間桐家当主トキヤ   作:アイニ

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 それは雁夜が帰国する一週間くらい前のこと。

 鴇哉と臓硯は自分たち間桐と並ぶ御三家の一つ『遠坂』に招かれ、遠坂邸へと足を運んでいた。

 間桐とは少々趣の違う、派手ではないが華やかな調度品が配された屋敷。その応接間に、招かれた二人と招いた一人が向かい合う形で座っている。

「まずは、お二方にご足労頂いたことを感謝しよう」

 と鴇哉たちにそう面白くもない貴族然とした挨拶をするのは、赤いスーツに身を包んだ黒髪碧眼の男。遠坂の現当主、時臣である。

(属性は火、体系は宝石魔術で攻撃特化、才能は歴代の遠坂じゃ凡々だが努力を積み重ねて並み以上の実力、ただし信念と価値観から傲慢な部分あり、典型的な魔術師気質と思考……だったか)

 鴇哉は彼のことを情報で知っていたものの、面と向かって顔を合わせるのはこれが初めてのことだった。御三家の間には不可侵の掟があるため、対面の機会などそうないからだ。まして御三家が他の御三家を自宅に呼び出し招き入れるなど、前代未聞である。

 そんなわけで、次兄雁夜と同い年くらいの男を観察する。

 そして、

(つまらなそうな奴だなぁ)

 と感じ、興味が失せる結果となった。

 

 

 和洋折衷な出で立ちの青髪紫眼の少女が、視線だけで時臣を眺める。

 かなり不躾な行為だったが、不可侵の掟を破った時臣にそれを咎める資格はない。それに、この憮然且つ傍若無人とした態度は、身体的性別から相手に舐められないために身に着けているようにも感じる。

 問題は、眺め終えた後。少女が極々僅かにだが、ため息をついた点だ。

 時臣は表面こそ優雅かつ余裕を持っている風に取り繕っていたが、内心では少女……鴇哉の目から関心の色が失せたことに焦りを覚えていた。

 ――――間桐鴇哉。

 旧名は間桐朱鷺。トランス・ジェンダーで、精神的性別は男性寄りの中性。

 衰退していく間桐の中で、異母兄二人と比べ物にならない優秀な魔術回路と類稀な属性を有していたことから、次期当主に確定。それからは名を一部変え、後継者として育てられる。

 その後、訓練によって間桐の特性を後天的に手に入れ、更なる魔術を修得すべく十三歳の時に時計塔に入学、二年で卒業。帰国後に当主の座を継ぎ、度々外国に渡来しながら魔術研究や死徒狩りに赴く……。

 それが目の前にいる年若き当主の経歴だが、時臣が危惧しているのは時計塔でのものだ。

 彼女は初めの一年こそ、極普通の魔術師として研究と勉学に励んでいた。

 しかし次の一年では、恐るべき速度であらゆる部門の魔術を取り込み、自分に適した魔術を全て残らず修得、そうでない魔術も知識として会得し、飛び級で卒業したという。

 そんなことをした理由を、誰もが問うた。

 すると彼女は答えたという。

 

 ――――『つまらなかったから』と。

 

(……つまり関心のあることは手間暇掛けてじっくり取り掛かるが、そうでないものには時間を浪費したがらず、手早く終わらせてしまうということだ)

 関心のないことでも切り捨てたりせず、きちんと己の物にする点は好感が持てるが、しかし非常に厄介でもある。此度の場合は、特に。

(今回の件を、つまらなく思われてはいけない。この頼みを手早く終わらされては困る。それでは、私の願った通りにならない可能性が高くなる……!!)

 本来なら優雅に口上を述べるのだが、鴇哉を煩わせれば更に関心を失ってしまう可能性が高い。

 だから時臣は、単刀直入に告げた。

「今回お二人を呼んだのは、我が娘……桜を間桐の養子に出したいからだ」

「ふぅん?」

 鴇哉の瞳が、時臣をくだらなそうに見つめる。対して、彼女の隣に座る老爺は唇の端を三日月のように釣り上げた。

「鴇哉。君の場合はそう問題なかっただろうが……二子、三子を儲けた魔術師は本来苦悩するものだ。一人だけを世継ぎに選び、他の子を凡俗に堕とさねばならないジレンマに」

「じゃが、遠坂の子倅の場合はそうするわけにはいかぬのじゃろう?」

「その通りです、翁」

 笑みを浮かべる臓硯の言葉に、時臣は強く頷いた。

 こういってはなんだが、間桐のように誰か一人だけ才能が突出していればまだ良かっただろう。そうすれば他の子は……残念ではあるが、それでも普通の人間として生活することが出来る。

 だが、妻の葵は母胎として優秀過ぎた。

「娘たち、凛と桜はどちらも稀代の素養を備えて生まれてしまった。家督を引き継がなかった片方は怪異の渦に巻き込まれ、魔術協会によってホルマリン漬けになってしまう可能性が高い。……どちらも、魔導の家門による加護を必要としているのだ」

「……それで、爺様が養子縁組を申し出たわけか」

 鴇哉は青い髪を指で梳きながら、視線を隣に座る臓硯に向けた。すると臓硯はクツクツと、察しが良いと言わんばかりに笑みを深める。

 間桐の翁が、この末子を可愛がる理由がよく分かる。鴇哉は才能に恵まれているだけでなく、聡い。若いながらに出来が良い。

「なるほどね。ウチは遠坂とは逆に、次の後継者がいなくて困ってた。だから爺様は、あちらさんに子のどちらかを欲しいと声を掛けたわけだ」

「左様よ。鴇哉には当主としての素質がある代わり、母胎としての素質はないからのぉ。ゆえに鶴野を残し、生まれる子に期待したわけじゃが……その子である慎二は魔術回路を持たなんだからの。間桐を途絶えさせんためにも、養子は必要じゃろうて」

 鴇哉と臓硯はそれぞれ、間桐の深刻な事情を時臣の前で暴露する。本来なら、こんな弱みを見せる行為はしない。これは良い父親なれど魔術師的思考で動く時臣に、『互いに利害が一致している』ことを改めて感じさせるためだ。

 そしてそれにまんまと釣られた形の時臣は、言葉を続ける。

「他にも桜の養子先に相応しい家はあるが、それでも私は聖杯を知る間桐へ出したいと思っている。根源へ至る可能性が最も高いのは間桐だ。……それに」

 と、そこで時臣は期待に満ちた眼差しを鴇哉に向ける。

「架空元素を持って生まれたという君なら、同じく架空元素の桜を立派な魔術師に育ててくれるに違いない」

「……へぇ?」

 すると、少女の顔に笑みが浮かぶ。

 先ほどまでつまらなそうにしていたのが、嘘のようだ。

「なるほどなるほど? 遠坂の次女は架空元素か。虚か、無か、はたまた僕と同じく両方持ちかな?」

「……桜は虚数だ」

「なんだ、片方だけか。同じ二重属性を期待してたんだけどな」

「かかかっ。お主みたいなとんでもないのがポンポン出て来おったら、魔術協会も困るじゃろうて」

 肩を竦める鴇哉に、臓硯が笑いながら語る。その言葉には時臣も同感だった。架空元素の二重属性がそこかしらにいたら堪ったものではない。

(しかし……『虚』と『無』を有してなお、封印指定から逃れるとは)

 と、時臣は思い出す。鴇哉が持つ経歴の一つ――――『封印指定を受けたにも関わらず平然と時計塔を歩き、執行者を返り討ちにした』という武勇伝を。

 送り込んだ三人の執行者を叩き潰され、蟲の餌食にされたことで魔術協会は彼女に掛けていた封印指定を外した。封印指定を捕えるメリットより、捕えようとするデメリットの方が大きくなったためである。この情報を得た時、封印指定を解く方法があるのかと半ば感心し半ば呆れたものだ。

(だが……そんな彼女の養子に出せば、桜は安全だ。それに彼女の関心もいくらか得られた。これなら、桜の未来も安泰だろう)

 そうして時臣は、鴇哉の娘として桜を養子に出したのだった。

 

  ◇◇◇

 

「……って感じに思ってるだろうね、あちらさん」

「…………」

 緑茶を片手に説明を聞いていた雁夜は、空いた手で顔を覆う。

 初対面だっただろう鴇哉に内心見透かされまくり、その上良い様に誘導された男に、流石に憐憫を禁じ得なかったのだ。

「遠坂当主、ちょろくね? とんとん拍子で縁組終わったんだけど、ちょろすぎね? 爺様がめっちゃ悪い顔してたのに全然気づいてなかったよ、あいつ。鈍感すぎだろ。手の内で躍らせられるな、かなり簡単に」

 そして初対面だった年上の男に、鴇哉は毒を吐きまくる。見た目だけとはいえ可憐な少女にこんなこと言われるなんて、哀れだ。先ほどまで抱いていた時臣への憤りが、みるみる萎んでいく。

「ねぇ次兄ってば、なんであんなのから葵さんをもぎ取れなかったわけ?」

「うるさい……葵さんを、こんな家に連れて来られるかよ……」

「あぁ、そこらへんは同感だわ。でもそれとこれとは別だろ。間桐の魔術に必要なことなんだからさ」

 呻くように声を絞り出す雁夜に、頷きながらひらひらと手を振る鴇哉。

 こいつは魔術に優れており情報の吸収速度が速いが、それだけならまだ問題ではない。この末弟の厄介なところは、思考の柔軟さと割り切りの良さだ。

 鴇哉は人としての己と魔術師としての己を理解し、己を律しながら様々な手段を取る。魔術師が忌避する科学や機械に手を出すし、様々な魔術を会得し自分好みに改良する。雁夜が嫌悪した魔術を「そういうものだから」と開き直り、鶴野が抱く罪悪感や恐怖を「一々気にしても仕方ない」と一蹴するのだ。

 八歳になる前から片鱗を見せていた恐ろしいまでの利己主義、思考の切り替えぶり。これこそが、臓硯相手にも引けを取らない大きな要因だ。

 そして臓硯譲りの嗜虐癖が、雁夜の頭痛の種だった。

「葵さんは美人だし良い人だと思うよ、僕から見ても。……あーあ、義姉に欲しかったなー。次兄は爺様の計らいで遠坂当主より距離が近かったんだから、やろうと思えば出来ただろうになー。肝心の次兄がヘタレてたせいでなー」

「うっさいうっさい! なんだよ人の心の傷を掘り返しやがって!! 楽しいか!?」

「うん、すっごく」

 ニヤァと意地悪く笑いながら肯定してくる弟に、雁夜は泣きたくなった。

「畜生……ちくしょう……俺のこと馬鹿にしやがって……っ」

「はっ。いつまでも幼馴染スキー拗らせてるからイジられんだよ。止めて欲しけりゃ恋人の一人でも作れ、この童貞が。つーか次兄、そこらで女引っ掛けろとまではいかないけどせめて風俗くらい行けよ。初恋引き摺って、いい歳こいてるのに未経験とかどういうわけ? 魔法使いにでもなる気か?」

「やめろ。その呼び方は止めろ。凄く嫌な響きがする」

 しくしくと嘆いていた雁夜は鴇哉の言葉で顔を上げ、わりと本気で懇願した。その反応に鴇哉はクスクスと笑い声を上げ、臓硯がニタニタと愉快そうに二人のやり取りを鑑賞している。

 

 ――――間桐家お家芸、身内虐め。

 被害者ランキング第一位は雁夜、第二位は鶴野、第三位は慎二である。

 他三人は基本、虐める側だ。

 




 鴇哉は封印指定執行者を返り討ちにして蟲責めにしたあと、その一部始終を記録したものを魔術協会に亡骸と一緒に郵送しています。
 また、協会の重鎮を中心にして住所や家族情報を調べたものや彼らの写真を、「こっちの研究の邪魔をするなら、全員蟲で嬲ったあとに生きたまま魂もろとも食わせてやる」という旨の手紙と共に、本人と家族らに使い魔で送り付けています。
 これにより、協会側は封印指定を解かざるを得なくなりました。
 それくらい敵に容赦ないのが鴇哉です。

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