【完結】ソードアート・オンライン ━傷だらけの獅子━ 作:針鼠
「ったく、鬱陶しい」
俺はうんざりとしながら吐き捨てる。目の前にそそり立つのは壁と見紛うほど大きな生物。否、生物というには語弊がある。なにせこの世界は見上げる空やいま立っているこの地面は勿論のこと、草木の一本までが作り物であるわけなのだから。かくいうこの俺さえも。
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二〇二二年、ナーヴギアと呼ばれるゲームマシンが世界に激震をもたらす。頭から顔をすっぽり覆うヘッドギアの形状をしたそれは、ざっくばらんにいってしまうと仮想空間へ飛び込むことを可能とした夢のようなマシンであった。今まで漫画やゲーム、小説の物語の中でしか為し得なかったそれを遂にナーヴギアは実現せしめたのだ。もう少し詳しく説明するなら、マシン内の無数の端子が装着者の脳と直接リンクする。装着者は己の感覚器官から情報を得るのではなくマシンによって脳に直接その情報を送り込まれる。それが五感全てにアクセス可能だというのだからそれだけでとんでもない技術だ。しかもそれだけではない。マシンはユーザーに仮想の情報を与えるだけではなく、ユーザーから送られる脳からの命令をインターセプトしバーチャル内の分身であるアバターへ送信することで現実の肉体ではなく仮想体をユーザーの思うままに動かせるのだ。まさしくそれは仮想空間内においてもう一人の自分の誕生というわけだ。
ナーヴギアが開発されてしばらく、満を持して発表された完全ダイフルブ環境下での初のVRMMORPG――――仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム――――そのソフトの名はソードアート・オンライン。世界を狂喜と恐怖、二度にわたって震撼させることとなるデスゲームの登場だった。
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俺は目の前の存在にフォーカスを合わせる。実身長一八〇ちょいである俺が見上げねばならないのは、目算三メートルを超える巨大な灰色熊。現実なら絶望的なこの状況もこの世界においては日常の出来事である。
灰色熊の頭上に、横に伸びる棒線はこの熊のライフポイント。この世界におけるこいつの命の残量だ。それは無論俺にも存在する。視界左上に常に表示されている青色のHPバー。それが俺の、この世界でレオンと名乗る俺の命だ。ちなみに、目の前の灰色熊にも正式名が存在する。
「《グリズリー・グリズリー》って……ひねりの無え名前ぶらさげやがって鬱陶しい」
「ガアアアアッッ!」
まるでこちらの悪態に怒り狂ったようにグリズリーは丸太のような腕を振り上げる。このモンスター、見た目通り敏捷力が高くない代わりに筋力値が異様に高い。ここが迷宮区でないとはいえそのパワーは看過できる程度ではない。そもそもここが現在攻略最前線の七十四層である時点でそんな余裕をもつ者はおそらくいないだろうが。とはいえ、このモンスターの攻略は簡単だ。素早くない、それでいて一撃の重い敵は総じて攻撃後に致命的な隙がある場合が多い。そこを確実に狙えばいい。
しかし、俺は端っから回避行動など頭になかった。それは別に余裕とか油断ではなく、ただ単にこれが俺の戦闘スタイルだからだ。
グリズリーの初動作に合わせるように俺も動き始めていた。両足を大きく前後に開き上体を捻る。すると体に、正確には腕から先にかけて淡いライトエフェクトが灯る。それが現れるとほぼ同時にグリズリーの腕が振り下ろされた。身長差もあり攻撃はほとんど真上からの一撃。
俺の体も同時に動く。限界まで溜められていた力を解放するように今度は逆方向に腰を鋭く捻る。それに連動して引かれていく腕。腕を覆う淡い黄色の光。その光が最も強く灯るのは両手に握られた長い柄に続く
「シャラアッ!」
裂帛の掛け声と共にメイスはゴルフスイングのような振り上げる軌道で逆軌道で落ちてくるグリズリーの爪とぶつかった。凄まじい音と光のエフェクトが弾け飛ぶ。
今のが
瞬きの間に結果はでた。グリズリーの腕が後ろに吹き飛ばされる結果で。俺はそれを当然の結果として受け入れて次の動作に入る。戦槌四連続攻撃、《ブルラッシュ》。一撃ごとにガクンガクンと表示された敵のバーが減少していき、最後の四撃目が敵の頭部にヒットした。敵のHPが半分を割り、さらに頭上にチカチカとライトエフェクトが点滅する。スタン状態だ。
当然、逃す理由はない。ここぞとばかりに攻撃を叩き込み、結果グリズリーは最初の一撃以降一切の手出しが出来ないまま倒れることとなる。HPバーが完全に消滅し、その巨体を形成していた無数のポリゴン片をまき散らす。
これが死だ。この世界における、全ての者にとっての死の形。いずれ俺自身に訪れるのか……それともそうならずになんらかの決着をみるのか。今考えたところで答えなど出るはずもなかった。
「相変わらず荒っぽい戦い方してるなー」
今の戦闘の加算経験値、ドロップを流し見ているところにかけられた声。生憎と《索敵》スキルをもたない俺がその接近に気付くことはなかったが、振り返らずともその声には聞き覚えがあった。
ウインドウを閉じながらそちらを振り向く。木の影からでてきたのは不審者丸出しの漆黒を纏った、しかし格好に似合わないあどけない顔の少年だった。
「毎度無茶するお前には言われたかねえよ、生意気キリト」
言い返してやると黒衣の剣士は苦笑した。