ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第七話 山本五十六

支援母艦「出雲」工作室

 

 みらいは作業台の上に固定具ごと自身の艤装一式を並べて、メンテナンスを行っていた。

 艤装の周りには何十という妖精達がわらわらと集まり、みらいの指示のもと修理作業を行っている。

「この部分の溶接材、持ってきて!」

「補給部、ナットがたりない~」

「塗料は?」

 大騒ぎだ。

「やっぱり手持ちの予備資材じゃ応急修理に限界があるわ。今後の事を考えると、自力でどうにか修理してしまいたいんだけど……」

 みらいは、この「出雲」の工作室を、勝手に日本海軍側の資材を使わないことを条件に使用させて貰っているのだ。協力関係も何も取り付けていない以上、こちらの世界に頼れない。

「イージスレーダー4面のうち1面が大破。主砲身は歪んで射撃不能。以後の戦闘はミサイル頼みね。今までで使ったのは……スタンダード、2発。ESSM、6発。アスロックとトマホーク、SSM1Bが1発づつかぁ。終戦まで持つのかしら……?」

 みらいは机に突っ伏してため息をついた。机に頬を乗せて端末機を操作する。

「どうなるのかなぁ……」

 端末機に表示させた画像を次々と繰ってゆく。いずれも21世紀の現代日本で撮られた写真ばかりだ。仲間の自衛隊艦娘や司令部の人々。見慣れた街の風景。この時代に来てからのものは一つもない。

 みらいはもしや、と思ってインターネットブラウザを立ち上げるが、勿論繋がる事は無かった。

 もう一度ため息をついて端末機の電源を落とし、立ちあがって大きく伸びをした。

 ちょうどそのとき、背後の扉がノックされた。

「ふぅ……どうぞ」

 みらいはてっきり佐倉提督か艦娘技術者の方が入ってくるのかと思った。

 

「どもーはじめまして、青葉です。一言お願いします!」

 威勢良くドアを開いて入ってきたのは、男性軍人ではなくセーラー服の少女だった。

「えっえっ。あの、誰ですか?」

 みらいは困惑して後ずさり、机に手をついた。

「だから、青葉です! 以後、お見知りおきを」

「えぇーと、もしかして艦娘の方?」

 みらいが後ずさりして手をついた机から妖精達の声がした。

「あなたはまさか……重巡青葉!」

「知っているのかヤナギ!」

 みらいもつられてヤナギの方を向く。

「同僚の恥ずかしい隠し事をブッコ抜き、新聞にして男性軍人に配布する。ギンバイの方法から提督達のほくろの数まで知っていると言われる……艦隊随一の情報屋、古鷹型の3番艦!」

 青葉と言った彼女は、お~、と感心していた。

「70年後まで私の武勇伝が伝わっているとは……青葉、照れちゃうなぁ! 何はともあれ、よろしくお願いしますね。」

「あ、はい」

 青葉が手を差しだし、みらいと握手した。

「あなたの事について、色々取材してよろしいでしょうか?」

「は、はぁ。えっと、何でしょう?」青葉のテンションに圧倒されたみらいは承諾せざるを得なかった。

「みらいさん、注意してください……彼女に防諜という概念は通用しません」

「マジか」

「いやまぁ、流石に軍機レベルの事をバラしたりはしませんが……」

 ドアからまた人が入ってきた。

「こんな所にいた!」

「今度は誰……あら、佐倉提督」

「あぁ、みらいさん。すいませんね、青葉君が迷惑掛けて。ほら、こっち来い」

「迷惑は掛けてませんよぉ」と、青葉は頬を膨らませる。みらいは苦笑するしか無かった。

「確か……今『出雲』に居る艦娘は私だけじゃ無かったんですか? 青葉さんはどこから?」

 その質問で佐倉提督は、思い出したようにみらいの方を向き、咳払いをして言った。

「そうだ。大切な事を、青葉君がここに伝えに来たんだった」

「伝令、ですか」

「みらいさんについてのことです。今晩山本長官が、みらいさんにお会いになりたいそうです」

「山本長官……山本五十六が?」みらいは驚いた。

「おぉ、フルネーム呼び捨てですか。やりますねぇ」

「あんたはちょっと黙ってろ」

 青葉は佐倉提督にぽんと頭を抑えられた。

「勿論あなたは我々の指揮下ではないので、任意と言う形になりますが」

「いえ、構いません。私も言いたいことがあります。それに、ガダルカナルで大和艦隊と駆け引きした時に、『会うのを楽しみにしている』って言いましたし、ね……って、今日ですか」

 みらいは腕時計を見た。まだ昼過ぎだが。

「えぇ。構わないのであれば、後ほど『出雲』の内火艇で夏島まで行きます。そこにある料亭で面会、との事です」

「青葉、凄く興味あります」

「黙ってろって」

 山本長官直々に、料亭で接待だ。何とかしてみらいを連合艦隊に取り込みたいのだろう。みらいとしても言いたいことがある。逃げるわけにはいかない。

「そう。分かりました……」

 

 

 2時間後、トラック環礁内

 「出雲」を離れ、夕暮れの珊瑚礁を進み出した旧式の艦載艇は、3人を乗せて夏島へと向かっていた。

「いやーしかし、あの『出雲』で1人暮らしですか。艦娘用の居住区は個室だし、結構広いんで羨ましいですね~」

 青葉は内火艇を操縦しながらはしゃいでいる。

「なんで青葉まで付いて来てるんだよ。帰りなさい」

 佐倉提督が言った。

「良いじゃないですか。未来の艦娘ですよ!わが人生最大の特ダネですよ!

山本長官がみらいさんと会見するっていう連絡に、わざわざ立候補しただけのかいがあるってもんです」

「良いのかなぁ……私の存在は、機密なんじゃないの?」

みらいが質問する。

「良いわけ無いんだよなぁ」と佐倉提督も同調した。

「まず取材をします。漏らしていい事かどうかは、しかるべき人にあとで聞きますっ!」

そう言って青葉は、彼女の背後に置かれていた自分の艤装からペンと手帳を取り出す。

 開き直られた。佐倉提督は肩をすくめる。片手でハンドルを持ちながらも取材を敢行する青葉のテンションに押し切られたみらいは、観念するしか無かった。

 

夏島・料亭

「おひとつ……いかがですか」

山本長官が徳利を持ちみらいに勧めるが、みらいは断った。

「い、いえ、未成年なもので、お酒は結構です。すいません」

小さな和室の上座に山本長官が、その隣に大和が座っている。こんな接待は初めてだ。みらいは緊張していた。

「おや、そうでしたか。随分背の高いので、失礼ながらハタチを越えているのかと思っていましたよ」そう言って山本長官は笑った。

 だがみらいは、そう言う山本長官の容貌こそ意外に思っていた。来年で60歳だそうだが、それよりずっと若く見えるし、背丈もみらいより低い。もっとも、21世紀の環境に生まれ育ったみらいより身長の高い人間もこの時代には珍しいのだが。みらいは目の前のこの男性が教科書に出てきた「あの」連合艦隊総司令官であり、この時代の艦娘達の責任者だと言うことにギャップを感じていた。

「みらいさん」

 みらいが山本長官に気を取られていると、隣の大和から声が掛かった。

「こうして直接顔を合わせるのは、2回目ですよね」

 そう言ってみらいに微笑みかけた。

「ええ。そうですね。あの霧の中で初めて会ったとき……」みらいは、湯呑みを見つめる。それは、この時代に来た瞬間である。そこから全てが始まった。

「……艤装をつけて、此処から1週間行けば日本です。ですが私の故郷は既に、遥か遠くの世界に……消えてしまったのかもしれません」

「未来から来た艦娘……あの佐倉という佐官から話を聞いたときは信じられませんでしたが」

 山本長官が口を開く。

「こうしてお目に掛かってみると、ほかと変わらぬ1人の少女ですな」

 山本長官は姿勢を崩して笑顔でみらいに訊ねた。

「ところで……私はいつ死ぬんですか?」

「は……」

「なぁに、構いませんよ。こんな老いぼれ、どうせ生き残っても長くはない」

「……昭和18年6月、ブーケンビル島上空。前線視察の帰りに、深海棲艦戦闘機の奇襲に逢います」

 大和は驚いて隣を見る。山本長官は杯を口に運んで言った。

「ほぅ……それは良い。あと8ヶ月か」

「あくまで、私の知っている限りの話です。既に歴史は大きく変わり始めています」

「うん。君の世界の私も満足だっただろう。戦場の、しかも機上で、とはな」

 今度は横で聞いていた大和がみらいに訊ねる。

「なら……私はどうなるのですか?」

「昭和20年。沖縄に救援に向かう途中。空母機400機の大空襲で……」

「沖縄……? まさか深海棲艦が沖縄にまで手を付けるというのですか?」

 大和は焦った風にみらいに質問を重ねる。

「沖縄は陥落。その頃には、日本近海での制海権も……」

「そんな……!」

 大和はショックを受け、それ以上言葉が続かなかったようだ。

 代わりに山本長官が口を開いた。

「あなたはリンガを出発する際に、艦娘達の運命を変えると言ったそうだが……今のところ、歴史は悲壮な方へと続いています。ガダルカナルに投入される一木支隊は、今もこのトラックに向かってきております。大本営は何としてでもガ島を手に入れる構えを崩さない。ソロモンを巡る戦いで、艦娘達にも大被害が出るでしょう。私には、それを止める力も無い。日本が一番やってはいけない消耗戦に突入しないためにも、決定打が必要です。」

「私の能力……」

「飛行場姫が撃破されたといえ、まだまだ戦いは終わらないでしょう。この先も艦娘達の消耗は続くでしょうな」

その為に、みらいに連合艦隊へ入れと言うわけだ。

「山本長官……不幸にも、私は指揮系統を失いました。しかもこの力、この時代にとって危険なほどの力を持ったまま。私についての責任も、自身の運命も、全て私が背負って行かなければならないことなのです。」

山本長官は黙って聞いている。

「ガダルカナルであなた方が、暁の安否を確認しないまま基地を艦砲射撃しようとした事に、私は反発しました。ですが、その後の被弾で、真に戦場を理解してなかったのは私の方かもしれないと考えました。

 それでも……私自身が巨大な能力を持っているからこそ、人の命を天秤に掛ける。被害を局限する為に、救う努力すらせず目の前の命を切り捨てる。そのような考え方に迎合することは、私には出来ません。私は、私で行動を取り続けます」

みらいはここまで言うと、一旦言葉を区切った。湯呑みを取って熱い緑茶を飲みつつ、相手の出方を窺う。

「あなたの巨大な力、と言うのは何も物理的な火力だけではありません。70年間蓄積されてきた情報と歴史。その力は、この日本を根本から動かせることが出来るという点において、この大和の主砲など到底及ばない。」

 山本長官はそこで区切り、ため息をついて続けた。

「あなたが佐倉大佐に持たせた資料に記述されていた僅かな情報からでも、この先の戦いで日本は苦難の道を行くと言うことが読み取れますが……日本を悲劇から守る為には、まず人々の意識を変えなければ行けません。膨大な情報を持つあなたは、例え連合艦隊の指揮下で戦わずとも、存在するだけで大きな力となりうるでしょう」

「その私の情報も、この世界にとって危険なものです。艦娘達の運命や、今後世界はどう移りゆくのか……本来なら、誰にも知るべきでは無いことなのです。その運命から逃れられる立場に無いあなた方が未来を知ることは、生半可な覚悟では出来ないでしょう」

みらいはそう言って、大和の方を見た。みらいと山本長官の駆け引きを聞いていた大和は、立場上表に出していないものの、自身の運命に内心動揺しているはずだ。

「……ともかく、あなたには何より、落ち着いて休息を取れる場所と、整備・修理の出来る母港が必要でしょう」

「母港……ですか?」みらいは予想外の言葉に顔を上げた。

「トラック基地の施設をあなたが母港として使えるよう、手配しましょう」

「……!」

「あぁ、疲れた。流石に緊張したわ」

 みらいは一旦帰還した「出雲」の艦内、自室として割り当てられた部屋で溜め息をついた。

「どうなったんですか?」とみらいの妖精達が訊ねる。艦娘なら、妖精達が馴れれば艤装が無くても召還して話し相手にできる。

「『出雲』じゃなくて、夏島の陸上施設を母港として使わせてもらう事になったわ。と言っても、私が連合艦隊に組み込まれる訳じゃなくて、あくまで山本長官の手配によるものだけど。そこで、艤装の本格的な修理が出来そうよ。あと、暁の見舞いにも行って良いらしいから、近い内に行こうかなって。やっぱり史実と同じように、ガダルカナルを巡る戦いが続いてゆくみたいなの。今の日本に必要なのは、戦略的な戦線縮小と持久体制の強化なんだけど」

「1944年の秋頃まで耐えられれば、南米の深海戦力を片付けたアメリカ軍が西進して来るんですよね」

「それまでが勝負ね。何度も海戦が起こるでしょう。独立行動する私に、何が出来るか。どこまで動けるのか……」

 

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