俺は自慢ではないが、朝がすごく弱い。
一人で朝早く学校に行き、自主練をしている姿を見ている人たちからすれば、「なにをそんな冗談」と話題に出すだけで一蹴されてしまう。
時刻は朝の5時。
起きれない俺の目覚まし時計は、中々に高価で効果抜群のけたましい音を響かせる。
時計の頭を思いっきり叩き、少し乱暴な動作で音を止めると少しの時間を置き、むくりと上半身を起こす。
「ふぁ~あ」
拳が入りそうなぐらいの大きな欠伸をする。
身体を伸ばすように腕をあげ伸び運動をして、起きる準備をする。
段々とさえていく頭に、ようやく今俺が直面している問題に重要な昨日の事を思い出す。昨日起きた出来事を一度、整理をしよう。
園崎家への挨拶に行き、お魎さんと顔を合わせたこと。
エンジェルモートに行き、詩音に遭遇したこと。
そして、最後にレナと圭一が宝探しに行き、富竹さんと会い圭一にレナと雛見沢に若干の不信感を持ってしまったことだろう。
さて、今日はどうしようか。
一日の行動を考えながら、ようやくといった具合で立ち上がり、身支度をする。
しかし学校に持っていく物といっても、教科書と簡易的な運動着とタオル、あと愛用のバットとマスコットバットだろう。
前原家の人達は俺もそうだがみんな朝に弱い。なので必然的に俺が学校に向かう時は、俺以外誰も起きていないのである。朝ごはんと味噌汁、魚を食べ。朝練が終わった後に食べる特大おにぎりも二つ用意し、ようやく出る準備が完了となる。
家から学校までは走っていく。といっても、少し汗をかく程度のジョグだのペースでだ。
いつもの練習を終える頃には、いつも通り生徒がちらほらと見え始めている。練習をしながら考えていたのは、朝にも意識していた今日の行動である。
後に圭一と暗黒四天王ソウルブラザーズを名乗る、『クラウド』『イリ―』『トミー』、別名を大石蔵人、入江京介、冨竹ジロウの3人の協力は、この世界を抜けるためには重要である。
そこで俺が最初に目を付けたのが、入江機関として雛見沢に診療所を営み雛見沢症候群の研究をしているイリ―こと入江京介である。
大石は、曲がりなりにも刑事である。
子供だけではなく、協力を頼むときには大人もいた方が良いだろう。
富竹は、戦力としては頼もしいが黒幕でもあり、入江診療所でナースとして働いている鷹野三四に惚れてしまっている。いきなり鷹野と敵対しろといっても、難しいだろうと判断する。
その点から、入江には簡単に接触できその性格から話しやすいという利点で選んだが、幾分かの不安ももちろんある。
それは原作で、入江に事実を伝えた梨花ちゃんはまともに取り合ってもらえずに、逆に雛見沢症候群の発症を疑われてしまったのだ。
もし今回もそうなってしまったら、結構なピンチに陥る。
目に見える証拠は、何一つ持っていない。その中でも俺は立ち向かわなければならない。立ち止まってしまえば、それはもう驚くほど簡単に終わってしまうからだ。
そうこうしている内に、今日の授業が始まった。
俺は二時間目に行動に出る。みんなが学年ごとに机を合わせ、授業の態勢になろうというところで手をあげる。
「知恵先生。少し体調が悪いんで保健室に行ってもいいですか?」
もちろん嘘だ。
そのため、口々に心配の言葉を投げてくる魅音達には引き攣った笑みを返すことしかできない。
案外簡単に信じてもらえた。これも普段まじめに授業を受けているからだろうからかと、内心胸を張っていると保健室のドアを開けたところで後ろから声をかけられる。
「み~彼方は、頭がイタイイタイのですかぁ~」
さっきまで誰も後ろにいなかったはずなので、我ながらダサイと思うが、一瞬心臓が大きく跳ねる。
あとはこのまま体調が悪化したということで、入江診療所に行けると油断していた。
一応は協力体制となっている、梨花ちゃんに表情を崩し答える。
「そうなんだよぉ。さっきから頭が痛くてさ。心配してくれたのか?」
「でも今日も朝早く起きて、朝練もいつも通りしていたのに、そんないきなり体調が悪化するとは思えないのですぅ~」
まてまて。聞き捨てならない言葉がマシンガンのようにこの目の前にいる、愛らしい口から出てきてるぞ。
「んん? なんでそんな朝起きるとか、練習内容をしっかりやったとか知ってるのかな梨花ちゃん? いや梨花様」
思わない言葉にだらだらと汗を垂らしながら、聞いてみると梨花ちゃんの後ろからもう一人現れる。
『それは私が人の子を監視しているからですよ』
なぜか俺の前では、常時神様状態のように、口調が固い羽入さんがそう言いはなってくる。
その話が事実なら、こっちも聞かずにはいられない。
「おいおい待ってくれ。俺にはプライバシーって言うものはないんかよ。まさか・・・・・・風呂やトイレまで覗いている訳じゃないよな?」
『そ・・・・・・そこは善処しています。・・・・・・少しは』
そう照れながら言われ、俺の涙腺は決壊した。
こんな見た目幼女の神様に体の隅々まで見られてしまったのだ。
ああ、俺はもうお嫁にいけない体になってしまった。顔を手で押さえシクシクと泣いていると、俺たちの会話に取り残されていた梨花ちゃんが、見事に取り乱していた。
「えっと、ちょっと待ちなさい。なんであなたは羽入と話ができるの? 羽入も知っているような口ぶりで・・・・・・えっ、どういう事なの? ちょっと! 説明しなさいよ!」
さっきまでの余裕はどこへやら、分校内で素の自分を出してくる梨花ちゃん。その反応が可愛くて、「——っぷ」と吹き出してしまう。
その俺の反応に、梨花ちゃんは馬鹿にされたと思ったのか詰め寄って、真っ赤になった顔を近づけ睨んでくる。
羽入もその一連の行動で、限界だったのか普段見せない梨花ちゃんの反応を見て、顔を背け笑っている。
「いや、俺はてっきり羽入が伝えていると思ったんだけどな」
『ボクは伝えてないのです・・・・・・あっ』
俺の言葉に、笑いによって出てきた涙を片手で拭いながら羽入は答えてくるが、その一人称が俺の前での普段と違うことに気づき、少し固まってしまう。そんな俺の反応に、自分の言動の失態に気づいた羽入は、先ほどの梨花のようにテンパりながら弁解をしてくる。
こんなところで梨花ちゃんと羽入の、仲の良さを見せつけられても困ってしまう。
『まぁいいでしょう。さっきは油断しただけです。梨花には今日の夜、この前のことをお話しますので少し我慢してください。それより人の子よ』
「待てって、その人の子ってやめてくれよ。どうせ弟の圭一とかは名前で呼んでるんだろ? 俺のことも彼方って呼んでくれよ」
「えーそれでは、ゴホンッ。彼方に聞きたいのです。あなたはこの後、何をしようとしてるんですか?」
前にも見た、あの真剣な眼差しをこちらに向け質問をぶつけてくる。
でも、俺の口から聞かなくても羽入なら今日これから俺が何をしようとしているか、分かっている気がするのは俺の思い過ごしだろうか。
「羽入なら俺がこれからどこに行くか分かるんじゃないか?」
少し含み笑いを浮かべ答えると、小さく『入江に協力を求めるのですか?』と聞き返してくる。その言葉に反応したのは、横にいた梨花ちゃんだ。
俺の返答を待たずに、声を荒げる。
「だめよ! 入江は確かに良い人だけど・・・・・・良い人が救ってくれるとは思わない方が良いわよ。行ったところで無駄足になるだけだわ・・・・・・彼方は知らないと思うけど、その方法は一度私自身も試したことがあるの」
思い切って入江に今までの自分の境遇を話、それでも届かなかった胸の内は深刻のようだ。悲痛な面持ちでそう語る梨花ちゃんを、心配そうな目で見つめる羽入。
しかし、その事は俺は知っている。知っていてもなお、そこに手を伸ばさなければならない。
「だとしても俺は、今日入江さんと話をしてみる」
「・・・・・・そう」
俺の反応から、今は何を言っても無駄なのだろうと悟ったのか、梨花ちゃん派視線を床に落とし短くそう答える。
「なら、私が知恵先生には言っておくから、今からでも入江診療所に出もいきなさい」
そう言って踵を返し、歩き始める梨花ちゃんはどこか儚げだった。梨花ちゃんが廊下を曲がるまで、その後姿をずっと眺めていた。
「それで・・・・・・羽入はなんで残ってるんだ?」
『私はあなたの監視がありますから。どこまでもついていきますよ』
聞きようによっては、とても甘美な言葉だろうが。それを言った本人が自分に警戒心MAXな神様では、台無しである。
その言葉に「・・・・・・そうですか」と答えるのが俺には精一杯だった。
こうして俺は、後の事を梨花ちゃんに任せて入江診療所に向かうことにした。梨花ちゃんの事だから上手く知恵先生には伝えてくれるだろう。
目的に向かっている際に、俺の歩く半歩後ろついてくる、いつの時代の良妻だと思う羽入の立ち位置に、イラッとしてしまい、歩調を早め、次第には全力ダッシュまでして羽入を引き離そうとしたのは、俺の遅い黒歴史となった。
当の羽入は、ドヤ顔で宙に浮きながら追いかけてくるのだった。