すべてが暗い黒の色に支配され、そこに存在するもの全ての構成が不安定。ノイズウェーブはそんな電波世界だ。電波なる存在全てにとって害となるものが寄り集まって、一つの広大な空間を作り出す。人為的な構成ではないが故に、空間は複雑に入り乱れ、どこがどこに繋がるのかさえ誰にも分からない。
そんな、どこに繋がるかすら分からない世界を、ロックマンはひたすら走り続けていった。彼に目的地などない。彼が走りながら見つめる先には、姿すら遠目でよく見えない者の存在があった。恐らく状況から察するに、奴がノイズウェーブ内からウイルスたちを送り込んで子供たちを襲わせ、ロックマンにロックバスターらしき攻撃を仕掛けた犯人だ。スバルはサテラポリスや警察の人間ではないため事件を起こした犯人を捕まえようという使命はない。しかし、奴の狙いが自分たちである可能性は高いし、そうなればここで倒しておかなければ再び襲われる危険が出てくる。それになにより、無抵抗な子供たちをウイルスによって強襲したことは許せたものではない。
奴が駆けていく後ろこら必死に食らい付いていく。その最中、不意にウォーロックが呟いた。
『アイツ……なんでノイズウェーブに入れるんだ?』
「うん、ボクもそこが気になってた」
ウォーロックの問いにロックマンが頷く。
仮にもロックマンは、電波人間にも関わらずノイズに適応できる存在だ。そのロックマンがノイズウェーブ内において全力で追って追い付けないとは、相手は一体どんな存在なのか、はかり知れたものではない。そもそも、通常の電波人間や電波体は入り込むことのできないノイズウェーブに、奴は何故入り込むことが出来るのか。ノイズウェーブも電波世界の一部である以上、相手が電波人間であると考えるのが普通だが。
ロックマンは、今はノイズ対応プログラムをサテラポリスに預けているが、代用として渡された試作品のノイズ耐性プログラムでも十分、ノイズウェーブでの探索は可能性だった。このプログラムはロックマンが預けたPGMの劣化版で量産型だ。ディーラーとの戦いのなかで、ノイズウェーブの中にまで入って捜査のできる存在はサテラポリスの中でロックマンただ1人であった。この状況を打開すべく開発されつつあるのが、適正に関わらず組み込める量産型ノイズ対応プログラムである。しかし、まだまだ実用段階にはなく、ロックマンがテストも兼ねて本来のプログラムの代用として使う程度だった。まだ普通のウィザードや電波人間が使えない代物を、ロックマンは己のスペックによって強引に使っていたのである。
しかし、奴はノイズ対応プログラムを持っているはずがなく、本来はロックマンのようにノイズウェーブに入ることは出来ないはず。ロックマンの現在使うプログラムは量産型であるため、少なくともこの世にはまだ試作品のプログラムは存在するが、仮に奴がそれを使っているとするなら、どこの誰ともつかぬ者にサテラポリスのプログラムが漏れていることになる。サテラポリスもWAXAも、そこまでセキリュティは
「――っ!?」
ロックマンが息を飲んだ。理由はウォーロックにもすぐに分かった。前方を走っていたはずの奴がいつの間にか姿を眩ましたのだ。ロックマンは、すぐさま見失う直前に奴が走っていたポイントへ駆け寄る。しかし当たり前のようにそこには誰もいなかった。
「ロック、どこに行ったか分かる?」
『いや……無理だ、分からん』
「だろうね……」
ロックマンも、彼から期待した返事が返ってくるとは思っていなかった。ウォーロックに奴の居場所が分かっていたなら、ロックマンが聞かずとも知らせてくれただろう。
――それにしても、なぜ見失ったのか。二人はほとんど奴から目を反らさずに追ってきたし、それは先ほど「奴がなぜノイズウェーブに入れるのか」を考えている時も例外ではなく、二人の視線だけは常に奴を見つめ続けていた。加えてここはノイズウェーブだ。隠れられるような場所はない、はず。
『どこかから外に出たのか?』
ウォーロックの思考が口から漏れる。しかし、
「それならどこかに出口があるはずでしょ?」
ロックマンがその案を否定した。現実世界ではノイズウェーブの入り口は隠れており、ハンターVGを持って近づかない限り入り口の場所は分からない。しかしそれはあくまで現実世界の話で、ノイズウェーブ内では出口は常に見る事が出来るはずだった。見渡す限り何もないこの場所に出口は存在し得ないはずである。
『じゃあ……もうウェーブアウトしちまったとか?』
「あ――」
その可能性は十分にあった。それなら入るために使ったノイズウェーブにまで一気に出ることができる。
「そんな……もしそうなら、アイツがどこから
『……諦めるしかないか?』
ウォーロックが、ロックマンに言うというよりもむしろ自分自身に問いかけるような口調で問う。ロックマンも、何か方法はないか頭をめぐらせていた。
「……あ」
『どした? なんか気づいたか?』
「そうじゃないけど……ウェーブアウトして逃げるのはやっぱりおかしいよ」
『あ? なんで?』
自分の出した説を否定されたウォーロックは不思議そうに顔をしかめた。
「だって、ウェーブアウトで逃げるって選択肢がアイツにあったなら、ノイズウェーブの奥に逃げずに、さっさとウェーブアウトすれば良かったはずじゃないか」
『! なら視界には見当たらないだけでアイツはまだどこかに――』
と、ウォーロックはそこまで興奮気味に話したあと、急に口を閉ざした。
『なぁ、スバル……アイツが逃げるためにノイズウェーブの奥へと走ってたわけじゃないなら……アイツは何を狙ってそんなことしたんだ?』
「え……?」
『そもそも、なんでオレたちにロックバスター
「……」
確かに、とロックマンは思った。もともと自分たちが今までアイツを追ってきたのは、
「もしかして……狙いは、ボク?」
『それも、
狙いが見境なく人を襲うことではなくロックマンをおびき出すことなら、すべてに辻褄が合う。ウイルスを使って騒ぎを起こし、ロックマンを自分の目の前へと誘導したのちに相手の気を引く攻撃で挑発、ここまで誘導してきた、という筋書きを読むことができる。そうなると、
「……じゃあ、ボクがここまで来たことがアイツの作戦のうちで、罠かもしれない……?」
ロックマンの呟きに、ウォーロックが頷く。
『そういうこった。アイツはこの辺に隠れてるかもしれねぇ。気を付けて行こうぜ』
会議を終えた2人は、慎重に歩き出し、辺りを注意深く見まわし始めた。アイツの隠れ場らしき場所を探すのと同時に、罠の警戒。この二つをオペレーターとウィザードで行い、事件の犯人探しを開始した。
『……ん?』
「ロック? 何か見つけた?」
『それ、なんだ?』
と言いつつウォーロックが指した先には、何やら鍵のようなものが落ちていた。ロックマンはそれを拾い上げて観察する。
「……鍵だね」
『いや、見りゃ分かる』
「どこの鍵データかは分からないけど、ノイズウェーブにこんなしっかりしたデータが落ちてるってことは……」
『十中八九、ヤツに関係してるだろうな』
ノイズウェーブに長く落ちていたならば、プログラムは鉄が錆びるようにノイズに侵され、ボロボロで不安定なものになっていったことだろう。しかし、今ロックマンの手のひらにあるそのデータは、新品そのものでしっかりとその存在を保っている。このデータがここに落ちて間も無いことはそれで明確だ。
「でも、ノイズウェーブで鍵とかパスコードとかを使って開く扉って見かけたことある?」
『……ないな』
そもそも、鍵やパスコードを使って開く扉は、その先が誰かの管理下にあり勝手に入って来れないようにするために設置するものだ。誰も管理をしないノイズウェーブに、そのような扉があるとは思えない。
「さっきのロックとの会話が正しいなら、アイツはノイズウェーブの外には出てないはずだし……やっぱり偶然誰かが落としただけなん――」
そこまで喋ったロックマンが突然、口を閉ざして手元の鍵を凝視した。
『どうした、スバル?』
「なんか今……この鍵から何か感じたような……」
『は? なに言っ――
ドクン、と。
鍵が突然、生きているかのように脈打ち、ウォーロックも驚きに面持ちを変えた。
『何が、起きてんだ?』
「分からない……でも、これ、やっぱり何か関係あるんだ!」
脈打ちの間隔は次第に短くなり、その内側から突き上げるような鼓動は大きく強くなっていく。鍵はロックマンの手の中で激しく胎動する。その音は、まるで何かを呼び寄せるように空間を振るわせた。
『スバル、前!』
「前? ……ッ!?」
ウォーロックに言われてロックマンは顔を上げる。彼らの目の前の空間が、ぐにゃりと歪み始めているのが見えた。その歪みは除々に大きくなり、より黒くなっていく。その様は、まるで小さなブラックホールのようであった。
「これに引かれてる……?」
ロックマンは、その歪んだ空間を見つめながら呟いた。空間の黒い闇の向こうから、何かが近づいてくるのが、空間の歪みの中にわずかに見える。ロックマンの手の鍵は、もはや爆発しそうなほどの脈動を繰り返していた。
そして――
ガキン、と。
何かの金具が無理やり連結されたような無機質な音と共に、
「『!!』」
「それ」は二人の目の前の空間に
『これは……』
「扉……だね」
二人の目前に出現した扉は深緑の色で覆われ、四角い金の装飾が施されていた。不安定な構造の多いノイズウェーブには、ここまで構造のしっかりしたモノは存在しないはず。そう思いながら、ロックマンはその扉に触れてみた。
「これ……ノイズウェーブの中でできたものじゃなくて、ちゃんと電波でできた、
『防火壁? じゃあ、この先は……』
「たぶんノイズウェーブじゃない、普通の電波世界に繋がってると思う」
通常のファイアーウォールは外部からの攻撃を遮断するためのセキリュティ目的に使われるが、このノイズウェーブにおいてこの扉はノイズを遮断する役割を果たしているようだ。セキュリティ目的に作られたファイアーウォールが偶然ノイズにも耐えうるものだったのか、最初からノイズを防ぐために作られたそれだったのかは定かではない。しかし、どちらにせよこの先にはノイズや攻撃者から守るべく管理された電波世界が広がっているはずなのだ。そうでなければこのような扉は存在しない。
『だがよ、なんでそんな電波世界への扉が急にノイズウェーブと繋がったんだ?』
「それは分からないけど……今までも、電波世界の中にノイズウェーブへの入り口が繋がってたりしてたでしょ? ノイズの乱れた電波が、不正なリンクを張ってしまって繋がったってことなんじゃない?」
ロックマンは少し考え込みながら答える。外宇宙の電脳やFM星のコスモウェーブはノイズウェーブと繋がっていたし、メテオGへの侵入の際にはロックマンはノイズウェーブを経由している。ディーラーは電波世界の移動にノイズウェーブを利用していた。ノイズという乱れた電波は、時に突拍子もない電波世界に繋がっており、それを上手く利用すれば遠い電波世界へのショートカットにもなり得る。
『しかし、そうなるとノイズウェーブから電波世界に行くのも危険だな……。どこに飛ばされるか分かったもんじゃねぇ』
「うん。でも、この扉にアイツが逃げ込んだのは間違いないよ。ここしか逃げ場はないし」
言いながら、ロックマンは先ほど拾った鍵を扉の鍵穴に差し込む。鍵を回すと、がちゃりと軽い音がした。
「やっぱり開いたね」
『……行くか?』
ウォーロックはロックマンに問う。この問いはその内容に関係なく、意思確認に他ならなかった。扉の向こうに行くことそのものは決定している。ここまで来て逃げるわけもなく、逃がすわけにもいかない。が、その覚悟は、意思はあるのかと、ウォーロックは、ロックマンに問いた。未知の場所に跳ばされる覚悟はあるか、と。
ロックマンは、少し笑みを浮かべて頷く。
「当たり前だよ。今までいろんな目に遭ってきたんだし、このぐらいで怖気づくわけないよ」
『そりゃそうだな。なら、急ぐぜ。扉の向こうがめちゃくちゃ広いなら、今もヤツは逃げてるだろうし、これ以上差を広げられるわけにはいかねぇ』
ロックマンは再び頷き、扉に向き直った。そして何の躊躇も無しにドアノブを掴む。
「……行くよ」
『おう!』
二人は、扉を開いてその向こうへと入って行った。