アルドノア・ゼロ The Argentea Phantom ~銀の亡霊~   作:気分屋

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第2話 反撃の狼煙

 突如発せられたヴァース帝国からの宣戦布告、その翌日。全世界に向けて発信された件の布告の衝撃は、未だ収まる気配を見せず世界規模で波紋を拡げていた。まだ通信が生きている地域ではニュースを通じて、市民に避難を勧告している。

 

 ここ新芦原も例に漏れず市民の避難を進めており、既にその殆どは避難指定場所であるフェリー乗り場へと集まっている筈だ。

 

 

『市民の皆様。避難勧告が発令されています。逃げ遅れた人はいませんか?』

 

 

 そんな中、静寂に包まれた市街地をゆっくりと進んで廻る連合軍の兵員輸送車が一台。残っている避難民がいないか巡回して廻っているのだ。人手が不足している事から自ら手伝いを買って出た女子学生、網踏韻子(あみふみいんこ)は助手席からスピーカーで呼び掛けては見落としがないよう周囲に目を配る。

 

 後方の兵員用スペースではやはり三人の男子学生が……いや、一人は友人に任せて寛いでいるため正確には二人がサイドの強化ガラスから双眼鏡を手に監視を続けていた。

 

 

「何でオレ達まで駆り出されてるんだか」

 

 

「仕方ないよ。人手不足だし、意気込んでる韻子には逆らえないし」

 

 

「てか、そういうお前は伊奈帆に任せて寛いでんじゃねーよ。さっきから北欧美人の方しか見てないじゃんか、オコジョは」

 

 

「まあそう言わない。もう少ししたらカームとも代わってあげるからさ」

 

 

「いやそういう事言ってんじゃねーよ」

 

 

 お気楽な友人、オコジョこと箕国起助(みくにおきすけ)の呑気過ぎる態度に、こいつは今の状況が分かってるのかと金髪の少年、カーム・クラフトマンは呆れて溜め息を吐く。そこでふとオコジョが見ていた少女達に目を遣る。片や自分達と同じくらいの少女、片や十二、三の幼い少女。明らかに日本人ではなく、新芦原では珍しいロシアか北欧の系統に見えるその容姿から“北欧美人”とカームは勝手に呼んでいる。

 

 どういう経緯か、黙々と監視を続けているもう一人の友人、界塚伊奈帆(かいづかいなほ)が合流した際に連れていたのだが、聞いてみても『避難を促したら組伏せられて、その後一緒に輸送車までやってきた』とか良く分からない返答が返ってきたので、それ以降この話題には触れていない。

 

 

「うんうん、どんな状況でもやっぱり美人は大歓迎だよね。お手柄伊奈帆くん、10ポイント!」

 

 

 実にいいニヤケ面で喜んでる起助を尻目に、こいつの呑気さは死ななきゃ直らないレベルかもな、とか考えてカームは再び深い溜め息を吐くのだった。

 

◆◆◆◆

 

 パレードの惨劇を目の当たりにしたハルは、鬱々としながらも耶賀頼先生のいる病院に戻っていた。患者の避難もほぼ目処が立ったようで、現在病院内で見掛けるのも少数の医師や患者がちらほらといったものた。ただエレインさんはまだ搬送されておらず、先生に聞いたところ手配していた車両が事故を起こしこちらに来れないとのこと。

 

 そういった事情があり、やむなく先生の車で避難先へと向かっていたのだが、トラブルとは嫌なときに重なるものらしい。途中の道でガス欠を起こし立ち往生する羽目になったのだが、幸いにも然程待たずして巡回の兵員輸送車が通り掛かり、事なきを得た。

 

 

「いや助かったよ。よりによってこんなときにガス欠するなんて」

 

 

「感謝してくださいよ、先生」

 

 

 困り果てていた耶賀頼は助手席にいる韻子に礼を言い、韻子も得意気に返す。耶賀頼は仕事の関係上、学校にもよく顔を出しており、そこの生徒にも顔が広い。韻子や後ろの三人とも既知の間柄だった。

 

 

 

「いいんすよ先生。にしても綺麗な人ですねー。お手柄先生10ポイントォ! うっ……」

 

 

 耶賀頼の連れていた女性、今は簡易ベッドで横たえられているエレインを見た起助が先程のように茶化そうとしたが、ハルが目を鋭くして威嚇したため尻込みしてしまった。

 

 

「ハハハ、起助くんは相変わらずですね。こちらは私の知り合いでハルくん。ベッドの女性はエレインさんといって、ハルくんの大事な人だからちょっかいは出さないように」

 

 

 耶賀頼の説明に理解を示したのだろう。ブンブンと激しく頷くオコジョを見て、ハルも許してやるかと視線を外し解放してやった。

 

と、そのとき。

 

 

「うおおおっ!?」

 

 

 運転手の素っ頓狂な声がしたかと思った直後、急激なブレーキが掛かり全員が前のめりになる。何事かと前を見た耶賀頼は運転手がブレーキを掛けた理由を知る。目の前の交差点を数機の巨人が横切っているのだ。それが連合軍の機体だと認識した耶賀頼は思わず声に出した。

 

 

「KG-7、アレイオン!?」

 

 

『あなた達! 避難勧告が出てる筈でしょ。こんな所で何をしてるの?』

 

 

 一機が行軍を止め、こちらに警告する。声からして女性の操縦士のようだが、韻子はこの声に聞き覚えがあった。

 

 

「もしかして、ユキさんですか!?」

 

 

「え!? 韻子ちゃんなの!? じゃあもしかしてナオくんも!?」

 

 

 韻子の思った通り、操縦士の名前は界塚ユキ。伊奈帆の姉だった。因みにナオくんとはユキが伊奈帆を呼ぶときの愛称である。彼女の話によると、現在東京から熱源が一つ接近しているらしい。話に聞いた火星カタフラクトの公算が大きく、この一帯も交戦想定区域となるため急いで安全な場所に逃げてとのこと。

 

 

「でもこの先を抜けないと避難先のフェリーには行けないっすよ!?」

 

 

 起助が慌てて言うが、ユキにもそこまで構っている余裕はなかった。とにかく、自分達が敵を食い止めるからその間に安全な所まで避難するよう言い残し、隊列に戻っていってしまった。

 

 

「伊奈帆……」

 

 

「うん……」

 

 

 この場所が戦場になる。それもあるが、何より肉親が戦火に身を投じる事となる。その事に気づいたカームは伊奈帆に気を遣って声を掛ける。伊奈帆は普段と変わらないように見えたが、カームはその表情の中に緊張や不安が見え隠れしているのを感じ取った。

 

 車内の面々が不安な顔をする中、ハルは特に険しい表情を作っていた。ここには耶賀頼先生やエレインさんもいる。戦闘になるのは極力回避したいところだが、しかし現実に敵はこちらへ向かってきている。ここは希望的観測は捨て、最悪のケースを予想すべきだと思う。

 

 いざというときのために保険は掛けておこう。そう心の中で考え、静かに意識を集中させ“保険”の準備を始めるのだった。

 

◆◆◆◆

 

 

「航空部……ザッ……が……ザザ……闘を開始」

 

 

「何だ? やけに電波状態が悪い」

 

 

「ジャミングだ」

 

 

 部隊長が通信状態の悪さに疑問を抱いていると、僚機の一人が通信を送ってきた。彼によると、敵はまず強力な妨害電波を用いて指揮系統を混乱させ、連携を取れなくしてから各個撃破する戦法であるらしい。

 

 

「間違いない。15年前と同じだ」

 

 

「……何が15年前だ、ぺてん師が……!」

 

 

 部隊長はマイクを塞いで音が入らないようにしてから、露骨に悪態を吐いた。通信を入れた人物、鞠戸孝一郎(まりとこういちろう)はある意味で有名な人物だった。彼は15年前、『ヘブンズ・フォール』の起きたあのとき種子島の基地にいたらしいのだが、そこで火星のカタフラクトと交戦したと以前から主張していた。

 

 軍部はそのような事実は確認されていないと否定し、その場での生存者も鞠戸のみという事でこの件は誰にも信じて貰えなかった。当時提出された『種子島レポート』も容認されず、政府高官が揉み消したと言われていた。当の鞠戸はその事実に酷く落胆し、以来職務をだらけ気味にこなしつつも酒浸りの日々を送っている。

 

 それ故に、鞠戸孝一郎は世間では大法螺吹き、部隊では不良隊員と限りなく悪いレッテルを貼られている。部隊長もそのレッテル通りだと思い、鞠戸大尉を毛嫌いしている一人だ。

 

 

「さっすが鞠戸大尉。あんたの経験と知識、頼りにしてますよ」

 

 

「マニングス准尉。軽口を叩いてる余裕があるのは結構だが、敵に出会したときは気を引き締めろよ。でないと真っ先にやられる事になる。あいつらは、化物だぞ……!」

 

 

「……り、了解っす!」

 

 

 尤も、何人かの隊員がそんな鞠戸大尉に自分に向ける以上の敬意を表しているのが気に食わないという、酷く個人的な感情が多くを占めていたりするのだが。

 

 

「航空機部隊、全滅……!」

 

 

 界塚准尉の報告に、思案に耽っていた部隊長は舌打ちする。敵は間違いなくこちらに向かっている。あわよくば航空機部隊で撃退できればとも思っていたが、どうやら戦闘は避けられないようだ。

 

 

「急ぐぞ……!」

 

 

 やや緊張を含んだ声で、部隊長は隊員に行軍を速めるよう促した。

 

◆◆◆◆

 

 

 街の中心部から少し離れた陸橋に、一台のワゴン車が停まっていた。避難勧告が発令されているというのに、このような場所で停車しているというのは不自然だ。何かトラブルだろうか。否、そうではない。彼らはこれから現れる人物を出迎えるためにここにいる。待ち合わせの指定場所がこの場所だった。

 

 

「迎えがきたぞ」

 

 

「ああ。これで我々は、騎士の称号を手に母なる故郷、ヴァースに凱旋できる。……長らく苦労を懸けたな、ライエ」

 

 

 仲間の言葉に暗殺実行犯のリーダー格、ウォルフ・アリアーシュは相槌を打ち、次いで後ろにいた愛娘のライエ・アリアーシュに労いの言葉を述べた。ライエはそんな事はないと微笑んで首を横に振った。

 

 その直後、空を覆う曇天を突き抜け紫色の巨体が落ちてきた。その巨体は轟音と強風を巻き上げウォルフ達の前に降り立った。

 

 

「お待ち申し上げておりました、トリルラン卿!」

 

 

『うむ、長きに渡る任務大儀であった』

 

 

 畏まる面々の姿に、紫の巨人『ニロケラス』の主であるトリルランは満足そうな声音で労いの言葉を掛けた。その言葉が終わると同時に、ニロケラスの全身を不可思議な黒い影が脚から頭にかけて覆っていく。全てが覆われた瞬間、両肩に二つずつある計四つの噴射口から輝く光の飛沫が噴き出した。

 

 

「これが、『アルドノア』の輝きか……!」

 

 

 直接目にした事のなかった彼らは感嘆の声を挙げ、思わず見惚れていた。ウォルフだけはこの光を何処かで、それもそう遠くない過去に見たような気がしたが、次にトリルランが発した言葉にその思考は霧散した。収納していた腕部を展開したニロケラスは、その腕をおもむろに上げる。

 

 

『では、いざ去らばだ。()()()()

 

 

「なっ……!?」

 

 

 振り上げられた腕が勢いを付けてヴォルフ達の頭上に降り下ろされる。ヴォルフは我知らず娘の元に駆け出していたが、間に合う筈がないのは理解できた。駄目かと諦め掛けた瞬間、ニロケラスの直ぐ横に何かが着弾、爆発した。

 

 

「くっ!?」

 

 

 突然の爆風にウォルフは、咄嗟に全身で娘を庇う。爆風はニロケラス自体にはダメージを与える事はなかったが、カメラの映像を乱れさせ衝撃で機体の体勢を崩させるなど、操縦士であるトリルランを動揺させる効果は発揮していた。体勢を崩したニロケラスの振るう腕は、僅かに横にずれウォルフとライエ以外の実行犯達をコンクリートの橋ごと“消滅”せしめた。

 

 そう、潰したとか抉ったなどではない。触れた部分が初めからなかったかのように跡形もなく消されたのだ。その光景に戦慄が走ったが、ウォルフはまずはここを離れなければと、ライエの手を引き走り出した。

 

 

『くっ、逃がすわけにはいかん! 後々チュウチュウと余計な鳴き声をたてられては敵わんのだ!』

 

 

 “後始末”に失敗したトリルランは慌てて逃げる二人を追い始めた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「馬鹿もの!! 命令も無しに発砲するやつがあるか!!」

 

 

「すんませんっ! 民間人が襲われてたんで、つい……」

 

 

 敵機を発見するや否や、いきなりグレネードを撃ち込んだマニングス准尉に部隊長は激しく叱責する。次いで准尉の言葉に敵機の方へ目を向けると、確かに二人の民間人らしき人間が追い回されているのが見て取れた。

 

 

「敵カタフラクトへの攻撃を開始。レーザー通信を併用、連携を乱さず一気に決着を着ける。砲撃開始!」

 

 

 民間人がいる事で隊員達は戸惑っていたが、部隊長の指示にライフルを構え斉射、攻撃を開始する。

 

 

「よせ! 民間人がいるんだぞ!?」

 

 

 鞠戸が待ったを掛けるが、隊員達は部隊長の命令に従い聞く耳を持たない。

 

 

「クソッ、界塚准尉! 生き残りを保護しろ。オレとマニングス准尉がカバーする!」

 

 

「了解!」

 

 

 このままだと民間人が危険と判断した鞠戸は、越権行為を承知で界塚とマニングスに指示を出す。私の隊だぞ、勝手に命令を出すな! と部隊長が言っているが、取り合っている余裕はない。界塚機が迂回して近づくのを確認し、マニングス機と連携して自身もライフルを撃って敵機の注意を惹き付ける。

 

 

「民間人を確保!」

 

 

「よし、グレネード!」

 

 

「命令するなと言っている!」

 

 

 牽制のためグレネードを撃つよう指示を出す。部隊長は不平を言いつつ指示の通りにし、部下と共にグレネード弾を撃ち込んだ。しかし、放たれた弾は敵機に着弾する直前で爆発する事なく消失。敵機の装甲表面にまるで水面に石を投げいれたかのような波紋を生じさせることしかできない。通常の弾丸も同様で、かなりの量を撃ち込んでいるにも拘わらず未だダメージらしいものも見受けられない。

 

 

「何なんです、こいつは!?」

 

 

「怯むな! 撃ち続けろ!」

 

 

 注意を惹く事には成功したが、幾ら撃とうと緩慢な動作で近付いてくる敵機の歩みを止めるには及ばないようだ。ふと敵機は身体を沈めたかと思うと、その場で跳躍した。その巨体に似つかわしくない恐ろしいほどの跳躍力で、部隊との距離を即座に詰められてしまった。

 

 密集隊形を取っていた各機は四方に飛び退き、先程まで彼らがいた位置に敵機は降り立った。一気に勝負を着けようとコンバットナイフに持ち変えた隊長機が突貫するが、それが隊長機の命取りとなった。何気なく振るわれた腕は、隊長機の頭部から操縦席上部の装甲までを瞬時に消滅させた。隔てる物の無くなった視界で、次に振るわれた腕が自身を消滅させる瞬間まで部隊長は呆然と眺める事しかできなかった。

 

 

 隊長機を倒され指揮系統を失った後は、一方的だった。他の僚機は近付かれた敵機の一振りに為す術なく消滅させられ、隊長機と同様の末路を辿った。触れた部分がまるで最初からなかったかのように、パッと消失していく様にユキは言い知れぬ恐怖を抱いた。

 

 

「逃げろ界塚!!」

 

 

「ここは通さねぇ!」

 

 

 鞠戸とマニングスがニロケラスに突っ込んでいく。ライフルの弾丸が尽きた二機はピストルとナイフで果敢に挑むが、そこに勝機は微塵も存在しない。鞠戸が敵機の顔面にナイフを突き出すが、まるで吸い込まれるようにナイフの刀身を、いやそれでは飽き足らず腕までもを呑み込み消失させた。

 

 ならばと今度はもう一方に持ったピストルをゼロ距離で放つが、これも効果を見せる事はなかった。無慈悲に振られた横薙ぎの攻撃は、鞠戸機の腹部辺りを消滅させ上と下を泣き別れにした。次いでマニングス機も同様の方法で破壊されてしまう。

 

 

「……っ!!」

 

 

 邪魔者は片付けたと言わんばかりに敵機はこちらに振り返る。怪しく光る、ハの字に並ぶ六つのカメラアイに再び恐怖を感じたユキに、二人の安否を確認する余裕はなかった。保護した民間人を連れて、ユキは脱兎の如く戦場を後にした。

 

◆◆◆◆

 

 

『こちら界塚ユキ准尉。聞こえる?』

 

 

 司令本部へと連絡を取ろうと何度も無線に呼び掛けていた韻子は、唐突に入ってきた声に驚いた。

 

 

「ユキさん!?」

 

 

 今どこにいるんですか、と問い掛けようとしたがその前に前方の曲がり角から一機のアレイオンが姿を現した。手に何かを持っているようで、輸送車が停車するとそれを下に降ろした。二人の民間人らしき人達だった。

 

 

『その人達を連れてそのまま走って!!』

 

 

「ユキさん、一体何が……!」

 

 

『いいから急いで!』

 

 

 有無を言わさぬ迫力に一同は驚くが、その理由も直ぐに分かった。言い終わった直後、ユキはライフルを後方に構え斉射。敵が来ているらしい。二人が乗り込んだのを確認してドアを閉める。途端、激しい衝撃が輸送車を襲った。ユキがアレイオンで輸送車を蹴り飛ばしたのだ。蹴られた輸送車は向きを180°変えたところで止まる。

 

 

「ユキさん!?」

 

 

 何事かと窓から顔を出した韻子は、滑るように曲がり角から現れた敵機を視認した。その敵機は銃弾をものともしないで、図体に見合わぬ機動性で着実に進んでくる。右腕を一閃。アレイオンの片足を消し飛ばす。次は左腕。もう一方の足と両腕を消し飛ばし、瞬く間に達磨にした。支えを失ったアレイオンは輸送車にもたれるように伸し掛かる。再び輸送車を衝撃が襲う。

 

 

「ちょ……大人ぁ!?」

 

 

 恐慌を来した運転手が、車から降りたのを見た韻子が叫ぶが運転手は次の瞬間飛んできた瓦礫に吹き飛ばされてしまった。仕方なしに今度は韻子が運転席に座り、アクセルを噴かす。走り出した輸送車はしかし、上にいるアレイオンのせいで思うようにスピードが出ない。

 

 

「韻子もっとスピード! このままじゃ追いつかれちゃうよ!」

 

 

「やってる!」

 

 

 オコジョが焦ってスピードを上げるよう促す。韻子もそうしようとアクセルを目一杯踏み込んでいるが、如何せん重すぎてこれ以上速度が上がらない。

 

 

「ブレーキ」

 

 

「……は?」

 

 

「ブレーキ踏んで」

 

 

「……今、なんて?」

 

 

 その事に気づいた伊奈帆は状況を打開すべくブレーキを促すが、理解が及んでいない面々は呆気にとられるばかりだ。一刻の猶予もない、伊奈帆は少々語気を荒げてもう一度促した。

 

 

「ブレーキ!!」

 

 

 今度こそ韻子は従い、急ブレーキを掛ける。迫りくるニロケラスの足にアレイオンの脚部が消滅させられていく。ギリギリまで削られたところで、再び「アクセル!」と指示を出した。思いっきり踏み込むと、重量が減った分さっきより速度が増した。

 

 どうにか距離を離した輸送車は、曲がり角を右へ左へと曲がって敵を撒こうとするが、ニロケラスは通りにある建物を消滅させながら執拗に追い掛けてくる。

 

 

「ぉおい、オコジョ!? 危ねえって!!」

 

 

「ユキさん助けねぇと!!」

 

 

 運転席の天井にあるハッチを開けて、起助が外に出た。カームの警告も無視して、アレイオンに乗ったままのユキ准尉を助け出そうとしているようだ。運転に揺られながらも一歩一歩近付いて、何とかワイヤーにフックを掛ける。とそのとき、横に並ぶビルを突き抜けてニロケラスが出現した。逃すまいと振るわれた腕を避けるため、車は大きく揺れ動く。

 

 

「わ、わ、わあああ!?」

 

 

 急な揺れに体勢を崩した起助の身体は宙に舞った。寸でのところで、伊奈帆が手を掴みどうにか持ちこたえるが、いつまでもこのままというわけにはいかない。早くどうにかしないと、起助の命に関わるのは明白だ。しかしどうすれば。今の危機的状況を回避する術が、伊奈帆には思いつかなかった。

 

◆◆◆◆

 

 激しく揺れ動く輸送車の中。怯える避難民の隅にウォルフ親子は蹲っていた。落胆する父に、どう声を掛けていいのかライエには分からなかった。

 

 

「お父様……」

 

 

「……トリルラン卿は我らの事を鼠と呼んだ。最早疑いようもない、初めから我らは始末される予定だったのだ。栄達の道など、なかったのだ……!!」

 

 

 怒りに、無念に肩を震わせるウォルフ。自分達は初めから都合の良い捨て駒としか見られていなかったのだ。これでは殺された同志は全く報われないではないか。苦悩する父にライエはやはり掛けられる言葉が見つからない。

 

 

「こんな筈ではなかったんだ。こんな筈じゃ……!! 死んだ同志達に、その妻や子らに何と言えばいい……!?」

 

 

「うわあぁぁぁ!?」

 

 

 突然屋根から少年の悲鳴が聞こえた。どうやら上で何か危険な状態になっているらしいと考えたウォルフは、逡巡の後ライエと共に運転席の方に向かった。

 

 アリアーシュ親子が通り過ぎた通路の一角では、寝かされたエレインの横で静かに瞑想するハルの姿があった。

 

◆◆◆◆

 

 

「……くっ!」

 

 

「い、伊奈帆……!」

 

 

 不味い。手が緩んできている。このまま引っ張り続けるのは無理だ。何の打開策もない事に徐々に焦りが募る。もしこの手を離してあの敵に接触してしまったら、きっと起助は。起助もそれが分かっているのだろう、涙目で離さないでくれと訴えてくる。

 

 だがそんな願いも虚しく、徐々に手は緩んでいきそして――

 

 

「あっ……!?」

 

 

 遂に手を離してしまった。絶望の表情を宿し起助は宙に舞い上がる。

 

 

「うわああああーー!?」

 

 

 悲痛な叫びが響き渡る。このまま追い掛けてくる敵に吸い込まれるように飛んで行き、建物やアレイオンの手足のように跡形もなく――。最悪の想像が頭を過った。

 

 

「あああーーーぐっ!!……あれ?」

 

 

 が、そうはならなかった。起助は背中に何か固い物が当たっているのに気づき、後ろを振り返って思わず絶句した。それは巨大な“手”だった。金属でできた銀色の巨大な手が起助の身体を受け止めていたのだ。

 

 だが驚くのはまだ早い。何とその手は、輸送車を透過して地面から伸びていたのだ。一体どういった原理なのか、摩訶不思議な光景に起助も伊奈帆も言葉が出ない。そんな事にはお構いなしに手は静かに下がり、起助を屋根に降ろした。

 

 一先ず九死に一生を得た起助は、どうにか伊奈帆のいるハッチまで戻る事ができた。うっかり足を滑らせてまた危険な状態になったが、ユキが連れてきた親子が手を引っ張ってくれたお蔭でどうにか助かった。

 

 

「大丈夫か、キミ!?」

 

 

「あ、ありがとうございます! し、死ぬかと思いました……!」

 

 

 余程怖かったのだろう。中に戻った起助は経たりこんでしまった。死ぬ思いをしたのだから当然だ。危機を乗り越えた事で安堵したのも束の間、今度はウォルフ達を危機が襲う。

 

 

「うおおっ!?」

 

 

「お父様っ!?」

 

 

 敵が地面を踏んで強く揺らしたせいで、ウォルフが外に投げ出されてしまった。ライエと伊奈帆が手を掴んでいるが、再び不味い状況である。巨大な手は未だ屋根から伸びているが、今は微動だにしない。さっきのように助けてくれるかどうかは分からない。

 

 汗で手が滑る。それだけに留まらず、徐々に痺れてきた。大の大人を引っ張るには少年少女二人では無理があったのだ。その様子を見てウォルフは己の死を覚悟した。悔恨の念をその顔に宿し、愛しい娘に顔を向ける。

 

 

「すまない、ライエ……」

 

 

 再び敵が地面を強く踏んだ。地震のような揺れにとうとう繋いでいた手が離れてしまう。投げ出されたウォルフを、再度動き出した銀色の手が受け止めようとするが、後少しといった所で何故か動きが止まり、助ける事は叶わなかった。宙に舞ったウォルフはニロケラスの巨体に触れた瞬間、表面に波紋を広げ跡形もなく消滅した。その直前、ライエに最期の言葉を残して。

 

 

「イヤァァァーーーー!!」

 

 

 少女の悲痛な叫びと、ニロケラスが崩したビルの倒壊する轟音が重なりあった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 執拗に追い掛けていたニロケラスは輸送車がトンネルに入った途端、これまでが嘘のようにあっさりと諦めた。追ってこないのを確認した韻子はゆっくりとアクセルを緩め、やがて輸送車はトンネル内で停まった。

 

 

「居なくなった……。さっきの腕は一体……っ!? ハル君、大丈夫かい!?」

 

 

 沈んでいくように居なくなった金属の腕に注意を払っていた耶賀瀬は、頭を押さえて蹲るハルに気づいて慌てて駆け寄る。どうやら衝撃で荷物が飛び、頭部に当たったらしい。額からは少量だが血が流れて一本の赤い線を引いている。頭を振って意識をはっきりさせたハルは、大丈夫ですと沈んだ声で返答を返す。

 

 一先ず安心そうだと判断した耶賀頼は、包帯などの医療品を取りにその場を離れた。耶賀頼が離れてから、ハルの口からは小さな声が漏れた。

 

 

「後少しで、届いたのに……助けられなかった……」

 

 

 悔しげで、消え入りそうなその声はハルの口内で響き、誰にも聞かれる事はなかった。

 

 

「もう安心だ皆! やつはもう追ってこない、……?」

 

 

 安全を伝えようとハッチから顔を出したカームは、三人いた筈のその場所に一人だけ見当たらない事に気がついた。

 

 

「……なぁ伊奈帆、あのオッサンは?」

 

 

 嫌な想像が頭を過り、不安混じりに聞いてみるが返事はなく、当の伊奈帆は沈黙したままアレイオンのコックピットハッチを開放する。横では見当たらない男性と一緒にいた少女が顔を覆って泣き崩れていた。カームは自分の嫌な想像が当たっているのを確信して、糞っ、と内心で悪態を吐いた。

 

 

「さっきのやつ、まだ僕達を追ってるみたいだ」

 

 

 ハッチを開けたとき、アレイオンのコックピットには通信が入っていた。ユキは気を失ってぐったりしているが、外傷は見当たらない。ユキに送られたであろうその通信の発信者は、伊奈帆達の学校の教官でもある鞠戸大尉。どうやら無事だったようだ。鞠戸は言う。敵はお前を追っている。こちらはフェリーの出港を急がせるから、できるだけ時間を稼いでほしい。だが無理はするな、必ず救援に向かう、と。

 

 

「上手くすればフェリーを安全に出港させられるかもしれない。僕達が囮になれば」

 

 

「何言ってんだよ……!?」

 

 

「共同抗を通れば学校まで行ける。火器演習で使った機体や弾薬もある」

 

 

「お前……」

 

 

 カームは伊奈帆が何を言おうとしているのかを理解した。立ち向かうつもりなのだ。逃げるのではなく、ここにいる自分達であの化物を迎え撃つつもりだ。

 

 

「戦おう、ユキ姉達の代わりに。僕達で、あの火星カタフラクトと」

 

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