間桐家当主トキヤ   作:アイニ

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 投稿遅くなりました、申し訳ない…。
 去年から職に就き、不定休となりました。
 今更ながらですが、この後も投稿は不定期になるかと思います。
 それでも宜しければ、作品たちを読んでいただければと思います。


007

 ――――深い闇の中から、一筋の光が差し込んだ。

 

 その光の先には誰かがいて、こちらへと手を伸ばした。

 伸ばした手に抱き上げられ、服を上から着せられると、そのまま光の方へと連れて行かれる。

『逃げよう、鴇哉』

 そう告げるのは二番目の兄だった。

『兄貴にも声を掛けてるんだ。だから、三人で逃げよう』

 震える声で兄は語り掛けて来た。

 二番目の兄は魔術を嫌っていた。一番目の兄もそう好いているわけではなかったが、けれど彼の方が魔術に、そしてこの家に対し強い拒絶心を抱いていた。

『準備はもう済ませた、荷造りも出来てる。あとはここから出るだけなんだ。逃げよう、出来るだけ遠くに行こう。俺と、兄貴と、お前の三人で』

 彼が自分たちのことを思って行動していることは、なんとなく分かっていた。

 でも駄目だった。

『無理だよ』

 気が付けば彼の言葉を拒絶していた。

『僕はこの家から離れない、離れるわけには行かないんだ』

 その言葉に、どうしてだと兄は尋ねた。

 始祖から逃げられるわけがない。二十歳が来たばかりの長男と、未成年の弟たちだけで逃げても、周りが不審に思ってすぐに居場所が分かる。

 けれど一番の理由は、

『皆を、置いてきぼりには出来ないよ』

 答えた途端、兄は目を見開いた。

 だが自分にとっては当然のことだった。

 この家には始祖である『爺様』がいる。だけど、それだけじゃない。

 この間桐の家には、今までに死に絶えた『家族』がいるのだ。

 何代と魔術を継ごうとし、衰えていき、死に絶えていった家族たち。この家にはその家族が何人も残されている。もう二度と動くことの出来ない家族が。

 兄たちのことは好きだし、大事だ。

 けれど蔵の中にいるしかない家族たちを見捨てて逃げることは、出来ない。

『逃げるなら、二人だけで行って。当主になる僕が、皆を捨ててはいけない』

 見上げた兄の顔は、泣きそうな表情に歪んでいた。

 それを見た後、戻る。

 光が差し込む場所から、暗闇の蔵の中へと。

 頭上から何度と兄の、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

 聞こえないフリをして、死んだ家族の元へと向かった。

 

 

 ――――意識が、浮上する。

「……今のは」

 夢だった。

 しかしただの夢ではない、とバーサーカーは理解していた。

 パスを繋いでいるマスターとサーヴァントは、互いの過去を夢という形で知ることがある。

 ならあの夢に出ていた、青年を拒絶した子供は自分のマスターだろうか。

「……バーサーカー?」

 そう思っていると、下から怪訝そうな声がした。

 視線を下げると菫色の髪と目をした幼い少女が、不安そうな顔でバーサーカーを見上げている。

「どうしたの、バーサーカー? お腹いたいの?」

「いえ、何でもありませんよ。サクラ」

 ハッと我に返り、バーサーカーは自分に声を掛けた少女、桜に答える。

 時刻は既に朝の六時半。彼女と共に洗面所に向かっている途中の廊下で、夢現の状態に至っていたようだ。

 少しの間だけだったが、普段と比べれば遅いくらいだ。案の定、桜の従兄にあたる慎二がダイニングから顔を出してきた。

「二人ともそこで何してんの? まだ顔洗ってないじゃん」

「兄さん、あのね、バーサーカーがね」

「バーサーカーが?」

 目を丸くした彼の視線が、義理の従妹からバーサーカーへと移される。

 どうやら予想以上に不安がらせてしまっていたらしい。彼は困ったようなはにかみ顔を浮かべる。

「いえ、まだ少し寝ぼけていたようでして、お恥ずかしい」

「ふぅん……そうだ、バーサーカー。ごはんとパンどっちが良い?」

「そうですね、ふむ、今日の朝食は何でしょうか?」

「オムレツと野菜スープ、デザートはヨーグルトだって」

 間桐家の食事は鶴野が作っており、彼の気分によってジャンルが変わる。どうやら今朝は洋食であるようだ。

「なるほど、ではパンでお願いしましょうか」

「わたしもパンがいいな、チョコのパン」

「分かった……って、お前それ好きだなぁ。そんな食べてたら、前みたいに虫歯になるぞ? またドリルでウィィイインってされるぞ?」

「い、今はちゃんと歯磨きしてるから、だいじょうぶだもん!」

「分かったわかった、じゃあ早く顔洗って着替えてこいよ」

 桜へとおざなりに返事をすると、彼は台所の方へと走っていく。

 従妹が出来たからなのか、それとも元からか。慎二は七歳という年の割にハキハキと喋り、生意気とも取れる態度だ。

 しかし根は良い子だ。今二人に主食について聞いたのも、おそらく朝食を作る鶴野のためだろう。ませた態度を取りながらも、父の助けになろうとしている姿は見ていて微笑ましい。

 恐怖体験を掘り起こされ涙目の桜をわしゃわしゃと撫でた後、バーサーカーは彼女の手を引き洗面所に向かった。

 

 

 聖杯戦争のために現界してから、早一か月が過ぎた。

 本来なら魔力を節約するために霊体化させられているはずなのだが、彼のマスターは日常的にバーサーカーを実体化の状態で日々を過ごさせていた。

 そのマスター、間桐鴇哉が楽し気な顔で語り掛けて来る。

「お前、随分と馴染んできたよね」

「え?」

 唐突な言葉に、三枚目のトーストを口から落としそうになる。

 だがしかし、言われてみたらそうかもしれない……と彼は思った。

 上座に臓硯、その隣に鴇哉と鶴野、彼らの正面に子供たちとバーサーカー。今では当然となっている、この朝食風景。

 しかし最初の内は抵抗感があったのだ。サーヴァントとなり食事を摂る必要のない自分が、家族の団欒の場に入って良いものかと。

 だが桜と慎二に「ごはんは食べないと駄目」と言われ、鴇哉たちは反対意見を出さず、そうしてなし崩しの形でいつの間にか一緒に食べるようになっていた。

 そして今や、彼らと一緒に食べることが当たり前のようになっている。

 しかし改めて考えると、それもまぁさもありなんといったところだ。

「そうですね、貴女……痛っ!!」

 答えようとしたバーサーカーはテーブル下で痛烈な一撃をくらい、思わず叫んだ。いくらサーヴァントでも、強化した足で脛を蹴飛ばされたら流石に痛い。

 一体何をするのかと目で訴えると、鴇哉は整った顔をしかめていた。

「今、貴の後に女って付けただろ」

「勘が良すぎませんか!?」

 鴇哉は体こそ女性だが、精神面は男性であるらしい。

 初めはモードレッドのようなものかと思ったが、しばらくして違うと気づいた。モードレッドは女扱いしても男扱いしても怒るが、鴇哉は女扱いに不快感を覚え男として扱うのが当然という態度だ。

 おまけに妙に察しが良く、少しでも女性扱いしたならばこうして影で熾烈かつ陰湿な攻撃を受ける羽目になる。

「勘というか、イントネーションや口振りでなんとなく分かるんだよ。お前のトコはレディファーストが当然みたいな感じがある分な」

「そうですか」

「で、僕がなんだって?」

 話の腰を暴力的に折った張本人が、理不尽に話を戻してくる。

 このマスターの自由奔放ぶりは今更の事なので、バーサーカーは諦めた。

「……私がこの場に馴染んだというのは、貴方と貴方の家族が私を振り回すからだと思いますよ」

「え? 僕らそんな振り回してるかな?」

「無自覚ですか」

 世の中に、英霊と一緒に寝起きしたり、家事を手伝わせたり、子守をさせたり、遊園地に連れて行ったりする人間が一体どれだけいるというのか。

 しかしクツクツと愉快そうに笑う臓硯以外、本当に無自覚のようだった。家族内で一番振り回されている側だろう鶴野すら、「え? 振り回してた?」という顔だ。性質が悪い。

「でもなぁ、お前、振り回されてるくらいが丁度良いと思うんだけどなぁ」

「どういう意味ですか」

「まぁ、そういう運命なんだと思え」

「諦めろと?」

「苦労人ポジを、長兄からお前に移そうか」

「お前にしては良い案じゃないか、賛成」

「冗談でしょう!?」

 今日も、間桐家の食卓は賑やかだった。

 

  ◇◇◇

 

 魔術師が嫌いだった。

 魔術師の中でも一際外道な間桐の家が、大嫌いだった。

 実母は雁夜を生んだ後、蟲に食われて死んだ。

 生まれた長男の回路は粗末だった。次男は及第点といったところだ。どちらの子も、始祖が満足できるような子ではなかった。

 だから臓硯は父に新しい妻を与え、彼女との間に三番目の子を作らせた。

 新しい母は明るい女性だった。そして気丈だった。

 蟲蔵に毎晩放り込まれても、彼女はその明るさを失うことはなかった。心の中はきっと傷だらけだ。それでも顔には出さず、夫と義理の子たちに明るく、優しく振る舞っていた。

 父はいつしか新しい妻に希望を見出した。

 だが子が生まれると共に彼女は死んだ。

『どうか、この子を……朱鷺をお願いしますね。燕弥さん』

 生まれた女の子は、始祖が待ち望んだ力を秘めていた。

 父は生まれた子と共に心中を図った。

 だが失敗し、結局女の子は……朱鷺は、『鴇哉』は生き残った。

 

 ――――魔術師なんて、大嫌いだ。

 

 父さん、どうしてあんたはそんなことをしたんだ。

 彼女が、義母さんがあんたに頼んだのは、そういうことじゃないのに。

 逃げて欲しいわけじゃなかったんだ。

 ただ、愛して欲しいだけだったんだ。

 

 そう思ったが、今更そんな風に父を糾弾する資格などなかった。

 自分も逃げた。

 あの子のためだと自分自身に言い聞かせ、目を逸らしながら。

 一緒に逃げようと手を伸ばした。兄にも声を掛け、同じように言った。

 だが二人とも首を横に振った。

 だから一人で逃げたんだ。

 父と同じく、独りよがりなまま逃げたんだ。

 そうして愛した女性の子が、魔道の道へと染まろうとしている。

 

 一度目は家族、二度目は愛した人。

 どちらも諦めて、逃げてしまった。

 だから今度こそ、と、三度目の正直に挑もうとした――――。

 

 

「結局、独りよがりなままということか……カリヤ」

 一匹の黒猫が、横たわる雁夜を見下ろす。

 艶やかな黒い毛並の、美しい猫。その口から人の言葉が、耳に心地よい男性の声で紡がれる。

 その姿は仮初の物。男の姿でも女の姿でも、そいつはひどく目立つのだ。だからこうして、普段は動物の姿をとっている。

「……索敵は、もう終わったのか?」

「当然だ。この程度の庭ならすぐ済む」

 仮眠を取っていた雁夜へ、黒猫……キャスターは鼻を鳴らしながら答える。

 彼を召喚した切っ掛けは何だったか。そう、世界中を転々としていた際に、雁夜が出会った魔術師崩れの商人だ。そいつから買った、赤黒い宝石。魔術に置いて素人の雁夜でも、それが大層強力な魔術の触媒品であることが分かった。

 雁夜はそれを用いて、召喚の儀式を執り行ったのだ。

 そうして現れた、暗闇に姿を溶け込ませた恐ろしい怪物が、自分の代わりに彼をと、雁夜に貸し出したのだ。

「早く出て来い。どうやら向こうも、既に召喚済みのようだ」

「なるほど、早く接触しないと侵入者扱いで斬られかねないってわけか」

 急かされた雁夜は手早く支度し、テントから出る。

 テントから出た途端、凍てついた空気が肌を刺す。外は一面の銀世界だった。当然のこと、ここは人里離れて建てられた城の領域。一日中降り注ぐ極寒の雪に覆われた森だ。こんなところでテントを張る方がおかしいというものである。

 あんな薄いテントで凍え死にしなかった、その理由は単純なもの。神代の魔術が一人であるキャスターが、術式を組んでテント内を安全かつ安楽に過ごせるものにしたからだった。

 そのテントも片付けた後、後ろの黒猫に視線を落とす。

「ところで、お前……その姿のまま向かうつもりなのか?」

「そんなわけないだろう。さすがに元の姿で行く」

 この姿の方が悪目立ちしなくて楽なのだがな、そう呟きながらも黒猫は【変身】のスキルを解除した。

 そうして一匹の猫は、一人の青年へと変わる。

 同性から見ても、美しい青年だった。年は二十代と少し程度。背丈は高く、細身ながらにしなやかな筋肉を纏った体躯。上半身は袖のない黒いインナーに包み、下半身はズボンの上から腰布を巻きつけ金属のプレートを付けている。

 その上から羽織っているのは頭巾の付いた、白地に虹色を帯びた裾長いローブ。長い黒髪と赤銅色の肌を持つゾッとする程整った顔立ちの男は、夜の水面が如く深く昏い蒼眼でこちらを見据えている。

 冷たい雪をサンダルの底で踏みつける、ふてぶてしい仏頂面の男こそが雁夜が呼びだした魔術師クラスのサーヴァント。

 千の貌を持つと言われる邪神が、気まぐれから人間の女との間に作った子――――半神半人の一人。

 エジプトに生まれ、その存在を消された《暗黒のファラオ》。

「もう少し隙がないようにしろ、カリヤ。アインツベルンとやらは、貴様の生家の敵が一つだ――――手ぬるい歓迎はないと思え」

「それくらい分かってるさ、ネフレン=カ」

 とはいえ、雁夜が同盟を組みたいのはアインツベルンそのものではない。

「魔術師殺し、衛宮切嗣……ここにいるはずなんだ」

「魔術使いとやらに、お前の言う鬼才児を打ち破れるかは知らんがな。まぁ同盟自体は悪くない、向こうはおそらくセイバーあたりを呼んでいるはずだ」

 言いながら、キャスターは迷いない足取りで白銀の世界を進む。

 置いて行かれないよう、雁夜も積もった雪を踏みしめた。

 




 鴇哉の母は藤ねぇを少し大人しくしたような人でした。
 騒がしさと腹ペコぶりがランクダウンした分、幸運もランクダウンしてしまったようです。
 好みとは真逆のタイプでしたが、雁夜おじさんは新しいお母さんのことを慕っていました。
 ちなみにこちらの作品にも出現しましたネフレンさん、ただしちょっと設定が変わっています。
 簡単にいえば
 純粋な人→ニャル様の子供に
 宝具にも若干の変化が。
 ただ魔術属性は変わっていません。

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