【完結】ソードアート・オンライン ━傷だらけの獅子━   作:針鼠

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失恋

 真っ白な世界だった。

 上も下もわからない。左も右もわからない。そも地面すら認識出来ない場所なので今自分が立っているのかもわからない。わけがわからないそんな世界なのに俺に不安はなかった。

 

 腰ほどに届く長い黒髪。女性にしては高い身長。ちょっとつり上がった目尻が勝気な性格を表しており、黙っていればかなりの美人なのだが口を開けば子供っぽい。食い意地張ってるし、乱暴者だし、あと――――、

 

 

「おい」彼女は片眉をヒクリとさせて「声にでてんのよ」

 

 

 どうやらそうだったらしい。

 

 

「事実だから否定する気はないけどな。――――なぁ、これは夢か? セルシア」

 

 

 セルシア、だった。死んだはずの彼女が目の前にいた。

 

 

「さあね」

 

「ゲームが終われば俺は現実に戻れるはずなんだけどな」

 

 

 ここが現実には到底見えない。それに何よりここが現実であるはずがない。彼女はすでに死んでいるのだから。それは覆ようのない事実だ。

 こんなときばかりはヒースを疑わないのもおかしな話だった。否定する材料がこうして目の前にあっても、俺はどこかでそれを受け入れてしまっている。

 だが不思議な話で、目の前にいる彼女が偽物だと疑う気持ちもなかった。

 

 

「矛盾してんな」

 

「なーにかっこつけてんのよ、ヘタレのレオンのくせに。それより、約束破ったわね?」

 

 

 ちょっと考えて、思い当たる。

 

 

「あれは引き分けだ。ウィナー表示が出てない」

 

「負け惜しみ」

 

「……最強の男相手にHP半分削ったんだ。俺が初だぞ?」

 

 

 実際はキリトが先になるのだろうか。

 

 

「男らしくない。だからモテんのだよ、男の子」

 

「別にモテたくねえよ」

 

「ぷっぷー。聞いてて悲しくなるわねー」

 

 

 勝手に言っとけ。

 

「なあ」

 

「なによ?」

 

「俺、お前のこと好きだわ」

 

「うん。ごめん無理」

 

 

 ………………。

 

 

「わかってたけどさ、早えよ」

 

「しょうがないじゃない。嘘はつけない性分なのよ」

 

 

 何が悪いとばかりに胸を張られても。

 

 

「まあ、いいさ」

 

 

 わかってたことだ。それでこそ彼女らしいとも。

 そのやり取りが合図だったというように霧も出ていないのに景色が霞んできた。直感的にこの夢だかわからない現象も終わりなのだろうと理解する。

 

 ああ、けど満足した。彼女に会えた。言いたかったことは言えた。もう充分だ。

 

 

「レオン」

 

「なんだ――――」

 

 

 よ、と最後まで言うことは出来なかった。いつの間にか急接近していた彼女の顔がゆっくりと離れていく。

 茫然としているだろう俺を見て、彼女はしてやったりの笑顔。彼女によく似合う、笑顔。

 

 

「――――――」

 

 

 呟いて、彼女の笑顔が霞んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒すると同時に光が飛び込んでくる。焼けるように右目が痛むが、腕は鉛のように重く動いてくれなかった。仕方ないのでしばらくそのまま堪えているとようやく目の方が慣れてきた。

 ゆっくりと瞼をあげる。最初に見えたのは知らない天井。それで自分が仰向けに寝ているのだと自覚する。腕同様に意志に反して動いてくれない体に手こずりながらどうにか上体を起こす。一息ついて改めて辺りを見回してようやく気付いた。

 

 

「戻って、きたのか」

 

 

 そこは古びた内装の宿屋でもない。冷たい石畳のダンジョンでもない。――――現実だった。

 自分はベットに寝かされており、隣には同じように並べられたベットの上でまだ全員が眠っていた。脇に設置された点滴台。チューブを目で辿って、少しばかり驚く。痩せ衰えた腕は最後に見たときとは似ても似つかない。きっと顔も酷いんだろうな、と思いながら再び寝転がる。どうせしばらくすれば他の覚醒者によって医者が飛んでやってくる。それまでは、ゆっくりさせてもらおう。

 

 ふと、点滴の繋がれていない左手で左目に触れる。病院側で用意されたのだろう眼帯が当てられていた。

 しかしまだほんのりとさっきの感触が残っているように感じられた。温かく、柔らかい。

 あれははたして夢だったのか。それともヒース……茅場からの最後のサプライズか。

 

 

「……不意打ちは、卑怯だよな」

 

 

 触れていた左手で目を覆う。目を閉じると最後の彼女の言葉が蘇った。

 

 ――――がんばったじゃん

 

 そう言って、彼女は笑ったのだ。初めてだった。

 

 

「最後の最後で褒めんなよ……」

 

 

 熱い。左目がとても熱かった。その痛みでようやく俺は自覚する。俺は、帰ってきたのだ。




ここまでお付き合いありがとうございました。しかし以前述べたようにおまけが一話ありますのでどうぞチャンネル(?)はそのままで!
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