ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

9 / 20
第五話 チョイスル島沖海戦 後編「1対40」

 みらいは40機の航空隊に向かって全速力で向かった。両者の距離は急接近してゆく。

「CICより、敵攻撃隊距離20万を切りました。相対速度、200ノット!」

「総員、対空戦闘用意! 実戦!」

「総員、対空ー戦闘ー用意ー!」

「イージスシステム、起動!」

 みらいは深呼吸した。この時代に来て既に2ヶ月。何度も危機に陥り、時には武力を行使したこともあったが、自身が敵の直接の攻撃対象になるのは、ミッドウェーの時以来。実戦での対空戦闘は、もちろん生まれて初めてだ。強く握った端末機の画面のふちが、手汗の蒸気でにじんだ。

「戦艦大和より航空機1機発進。我が艦に向かってきます」

「私の戦い方を見ようってわけね。脅威ではありません。気にしなくていいわ。この時代の対艦攻撃は低空からの雷撃と急降下爆撃だから……前部速射砲、低空から接近する雷撃機を迎撃。後甲板VLS 3セル、ESSM 6発データ入力。高空から接近する爆撃機を迎撃します。迎撃はマニュアル管制で行います」

 端末機で火器管制の項目を操作していると、艤装の妖精がみらいに具申した。

「CICより意見具申、完全自動迎撃管制、アルマゲドンモードの使用を提案します。我が艦の最大の長所はアウトレンジ攻撃能力です。射程100キロを超えるスタンダードミサイルをフル活用すれば、目標全機、我が艦を確認する前に殲滅可能です。この時代の艦のように装甲化されていない、みらいでのクロスレンジ戦闘は危険です」

 みらいは首を縦に振らなかった。

「いいえ、アルマゲドンモードは使いません。スタンダードの残弾は40発弱……いつ帰れるか分からないこの状況、この場で殆ど全ての長射程SAMを使い切ることは後の生存率を低下させることになる。それどころか、この攻撃隊を殲滅すれば状況の分からない飛行場姫に第2派、第3派の攻撃を誘発する事になりかねない。100機200機と続かれたら、対処仕切れなくなるわ。これまでと同じやり方でいきましょう。要するに目標に私の対空能力を見せつけるのよ。威嚇として大半を目視距離で撃墜して見せ、飛行場姫の更なる攻撃の意志を挫折させます。……それに、アルマゲドンモードだと大和の艦載機まで落としちゃうし」

「……分かりました。目標、間もなく視認距離に入ります!」

みらいは双眼鏡を取り出して前方の空を注視する。アブのような小さな多数の点が、雲と青空の間に浮いていた。

「来た……!」

「航空機の識別完了。構成は雷撃機18、急降下爆撃機17、戦闘機5」

「雷撃機、緩降下します」

「雷撃体制についたのね。こちらも発見されたわけ。低空の雷撃機を目標アルファ、高空の爆撃機を目標ブラボーとします」

 こうなってはもう逃げ切れない。みらいは覚悟を決めた。

「皆、聞いて。これは紛れもない実戦、自衛隊が創立以来初めて体験する戦争よ。これまでにもこの時代で何度か武力行使したけどこれは違う。僅かな油断とミスが死に繋がる、自衛の為の迎撃戦闘です。皆さんの奮闘を期待します。そして私も……後ろには手傷を負った艦がいる。彼女達を護ってみせる。絶対にここを通さない!」

 みらいはぱん、と両手を合わせて握ると目を瞑り大きく深呼吸をした。目を開き、艤装から右手で主砲のトリガーを取り出して握りしめる。左手に持っている端末機のレーダー表示を片手で器用に操作してHUDに移すと、艤装の所定の位置にしまい込んだ。

「さあ、来なさい!」

 みらいは右手を伸ばし、トリガーを攻撃隊に向けて叫んだ。既に目前まで迫っている。

「方位0-7-0、高度30、雷撃機3、接近!」

「主砲、照準合わせ!」

「右対空戦闘、『みらい』指示の目標、撃ち方始め!」

「トラックナンバー2-6-2-8、撃ち方始め!」

「撃てー!」

 みらいは引き金を引くと、艤装前部に付いた単装砲が火を噴いた。たった1門の54口径127ミリ砲は、この時代の駆逐艦の砲と同程度であり決して強力とは言えない。だが、未来の速射砲。レーダーとコンピューターで精密管制された完全自動の砲だ。

 音速の数倍で撃ち出された砲弾は、寸分の狂いなく深海棲艦の雷撃機に向かう。近接信管が作動し至近距離で炸裂し、砲弾の直撃を受けた雷撃機は海面近くで砕け散った。ガシャン、と速射砲が大きな音を立て、主砲の下部から空薬莢を無造作に打ち捨てる。それが甲板にぶつかるとともに再び主砲が唸った。自動速射砲の次弾装填速度は1.5秒。間髪入れず第2、3射が雷撃機を襲う。

「トラックナンバー2-6-2-8より2-6-3-0、撃墜!」

 3機を撃墜するのに使用した砲弾は、わずか3発。

「新たな目標、210度!」

「主砲旋回!」

 速射砲が、砲身先端部から冷却水を流し出しつつ左舷の目標を捉えた。3つの空薬莢が甲板の上を転がる。

「撃ち方、始め!」

 瞬く間に5発を放ち葬り去る。雷撃機は左右から挟撃するつもりだったのかもしれないが、みらいが気にする必要はなかった。

「雷撃機5機、撃墜!」

「目標群ブラボー、更に接近!」

「後部VLS解放、シースパロー攻撃始め! 斉射(Salvo)!」

 みらいの背後の艤装の一部が開いて、複数の筒状の物が現れたかと思うと、そこから2発のミサイルが姿を現しブラストと轟音をあげて撃ち上がった。数秒で超音速に加速した発展型シースパローは空中でサステナーを投棄し弾体を水平に向けると、急降下爆撃機に真っ直ぐ突っ込んだ。

 2機が爆発する。機体に搭載していた1000ポンドの爆弾が、空中に汚い花を咲かせた。もう2発。イルミネーターの精密誘導によりマッハ2.5で迫るESSMからは、逃げるどころか認識する事すらかなわず2機が粉砕された。さらに2発。後続の爆撃機は急降下を中止し回避機動に移っていたが既に手遅れだ。最大50Gの旋回に耐えうる発展型シースパローからは逃げられず、虚しく爆散する。

「目標群ブラボー、6機撃墜!」

「既に目標の半数を撃墜。ですが、まだ向かってきます!」

 みらいは焦った。左手で仕舞ってある端末機を見ずに操作し、器用にHUDの表示を更新する。

「戦力半数の喪失は部隊の壊滅を意味するのに……どうして奴らは攻撃を続けようとしているの!?」

 みらいは冷や汗をかきつつ引き金を引いてゆく。そのたびに雷撃機が叩き落とされていった。

「そんな……こいつらが力押しで突っ込んで来るとは……深海棲艦がこんな非合理的な戦いをするなんて!」

 どこからか甲高い風切り音が聞こえたと思った直後。

「急降下爆撃機1機、急速接近!」

 みらいは真上を向いた。太陽の光に一瞬目が眩むも、ひとつの小さな黒点が青空に存在しているのにすぐ気づいた。投弾体制に入った爆撃機が真っ直ぐ迫っていたのだ。

(一瞬の隙を……ESSMや主砲はもう間に合わない!)

 爆撃機から爆弾が投弾された。一刻の猶予もない。

「CIWSコントロールオープン、AAWオート!」

 艤装前部、主砲の後ろに設置されているファランクスの手綱が放たれた。レーダーを内蔵したその自立対空機銃は、艦に迫り来る脅威を毎秒65発の20ミリ砲弾で迎撃する。真っ直ぐみらいに向かって落下してきた1000ポンドの爆弾を、ファランクスは捉えた。すかさずバルカン砲から弾幕が張られ、みらいの至近で爆発が起こる。飛び散った破片が、艤装上の構造物とみらいの目に飛び込む。

「ぐぅっ! 被害は!? ……痛ぁ、左目が」

 みらいは左手で目を押さえた。

「左前方SPY-1D、ホワイトアウト!」

「嘘!?」

「敵爆撃機、引き起こしません!」

「なっ……体当たりするつもり?」

 見上げると、CIWSの銃撃にボロボロになりながらも、みらいに向かう進路を変えない爆撃機が右目に映った。その機体は、数百発のタングステン弾を受けて機体中の装甲が剥がれ落ち、翼から炎を吹く醜い鉄塊となって突っ込んできた。

「体当たり……そんな非合理的な攻撃方法なんて」

 みらいが誰に言うとなくつぶやきかけたところで、それはドン! と一度爆発すると、大小二つに分かれた。翼の一部である小さい方はみらいの主砲に向かい、機体の大半の質量を保持したままの部分が、みらいの左側頭部に直撃した。

「きゃあぁっ!」

 みらいに当たった物体は爆発。みらいの頭部に無視出来ない怪我を負わせ、毛髪を焼く。その破片が艤装上部の電子部品の多くにダメージを与え、多数の機器が大破した。飛び散ったガソリンに火がつき、艤装に火災が発生する。さらに、分離した小さい破片が主砲の砲身に直撃し、上部甲板に傷を負わせて海に落ちた。

「きゃあぁぁーっ!」

 被弾で混乱したみらいは慌てて側頭部を叩くように左手を払い、髪に点いた火を消し止める。霞む視野でその手を見ると、赤く濡れていた。

「痛いぃ……くぅ……被害、報告。あとダメコン急いで」

 みらいはそれだけ言うと、側頭部を押さえた。深く息を吐いて、呼吸を整える。生き残るために全力で向かわなければ、自らが殺されるという命のやりとりの恐怖。その戦場の常識を真に理解してはいなかったことを、みらいは思い知ったのだった。

 

 頭が痛い。左側頭部から流れ出る血が押さえた左手指の隙間から滴る。

「っぐぅ……」

 海面に滴った血液が広がってゆくのが見えた。目眩がする。脈動するような頭痛を軽減する為、目を瞑り大きく深呼吸して息を整えようとした。

「被害報告。02甲板及びチャフ弾庫炎上! 隔壁作動させます!」

「左舷SPY-1D、大破。機能停止!」

「主砲砲身、被弾により損傷! 射撃不能です!」

「左舷衛星通信アンテナ及びECM装置停止、ECM解除されます!」

 次々と舞い込む損害報告にみらいは言葉を失った。爆撃機1機の体当たりとしては最悪の被害だった。対空レーダーの一つと主砲が使用不能になった事に加えて、敵の偵察能力を局限していた電子妨害が解除されてしまったのだ。少なくとも、この被弾でみらいは対空迎撃能力の過半を喪失してしまった事になる。

「敵残存機、無線通信を再開。内容は不明ですが」

「第2次攻撃の要請の可能性が高いわ。最悪の事態ね……」

 艤装の被弾により損傷部分が出るということは、それを依り代にしている妖精にも損傷分だけ被害が出ることになる。そして、艤装と精神的にリンクしているおかげで、自身の艤装内ならどの場所の妖精も手に取るように判るみらいには、生々しい感覚がみらいの精神に流入していた。

 第二甲板は今、地獄だ。焼けただれた甲板に原型を留めない死体が散乱する。実際には被弾で艤装が傷んだ分妖精が消失しただけなのだが、戦闘艦の魂を経由してみらいには鮮明なビジュアルが想起されていた。死傷者は何十名にも登りかねない。みらいは両手で頭を押さえた。

 

 

「あ……」

 響は小さく呟いた。普段物静かな彼女が驚きの声を上げるのはかなり意外に感じられる。だから暁はそれを聞き逃さなかった。

「どうしたの、響?」

 声をあげて尋ねた暁に対し、響は使えない筈の無線機を取り出して答えた。

「……電子妨害が解除された」

 暁は耳元の受信機に手を当てる。

「戦闘が終わったの? 全滅させたのかな?」

 響はそれには答えずに、併走する大和の方を見た。大和は既に無線が使える事に気付いており、みらいのもとに派遣した水偵の報告に耳を傾けていた。

 

 みらいは速度を落として下を向いていた。被弾の痛み以上に、彼女には精神的なダメージが大きかった。そのみらいの頭上に、大和の水偵が旋回している。

 

「大和さん……」

 みらいの事が心配そうに自身を見つめる2人の駆逐艦に大和は気付いた。

「水偵から報告を受けました。ひとまず戦闘は終わりましたが……なんと言うべきか、形容するべき言葉を失う、凄まじい対空戦闘でした。流石未来の防空艦です。イージスの名に偽り無し、ですね。ただ、彼女は被弾したようです。常識で考えてあの程度では沈まないと思うけど、実戦での初被弾はやはり精神的なショックが大きいみたいね……」

「みらいさんが……被弾したのか!?」

 響は表情を変え、自身の艤装に結び付けていた暁の曳航索を外した。

「春雨、暁を頼んだよ」

「え……は、はいぃ~?」

 響はその曳航索を近くに居た春雨に押し付けると、みらいの戦っている方角へと一目散に向かって行った。

「ちょっと響! 危ないわ!」

 艦隊旗艦である大和が制止するも、全く聞く様子ではない。

「えーと……大和さん、ごめんなさい。姉妹艦として代わりに謝っておきます」

 暁が溜め息をついて大和に謝罪した。

「あんなに焦った響見るの、初めて。確かに私も自走出来るんなら同じ事するかもしれないけど……なんだかびっくり」

 暁はなんとなく曳航索を両手で掴んで左右に揺らした。春雨が驚いて振り返る。

「わわ、ちょっと、あぶないです!」

 大和もみらいの身を思案せずにはいられなかった。例え限定的にしか日本海軍と協力しないとしても、あれほどの能力を持った戦闘艦の喪失は避けたいし、自身が連合艦隊旗艦だとしても自分らの身代わりとして誰かが沈むというのも、いい気分がするものではない。

「通信が出来るのなら……」

 

 

「……インカムに反応」

 みらいはぼそりと呟き、端末機をとって耳元に当てた。

『こちら大和です。我々に向かう攻撃隊の殲滅に感謝します。敵は引き揚げましたが、飛行機姫の性質を考えると第二次攻撃の可能性が高い。あなたの迎撃はもう充分です。これは命令ではなく要請ではありますが、出来れば私達と一緒に退避してください。私達の為に、あなたがこれ以上の危険を冒す必要は無いし、私達も充分感謝しています』

みらいは咳をして答えた。

「……心配には及びません。私は、引き続き戦います」

『どうして!? ……まぁ、あなたは私の命令系統には入っていないので、あなたの意志での継戦は自由ですが。響があなたの元に向かっています』

 みらいは、大和が響を自身に寄越した真意を図ろうとしたが理解できなかった。

「なぜ。なんで寄越したの。危険だというのはわかっているでしょう」

『私が向かわせたのでは有りません。あなたの被弾を知った響が独断でそちらに向かったのです。響は我々海軍の所属で、私には彼女の身を監督する義務があります……あなたは大丈夫だとしても、響を危険に晒す訳にはまいりません。彼女を連れて安全海域から離脱して頂きたいのです』

みらいは、ため息のようでもあるひと呼吸での思案ののち、静かに答えた。

「分かりました。では、それまでにケリを着けます。……また後で、報告します」

みらいは大和の返事を聞く前に無線機を切った。頭の怪我を抑えていた左手を放して、命令を下した。

「前甲板VLS 59番、RGM-109E タクティカル・トマホーク攻撃用意、緒元入力。目標、南西500キロ、リコリス飛行場姫!」

「!!!」

 妖精達から驚きの声があがった。

「飛行機姫にトマホークを打ち込むんですか!?」

「えぇ。本体を直接攻撃することで第2次攻撃を阻止します」

「トマホークで飛行機姫を撃破するのは……この世界の戦いに直接手を下すことになるのでは? そもそも第2次攻撃が確実に行われるかどうかもまだ分からないのに……!」

 みらいはどこか気だるそうに答えた。

「私がいくら自衛隊だ先守防衛だと叫んでも、深海棲艦はそんなの理解出来るわけが無いのよ。そもそもこの時代に艦娘として来た時点で、いえ、あらゆる時代で武力を持つ者とっては、戦場という所は全力で戦うか死ぬかの2つの選択肢しか無いってことに、早く気づくべきだった」

 みらいは左の手のひらにべったりと付いた血を見つめて言った。

「……敵の攻撃が更に続く可能性を排除しきれない以上、そして私の対空戦闘力が現在大幅に減少している以上、被害を最小限に抑えるにはこれしか有りません。例え第2次攻撃が行われるか確信が持てなくても」

「しかし……人命救助の為にソロモン海域に来たんじゃ無いんですか? 飛行機姫を撃破するなんて、明らかに当初の目的を逸脱しているのでは」

「問題ありません。救助活動中に攻撃を受けたのよ。その攻撃に対して持ちうる武力を行使して対処するのは正当防衛の範疇といえます」

「し、しかし……」

 妖精達は言いよどんだ。

「勿論、私は自衛艦であることを止めはしない。昨日と同じように、警告は行うわ」

 

 

 ガダルカナル島

 

 飛行場姫は無線が復帰すると共に、自身の攻撃隊の報告を受けた。想定通り、そこにはサジタリウスが居た。しかし……その航空攻撃の無惨な結果を評価するに適切な言葉が見あたらなかった。

 呆然としている私を見て部下が困惑した表情をしている事に気付いた。何か言わねばならない。

「……サジタリウスハ40機ノ爆撃デ小破シタノミダ。奴ハ想像以上ニ、対空火力ガ高イヨウダナ」

 想像以上だと? 空母艦隊相手ならともかく、巡洋艦クラスの艦1隻と対峙して戦爆連合40機のうち7割が撃墜され、挙げた戦果が体当たりによる一撃だけなど、信じられる話ではない。

「リコリス司令官、コレヲ……」

 無線員が電文を持ってきた。彼女には差出人の見当がついた。

「『リコリス・ヘンダーソン飛行場姫へ。航空機による第二次攻撃の中止を要求する。当方の任務は捕虜となった駆逐艦の救出であり、貴部隊との戦闘が目的ではない。また、如何なる航空攻撃によっても我が艦を撃沈することは不可能であり、以降の攻撃は作戦機を消耗するだけである。飛行場姫によるさらなる航空攻撃の中止を要求する。これは警告である。従わない場合、自衛の為やむなく貴部隊を撃破する』ヤハリ奴ダ。私ノ攻撃ニ臆シテコンナ通信ヲ送ッテキタ」

飛行場姫は嘲った。「アトヒト押シデ奴ヲ撃沈デキル。奴ガサジタリウスノ射程ニマデ近ヅクヨリ、コチラノ爆撃ノ方ガ早イ! 奴ハ危険ナ存在ダ。ダカラ、私ガ必ズココデ沈メル! 攻撃隊全機体ノ準備ハデキタ! 攻撃隊300機、全機発進!」

 サジタリウス。殺し合いの戦場で敵に戦闘中止の勧告を送るなど形容し難いほど非常識な奴だ。飛行場姫にはその真意は分からなかった。そもそも彼女の正体は? 飛行場姫の脳裏に一抹の不安がもたらされる。

(500キロ離レタ場所ニ叩キ込メル砲弾ナド存在シナイ。サジタリウスガ航空機ナラ、戦闘機ヲ迎撃ニ上ゲレバヨイダケダ。駆逐艦ヲ解放シナカッタガ、奴ガココヲサジタリウスデ焼キ払ウ事ハナカッタ。脅威トハナラナイハズダ……!)

 飛行場姫は不安を消し去る事が出来なかった。だが、論理的に考えてサジタリウスは威嚇以外の何物でもないと結論付けると、左右の滑走路を展開した。……危険な存在はここで潰す。飛行場姫には、300機の飽和攻撃でみらいを沈める事以外に選択肢は無かった。

 

 

「みらいさん、データ入力が完了しました」

 みらいは無言で頷いて、前部VLSの1セルを解放した。

「タクティカル・トマホーク、攻撃始め」

 VLSから火柱が吹き上がり、全長6メートルを超える巡航ミサイルが舞い上がる。南東へと姿勢を向けたトマホークはすぐにブースターを切り離し、巡航翼を展開してターボファンエンジンを起動させた。

 

「誘導弾……敵機か?」

 みらいの背後で僅かに声がした。みらいが振り向くと、双眼鏡を使ってトマホークが向かっていった空域を注視している響がいた。

「敵機じゃない。飛行場姫に撃った」

 みらいは前へ向き直って淡々と説明する。

「今放ったのはトマホーク巡航ミサイル。弾頭は1000ポンドの単弾頭榴弾。GPS誘導は使えないけどINSとTERCOMに加えてDSMACでCEPは10メートルってとこ。まぁ図体のデカい飛行場姫なら直撃でしょう」

 きっと響は言っている事の半分も理解できないだろう。構わない、どうでもいい。みらいは自身の感情を押し込むために、早口で誰に言うでも無くまくしたてた。

「言っておくけどこれは正当防衛よ。『救命活動中の攻撃に対処した』だけ。私の所属は海上自衛隊。あなた達日本海軍とは違う。深海棲艦との戦闘行為に直接参加するわけではないわ。その証拠に、警告を出した。第2次攻撃中止を求めたの。もし飛行場姫が矛を収めるつもりなら、シーホーク経由でトマホークのプログラムを書き換えて海に落とす」

「みらいさん」

 響がみらいの前面に回り込んで来た。側頭部から垂れてきた血が頬を伝って顎を濡らし、海へしたたってゆく。みらいはそれを手で拭った。

「……大丈夫かい? 頭、かなり血がついてるよ。左目も、見えてる?」

 響の言葉で、みらいは思い出したように左手をに視線をやり、ハンカチを取り出して頭と目に当てた。

「うん……痛くはないわ。ただ、脈拍を感じるだけ。私はまだ生きてる……」

 

 トマホークは飛び続ける。晴れ渡った広大なソロモン沖の海原を這うように、この時代の何物も寄せつけない時速900キロという速度で流れていった。

 

 その煌めく南洋に影を落とす飛行体があった。みらいのSH-60Kは、飛行場姫の近辺に進出して合成開口レーダーによる偵察と中間誘導を行っていた。みらいのレーダーでは地平線に隠れた飛行場姫を直接見ることは出来ないのである。

『こちらシーホーク。今、トマホークが飛行場姫の第一次攻撃隊を追い抜かしました。着弾まで、あと10分』

「……飛行場姫に動きは無い?」

 SH-60Kのパイロットは機上レーダーの表示に注視する。

『いまの所は……エアカバー機が数機飛んでいるだけですね』

「このまま警告を受け入れてくれるなら……」

「多分無理じゃないか。戦場で、敵の警告で攻撃を止めるような存在はいない。……ねぇ、その『警告』は、本当に意味のある事なのかな?」

 みらいは何も言わず、端末機に視線を落としたままだ。みらいと響の間を海風が流れていった。飛ばされそうになった帽子を片手でおさえつつ、響は口を開いた。

「みらいさんの所属が日本海軍じゃないから、考え方も戦い方も違うのは理解しているつもりだけど……」

 その言葉に、みらいは響の方を向く。何か、達観したような諦めたような冷たさを含む乾いた笑みを浮かべて、みらいは言った。

「その通り。私の警告は自分が納得する為の物よ。例えそれが当然の判断だとしても、相手が警告を無視したならあとでいくらでも言い訳できる。それでも私は、自衛艦として、この時代で諦める訳にはいかないのよ……」

「でもそれじゃ、そんなやり方じゃ身が持たないよ!」

 響がみらいの怪我を見つめて言った。

「……」

 みらいは何か言おうとしたが、何も返せなかった。戦場での対症療法は根本的な解決には何ら与しないことを思い知ったからだ。

『みらいさん!飛行場姫より第2次攻撃隊、続々と上がってきます!』

 みらいは舌打ちして再び端末機に視線をやった。

「やっぱり……」

 シーホークとデータリンクさせた端末機の表示には、飛行場姫を表す光点の周りに、ぽつぽつと小さな光点が現れて始めている。飛行場姫から航空機が発進しているのだ。そして右下には矢印が一つ。飛行場姫に真っ直ぐ向かっていた。

『トマホーク着弾まで、あと3分!』

 

 高度30メートルを飛ぶトマホークの地形照合システムはガダルカナル島の島影を捉えた。事前にインプットされている地理データを元に翼を操作して、速度を落とすことなく陸上地形に沿って低空飛行を続ける。その姿は、ガダルカナル島東部で哨戒に当たっていた深海棲艦の駆逐艦に発見され、直ぐに彼女らのボスへと情報が届けられる。

「リコリス司令官!」

「ナンダ、私ハ攻撃隊ノ発進作業デ忙シイ……」

「北東ヨリ、サジタリウスデス!」

 飛行場姫は驚いて立ち上がる。

「ドコニ居ル?戦闘機隊ニ迎撃サセロ!」

「時速500マイル、アマリニ速ク……迎撃不可能デス」

「ソンナ航空機ナド……」

 存在するわけがない。聞いたことのないエンジン音によって、飛行場姫は最後まで言い切らず振り向く。彼女達は山の稜線を超えて自身に迫るトマホークを発見した。

「ナンタル事ダ、我々ハ……」

 サジタリウスには勝てない。そう言い終わる前に、飛行場姫の視界は炎に包まれた。

 コンピューターのプログラムに基づき悠々と深海棲艦の基地上空に侵入したトマホークは、飛行場姫を画像で確認すると高度を保ったまま炸裂した。飛行場姫はこの巡航弾の直撃に耐えられるだけの防御力を有していたが、状況が悪かった。

 戦艦の主砲弾を凌駕する1000ポンド弾頭の曳火は、滑走路に並べられた全ての航空機を薙ぎ払うに十分だった。衝撃波が300機に及ぶ航空機に襲いかかる。航空機に搭載された燃料や爆弾、魚雷が誘爆してゆく。破壊を伴った、大火災のドミノ倒しだ。駐機していた機体は燃え盛る火の玉となって、次々と吹き飛ばされる。戦闘機に搭載されている機銃弾が熱で弾け飛び、さながら花火のように散った。飛翔した破片が、滑走路の片隅に並べられたドラム缶の山に向かう。数十トンに及ぶ航空燃料のガソリンが引火し、大爆発の衝撃波が周囲の空間を包み込む。それは付近の数々の建造物にも被害を与える。炎が飛行場姫を飲み込んだ。彼女の意識は、それが最後となった。

 

 

「飛行場姫の表示が……消えた!」

 響は驚いてみらいの方を向いた。

「何故……? 戦艦の艦砲射撃でもそうそう撃破されない筈なのに……トマホーク一撃で!」

みらいの声は震えている。

「……ひょっとしたら、駐機していた攻撃隊が誘爆したのかも知れない」

 響はみらいに近寄り、端末機を覗き込んで言った。

「そんな……まさか私が、深海棲艦の基地のひとつを滅ぼすなんて……そんなつもりは無かったのに……!」みらいは頭を抱えた。

「別にそれは構わないじゃないか。みらいさんは私達の命を助ける為にその力を使った。それだけだよ。悔やむ事は何も……」

「そうだとしても過剰防衛も甚だしい。だって、自衛隊の私が、独断で敵を倒したのよ」

 みらいは頭に当てていたタオルを離した。べっとりと血が付いている。

「私は自分の力を過信して、油断していた。だからここまで追い詰められるなんて、考えられなかった。この時代に迷い込んだ私が、空襲を受けて、被弾して怪我して反撃して……。1人の人間として、怖い。もう二度とあとには戻れない。私の判断が最善だったのか? こんな事にしてしまって良かったの?」

「みらいさん……」

「深海棲艦も私達と同じ軍艦の魂を具現化したもの。彼女らも言葉を話し、意識を持っている知的生命体、それを破壊する事は、果たして許される事なの? 救命活動といくら誤魔化しても私がやっていた事は結局殺し合いだったって事実、もっと早く気づくべきだった! なのに私には……死ぬ覚悟も殺す覚悟も出来ていなかった! あなた達は一体、どんな気持ちで戦っているのよ!?」

みらいは響の両肩を掴んで叫んだ。響はみらいをじっと見つめた。何も言えなかった。覚悟など遠の昔に忘れた。ただ彼女は戦場での日常を生き、沈みたいと思わないだけだ。自身の知る艦娘が何人かは沈み、彼女たちにはもう二度と会えないことを知っていただけだった。

「……頭の傷、応急処置してトラック基地に行こう。落ち着ける環境が必要だ」

みらいは肩から手を離し、無言で頷いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。