【完結】ソードアート・オンライン ━傷だらけの獅子━ 作:針鼠
歓声があがる。どうやら勝負が着いたようだ。先日《二刀流》スキル保有が発覚したキリトと――――最強ギルド《血盟騎士団》団長のデュエルの決着が。
控室の扉の前で待っていた俺は、闘技場の方から近寄ってくる足音を聞きつけた。視線を向ける。ギルドカラーでもある真紅色のローブをその身に纏い、岩を削いだように尖った顔がのっている。額の上を鉄灰色の髪が流れた。まるでその姿はこの世界にいるはずのない魔術師のような姿の男だった。
この男こそ、長らくこのゲームで最強の称号を冠してきたプレイヤー。その二つ名は彼のユニークスキルに由来している。《聖騎士》、ヒースクリフ。
ヒースクリフは俺の存在に気付いたようだが足を止めようとはしない。無言のまま前を通り過ぎようとする彼に、俺は構わず声をかけた。
「勝ったのか?」
ヒースクリフは足を止めた。答えはない。
けれど聞かずとも俺には答えが予想出来た。
「当然だよな。 お前が負けるはずがない」
そう、この男が負けるはずがない。たとえキリトがどんなに強くとも、二刀流というこの男と同じユニークスキルを手に入れたとしても、この先どんなプレイヤーが……キリトをも超えるプレイヤーが現れても、そいつは最強にはなれない。何故なら最強はこの男だからだ。――――かつて、俺がパーティーを組んだあのときからずっと。
「これでキリトも晴れて最強ギルドの一員か。ますますKoBの最強は不動になったわけだな」
返事がないので俺の独白が続く。
今回のデュエルはそれぞれが条件をかけていたと聞く。キリトが勝てばKoB副団長であるアスナの脱退を認める。ヒースクリフが勝てばキリトが彼のギルドへ加入する。――――まあ、キリトの目的はアスナと一緒にいることなのだから勝っても負けても目的は果たされる。結果としてキリトは負けたようなので彼は本日より《血盟騎士団》の一員だ。
今度KoBの派手な紅白衣装を身に着けたキリトを見つけたらからかってやろうと密かに思いながら、俺は実は先ほどから気になっていたことを尋ねた。
「なんだ、勝ったってのに随分と不機嫌……なのか? それ」
ヒースクリフは元々表情豊かというわけではない。普段は常に穏やかな微笑みを浮かべ、戦闘となれば一転、鬼も腰が引けるような戦士の顔つきになるのだが今はそのどちらでもない。怒っているのだろうか。他人に対してではなく、不甲斐ない自分に対して。つまらないミスを悔いるようなそんな表情。
けれど同時に不思議と喜んでいるようにも見えるからよくわからない。元々よくわからない奴だったが。
「何か用かね?」
ようやくヒースクリフは口を開いた。
「かつての
「冗談でも笑えねえ。好もなにも、お前とは数日パーティー組んだだけだろうが」
「そうだったかな」
ヒースクリフはようやく奇妙な表情からいつものすかしたような微笑を取り戻す。もたもたしていると彼の護衛が戻ってくる。ここがたとえ街の中、圏内の非殺傷エリアであっても、彼やアスナのようなギルドの重要人物には必ず護衛が付いている。邪魔者が来ればこうして世間話をすることもままならなくなる。
といっても俺は特に彼と話したいことなどない。ここに来たのも、彼等注目プレイヤー同士のデュエルだったからだ。それも直前まで来て気乗りしないがために見ていないが。
矛盾だらけの己の行動に何故か憤りを感じながら、俺はふっと浮かんだ問いを考える間もなく口にしていた。
「一つ訊きたい」
「何かな?」
「キリトは強かったか?」
「ああ。本当に強かった。我々がこのゲームをクリアするには、彼の力が必要不可欠だろう」
「そうか……。なら――――」
やめておけばいいのに。訊いてもろくなことになりはしない。わかっていたのに、言葉は紡ぐ口は止まらなかった。
「セルシアとどっちが強かった?」
沈黙がおちる。言葉にしてから俺は何故こんな質問をしたのか自分でもわからなくなった。意味のない質問。本当に、掛け値なしに無意味な質問だ。冷静になればなるほどそれがわかるのに、俺はその質問を取り消そうともしなかった。
ヒースクリフは一つ息を吐く。それは聞き分けのない子供に言い聞かせるような、疲れたようなため息だった。
「その質問に意味がないことは君にもわかっているんじゃないのかね? 答えなど出しようはない」
「………………」
「たしかに彼女は強かった。もしかしたならキリト君とも渡り合う……いや、それ以上の戦士であったかもしれない。だが彼女は――――」
ヒースクリフの言葉を、俺は拳を壁に叩きつける音で遮った。
「黙れ」
我ながら理不尽な命令に彼は黙って従った。
「邪魔したな」
踵を返して通路を戻る。その間も燃え盛る炎が体を巡る。炎は体を焼き尽くし、なお焼いて狂ったようにのたうつ。あまりの感情の揺れに視界が明滅とする。その光がまるで炎のように世界を焼いた。業火に包まれた世界の中でヒースクリフの硬質な声が静かに響いた。
「彼女のことを無念に思うのなら君もギルドに入るべきだ。いつまでもそうして立ち止まっていてはいずれ君は必ず命を落とす。それに君がギルドに入り攻略を進めることは彼女の意志を継ぐ事にも――――」
「お前があいつを語るな」
酷く冷たい声が出た。
「死なねえよ。それとギルドに入るつもりもねえ」
答えるだけ答えた。そう、死ぬわけにはいかない。たとえいつかそうなるにしてもそれは今じゃない。俺はいつか絶対この世界を壊してみせる。この俺の手で。それを成し遂げる前に死ぬわけにはいかない。それを成す為に力が足りないならもっと強くなる。最強にならなければならないならなってやる。超えなければならない相手がこの男であるならば、俺はそれさえ超えてみせる。
それが彼女との――――セルシアとの約束を果たす為なら、俺は。
★
――――この世界を壊す? アンタバカじゃないの? システム壊したらアタシ達も死んじゃうじゃない。……でも、まあそうね。製作者に一泡吹かせてやるっていうのは同感ね。とりあえず一発殴ってやるわ。絶対
★
七十五層が開通し、キリトとヒースクリフのデュエルが行われた数日後。迷宮区の攻略が本格的に行われ始めてさらに数日経った頃、その話が舞い込んできた。
俺もここ数日は迷宮の探索、及び自身のレベル上げの為、傭兵を休業してダンジョンと宿屋を往復するだけの毎日を過ごしていた。ある日、仮宿に使っていた店にとあるプレイヤーが訪れてきた。その人物に見覚えはないが、彼の着る紅白のユニフォームには見覚えがあった。
五十五層、《グランザム》。別名《鉄の都》の名の通り、灰色に包まれた寒々しい街は鍛冶や彫金といった職が盛んな場所である。それともうひとつの顔を持つ。最強ギルド《血盟騎士団》のギルド本部がこの街には存在した。
槍のように天を穿つ尖塔。乱立するその中で一際大きなそこがKoBの本部である。嫌になるほど長い階段をすれ違う団員の奇異の視線に晒されながら昇る。苛立ちを抑えながらようやく辿り着いた鋼鉄の扉を見つけ、ノックも無しに扉を蹴り開ける。
「な、なんだ貴様!?」
部屋は贅沢にも塔のワンフロアを丸々使った広々としたものだった。置いてあるもが少々立派な執務机ぐらいで、あとは最低限の調度品がある程度なのが勿体ない。この部屋の主はごちゃごちゃと物を置くようなタイプではないのだから、安宿の一室ぐらいの広さがあれば事足りるのに。まあ、トップギルドのリーダーとなれば体面というのもあるのかもしれないが。
「なんだとはご挨拶だな。呼ばれたからわざわざ来てやったってのに」
部屋にいたのは三人。全員がプレイヤーだった。
「そもそも」警戒を露わにする内二人の視線を無視して「用事があるなら自分で来るのが礼儀だろうが、団長殿?」
三人に向けて――――正確には、俺の入室から一人一切椅子から腰を上げようともしない男に言葉を投げた。
「それは申し訳ない。私も中々忙しいものでね」
この街と同じ灰色の容姿と心を持つ男は微笑みを浮かべて謝罪を口にする。まるで気持ちが伝わってこないが、別に俺としても謝罪が欲しいが為にこんな場所にわざわざ足を運んだわけではないので構わない。
しかしヒースクリフを除く二人は別だった。
「野良プレイヤー如きが何を言う!」
「構わない。彼は私が呼んだんだ」
ヒースクリフは腰の剣に手をかけた男を冷静に手で制する。
「済まないが一度席を外して欲しい。彼と二人で話したいことがある」
「しかし団長!」
尚も二人の幹部は食い下がろうとするが、ヒースクリフの無言の視線に気圧されて渋々腰を折る。この王者たる風格こそこの男が最強ギルドのトップ足り得る理由か。
「では私と護衛二人を扉の前に残しておきます。何かあれば」
退室の際、巨大な
「大した出迎い痛み入る。さすがKoB」
「最近は色々ごたごたしていてね、許して欲しい」
皮肉にもまるで動じない。相も変わらず面白くない。
おそらく護衛とやらが立っているであろう部屋の扉から一番遠い壁に寄りかかる。武器をもった人間に壁越しとはいえ背を向けるのはぞっとしない。
「で、何の用だ。こっちは迷宮攻略とレベル上げに忙しいんだよ」
「依頼がしたい」
「アホか。話し聞け。俺は忙しいっつってんだろ」
外の護衛に聞かれれば即座に斬りつけられる暴言だろうが、幸いにもこの世界は全ての扉が音声遮蔽圏である為外に聞こえる心配はない。たとえ聞かれていたところで気を遣うつもりはさらさらないが。
「しばらくは傭兵業も休んでんだよ。用件は終わりか? なら帰る」
壁から背を離して出口に向かう。
無駄な時間を過ごした。今からでも迷宮に向かえばレベル一つぐらいは上げられるだろうか。――――そんなことを考えていた俺だったが、次のヒースクリフの言葉は少々予想外なものだった。
「ボス部屋を発見した」
ドアノブにかけていた手を止める。
「………………」
開こうとした扉から離れる。もう少し話を聞く価値が出てきた。
七十五層攻略開始から実に十日あまりが過ぎた。ここの迷宮はまるで迷路のように道が複雑で、何より厄介なのがモンスター以上に多いトラップ。トラップは運が悪ければ安全マージンを取っているレベルすら易々と無意味と化す。三体の強力なモンスターを相手にするより一つのトラップにはまる方がたちが悪いというのはダンジョン攻略の心得といっていい。些細な油断から発動させてしまった一つのトラップがパーティーを全滅に追い込んだ話などはザラだ。
「それで? 部屋を見つけたんなら偵察でも何でもすればいいだろ」
「その偵察隊の護衛を頼みたい」
「……腑に落ちないな。何でわざわざ俺に依頼する。ここのギルドなら優秀な人間は腐るほどいるだろうが」
ヒースクリフは押し黙った。
このギルドが人員に困るわけがない。最近はキリトも加入してむしろ充実しているだろうに。――――予想出来るとすれば先ほどの発言か。
「さっきのごたごたってのと関係あるのか?」
「実は、団員の一人がキリト君の殺害を敢行した」
「…………あいつは死んだのか?」
ヒースクリフはじっと俺の目を見つめる。真鍮色の瞳が俺の心情を覗くように深まる。嫌な目だ。
やがて、読み取れたのかどうか知らないがヒースクリフは視線を切って、口元に微笑みを浮かべた。
「いいや。アスナ君の救援もあり、二人共無事だった」
「そうか」
「心配だったかな?」
その質問には答えなかった。向こうも期待していなかったようで淡々と話を進める。
「だが二人の大切な団員が犠牲になった」
「お前こそ、悲しんでる面には見えねえな」
「悲しいさ」
そう答えたヒースクリフの表情は読み取れない。悲しんでいるようにも見える。怒っているようにも見える。だが同時に、何も感じていないようにも見えるのだ。ますますもって気に入らない。
「それで、キリトとアスナが脱退したか?」
「一時的、だがね」
ヒースクリフは肯定した。やはりその表情には焦りも不安も見えない。
「だが彼らはすぐにこの戦場に戻ってくる。必ず」
まるで預言者のように断言する。そのとき、ヒースクリフの瞳に一瞬だが変化が見えた。ただしそれはあまりにもこの状況にそぐわない。不謹慎ともいえる喜色に満ちているように見えた。
「いいぜ。その依頼受けてやる」ただし、と続け「二つ条件がある」
「言ってくれたまえ」
「報酬は高いぞ」
「それについてはこちらも最大限――――」
最後まで言わせずに、俺は脇にある調度品に向かってオブジェクト化させたメイスを振り下ろしていた。建物とは違い破壊不能オブジェクトではない棚は粉々に砕けると中に入っていた書類だけ床に散乱し、棚だった破片はポリゴンとなって消える。
「もう一つは、お節介な忠告だ」
「聞かせてもらおう」
この程度では当然この男は臆さない。たとえ俺が何をしようとヒースクリフは眉一つ動かさないだろう。それでも俺は言葉を紡ぐ。
「そういう自分だけは全部わかったような面してるとな、いつか痛い目に合うぜ」
その言葉はかつて俺のパートナーがこの男に放った言葉でもあった。はたしてこの男がそれを覚えていたのかどうかは知らない。しかし、
「肝に銘じておこう、《金獅子》君」
あの時とまったく同じ微笑を浮かべ、まったく同じセリフを返してきた。
★
「スイッチ!」
前衛のハルバード使いが敵――――《リビング・ナイトリーダー》の盾を狙い撃つ。かち合った武具同士が派手な火花を散らす。
強攻撃を防御したモンスターはシステム的な硬直を強いられ、対してこちらのハルバード使いの男と入れ替わりに俺は前にでる。西洋風の鋼鎧で身を守る敵は一見俺達プレイヤーとの違いは見当たらないが、青白いを通り越して土色の肌、くりぬかれたように存在しない暗い眼窩はとても同じ人間だとは思いたくない。
動きの止まった騎士ゾンビ。その頭部をまるで野球のティーバッティングのように横から殴りつける。現実なら腐った頭部が潰れる音まで聞こえてきそうだが、幸いにも攻撃のヒットを示すライトエフェクトのみが光る。
「スイッチ」
俺は告げて後退。その脇をすり抜けて、盾装備の片手剣剣士が飛び込むと剣に青い燐光を纏わせて四連続技、《バーチカル・スクエア》を繰り出す。四の斬撃は過たず騎士の体にヒットして余裕をもって残りのHPを削りきった。
戦闘終了。中層辺りならここで仲間同士喜びを分かち合う場面だろうが俺達攻略組にそんなことはなかった。
「行くぞ」
先程のハルバードの戦士が短く言うと、周りは黙ってそれに従って歩き続ける。俺もメイスを肩に担ぎながらそれについて歩く。戦闘はこれで四度目。
ヒースクリフが俺にした依頼は一つ。ボス偵察部隊の護衛。護衛といっても彼らは俺と同じく攻略組に属するギルドメンバー、もしくはプレイヤー達なのではっきりいってここが最前線七十五層であろうともそれほど手のかかる仕事ではない。むしろ本番はボス部屋に到着してからだ。
メンバーはKoBを含んだ五ギルド、それと俺を合わせた二十人の部隊。彼らの任務内容は三つ。一つはボス部屋までのルートの安全性の再チェック。一つはボスの下見。
当然今回のこれは本気でボス攻略を目的としているわけではないのでボスの姿、攻撃パターン、行動パターン等の情報を探ってくるものである。ただこのゲームは過去の傾向からどうもクォーター・ポイントに強力なボスモンスターが待ち構えているようなのだ。過去二十五層、五十層はそれで甚大な被害を出している。よって今回もその可能性が高いと踏んでいる。
事前情報無しでは無論危険を伴うが、戦うのは素人ではない。常にこの死のゲームで前線を戦ってきた者達。それに端から攻略ではなく離脱と防御を前提に戦えば被害が出る確率は限りなくゼロだろう。
いずれにしろボス戦にはヒースクリフを含めた攻略組の精鋭メンバーが戦闘を行う。その為に彼らに与えられたもう一つの任務がボス部屋前の《回廊結晶《コリドークリスタル》》の座標セット。通常、転移結晶は指定した街のゲートへ一人を転移させるのに対して、コリドーは任意の地点を記憶させることでどこからでもその場所へ移動できる簡易ゲートを開くことが出来る。使用者を飛ばすのではなくゲートを作りだす為、複数人の移動が可能な超のつくレアアイテムである。
「ここから二エリア先に安全エリアです」
「よし、ならそこで休憩を取ろう」
偵察部隊のリーダーを任されているハルバード使いが言う。KoBの幹部。もっといえば、ヒースクリフの部屋に俺が行ったとき最後まで敵意剥き出しだった男だ。
今回のパーティーは俺を除いて五つのギルドが集まっている。KoBのような規模の大きいギルドを除けばそれぞれのギルドマスターが同じ数だけいることを意味している。故にあくまで今回の作戦に限ってこの男が全体のリーダーとなっていた。
その後無事に安全エリアに到着する。迷宮内全てとはいえないが、少なくとも今通ってきたルートに関しては前段階でトラップ含め現れるモンスターの特徴まで調べ上げられているのでボス部屋までこれといった問題も起きないだろうというのは予想通りだった。
安全エリアに辿り着くとそれぞれギルドごとに固まってスペースに散る。いくら協力関係にあるといっても基本攻略組というのは利害関係でしか繋がらないドライなものだ。自由時間まで無理に仲良しこよしする理由は無い。ソロである俺はその最たるものなので一人壁際に腰を下ろす。ウインドウを操作して水の入ったボトルを取り出すと口に含む。
「お疲れ様です」
休憩終了まで何をするでもなく座っていようかと思ったら不意に声をかけられた。声をかけてきたのは紅白のユニフォーム、KoBのプレイヤーだった。少しだけふっくらとした丸顔に人懐っこそうな笑顔。実年齢より随分幼くみえそうな少年の腰には、高レベルの鍛冶職人が仕立てたのであろう上等な片手剣。背には青白い輝きを放つバックラーを背負っていた。この偵察部隊に選ばれるだけはある一式装備を纏った十五、六歳ぐらいの少年は、ギルドの形式なのかキチッと礼を取る。対して俺は見ず知らずの人間に礼儀を尽くすほどできた人間ではない。見えてる片目だけを動かして応えた。
「騎士団の人間が何か用か?」
「あ、やっぱり覚えていないんですね」
少年は言いながら笑った。少し寂しそうな、残念そうな表情で。
「キールです。キール」
「悪い。覚えてない」
「そうですよ、ね。ごめんなさい」彼は申し訳なさそうに謝り「昔……といっても、本当に昔ですけど。レオンさんに援助してもらった《光ある道》というギルドのメンバーだったんです」
キールと名乗った少年は落ち込みを誤魔化すようににへらと笑う。
非常に申し訳ないが思い出せない。自慢でも何でもないが、当時金銭や素材集めその他諸々の支援援助は数えきれないほどしている。彼がその内の一つのギルドだというのはわかったが。
「レオンさんのおかげでギルドを結成した後、みんなで頑張ってレベル上げて装備を揃えて、ようやく攻略組って呼ばれるまでになれました。それでこの前《血盟騎士団》の人達に仲間にならないかって誘われて」
キールは嬉しそうにはにかんだ。大手ギルドにはよくある話だ。優秀なギルドを勧誘して自分達のギルドに吸収合併したり、もしくはギルドの形は残して傘下としたりするのは大手ギルドにはよくあることだ。他にも対等な立場で結ぶ同盟もあるが、彼等の場合は吸収されたのだろう。吸収というと聞こえは良くないかもしれないが、攻略組、それも音に聞こえたKoBが相手なら一員となれることはとても名誉なこととされている。事実彼は喜んでいた。
「そりゃ良かったな」
「はい! レオンさんが手伝ってくださったおかげです」
何度もいうように彼のことを俺は一切覚えていない。しかしこうして攻略ギルドの一員となるまでキールが成長出来たのなら援助をした甲斐もあったというものだ。
俺が中層のギルドや職人プレイヤーの援助をしているのは別に伊達や酔狂ではない。あくまでも目的はゲーム攻略のため。
ゲーム開始から現在でちょうど二年。最前線はここ七十五層。攻略ペースは最初の数層こそ時間がかかったが、今は一層に対して十日から二週間といったところ。順調にいけばあと一年かからずにクリア出来る計算だがそう単純にはいかないだろう。そも現在の生き残りが六千弱。その内攻略組と呼ばれるトッププレイヤーは千人未満。本気で攻略を目指している人間となるとその半分を割るだろう。このままではいつか必ず攻略に行き詰まる。上層に上がるごとに危険は増し、どうしたってこちらの被害も増える。数少ない攻略者が減れば一人あたり負担は増え、自然の流れとして攻略は覚束なくなる。
そうなる前に今は中層に留まっている者達のレベルアップは必須なのだ。それと同様に生命線ともいえる装備の充実、ひいては職人プレイヤー達のレベルも。
――――いや、違うか。俺はそんな殊勝なことは考えちゃいない。現在も昔も自分のことだけしか考えられないような男だ。
俺はただ真似ているだけ。かつてその理想を素の笑顔で語ってみせた彼女を……。
「それに僕達は――――いえ、僕は思っていたんです。いつかレオンさんと一緒に戦いたいって。僕達を助けてくれたあなたと一緒に、このゲームをクリアしたいって。だからこうして今一緒にこの最前線にいられるのが僕は凄く嬉しい」
『嬉しいだなんて不謹慎ですよね』と恥ずかしそうに笑うキール。俺はそんな大層な人間じゃないっていうのに。
「キール、だったっけ」
「はい?」
「今度は忘れないよう努力しとく」
彼は一瞬ポカンと口を半開きにして、次の瞬間にはこれ以上ないくらい嬉しそうに笑った。
「そういえばレオンさん。あのときあなたと一緒にいた女性はどこ――――」
「キール何をしている! 出発するぞ!」
「は、はい!」
パーティーリーダーの男の声に慌てるキール。それでも律儀に俺にもう一度頭を下げて走って戻っていった。その際、向こうにいるハルバード使いと目が合うと向こうはあからさまに不快な表情を返してきた。それには取り合わず俺も重い腰を上げる。
★
「ここです」
斥候の役目を負って常に部隊の先頭を進んでいた男が言う。
目の前にそびえ立つ黒曜石の大扉。ディティールこそ階層によって異なるが、見紛うこと無きボス部屋への扉だ。これを開いてプレイヤーが境界線を越えればボスモンスターは姿を現す。
否応なく皆の緊張が高まるのを感じる。
「ここで改めて作戦を確認する」
さすがはKoB幹部。緊迫した空気を打ち消すように声を張った。
「まず先に決めておいたメンバーが部屋へと侵入後ボスと戦闘。前もって言ってあるように、これは討伐が目的ではなくボスの情報収集が目的である。防御に徹し、なるべく多くの情報を引き出して欲しい」
その言葉に重戦士など壁役を主とした先発組が頷く。その中にはキールの姿もあった。
「そして我々後続は先発組が戦っている間、ボスモンスターの分析を行う。もしこれが団長の予想通り強力であったなら、後の攻略戦の為にコリドーの座標セットも同時に行う。――――おい《金獅子》」こっちを睨む「貴様の役割はわかっているな?」
「心配すんな。報酬分は働く」
応えながら担いでいたメイスを地面に下す。ここからが俺の本当の仕事。
このアインクラッドには一つ厄介なシステムが存在する。ボス部屋の前にプレイヤーが確認されてからきっかり十分、それが経過しても部屋の前にプレイヤーがとどまっていると大量のモンスターが扉の前にポップするのだ。これは多分、部屋の中に入らずに《投擲》スキルなどによる遠距離攻撃でボスへのハメ技を防ぐ仕様なのだろう。
今回俺がこの部隊に組み込まれたのはそのポップされるモンスター達を足止めすること。勿論俺一人というわけではないが、少しでも長くボスの攻撃パターンを観察する為にもこの役割は必要なのだ。
俺は集団戦こそ苦手だがこういった局所防衛戦は得意だ。依頼はモンスターポップからさらにニ十分……出来れば三十分の足止め。依頼を受けたからにはやり遂げる。
それに、もしヒースクリフなら三十分といわず何時間だろうと守り続けるだろう。あの男に出来て俺に出来ない事などあってはならない。ならここは負けるわけにはいかない。
「レオンさん」
いつのまにか近寄ってきたキールが拳を突きだしてきた。
「行ってきます」
その拳を無視していたが、キールが一向にその拳を下ろさないので俺はおざなりに拳を打ち付けた。
「…………ああ」
それでも彼は満足そうに笑った。その笑顔のままパーティーに合流する。彼の背を見送り前を向く。
無駄じゃない。キールのような人間がいる限り、俺の……彼女のやったことは無駄なんかじゃない。ならば俺は戦い続ける。彼女との、セルシアとの約束を果たす為に俺は、
――――バタン! と、背後から太鼓を打ち鳴らしたような音が響く。振り返るとボス部屋への大扉が固く閉ざされていた。
★
「どういうことだ!?」
「わかりません! 突然扉が……」
突如閉められた扉。中にはすでに先発組が入ってしまっているのに。――――いや、違う。プレイヤーが入ったからこそ扉が閉まった?
アラームトラップ。迷宮区に存在するそのトラップは、発動と同時に部屋の扉が閉まりプレイヤーを閉じ込めると一定数のモンスターがエリア内にポップする凶悪なトラップの一つ。一定時間、もしくはエリア内のモンスター全てを撃破すれば大概解除される。ただそれが、ボス部屋で発動するなんて聞いたことがなかった。
「チッ! 《鍵開け》スキルを使え!」
幹部の指示に二人のプレイヤーが扉に近付き、扉をタタンと二度タッチする。俺には見えないが彼らの視界にはウインドウが開いており、解除可能なら解除までの時間が表示されているはずだ。
しかし虚空を見上げた二人は共に首を横に振る。そもそもこの扉に鍵という概念があるのかどうかも疑わしい。
「聞こえないのか! 先発組、返事をしろ」
KoBの男が扉に向かって叫ぶ。
だが無駄だ。この世界では全ての扉は音声遮蔽圏である。それはこの迷宮内でも例外は無い。
「返事をしろ!」
残された面々が口々に扉に呼びかける。ある者は怒鳴り、ある者は悲鳴のように向こうにいるはずであろうプレイヤーの名を呼び続ける。
そんな中で俺だけが無言のままだった。動くことが出来なかった。
――――逃げて
この状況が、この光景が、吐き気がするぐらいあの時と、
――――だからアンタは約束しなさい
あの時と同じだった。
「アンガー! アンガー返事を……っ!?」
扉を必死に叩き続けるダガー使いを無視して俺は振りかぶったメイスを黒曜石の扉に叩き込んだ。直前で気付いた男はギリギリで回避していたようだったが、今の俺には謝罪してやれるほど心に余裕が無い。
結論からいって、俺のメイスは扉を突き破ることは出来なかった。扉の薄皮一枚手前で紫色の障壁に阻まれたメイス。視界には《破壊不能オブジェクト》を警告するシステムタグが表示される。周囲のプレイヤー達はそれで全てを悟ったかのように皆動きを止めた。呼びかけることさえも止めてしまった。
だが、俺はもう一度メイスを振りかぶり扉を叩いた。
再びの轟音。当然、攻撃は障壁に阻まれ、視界には変わらずタグが浮かぶ。それでも、
――――キールです。キール
また、なのか……。
――――それでこの前《血盟騎士団》の人達に仲間にならないかって誘われて
また俺は、助けられないのか……。
――――いつかレオンさんと一緒に戦いたいって。僕達を助けてくれたあなたと一緒に、このゲームをクリアしたいって
俺にはまだ、
――――だからこうして今一緒にこの最前線にいられるのが僕は凄く嬉しい
まだ力が足りないっていうのか!?
――――レオンさん
「あああああああああぁぁぁぁ!!」
――――行ってきます
馬鹿みたいに同じ警告を示すタグが幾重にも重なって視界を埋める。その数の分だけ俺はメイスを撃ちこんだということなのに、扉は傷一つ無く目の前を阻んでいた。
ウインドウをわざわざ閉じるのももどかしく、鬱陶しく思いながらも再びメイスを構えた。しかし唐突に扉は開いた。今までこ揺るぎもしなかった扉は嘘のように容易くその口を開く。
そこにはボスの姿も、プレイヤーの姿もなかった。誰もいなかった。