条件に信じられた。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 停学明けの二人による怒涛の連続暗殺から一日後。

 登校してきたE組生徒たちを迎えたのは、宣言通り有粋の手によって綺麗に掃除されたピカピカの教室と、何故か教卓の上に鎮座し本物のナイフをぶっ刺されたタコの姿だった。

 

 ワックスまでかけられて新築同様の艶やかさを誇る床板を踏みしめて歩けば、さすがにボロさのほうはどうしようもなかったのかギシギシと軋む音が鳴る。

 それに「嗚呼、いつも通りの教室だ」と妙な安心感を覚えつつ、同じく光沢が出るまで磨かれた自分の机と椅子にそれぞれ着席していく。

 堂々たる存在感を示すタコについてコメントする者は誰もいなかった。

 十中八九カルマの仕業で間違いないし、下手に口出しすれば何をしでかすかわかったもんじゃない、とカルマを危険視している生徒は大勢いる。

 有粋に根は上等な奴だと口添えされたばかりだが、やはり昨日の非行やら奇襲やらのインパクトが強すぎたらしい。

 誰も、寺坂たちですらカルマに話しかけようとしない空間の中で、有粋だけが緊張した様子もなく彼にいつも通りの雑談を振っていた。

 

 

「今日は精神的なストレスを与えるって方向性で行くワケか。新鮮なマダコぐれェ、事前に説明しといてくれりゃぁアタシがダース単位で仕入れとくのによ」

「ちょっとはその考えもあったけど、昨日BB弾を砕いたりするのに有粋と組員の手ェだいぶ借りたからさ。なんか遠慮の気持ちみたいなのが湧いてきちゃって」

「テメェがそんな可愛らしいタマかよ」

「ほら、これでも傷心の後だし? 柄にもなく情緒不安定なのかも」

「……慰めてやろうか?」

「有粋がそういうコト言うと、なんかやらしいよ。“体で”って副音声つきそう」

「抱こうたァ考えてねェよ」

「そこでマウントポジションは自分って考えるあたり、相変わらず男前な性格してるねー」

 

 

 色々とツッコミ所の豊富な駄弁りが展開されている。

 会話が聞こえている一部の純情な女子は赤面気味だし、一部の下世話な女子はこっそり楽しんでいるようだ。

 ぶっちゃけ有粋が格好良い男子生徒にしか見えない容姿なので、そんな彼女がイケメンの部類に入るカルマと「慰める」だの「抱く」だの話していればBでLな世界観の雰囲気を醸し出してしまっている。

 当人たちにそのつもりが無くても出てしまうものは仕方がない。その手の人種は男が二人いれば腐った目で見てしまうと言うが、男二人でなく男一人と男のような女一人でも妄想は開始されるのだ。

 特にそういう傾向の強い中村莉桜なんかはニヤつきを隠しきれない様子で二人にチラチラと視線を送っている。物怖じしないといえば聞こえは良いだろうか。

 

 

「おはようございます」

 

 

 と、なんともいえない空気感が形成された朝の教室に殺せんせーが入ってきた。

 生徒の誰からも挨拶が返ってこないことに疑問を感じ、首をかしげながらも教卓に向かうべくそちらへと目を移す殺せんせー。

 しかしそこで彼が目撃したものといえば、当然撤去されていないマダコの串刺しで。

 

 

「あ、ごっめーん!」

 

 

 沈黙の空間を破ったのはまたしてもカルマの軽薄な声だった。

 

 

「殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」

 

 

 イタズラ少年らしく舌を突き出した、悪びれの欠片もない舐め腐った表情は、もちろん相手の激情を招くためにわざとやっているものだ。演出といってもいい。

 その手にはしっかりと対先生用ナイフが隠し持たれており、殺せんせーが近付いてきたところをとりあえず一刺ししてやろうという魂胆が見て取れる。

 暗殺目的というより、こちらも煽り目的だろう。やはり今日の彼は徹底的に精神面をいたぶる気でいるらしい。

 

 

「……わかりました」

 

 

 意外にも反応の薄い殺せんせーがマダコをひょいと手にとりカルマの席へと向かって行く。

 見えたのは席が横並びの寺坂くらいだろうが、カルマの隣の隣の席に座った有粋もまた示し合わせたように拳銃を隠し持っていた。

 というか実際に示し合わせたのだろう。二人が親しい仲であることなど、昨日と今日のやり取りを見ていれば友人ですらない寺坂でもわかる。

 

 

(……来いよ、殺せんせー。身体を殺すのは今じゃなくても別に良い。まずはじわじわ……心から殺してやるよ)

 

 

 内心ほくそ笑むカルマだが、その余裕は一気に驚愕へと変わることになった。

 目の前まで迫ってきていた担任の触手が突然ドリルに化けたのである。

 

 

「!?」

「!!」

 

 

 思わず瞳孔を開くカルマと、彼の行動に“カルマが攻撃される”と勘違いしたのか、傍にいる生徒がすくみ上がるほどの殺気を纏って銃口の先を殺せんせーに合わせた有粋。

 だがその物騒な誤解も、次の瞬間に殺せんせーが手にした品々を見た瞬間に解けたようだ。

 

 

「見せてあげましょうカルマくん。このドリル触手の威力と、自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を」

 

 

 言った通りの軍用ミサイルが一本と、小麦粉、青のり、鰹節、そしてマダコ。

 これら材料から導き出される答えはただ一つ。

 高速でドリル状の触手を機敏に動かしながら、殺せんせーはその豆粒のごとき目を光らせた。

 

 

「先生は、暗殺者を決して無事では帰さない」

「!!」

 

 

 剣呑な台詞と共に彼がとった行動は、しかしマッハで完成させたたこ焼きをカルマの口の中に放り込むという不可解なものだった。

 

 

「あッつ!!」

 

 

 ほかほか焼きたての塊を敏感な粘膜へとぶっ込まれ、火傷の危機を感じたカルマは反射的に中のものを口外へと吐き出す。

 隣々席の有粋は拳銃を机の上に放り投げると慌ててワンタッチオープン式のステンレス水筒をカバンから取り出し、蓋を開けるスイッチを押しながらカルマへとそれを突き出した。

 水筒を渡されたカルマは素直にそれを受け取り中身で喉を潤す。直接口をつけるタイプの水筒で間接キスは免れないのだが、3歳の頃から付き合いがある当人たちにしてみればその程度のことは今さら気にしない。

 

 

「その顔色では朝食を食べていないでしょう。マッハでタコヤキを作りました。これを食べれば健康優良児に近づけますね」

「……カルマを気遣ってくれるのァ嬉しいが、それならせめて皿に盛っちゃあくれねェか。火傷しちまうだろ」

「ヌルフフフ。有粋さんは過保護ですねぇ」

「いつもァそうでもねェよ。ただ、今のカルマは危なっかしいんだ」

 

 

 床に吐き出されて潰れてしまったタコヤキをティッシュで拾いゴミ箱に捨てながら、目つきを険しくして殺せんせーを睨めつける有粋。

 そこにあるのは怒気というよりもカルマを心配する気持ちだと、眼差しを向けられた殺せんせーだけが理解していた。

 舌を冷やし終えたカルマのほうも、水筒を机の上に置いて濡れた唇を袖で拭う。彼の視線にあるのは純然たる敵愾心。気に食わないと、口にするまでもなく瞳が語っている。

 二対の異なる感情を孕んだ瞳を受けて、殺せんせーはペースを崩すことなくニンマリと笑う。

 

 

「先生はね、カルマくん、有粋さん。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を。今日一日、本気で殺しに来るが良い。そのたびに先生は君たちを手入れする」

 

 

 にわかに殺気立つ空気。

 その発生源はもちろんカルマだ。

 突然名前を呼ばれた有粋のほうは訝しげに眉根を寄せていたが、それでも親友がやる以上自分もやる気というスタンスは崩さないのか、これが答えとばかりにカルマの後ろへと立った。

 

 

「放課後までに、君たちの心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇     ◇

 

 

 

 

 

 

 1時間目、数学。

 授業中に拳銃を用いた奇襲を狙うも失敗。

 カルマはネイルアートを入れられ、有粋はフェイスペイントを施された。

 

 4時間目、技術家庭家。

 調理実習中に今度はナイフを用いて仕掛けるも、二度目の失敗。

 カルマはフリルたっぷりピンク色の可愛らしいエプロンとお花柄の三角巾で飾られ、有粋は総レースで無駄にセレブ感のあるオシャレエプロンと何故かラメっぽい生地の三角巾を宛てがわれた。

 

 5時間目、国語。

 背後から一撃入れようとナイフを出した時点で止められ、やはり失敗。

 カルマは髪を綺麗に手入れした上でファンシーなピンどめを付けられ、有粋は髪にエクステをつけられ派手なヘアスタイルに盛られた。

 

 ――ーそして放課後。

 

 

「……カルマくん、有粋くん、焦らないで皆と一緒に殺って行こうよ」

 

 

 校舎裏の断崖絶壁に横向きに生えた木の上で、カルマは苛立った様子を隠さず爪をガリガリと噛んでいた。

 その背中を支えるようにして同じ木に逆向きに座した有粋は、カルマと違って焦りこそ見せないものの、心配を隠しきれぬ表情でカルマをチラチラと見ているあたり、冷静でもないようだ。

 

 

「殺せんせーに個人マークされちゃったら……どんな手を使っても二人じゃ殺せない。普通の先生とは違うんだから」

 

 

 渚の説得も虚しく。

 どこか不安定さを匂わせる危なっかしい笑みで、カルマは「やだね」と切り替えした。

 

 

「俺が殺りたいんだ。変なトコで死なれんのが一番ムカつく」

「……有粋くんは良いの?」

「こいつは兄弟みたいなものだし。絶対に俺を裏切らないから」

「…………」

 

 

 ひねくれ者のカルマにしては珍しい素直な発言。それだけ参っているということかもしれない。

 有粋が言っていた。カルマは傷ついて荒れていると。そんな精神状況にも関わらず、カルマに“こいつは絶対に裏切らない”と言わしめるのだから、この二人の信頼関係はどれほどのものか。

 憧れとも感嘆ともつかない想いが渚の胸を焦がす。

 

 と、背後から聞こえる草の根を踏みしめる音。

 振り返った先にいたのは殺せんせーその人で、彼は余裕綽綽の態度を変えぬまま二人に向かって舐めた顔をした。

 シマシマ模様は相手を侮っている時の皮膚の色である。

 

 

「さてカルマくん、有粋さん。今日はたくさん先生に手入れをされましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ? もっとピカピカに磨いてあげます」

「……確認したいんだけど、殺せんせーって先生だよね?」

 

 

 突拍子のない質問に、殺せんせーはクエスチョンマークを浮かべながらも「はい」と回答。

 座っていた木の上で高度を恐れることなく立ち上がり、何か不穏な空気を感じさせる笑みを貼りつけながら次の質問。

 

 

「先生ってさ。命をかけて生徒を守ってくれる人?」

「もちろん。先生ですから」

「……おい、カルマ?」

 

 

 親友が何か今までとは違うことをやらかすと、本能で感じ取った有粋がこわばった声色でカルマのほうへと体を向ける。額には冷や汗が流れていた。

 自分を心配してくれる親友の視線を心地よさそうに受け取って、小さく「サンキュ」とこぼすカルマ。それでも有粋の疑念は晴れない。

 取り出した拳銃を持った腕を殺せんせーへと伸ばし、カルマは唇に半円を描いた。

 

 

「そっか、良かった。なら殺せるよ」

 

 

 ――そして次の瞬間、赤羽業の肢体は宙を舞った。

 

 

「確実に」

「ッ――カルマ!!」

 

 

 自ら足場を踏み外して飛び降りた親友の姿に、有粋は悲鳴のような叫びを響かせる。

 

 殺せんせーがカルマを助けに行けば、救出する間に殺せんせーが撃たれて死ぬ。

 カルマを見殺しにすれば、先生としての殺せんせーが死ぬ。

 そういう考えで自殺行為を働いたのだと、有粋は一から百までしっかり理解していた。

 けれども理解と許容は別物だ。

 動く手足を持っておきながら、目の前で死を迎えようとしている親友に対し何の行動も起こさないほど、花槍有粋という少女は大人しくなかった。

 

 

「テメェ、自暴自棄もいい加減にしやがれ!!」

 

 

 怒鳴りつけて、有粋も己の足場たる木の根元を勢いよく蹴り飛ばした。

 宙に躍り出る体。視界の下で目を丸める親友。それに向かって手を伸ばす。

 さすがに向こうまで飛び降りてくるとは思わなかったのか、笑顔を消したカルマが取り乱し気味に絶叫し始めた。

 

 

「ちょっと有粋!? 何でお前まで飛び降りてんのさ!?」

「うるせェ馬鹿! テメェが荒れて色々やらかして、挙げ句の果てに天国とか地獄に行くことになったって一向に構いやしねェけどなッ!! アタシの目の前でテメェだけ死ぬなんざ、それだきゃァ許さねェぞ!! 冥土の土産にアタシも連れてけ!!」

「ハァッ!? 何それ本気で言ってんの!? いくらなんでも俺のこと好きすぎない!?」

「ああそうだよッ! 愛してるぜ親友! だから一人で逝くな! 死んでも二人でつるむぞ!!」

「ッ――ああもう! 恥ずかしい奴!!」

 

 

 鬼気迫る真剣な表情で、嘘偽りない必死の形相で、絶対に失いたくないものを失うまいと、喉を枯らして叫びながら有粋は腕を伸ばし続ける。

 親友の魂の叫びに根負けして、さっきまで見ていた走馬灯すらどうでも良くなったカルマはヤケクソ気味にその手をひっ掴む。

 

 信じていた担任教師に裏切られてE組に落とされたこと。

 そのせいで先生という生き物が信じられなくなったこと。

 勝手に死んだ前の先生の代わりに殺せんせーを殺そうとしたこと。

 

 それら全てが、今この瞬間には頭の隅まで追いやられていた。

 

 

(人生の終わりとしちゃかなりアホらしいけど。あの世でまだ親友(コイツ)とつるめるなら、まあいっか)

 

 

 そんなことを考えながら、有粋の引き締まった両腕に抱き寄せられる感覚を享受する。

 多方、自分の体をカルマと地面との間に割り込ませることでクッション代わりになるつもりなのだろう。

 一人で死ぬなとほざいておきながら、最後の最後まで身を張って親友だけでも助けようとするその男前な姿勢は相変わらずだ。

 たとえ無駄でも、そっちのほうがカルマの死体は綺麗に残るからと。

 

 そういうところがムカつくし、そういうところが格好良いし、そういうところを尊敬してるし、そういうところが大好きだ。

 そういう女だから、いつしか自分も親友と呼ばずにいられなくなったのだ。

 

 色恋じゃなく友情として。

 赤羽業と花槍有粋は、間違いなく愛しあっていた。

 

 

 ……とまあ、そんな感じで死ぬ気マンマンの二人だったが。

 殺せんせーがいる限りそんな事態など起こり得ようはずもなく。

 

 

「……あぁ?」

「……えっ?」

 

 

 予想外の柔らかな感覚にガラの悪い声を洩らす有粋と、決して離すまいと有粋にきつく抱きしめられた状態のまま、気の抜けた表情を見せるカルマ。

 二人を助けたのは、地面まで残り1メートルという高さに突如として現れた丈夫な蜘蛛の巣。

 もとい先回りした殺せんせーの触手による即興防護網だった。

 

 

「カルマくん。自らを使った計算ずくの暗殺お見事です。……まあ、ちょっと計算外もあったようですが」

 

 

 未だ呆然とカルマを抱擁し続ける有粋に視線をやれば、やっと平静を取り戻した彼女は気恥かしげに目を逸らしつつカルマを開放した。

 カルマのほうも恥ずかしいやりとりを目撃された自覚があるのか、同じく赤面しつつその鍛えられた体から離れる。

 一連の光景がどう足掻いても美少年同士にしか見えないのはご愛嬌だ。

 

 

「音速で助ければカルマくんと有粋さんの肉体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。ということで先生、ちょっとネバネバしてみました」

「……触手プレイたァいいご趣味だ」

「ちょ、違いますからね!? 照れ隠しで先生に変態疑惑を押し付けないでください!」

 

 

 言われてみれば系統の違うイケメン二人をモンスターが手篭にしているシーンに見えなくもない。どんなマニアックAVだ。

 二人して触手のネバつきに顔をしかめながら無理やり外そうとしていると、「これでは撃てませんねェ、ヌルフフフ」なんて楽しげな殺せんせーの煽りが聞こえてくる。

 地味に悔しい。命の恩人だとわかっていても殺意が湧いてきそうだ。

 

 

「……ああ、ちなみに」

 

 

 しかしその感情も、次に続いた言葉であっさりと吹き飛んだ。

 

 

「見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りてください」

「…………ははっ」

 

 

 ――こりゃダメだ。死なないし殺せない。少なくとも、先生としては。

 不思議と爽やかな気持ちにさせられる。なんというかもう、しがらみが全て吹っ切れた。

 

 

「ついでにアタシにもねェぞ。生まれ変わってもまたテメェを口説いて親友の座に収まってやらァ」

「……ネバネバと格闘しながらキメ顔で格好良いコト言うのやめてくんない? 笑いたくなるから」

「そんなこと言ってますけどカルマくん。顔赤いですよ?」

「うるさい!!」

 

 

 照れ隠しに引き金をしぼれば、鳴り響く銃声と殺せんせーの余裕の笑い声。

 雨降って地固まる、というやつではないが。

 何はともあれ、もう赤羽業が崖から飛び降りるような心配はなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 崖下から引き上げた赤羽業と一悶着を経て、殺せんせー財布の中身が盗まれ募金箱に寄付されていたというオチを得てから数秒後。

 渚と共に買い食いに誘われ、当然カルマのほうへと行くだろうと思っていた花槍有粋は、しかし殺せんせーの傍に走り寄ってくるとカルマが見ていないことを確認した上で深々と腰を折った。

 

 

「殺せんせー。カルマのこと、救ってくだすって本当にありがとうございやす」

「いえいえ。それにしても有粋さん、何故ご自分で諭さずカルマくんのケアを先生に任せようと思ったんですか? 貴方ほど友達思いな子なら、それを面倒だとも考えないでしょうに」

 

 

 前日から疑問に感じていたことをやっと尋ねれば、有粋は頭を下げたままポリポリと頬を掻いて、それからゆっくり顔を上げる。

 その表情はどこか気恥かしげで、自慢げでもあった。

 

 

「そりゃァ、あれだ。アタシがアイツの味方なんてのァ、太陽が西に沈むのと同じぐれェ当たり前なコトだからな。今さらアタシがカルマに何してやったって、そんなの救いでも何でもないただの日常茶飯事でしかねェのさ」

「……なるほど。仲が良すぎるとそういう弊害もあるんですねぇ」

 

 

 いつも味方で絶対に裏切らないと確信できる唯一無二の親友。

 そんなポジションを獲得しているからこそ、彼女がカルマにどれだけ優しい言葉をかけたとしても、それは救いの手にはならない。

 “いつも通りの親友”が傍にいるだけだ。

 

 一人うんうんと納得する殺せんせーに再度頭を下げて、有粋は去っていくカルマの後を追いかける。

 そんな二人を見つめながら歩く渚の目には、祝福と憧憬の色があって。

 

 

(渚くんも、もっと二人と仲良くなれるといいですねぇ)

 

 

 生暖かい目で生徒たちを見守りながら、殺せんせーは今日も軽い自分の財布を懐にしまうのだった。

 

 

 


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