間桐家当主トキヤ   作:アイニ

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 久々の投稿。
 色々と難産でした。


006

 ――――湖のランスロット。

 アーサー王物語に登場する彼の騎士は、多才な男として知られている。

 そして主君の妻ギネヴィアと、不義の関係にあったことでも知られる。

 そして最後は出家し、愛した女と二度と出会うことなく、彼女の死後に自ら食を断って自死したという。

 

「まぁ、そこらへんは別にどうでも良いっちゃ良いかな」

 

 蝋燭の灯りだけでは消しきれない暗闇の中、ぐちゃぐちゃと何かを潰す音が聞こえる。

 それは瓶の中にいる蟲を潰す音だった。丸々と肥え太った大型の異形な蟲がガラスの棒で幾度と突かれ、原形を崩されていく所だ。

 殺されていく蟲たちは体液を傷口から溢し、耳障りな悲鳴を上げながらも、しかし主の行為に抵抗を見せずされるがままでいた。

 この蟲たちは主たる間桐鴇哉の精を吸い、血肉を食って育った蟲である。

 昔、興味本位で行った実験の被験体だ。吸収と支配の特性を持つ間桐の血肉で育てた場合、その特性が蟲に作用するかどうか試してみたのだ。

 実験は成功だった。卵から育てたというのもあるが、この蟲たちは臓硯よりも鴇哉に従順に育った。そしてこの蟲に寄生された人間は鴇哉の支配下に置くことが出来、同意なしでもある程度操ることが出来る。

 そんな蟲を数匹潰して液状にした鴇哉は、体液と肉の混じった瓶の中身を桶に張った血の中に注ぎ込み、それを均一になるよう混ぜた。

 桶の中に入った血は他の誰でもない、鴇哉自身の物だ。聖杯戦争のことを義理の父から聞いて以来、少しずつ採血し貯蔵しておいたのである。

 

「何から何まで自分の物を用いるとはのう、鴇哉」

 

 カカッ、としわがれた笑い声が聞こえる。

 鴇哉は視血と蟲の体液が入った桶に視線を向けたまま、口を開く。

「仕方ないっしょ。僕の考え付いた方法に一番効果的なのは、支配の特性がある間桐の魔術師の血を用いることなんだから。でもって、儀式に使える血が僕のしかなかったんだ」

「確かにそうじゃのう」

 陣を書くための血を混ぜる跡継ぎの横顔を見ながら、臓硯は頷く。

 身体を蟲に作り替えた始祖臓硯には血がなく、長男鶴野には魔術師としての素養が殆どない。次男雁夜は長年出奔していたため血が貯蓄されておらず、慎二と桜は幼過ぎるため儀式に用いるには適さない。

 そのため、鴇哉が自身の血を用いるしかないのは必然的なことだったと言えよう。

「それに、僕も僕自身の血を使った方が行使しやすいしね。……っと、こんなもんかな」

 血を混ぜ終えた鴇哉はその表面に指先を触れさせると、小声で呟く。

「Изгиб; моя кровь(蠢け、我が血潮)」

 詠唱を終えると同時に、桶の中の血がぼこりと粟立つ。

 すると血が桶から噴水のように立ち上がる。その様を平然と見上げながら、鴇哉は血が付いた指先を指揮者の如く振るう。

 指の動きに合わせ、血が踊る。鴇哉の血は鴇哉の思うとおりに動き、地面へと降り注いで召喚陣を描いていく。

「……で、ここに追加と」

 呟きながら指を閃かせれば、空中に残った血が文字の形を作る。血文字は陣へと吸い込まれるように飛んでいき、完成していた陣に新たな模様を刻み込む。

 消去の中に退去。退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだ巨大な紋様。そこに新たに組み込まれた、マキリの魔術師による『支配』の呪。

 これで、鴇哉の考え付いた新たな陣が完成した。

「爺様、聖遺物は?」

「ちゃんと用意しておるわい」

 現当主の要求に応じ、翁は箱を取り出す。

 箱の中に入っているのは聖遺物――――アーサー王に仕えた騎士たちが会議の際に用いた円卓の、欠片だった。召喚対象を定め過ぎないようにと、鴇哉が多様性のある聖遺物を頼んだのだ。

 ただし、この円卓の欠片はただの欠片ではない。

 ただの欠片だったなら表面に文字など描かれておらず、発光もしていなかっただろう。

 聖遺物はそれそのままの状態で召喚に扱われ、特に細工をせずとも触媒になる。逆に言えば、下手に弄ったり加工すれば触媒としての意味を為さなくなる可能性があった。

 聖遺物の加工は慎重かつ細心の注意を払って行われた。これを完成させるのには、流石の臓硯も半年は掛かったようだ。

「ニミュエの伝説がある湖の湖水と、霊草と蟲の体液とを混ぜた物に浸しておいたぞ。そして操作の魔術も施した。これで円卓の騎士を呼ぶ触媒としての適性を保ったまま、ランスロットを優先的に呼び出すことが出来るじゃろう」

「ありがとう、爺様」

 加工を施した聖遺物を受け取り、鴇哉はそれを己の向かいに置かれた祭壇に置く。

 そして令呪が浮かび上がる手を前方に突き出し、紡ぐ。

 

「―――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 暗闇の中で声が響く。

 それは何もかもを消し去るような深い漆黒の中でも、凛と強く響き渡る。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 詠唱と共に、血液の如く全身を巡る魔力。魔術回路を通して受ける異物感に顔一つ変えず、鴇哉は無機質な声音で唱える。

 その顔には普段の気楽さなど欠片もない。

 

「―――――告げる」

 

 そこに存在するのは、間桐を継ぐ冷徹な魔術師の貌。

 マキリの血を持つ若き当主は、無慈悲且つ冷酷な声で参加証明を示す。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 かちり、と。

 今まで噛みあわなかった歯車が、ようやく合わさったかのような感覚。

 それと同時に感じる。己とまるで違う存在が、こちらの言葉と要求に応じんとする気配を。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 魔方陣が閃光を放つ。魔力が河流の如く溢れ出す。

 バラバラになっていたパーツが全て合致していく。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。

汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

 鴇哉は、その合致せんとするパーツを敢えて崩す。

 そうすることで本来あるべき姿は僅かながらも歪み、呼び出されんとする英霊は狂う。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 人為的に不完全にされた歯車は、けれど正常の範囲を持って完成し、廻る。

 令呪と召喚陣、そしてマスターとなる『間桐鴇哉』を依代として――――ソレは現界した。

 

  ◇◇◇

 

 カシャン、と甲冑が擦れて奏でられる金属音。

 眼前、陣の中央に現れたのは背の高い漆黒の騎士だった。

 鬣の靡く兜から覗く視線は暗鬱とし、その身を覆う傷だらけのフルプレートは幽鬼の不気味さと共に、例えようのない禍々しさを感じさせる。

 周囲に漂う黒い霧が、宝具によるものだと察するのにそう時間は掛からなかった。隠匿作用があるのか、己のサーヴァントにも関わらずステータスを確認することが出来ない。

 だから、鴇哉はまずこう言った。

「バーサーカー、今発動している宝具を止めろ」

 命令に対し返答はない。あるはずもなかった。

 しかし黒騎士、バーサーカーは行動を持って答える。彼は己の周囲にあった霧を掻き消した後、兜を外した。

 兜の中から零れ落ちるのは、紫がかった波打つ髪。

 現れた顔は狂化の影響か、人というより獣に近い獰猛な表情を張り付けていた。切れ長の目は憎悪か何かで血走り、唇から見える歯は短剣のように鋭く、その顔は獲物に食い掛からんとするハイエナに似ていなくもない。

 そう思いながら、鴇哉はバーサーカーのステータスを確認する。

 

 筋力:A

 耐久:A

 敏捷:A+

 魔力:A

 幸運:B

 宝具:A

 

 狂化:C

 対魔力:E

 精霊の加護:A

 無窮の試練:A+

 

「ふぅん……ランクがCだし、まぁまぁってとこかな」

 予想より高くもなく、けれど低いわけでもない。ほぼ想定通りのステータスといった所だ。

 狂化状態でのステータスを確認した後、鴇哉はパチンと指を鳴らす。

 暗闇の静寂を破る、軽いスナップ音。それと同時にバーサーカーの首筋に呪が浮かび上がり、淡い光を放つ。

「■……■■■ッ」

 犬歯を剥き出しにし、バーサーカーが何事かを口走る。身を捩り、呪から逃げようとしているようだが、無駄だ。

 あれは召喚陣と共に描いた物。召喚に応じた時点で、召喚と共に発動する支配の呪から逃れることは出来ない。

「それでも一応魔術でなく呪術を用いたのは、随分と用心深いがのう」

「セイバークラスに適正がある奴は対魔力スキル持ってる奴が多いって言ったの、爺様じゃないか。念には念をってね」

 眼前で悶えるサーヴァントを尻目に軽口を叩く二人。

 そうしている間に、呪は効果を発現させた。

 

「――――……これは、一体」

 

 ぴたりと唐突に暴れるのを止めたバーサーカー。その口から穏やかな青年の声音が、人にも通じる言葉で紡がれる。

 そこにいたのは理性なき獣ではなく、憂い顔の美青年だった。こちらが本来の姿なのだろう。悲しげな目元に下がり気味の眉尻、高い鼻梁の下には引き結ばれた唇がある。先ほどまでの狂気はなく、穏やかな雰囲気を感じさせた。

「初めましてだね、バーサーカー。真名は湖のランスロットで相違ないか?」

「えぇ、その通りです。……あの、マスター」

「間桐鴇哉だ、こちらは始祖マキリ・ゾォルゲン。今は臓硯と名乗ってるよ」

「トキヤにゾウケンですか……」

 自分のペースで喋る鴇哉に困惑しながらもバーサーカー、ランスロットは尋ねたいことを告げた。

「それでトキヤ、私はバーサーカーとして呼び出されたはずです。だというのに今、私には理性がある。これはどういうことですか?」

「単純に狂化のランクを下げただけだよ」

 そう答えながら、鴇哉は再びステータスを確認する。

 

 筋力:A-

 耐久:B+

 敏捷:A

 魔力:A

 幸運:B

 宝具:A

 

 狂化:E

 対魔力:B

 精霊の加護:A

 無窮の試練:A+

 

 流石Aランクのサーヴァントといったところか。予想よりステータスダウンが視られない。特に驚いたのは、狂化を下げたことで対魔力スキルのランクがかなり上がったことだ。

 内心しみじみ思いながら、鴇哉はバーサーカーに補足説明を行う。

「聖杯戦争のサーヴァントシステムを考案したのは、僕の隣にいる爺様でね。だから幾らかの抜け穴を探すことが出来たんだ。それで、僕は人為的に狂化スキルのランクを下げやすいよう細工したわけ」

「元々のランクより上位に引き上げることは出来んが、下に引き下げることは可能じゃ。これはまだまだ発展させることが出来るじゃろうな。研究していけば他のスキルも、マスター側の任意で変動させることが可能となりえる」

「なるほど……システムを作った張本人とその子となれば、確かにそのようなことも可能なのでしょうね」

 二人の魔術師の言葉に頷きながら、しかしランスロットは疑問に思う。

「しかし、それをわざわざ行う理由はなんですか?」

「一つはバーサーカークラスのデメリットである膨大な魔力消費の削減。もう一つは多様性を手に入れるためかな」

「多様性、とは?」

「ほら……バーサーカーって狂化の副作用でスキルや宝具の効果に支障が出たり、最悪使えなくなったりするけどさ。逆にいうとクラス制限で使えなくなる武器や能力なんかを使えるだろ?」

 言いながら、目の前の男ランスロットに人差し指を突き付ける。

「元々のステータスが高いから、普段はランクを抑えた状態で戦ってもらう。格上のサーヴァントと戦う場合は狂化ランクを戻して、ステータスを引き上げた状態で応戦。後は……あの素性を分かりにくくする宝具とかで、アサシンに近いことをしてもらいたいかな。他陣営を翻弄して混乱させ、虚をついて襲撃とか」

「そうですか……」

 鴇哉の言葉に納得するバーサーカー。しかし、その表情には不満のようなものが伺えた。

「何? まさか、狂ったままが良かったわけ?」

「…………ええ」

 問いにおずおずといった様子で頷くと、男は口ごもりながらも語る。

「私は……狂いたかったのです。王を……誰よりも人を愛していたあの方を、助けなければと思いながらも狂うことを選んだ。己が苦悩に打ち勝つことを諦め、向き合うことから逃げて、狂戦士に身を堕としたかった。そして、彼女に私を断罪して欲しかった」

「いや、狂いたいんなら狂っても良いけど。狂ったら駄目とか言ってないし」

 と、サーヴァントの言葉にあっさりと鴇哉は言う。

 予想外の反応だったのか、顔を上げたバーサーカーは口をあんぐりと開けて間抜け面を晒す。

「狂っても良い、とは?」

「さっき言ったじゃん。場合によっては狂化ランクを戻すって。お前の言う王が今回呼び出されてるかどうか知らないけど、正気のまま戦うのが嫌なら狂化して戦っても良いよ。狂った状態とまともな状態、どっちで戦った方が良いかは知らないけど」

 そもそも鴇哉の目的は聖杯戦争に勝つことだ。

 鴇哉は身内を大事にするが、身内以外に関心を向けることは少ない。嫌いというより、どうでも良いのだ。重要なことに対して妥協はしないが、そうでないことは容認する。それが鴇哉の、他者との折り合いの付け方だ。

 鴇哉にとって、バーサーカーの苦悩や願いはどうでもいい内容だった。

 だからあっさり容認の意を示したのだ。

「こっちにも目的があるから何でもかんでも許すことは出来ない。けど頼みたいことがあれば好きなだけ言えば良い。出来る範囲までなら受け入れるから」

 マスターである鴇哉からそう言い放たれた彼は、パチパチと数度目を瞬かせた後、安堵の息を吐いた。

「ありがとうございます、トキヤ……貴方が意外と心の広いマスターで私は助かりました」

「お前、王に仕えてた騎士の割に失礼だな」

 絶対本音トークとか参加したら駄目なタイプだろ、と言いながら鴇哉は肩を竦ませる。

 

 ――――鴇哉はランスロットに対し、過剰な期待をしていなかった。

 例え円卓最強と言えど、元は人でしかないのだから無敵ではない。格上相手なら負ける可能性だってあるだろう。

 だから鴇哉は、考え抜いた上で触媒となる聖遺物を『円卓の欠片』にしてもらった。

 始祖臓硯によれば、サーヴァントの肉体を触媒にし新たなサーヴァントを召喚出来る可能性があるという。

 もしランスロットが破れたなら、鴇哉はその離れ業を行うつもりだった。そのつもりで、この半年間そういった系統の鍛錬を行ってきたのだ。

 だから円卓の欠片という複数の英霊に対応した触媒を用意して貰ったのだ。

 今回の触媒は、加工したとはいえ本来の特性を失ってはいない。だからその触媒で呼び出したランスロットの肉体と円卓の欠片とを用いれば、別の円卓の騎士を呼びだすことも出来るだろう。――――バーサーカーのクラスで。

 複数に対応した触媒は、基本的にマスターと相性が良い英霊が選ばれる。

 だが万が一相性が合わない場合は、狂化で理性を奪えば良い。そうすれば比較的マスターに従順になる。

 そうして再び戦争に参加するつもりだ。

 卑怯と言われようが知ったことではない。そもそもこちらより先にズルをしている奴がいるのだ。この程度ならどうってことはないし、そしられても言い返すつもりである。

 大体、アインツベルンや遠坂は馬鹿なのだ。

 

 完璧に思い通りになるほど、世界は甘くない。

 想定した筋書は些細なことで容易く崩れてしまう。

 だから、作戦は複数考えておくべきなのだ。

 

 間桐家現当主『間桐鴇哉』が行ったのは――――あらゆるケースを想定し、打算した上での召喚だった。

 




 打算たっぷり腹黒外道、鴇哉。
 身内には甘々だけど、それ以外に対しては淡白かつ冷淡です。
 今回行ったのはイリヤの離れ業、もしもの時に行うつもりなのは臓硯の離れ業です。

 ランスロットの素のステータスは公開されていないため、ガウェインよりちょっと上くらいのものにしました。何せ円卓最強とのことですので。

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