どろどろに溶けて甘さだけを残したバニラアイスのように、私の身体も溶けて蕩けて得体の知れない何かに変わってしまうんじゃないか。
そんなことは起こるわけがないんだけど、そう思わずにはいられないほど、今年の夏の暑さは猛威を振るっていた。
いや、それこそ毎年、夏になったら毎日、溶けてしまいそうとか言っているわけだけど、ゴキブリの次くらいに暑いのが嫌いな私にとっては、毎日のように観測史上最高気温を更新している気分なのだから、そんな言葉が漏れてしまうのも仕方がないことだ。
いっそ融解して川の流れに呑まれてしまいたい。
そんな意味の分からない願望を抱いているうちに、いつの間にか呆気なく夏は終わってしまっていた。部屋の隅でコンセントを抜かれたまま、拗ねたようにそっぽを向く扇風機の姿が、静かに季節の移り変わりを告げていた。
食欲の秋。芸術の秋。スポーツの秋。ああ、なんて素晴らしい季節がやって来たのだろうか。
少食だし、芸術センスは欠片もないし、運動神経も壊滅的なくせに何を言っているんだという感じだけど、私の心は夏が終わったという喜びに舞うに舞っていて、今にもコサックダンスでも踊り出すんじゃないかと不安になるほどだった。
でも、幸せなんて儚いものと相場は決まっているのだ。
夏の終焉に踊り狂っていたのも束の間、10月下旬の廊下に漂う空気は早くも冬の訪れを予感させるような肌寒さを伴っている。今年の北風はあわてん坊らしい。シベリアにずっと引きこもっていればいいのに。
小さく身震いしながら廊下を歩く私の数歩先には、運動部と思われる短髪の爽やかな男子生徒と眼鏡をかけた大人しそうな雰囲気の女子生徒の姿がある。互いの指を絡ませて肩を寄せ合い、その熱愛ぶりを知らしめんがごとく、私の行く手を遮りながらゆっくりと廊下を進んでいる。
きっと二人にはお互い以外の誰も目に入っていないんだろう。彼らの恋の熱量に反比例するかのように、私の身体と精神はますます冷え切っていく。
トップでゴールテープを切るマラソン選手のごとく、繋がれた両手を切り離して二人の間を走り向ける猛者はいないだろうか。金メダルはもちろん、国民栄誉賞をあげてもいい。
間を駆け抜けてやったら彼らはどんな反応をするだろうか。そんな障害など気にも留めず、再び手を繋ぎ直してしまうのだろう。
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わむとぞ思ふ
何物かが二人の仲を裂いたとしても、いつか再び手を繋ぎ直すということかな。なるほど。崇徳院の和歌に関する新解釈が生まれてしまった。
こうなってしまっては、カップルの間を永遠に裂くモーセの到来を待つしかない。そのまま別々に太平洋に流れ込めばいい。いや、それだと最終的に一緒になってしまうのか……。
毒にも薬にもならないことを想像しては、リア充への敵愾心を燃やしている。
廊下の端の階段まで辿り着くと、彼らは1階への階段を下っていった。私の目的地は3階のため、目の前でカップルのいちゃいちゃラブラブを見せつけられるという苦行からようやく解放される。
あのまま後ろを歩き続けていれば悟りを開けたかもしれない。危うく解脱するところだった。ぎりぎりセーフ。
3階の廊下は更に肌寒く感じられた。音楽室や理科室、視聴覚室といった特別教室が多く、各クラスの教室がある1・2階よりも人の出入りが少ないからだろう。
実際には大きな違いなんてないんだろうけど、近くに誰かがいるかいないかで体感温度は結構異なるような気がする。
だからといって、恋の熱に浮かされた男女の近くにいたいかと問われれば、もちろん答えは否だ。即答だ。目にも心にも毒にしかならないその熱で、彼らがそのまま燃え尽きてくれれば、私の心も身体も少しは温かくなるかもしれない。
醜い嫉妬を胸に廊下を進むと、あっという間に目的の教室に辿り着く。
教室の扉に張られた紙には「文学部」の三文字。一体何年前のものなのか、くすんだ茶色に染まっている上に、所々破れかけている。右上を固定しているガムテープは今にも剥がれてしまいそうだ。
この汚い紙も最近はあまり気にならなくなってしまった。教室を訪れる度に新しくしようと思いながら、結局何もしないままになっている。この教室を使うようになって半年ほど経過したが、旧時代の遺物は相変わらず教室の扉にしぶとく張り付いていた。
扉を開けると埃っぽい独特の匂いが鼻をつく。アレルギー体質の人はきっと耐えられないだろう。最初は不快でしかなかったこの空気だけど、慣れてしまった今となっては、気持ちを落ち着けてくれるような心地良さを感じるのだから不思議だ。
狭い教室の中心を占領する長机の上に鞄を放り投げると、いつもと同じ席に腰掛ける。椅子は複数あって他に部員などいないのだから、何処に座ろうと問題はないんだけど、なんとなく同じところに座ってしまう。まるで私の家で飼っている猫みたいだ。
椅子の上で思いっ切り背中を伸ばす。一日中、欠片の興味もないような内容を一生懸命ノートに取っているのだから、疲れるのも当たり前だろう。何処かの骨がポキッと小気味のよい音を上げた。十分に体を伸ばし終えて力を抜くと同時に、疲労を吐き出すように大きな溜め息が漏れた。
溜め息をつくと幸せが逃げるんだよ。
存在するはずのない彼女の声が聞こえた気がして、思わず教室の中を見渡してしまった。しかし、部員総数1名の文学部の部室に他の誰かがいるはずはなく、もちろんどれだけ探しても彼女の姿は見当たらない。
半年にわたって文学部に居座り、私の唯一の趣味である読書をとことん邪魔してきた彼女だったが、つい最近いなくなってしまった。
あんなに騒がしかった部室も、今は静寂に支配されている。夏の終わりとともに突然訪れた静寂に、まだ慣れることができないでいる。
失ってから大切さに気付くなどというのは、世間にはありふれ過ぎた言葉で、全く有難みなんか感じないんだけど、どんなに煩わしく思っていたとしても、それまで当たり前にあったものが突如失われるという経験は、確かに奇妙な痛みとでも呼ぶしかない何かを私に残した。
私がいなくて寂しいの?
クスリと笑いながら悪戯っぽく問いかける声がした。今度は教室の中を見渡したりはしない。その声は私の幻聴に過ぎないのだから。
油断すると幻聴と会話してしまいそうになる。そんな声を振り払おうと、鞄の中から取り出した読みかけの文庫本に目を落とした。