【完結】ソードアート・オンライン ━傷だらけの獅子━   作:針鼠

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※どうも読者の皆々様、本編閲覧ありがとうございました。
今回の話は番外編となります。そこで注意点がいくつか。これはにじファン時代に書いたもので、畏れ多くも作者KT@ヘタレの人さんの『ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~』とのコラボも兼ねていまして、一部原作にいないキャラクター達がいます。もちろん原作キャラ達も出てますのでコラボ組を知らなくても問題ありませんが、そこのところはご了承ください。以下でちょっとした紹介も書いておきますので。

もう一つの注意点は多少設定に無理な部分がありますが、あくまでおまけなので見逃してくださいというものです!!(ただの言い訳なんだけどね)


ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

・ソラ

『無刀』のヒロイン。クエスト攻略を主に活動するギルド《冒険合奏団(クエスト・シンフォニア)》のマスター。

・シド

『無刀』の主人公。敏捷値一極振りの、おそらくSAOで唯一無手で戦う男。《冒険合奏団》にはソラに勧誘されて入った。

・レミ

《冒険合奏団》メンバーの弓使いの少女。

・ファー

《冒険合奏団》メンバーの槍使いの男。


《番外編》伝説の漢

「ふぁ……」

 

 

 脱力した体を背もたれに沈めるといつになく大きな欠伸が出る。こうしてゆっくりするのはとても久しぶりだった。無理矢理ここに連れてこられたときはかなり渋ったが、これが中々、今は来て良かったと思える。

 

 ――――わけないだろうが。

 

 

「くっはー。本当に暑いな」

 

 

 言葉の端々からひたすらに嬉々とした感情がうかがえる声。振り向けば、本日俺をここに無理矢理連れてきた張本人がいた。パッと見少女と間違えてしまいそうな小顔に、同じく小柄な体型。しかしてその正体は剣を持てば鬼神の如く敵を屠る、この世界でも屈指の攻撃特化仕様(ダメージディーラー)、黒の剣士ことキリトである。

 そんな彼は今、その二つ名の由来でもある黒の服を着ていなかった。生っ白い肌のほとんどを露わにして、唯一その下半身だけを黒いパンツで隠している。この世界において正真正銘防御力ほぼゼロであるその姿。

 しかしこれは決して別に彼が露出に目覚めたわけでも、ましてや自殺行為に走っているわけでもない。見渡せば彼同様に普段の鎧や革といった防具を脱ぎ捨てた者達で溢れかえっている。かくいう俺も、普段の黄金鎧を脱いで下は黄色のサーフパンツ、上にはシャツを着ている。

 

 

「ほんと、よく出来てるよな」キリトは日差しを遮るように腕をかざしながら「まさかこの世界で海が見られるとは思わなかったぜ」

 

 

 そう、海だ。

 つい先日、ここより一つ下のフロアボスを攻略組の一団が討伐。そうして開通したこの層は、なんと見渡す限り三百六十度青い海だった。主街区の名は《デビルアイランド》。

 主街区といったが、この層は転移門が設置された円形の島があるだけでそれ以外全てのフィールドが海だった。今までならば街の開通と共にクエストやフィールドの散策、そうして迷宮へというのが攻略の流れなのだが、この層は今までの層にはあったあらゆるものが存在しなかった。

 

 デビルなどという大層な名の割にモンスターもいなければ店もNPCもいない。それどころかなくてはならない迷宮さえも。あったものといえば、くぐってきたゲートに浜辺に並べられた手漕ぎボートぐらい。当然、NPCもいないのだからクエストもない。

 ――――否、クエストは一つだけあった。いや、これをクエストというのかわからないが。

 とあるプレイヤーが島にあった唯一の人工物の掲示板らしきものを発見したそこに一枚の紙が貼られていた。内容はこうだ。

 

 『水着に着替えよ』

 

 プレイヤー達は揃って首を傾げたが、そのフラグ発見直後から島に一つだけ店が建った。そこにいた小麦色肌のおっさんNPC。売っているのはただ一つ、《水着》だ。

 

 

「馬鹿にしてやがる」

 

「なにが?」

 

 

 白い砂浜には至る場所にパラソルやらビニールシーツが広げられ、転移門付近には商人達による出店が並んでいる。その一つから、今しがた買ってきた《シュワイダー》をストローで飲んでいるキリトは俺の言葉に首を傾げた。

 

 

「なにもかもだ」俺は言った「何でだよ……何でこうなる? 昨日までデスゲームだダンジョンだPKだ騒いでた俺達が、何でこんなアホみたいな恰好してこんな場所で街開きならぬ海開きなんてしてるんだ? つうか今何月だよ。とりあえず夏じゃねえだろう!?」

 

「なんでだろうな。まあいいじゃん。久しぶりの太陽も見えるし」

 

「造り物だけどな」

 

 

 百層に及ぶ城であるアインクラッドで本来頭上にある太陽は見えない。

 しかしここだけはその概念を一切無視しているのか燃えるような太陽が二十四時間照りつけている。故にこの層だけは昼夜といった概念もない。どうでもいい補足だが、今俺達が寝そべっているビーチチェアはキリトがこの為だけに用意した物だ。こういった浪費癖はこの男の悪癖と言わざるを得ない。

 

 

「おーい、レオン。キリト」

 

 

 聞き覚えのある声に首を巡らせると悪趣味なバンダナを付けた野武士、あるいは山賊といった赤い髪の男がこちらに近付きながら大きく手を振っている。キリトが手を振り返す。

 

 

「おう、クライン」

 

「おめぇらも来てたのか。んあ? なんだよレオン、いつもながら不景気な顔して」

 

「大きなお世話だ。それと寄るな暑苦しい」近付けてきたクラインの顔を押し退けて「それよりお前なんだよ、その水着」

 

「あん?」

 

 

 俺は本当に嫌そうな顔でクラインの下部を見る。回りくどい言い方は面倒なので言ってしまうとクラインが穿いていたのは競泳用等に着用されているピッチピチのブーメランパンツだった。

 

 

「仕方ねえだろ! あそこの店、売ってるのは《水着》ってだけでどんなもの渡されるかはランダムなんだからよう!!」

 

 

 この層唯一のNPCによる店。そこで売られている《水着》は一応防具の類に分類される(といっても防御力はあってないようなもの)。どんな水着なのかは今クラインが言ったようにこちらでは選択不可のランダム制で、しかも購入は一度きり。おまけにトレードも譲渡も不可といったものだ。たとえその水着がどんなに気に入らなくてもプレイヤーはそれしか手に入らない。

 嘆くようにクラインは言っていたが、むん! ムン! とポーズを取る彼は存外気に入っているように見える。はっきり言って見苦しい。出来れば離れていて欲しいと切実に願う。

 

 

「なーにバカやってるのよ」

 

 

 どうやら新たな連中がやってきたらしい。今度は複数。

 先頭を雄々しく歩いてきたのはベビーピンクの髪の少女。俺やキリト御用達の鍛冶職人プレイヤーのリズベット。その後ろに隠れるようにしている二人の少女。一人は肩にふわふわした水色の小竜を乗せたツインテールの正しく少女。プレイヤー名をシリカ。

 中層を縄張りにしたプレイヤー群の一人で、そこいらでは色々な意味でも有名である。中層で傭兵業をしている俺は数回だがパーティーを組む機会もあった。互いに顔見知り程度の認識だろうが。

 そしてもう一人は今更説明は不要であるかもしれないが、攻略組最強ギルド《血盟騎士団》の副団長であるアスナだ。

 

 さて当然、彼女達もここにいる以上水着である。何を隠そう迷宮も存在しないこの階層の攻略法がとんとわからず、その相談をした相手《血盟騎士団》リーダー、ヒースクリフの『ならばクエストに従おう』という言葉に皆頷くしかなかった。結果本日の街開きならぬ海開きと相成ったわけだ。同ギルド副リーダーであり、本日のイベント責任者に抜擢されているアスナが逃げられるはずがない。リズベットとシリカはその付添といったところか。

 

 リズベットは水玉柄のフリルスカートタイプの水着だった。元々ピンクカラーの髪が不思議と似合ってしまう彼女にはいわゆる可愛らしいタイプであるこの手の水着は似合っていた。

 

 

「なーにヤラシイ目で見てんのよ」

 

 

 フフン、となにやら自信に満ちた視線を向けられたので正直な感想を述べる。

 

 

「残念だったな。胸がなくて」

 

 

 渾身の力でメイスを投げつけられた。それをひょいと躱して次はシリカに視線を映すが、

 

 

「…………シリカ」

 

「ふぇ……み、見ないでください!!」

 

 

 今にも泣き出しそうな顔、ていうか半泣きの彼女の水着は学校で着るようなスクール水着だった。しかも胸元の白布のゼッケンに《しりか》とひらがなで名前まで付けられているところにこのゲームのデザイナーの悪意を感じる。買い直しもトレードも認められてないこのシステムの一番の被害者はおそらく彼女だろう。

 けれどシリカにとっては不本意であろうが、似合っているのだから可哀想だ。最後の一人。

 

 

「ほらアスナもいつまで隠れてるのよ!」

 

 

 とリズベットが背後の親友を引っ張りだす。『わわっ! 待って待って』と叫んでいたが、鍛冶職人であると同時にマスターメイサーでもあるリズベットの筋力値に負けてあえなく俺達にその姿を披露することとなる。

 

 

「レオン、オレぁいま死んでも悔いはねえ」

 

「じゃあ死んでこい」

 

 

 以上、クラインの感想であった。

 アスナの水着は一言でいって――――攻撃的だった。きわどすぎる。マイクロビキニとかいうんだろうか。大切な箇所、主に三か所を最小限に覆っただけで彼女はほとんど裸だ。後ろから見たらほとんどという言葉すら取れてしまうほどに。

 

 

「水着ってのは防具じゃなくて武器だったんだな」

 

「黙らねえと殺されるぞ。アスナに」

 

 

 中々暴走状態に入っているクライン。ここが仮想世界でなければ本気で鼻血を流していそうだった。

 一方で、顔を真っ赤にして向かい合っているキリトとアスナ。互いに互いを直視出来ないようだった。

 

 

「…………その、どうかな?」とアスナ。

 

「ど、どうって……」

 

 

 キリトは今一度アスナの姿を見て、慌てて目をそらす。妙な沈黙。やがて、

 

 

「もおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 

 突然アスナが吠えた。怯えるように後ずさるキリト。

 

 

「あ、アスナ……?」

 

「行きましょうキリト君!」

 

 

 グワシッ、とキリトの細腕を握り潰さんばかりに掴むアスナ。その目は潤んで――――いるのではなく現実を直視していなかった。

 

 

「そうよ恥ずかしくなんてない! 人間生まれたばかりは裸だったんだもの! 恥ずかしくなんてない! 水着なんて全部同じじゃない布の面積が違うだけじゃない!!」

 

「いやでも、それはさすがにスゴすぎ――――」

 

「言・わ・な・い・でッッッッ!!」

 

 

 そうしてキリトの腕を引く、というより引きずって敏捷値パラメーター最大補正で疾走するアスナ。

 

 

「………………はっ!」

 

 

 その様子に気圧されていたリズベットは慌てて二人を追いかける。

 

 

「アスナだけに抜け駆けなんてさせないんだから!」

 

「き、キリトさーん!」

 

「待てコラ、キリの字! おめぇにばっか毎度毎度いい思いさせてたまるかってんだ!!」

 

 

 それについていくシリカとクライン。

 本当にこれはデスゲームなのか、はたして俺は疑問を感じるしかなかった。

 

 

「あれっ? レオンさんっ?」

 

 

 キリト達が去ってしばらく、相変わらずビーチチェアに寝そべっていた俺の耳に再び喧しい声が飛び込んでくる。首だけ捻ってそちらを見ると新たな一団。それもまたまた顔見知りだ。

 一番に声をかけてきたのは水色の髪を三つ編みにした女だった。アスナのような絶世の美女というわけではないが、見ているだけで気分が明るくなる彼女の笑顔は違う系統で人気を博す。ボス攻略やらダンジョン探索中で決して少なくない数顔を合わせたことのあるプレイヤーで見た目の年齢より遥かに幼い笑顔をいつも絶やさない。

 

 

「会う度に馬鹿みたいに喧しいな、ちびっ子」

 

「酷いっ! それに私レオンさんが言うほど小さくないよっ?」

 

「精神年齢が幼稚園児と同じなんだよ」

 

「さらに酷いっ!!」

 

「おーいソラ、あんま勝手にウロウロすんな」

 

 

 その後ろからぞろぞろ次がやってくる。一人はふとももまで丈のあるフィットネスの水着を着た、背丈の割に気の弱そうな顔の男、ファー。一人はまたしてもデザイナーの悪意を感じるスクール水着――――シリカとは違いこちらは旧タイプと呼ばれる上下が分割されたもの――――を着た無表情の少女、レミ。そして最後に、ボサボサの黒髪に異常に長い手足が特徴的な少年。トランクスタイプの水着に上は黒の薄手のパーカーを羽織った彼の名はシド。

 最初に声をかけてきた白いビキニの水着を着た女性、ソラをリーダーにしたギルド《冒険合奏団(クエスト・シンフォニア)》の面々だった。

 

 

「うんっ! ごめんねっ、シド」

 

 

 名前と同じ空色の髪を尻尾のように跳ねさせてソラは舌をちょっぴり出して可愛らしく謝る。

 

 

「あ! あそこのお店で売ってるやつ美味しそうっ!」

 

「てめーなんもわかってねえじゃねえか!」

 

「あっ、首絞めないで、ぎぶっ! いつもながら絶妙な力加減っ!」

 

「ったく」

 

 

 やれやれといったように、シドがソラを解放する。

 

 

「やや!? あそこにいるのはアスナっち?」

 

「おいこらソラ! てめーは三歩歩きゃあ忘れるニワトリかって……もういねえし」

 

 

 シドが振り返ったときにはすでに彼女の姿はなく、やや遠く離れた砂浜を激走する無邪気な背が見える。シドは大きくため息を吐いた。

 

 

「ファー、レミ……ソラのこと頼めるか?」

 

「わかったッス」

 

 

 ファーは楽しそうな苦笑いで。

 

 

「……りょーかい」

 

 

 レミは無表情で淡々と答える。

 

 彼女達を送り出すとシドはやたら長くその背を見つめる。それはどこかわが子を心配する母親のような眼差しだった。

 しばらくそうしてから、『さて』そう言って彼はこちらに目を向けた。

 

 

「隣いいか?」

 

 

 彼の指さすのはキリトが不在となり誰も使っていないもう一つのビーチチェア。俺は一切起き上がる気もないのでそのままで答える。

 

 

「御勝手に」

 

 

 どうせ俺のではないし。

 許可を得たシドはイスに寝転がると満足げに伸びをする。

 

 《旋風》――――彼の能力を示す二つ名といってもいい。全プレイヤー中、おそらく唯一ではないかという無刀の男。《体術》スキルと《軽業》スキルを駆使した近接格闘スタイルで敏捷値一極という、俺とは真逆の能力構成(ビルド)から生み出されるこの男の絶技は初見ではほぼ見切れない。数値的な速さならあのアスナにさえ勝る。その反面、彼の貧弱っぷりは致命的でちょっとした防具さえ重くて身に着けられない。無理に装着すれば彼の生命線といえるスピードが失われるからだ。

 

 

「数日振りか?」

 

 

 彼――――というか、さっきのソラ達を含めた《冒険合奏団》の主な活動はクエスト攻略であり、自然NPCの店では売ってないような目新しい装備や珍しいアイテムを多く取り扱っている。同時にシドはフィールド及び迷宮内での行商人のような行いもしていて、泊まり込みの迷宮散策のときなどはよく利用させてもらっている。

 

 

「この街が開通した直後だから、二日ぶりだな」

 

 

 シドは答える。余談だが、この《水着イベント》のきっかけとなった掲示板を発見したのが彼である。キリトにいわせると俺が気配を察知する戦闘面の《超感覚》の使い手なら、シドのそれはイベントフラグを見つけ出す洞察力やゲーム勘を発揮する《超感覚》の使い手らしい。実際、この男の探索能力とスピードは侮れない。ただやはり、その筋力値不足は戦闘向きとはいえないが。

 

 

「それにしてもお前は本当に厄介なことしてくれたな」

 

「なにが?」と、シド。

 

「こんなアホらしいイベント立てやがって」

 

「いやほんと。我ながらとんでもないもん見つけたもんだ」

 

 

 はっはっは、とまるで反省した様子もなく笑うシドだったが『でも』と続ける彼の顔は真面目なものに変わる。

 

 

「ここのフロアはやっぱりおかしいと思うんだよなぁ」

 

「……それは同感だがな。なにせ攻略するべき迷宮がない」

 

 

 ここにはこのゲームの目的である迷宮がない。迷宮がなければ攻略は出来ないし、そうなると倒すべきフロアボスも現れない。

 このフロアについては二日間の調査で大体の作りが判明している。というより、調査するほど大したものはなかった。その中で興味を惹かれたのはここは海を含めた全域が圏内扱いだったということだ。つまりこのフロア全体が《デビルアイランド》という街。モンスターがいないのも当然だ。

 

 

「ってことはだ、唯一用意されてるこのフラグをクリアすれば……」

 

「迷宮が現れる、か?」

 

 

 シドは頷く。

 筋は通っているがはたしてどうだか。みんなで水着になれば海底から塔でも生えてくるのだろうか。ありえないとはいえないが、それなら初めからあっていいだろう。わざわざこんな面倒な事をさせるのだから相応の理由があるはずだ。この手に関してはシドの勘を甘くみるわけにもいかない。

 

 

「まあ、なにがあるかわからないから、あいつらにも気は抜きすぎないよう言っておいたんだけど……」

 

 

 そう言ってシドは海辺で遊ぶソラやキリト達を見やる。つられて俺も視線をやり――――はて? さっきは気付かなかったがソラの指に嵌められた指輪――――《水着》装備中は上下含め一切の防具は装備できないよう設定されていたがアクセサリーは含まれない――――、見覚えがあると思ったら隣のシドの指にもまったく同じものが嵌められていた。しばらく考えて、答えに思い至る。

 

 

「なんだ。お前ら結婚したの?」

 

 

 シドの体が不自然に揺れた。擬音で表すとギクッ、といった具合だ。

 彼の普段不健康そうな顔色が感情表現にややオーバーなSAOのシステムによって真っ赤に変えられる。湯気すら立ち昇っているように見えた。どうやら図星らしい。

 

 

「へーほー。まあ、前々から似たようなもんだったしな。いいんじゃねえの」

 

「なっ」シドは驚いてるのか混乱しているのかよくわからない顔で「前から!? いつから!!?」

 

「気付いてないのは当人達だけってな」

 

 

 シドの言葉には耳を貸さずキリトが置いていった飲み物を手に取る。まだまだ中身は残っていた。水分を欲する渇いた喉。飲まず食わずであっても生きていける俺達にとって、それは所詮錯覚だとわかっているがそこにジュースを流すと一瞬の爽快感を覚える。懐かしきサイダーの味。腹立たしいが旨い。

 

 

「まったく……、キリトもさっさと結婚しちまえばいいのに」

 

 

 どうにか落ち着きを取り戻した――――でもまだ顔は赤い――――シドも頷く。海ではしゃぐキリト達を眺めながら、

 

 

「キリトはそもそもソロに向いてない」

 

「あーな……」シドは曖昧な声で相槌をうった。

 

「効率が良いからなんて言っちゃいるが、あいつはただ誰かと一緒にいるのが怖いだけだ。自分が死ぬのが怖いだけなら、重装甲装備で遠間から槍でも振ってた方がよっぽど安全だ。それをわざわざ最前線で命がけでレベル上げなんて馬鹿な真似、狂ってるか……もしくは壊れてるとしか思えない。――――その理由までは知らないし、興味もないけどな」

 

 

 実際キリトが最も強いのは一人で戦うより誰かと一緒に戦っているときだ。

 しかし彼は頑なに誰かとパーティーを組もうとはしない。過去に何があったのかは知らないが、おそらくその出来事が彼がアスナにあと一歩踏み出せない原因なのだろう。シドも思うところがあったのか納得したように頷く。そうして苦笑した。

 

 

「でも狂ってるってのは言い過ぎじゃないか? ソロってことならレオンだって同じだろ」

 

「――――ああ」

 

 

 意識したわけでもないのに、酷く冷たい声がでた。

 

 

「俺はとっくに壊れてるからな」

 

 

 ――――あの時から。

 

 

「それってどういう――――」

 

「た、たたたた大変ッス!!!!」

 

 

 シドの言葉を遮って、彼のギルドメンバーであるファーがいつも泣きそうな顔をさらに歪めて駆け寄ってきた。

 

 

「落ち着けよファー。どうかしたのか?」と、シド。

 

「あれッスよ!!」

 

 

 シドの言葉も虚しく聞き流されたのか一切落ち着く様子のないファーは叫ぶと同時に指を彼方へ向ける。そう、今の今まで彼らが遊んでいた海の方を。

 促されて見てみてシドはあんぐりと口を開けた。

 ファーが指さす海面。なにやら見覚えのあるシルエットのウネウネニョロニョロしたミミズのような形をした長く巨大なものが突き出てきている。シドとの会話に集中していて今まで気付かなかった。

 

 ――――そのとき視界にウインドウが強制表示される。

 文面を見て、俺はようやくイスから体を起こした。

 

 

「どうやら、ここからがイベントの本番ってわけだ」

 

 

 《島内と海岸を除いた非殺傷圏内を全域解除》

 

 ミミズ群――――否、海面から伸びる足にフォーカスを合わせるとあれの正体も露わになる。視界にはしっかりとあれの正体が表示された。

 《ザ・デビルフィッシャー》。ここのフロアボスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 突如として現れた巨大なタコ――――と呼ぶには鋭い牙や複眼等々なかなか厳めしい姿だが。おそらくはこのエリアに一定数のプレイヤーが入ること、それとプレイヤー全員が水着を装備することがこのクエストの成立条件だったのだろう。

 しかしこれは、考えてみるとかなり危険な状況だ。今このフロアには攻略組を含め多くのプレイヤーが集まっている。中には観光気分でやってきた、最前線攻略には程遠いレベルのプレイヤー達も、だ。数値的な不安も勿論だが、俺やキリトのような攻略組と違い彼らはこういった突発的な危険に慣れていない。その場での的確な判断以前にまず居竦みから立ち直る術を彼らは持たない。

 

 

「レベルの低いプレイヤーは急いでさがれ! フロアボスだ!」

 

 

 この状況の危険さに気付いた誰かが声をあげる。その呼びかけで放心状態だったプレイヤー達がようやく我を取り戻した。

 奇声じみた悲鳴をあげながらプレイヤー達が逃げ惑う。一瞬で場が混乱に満たされた。

 

 

「チッ……」

 

 

 海にいた大勢の人間が一斉に島に戻ってくるので一時的に動きが制限される。なのでまずは武器よりもこの恰好をなんとかしようと思ったのだが、ウインドウを開いて愕然とした。

 

 

「装備フィギアがロックだと!?」

 

 

 俺と同じことを考えていたらしいプレイヤーの声。その言葉通り、開いたメニューウインドウ、その装備画面には武器とアクセサリー以外の装備がロック状態にされていた。つまり俺達はこのほとんど裸の状態から着替えられない。防具に頼った防御力皆無の状態でフロアボスを相手にしろということだ。

 

 

「これもイベントの一環ってわけかよ」

 

 

 条件縛りのあるクエストは珍しくはない。しかしここまでシビアなもの、しかもフロアボス相手には今までなかった。

 

 

「キャー!!」

 

 

 仕方なく結晶入りのアイテムポーチと武器だけをセットした辺りで悲鳴があがる。聞き覚えのあるその声は《閃光》アスナのものだった。

 まさか彼女が、と思い声の方向に視線を向けて、唖然とする。

 

 

「ちょ、ちょっとなんなのよこのモンスターは!?」

 

 

 艶めかしいタコの足に捕まったアスナは懸命にもがいていた。何度も右手を振っているところを見るにウインドウを開こうとしているようだが、その度玩具のように振り回されてしまい上手くいかないよだった。それに捕まっていたのはアスナだけではない。

 

 

「なによコレー!? シリカちょっと大丈夫!? シリカ? シリカ!!」

 

「ぶくぶく……」

 

 

 同様に捕まっているリズベットとシリカ。あちらでは、

 

 

「シードー! 捕まっちゃったっ」

 

「……あーれー」

 

「なんでてめーらちょっと楽しそうなんだよ!?」

 

 

 仲間が捕まって右往左往している……のはシドだけだが。

 

 

「レオン!」

 

「キリトか」

 

 

 海から一度離脱してきたらしいキリトは右手に漆黒の剣を持っていた。

 

 

「お前は無事だったのか?」

 

 

 キリトはアスナ達と一緒にいた。捕まったときもおそらく近くにいたはずだ。

 

 

「ああ、うん……」

 

 

 質問されたキリトは困ったように曖昧な返事をかえした。

 なんとなく言いたいことはわかる。わかるが、認めたくない。

 

 

「いきなり目の前にあいつが現れたと思ったら、その……俺とクラインだけ弾いてアスナ達だけ捕まえたんだ…………」

 

 

 俺は今一体どんな顔をしていただろうか。キリトがわざわざ言わずとも予想がついたのは、あのモンスターに捕まっているプレイヤーが何故か全員女性プレイヤーだったからだ。それも一般的に容姿が整っているとされるのを重点的に。しかもあの足による拘束、捕まった時のダメージどころか継続ダメージさえも彼女達には一切ダメージがいっていない。地面に叩きつけるといった行動に出ることもなく、ただ捕まえた彼女達を弄んでいるだけ。

 

 

「水着イベントの次は触手プレイか……。トチ狂ってんのか」

 

 

 さっきまでの緊張感が馬鹿らしい。

 

 

「いいやそんなことねえ」

 

 

 いつの間にかクラインも合流していた。

 

 

「オレぁ開発者に言ってやりたいことがある。グッジョブ」

 

「アホらしい。俺は帰る」

 

「ゲート使えなくなってるらしいぞ」

 

 

 キリトが言う。言われてみれば、さっさと逃げるべきプレイヤー達がいつまでも減らない。ポーチから転移結晶を取り出してみたがそれもいつのまにか結晶無効化エリアとなっている。どうやらこのバカげた騒動に最後までつき合わされなくてはならないらしい。頭が痛い。

 

 

「助けてー!」

 

「おう待ってろ! いまこのオレがいくぜ!」

 

 

 アスナ達とは別に捕まった見知らぬプレイヤー――――勿論女性――――の声にピクリと耳を動かしたクラインが、今や圏外となった海へ勇ましく飛び込む。鼻の下が伸びてなければかっこよかったかもしれない。

 

 

「待てクライン……!」

 

 

 キリトの声も聞かず猛烈な勢いでクラインはタコに向かって泳いでいく。そうして近くまで辿り着いて、器用に立ち泳ぎしながらカタナの切っ先を向ける。

 

 

「やいやいやいタコ助! モンスターのくせにハーレム気取ろうなんざ不貞野郎……じゃなくて不貞タコだ。このオレ様が成敗してやらぁ!!」

 

 

 と、カタナを振り下ろすが、案の定足場の悪い状態ではカタナはソードスキルすら発動出来ず無情にも弾力あるタコの皮膚に食い込むにとどまる。それでも一応ダメージ判定はあったのか僅かにタコのHPを削った。本当に僅かだったが。

 

 

「んぎゃ!?」

 

 

 タコの怒りに触れたのかデコピンの如く振り上げられた足にクラインはまるでコントかアメコミのように吹っ飛んでしまった。

 

 

「……クラインは放って置いて」珍しく辛辣なキリト「実際どうする? 意外と厄介だな」

 

 

 あのボスは海から動こうとはしない。つまりあいつと戦うには海上にでなければならない。

 しかし今のクラインを見た通り、泳ぎながらソードスキルを発動させるのは困難だ。加えてあのタコ男には容赦なく敵意ある攻撃を仕掛けてくる。それを躱さなくてはならない。

 わかったのは悪いことばかりではない。あのモンスターの攻撃力はそれほど高くはない。実際クラインは水着姿のまま攻撃が直撃したにも関わらずそれほどHPが減っているようには見えない。そこはこのイベントの防具無しの縛りに対するバランスなのだろう。

 

 

「あ!」

 

「何か思いついたのかシド」

 

「ボートだ」

 

 

 シドの言葉に全員がはっとする。たしかこの層の海岸には手漕ぎボートが何艘も放置されていたはずだ。あれが開発者側が初めから準備していた物なら馬や牛車と同じく使うことも出来るはずだ。

 

 

「ボートは二人乗りだったっけ……、なら二人組に分かれて戦おう」

 

 

 珍しく率先して指示をとばすキリト。元々ああいった目立つ役は頼まれても逃げてしまうあのキリトが一体どうしたというのか。

 

 

「ファー」

 

「はいッス!」

 

 

 キリト同様裏方を好んでいるはずのシドもいの一番に走り出す。しばらく考えて、ようやく彼らの気持ちがわかった。

 

 

「惚れた女があんなんじゃ、そら面白くないか」

 

 

 艶めかしいタコの足に捕まった半裸の少女達を他の男達はついつい眼で追ってしまう。口を半開きにして凝視している者もいる。

 ため息が漏れる。俺にとって他人の色恋ほど興味のないものはない。

 

 

「レオン!」

 

 

 キリトの呼びかけに気だるげに答えて俺もボートに向かった。俺にとって最もやる気の出ないボス攻略戦の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 攻略に参加するプレイヤー達がそれぞれ二人組を作って船に乗り込む。

 オールは一艘に一組。自然、一人が漕ぎ手、一人が戦闘といった具合になる。

 俺はキリトと組んだ。共に漕ぎ手になる為の筋力値に不安はないが、敵との武器の相性から俺が漕ぎ手になる。

 

 

「おお!」

 

 

 伸びている足にキリトの《ホリゾンタル・スクエア》がヒットする。デビルフィッシュのHPバーがグッと減少するとそれに怒りを覚えたかのように別の足が攻撃してくる。俺は素早くボートを漕いで移動し攻撃を躱した。眼前で鞭のように振り下ろされた足が海面を爆発させる。

 戦いはそれなりに順調だった。戦闘直後こそ不安定な足場や慣れない船の操舵にてこずり数組が撃沈されたが、漕ぎ手が回避のコツを掴んでからはほとんどこちらに攻撃は当たっていない。その理由の一つとしてこのモンスターの攻撃パターンが単調かつ予備動作がわかりやすいことにある。攻撃方法は足を鞭のようにしならせた振り下ろしのみ。それも攻撃前には攻撃してくる足が天高く持ち上げられ、一度止まってから落ちてくる。それぞれのプレイヤーが声を出し合うことで攻撃してくる足の判別も容易い。期待していたわけでもないが拍子抜けだ。

 ――――それも敵のHPバーが半分を減らしてから状況が一変する。

 

 

「ギョオオオオオ!!」

 

 

 口もないのにあげた雄叫び。突然タコの動きのパターンが変化した。

 タコの複眼、その中でも一段と大きな目から強烈な水が噴射される。

 

 

「う、うわあああああ!」

 

 

 水のレーザーはタコの周囲を旋回していたボートの一つを直撃。一発でボートは粉々に砕け散った。幸い乗っていたプレイヤー達はHPを大幅に減らされたものの死亡には至らなかった。

 

 

「また来るぞ! 気を付けろ!」

 

 

 再びの咆哮。どうやらあれが砲撃の予備動作らしい。逃げきれなかった船がまた落とされる。

 

 

「おい、まずくないか?」

 

 

 俺は衝撃的なことに気付く。

 

 

「ボートの数は限られてる。万が一全部壊されたら……」

 

 

 それで気付いたらしいキリトも顔を青くする。

 このモンスターはたしかに他のフロアボスに比べれば大したことはないが、これは海上戦闘が前提。万が一、今使っているボートが全て破壊でもされれば俺達は自力で泳ぎながらこいつと戦う羽目になる。それでどうなるかは先ほどクラインが実証している。

 下手をすると攻略不可能のボスにさえなりうる。

 

 

「船を守るんだ!」

 

 

 キリトの呼びかけで皆も気付いたようだ。思えばこのタコの攻撃は単調でありながら攻撃力は低い。その割にオブジェクト破壊威力が目立っていた。もしかすると、そもそもの狙いはそっちだったのかもしれない。

 先ほどまでの足の攻撃一辺倒だったなら躱すことも容易かったが、水鉄砲の砲撃は速すぎて回避が難しい。

 

 

「レオン!」

 

 

 キリトが叫ぶ。砲撃前の予兆の咆哮。狙いは俺達だった。

 

 

「キリト代われ!」

 

 

 俺は叫ぶと同時にオールからメイスに持ち直した。回避は間に合わない。ならば叩き落とす。

 

 

「シャラアッ!!」

 

 

 単発重攻撃、《インパクトスイング》。凄まじい圧力でもって放たれた水は、まるで嵐で氾濫した川の激流そのものだった。それを正面から見据えて渾身の力でメイスを振り切る。

 激突の瞬間、ボートが激しく揺れた。踏ん張りがきかない。それでも――――、

 

 

「が、ああああああ!!」

 

 

 ズパァッン! と、水の砲弾を弾く。最後はなりふり構わず筋力値パラメーターを全開にして振り切ってみせた。見事パリィが成功する。

 しかし代償に体勢を崩した俺は海に真っ逆さま――――にはならなかった。

 

 

「ナイス」

 

 

 寸でのところで腕を掴んだキリトがニッと笑う。

 

 

「……さっさと引き揚げろ」

 

 

 ぶっきらぼうに言い放つ。

 その後も数隻落とされたが、なんとか敵のHPも残り二割を切る。このままいけば勝てる。タコも己の最期を悟ったのか――――相手はプログラムに過ぎないが――――恐るべき最後の手段に出た。

 

 

「ちょ、ひゃ!? やめなさい! どこ触ってるのよ」

 

「アスナ!」

 

 

 なんと、俺達そっちのけでタコは女の子達を弄び始めた。あくまで表現はさけるが、弄び始めたのだ。

 そのとき俺は見た。あと少しでフロアボスを倒せるという段階であるのに多くの、厳密には男たちの目が言外に語っていたことを。

 

――――タコ頑張れ、と。

 

 

「おわおいタコ、そんなことまで!!」

 

「るぇえ~みたぁ~んがァァァァ!!? 僕のレミたんがあんな姿にィィィィィィィ!!!!」

 

 

 ドーン。

 

 なにやら猛烈に興奮していたクラインと見覚えのないプレイヤーが激しい水柱をあげて沈んでいく。ああいった手合いにはこの戦法は有効らしい。

 

 

「ソラ大丈夫か!?」

 

「わわっ! シド、動いちゃだめッス!」

 

 

 動揺した者を狙って再びタコが足を振り上げる。狙われたのはシドとファー。

 

 

「クッ……」

 

 

 回避が遅い。絶妙なタイミングでシドが手刀、《スライス》で足を迎撃するが、そもスピードファイターであるシドに捌ける攻撃ではない。決して少なくない被ダメージと引き換えになんとか軌道をズラして一撃でのボート破壊を防ぐ。

 しかしタコの足は船に乗っかってしまっていた。二人乗りであるボートは制限重量オーバーを認識するとズブズブと沼地にはまったように沈んでいく。このまま沈んで内部に水が入ってしまえばもうどうしようもなくなる。

 

 

「ファー、足を退かすぞ! ファー?」

 

 

 仲間からの返事がないことに訝しんでシドが振り向くと不運にもタコの足にのしかかられてしまった青年は頭上にチカチカとライトエフェクトを光らせて目を回していた。スタン状態だ。

 

 

「ううーん。ぬるぬるはだめッス……苦手ッス……」

 

 

 うわ言のように繰り返している。

 絶望的だ。シドの筋力値では一人でこの足を退かすことも出来なければ素手で切断することも出来ない。

 

 

「ギョオオオオオ!!」

 

「シド!」

 

 

 タコの砲撃が動きの止まったシドのボートに狙いを定める。それに思わず悲鳴のような声をあげるソラ。

 たったそれだけで、シドの決意は固まった。

 

 水鉄砲が放たれる。シドはボートの縁に足をかけると、跳んだ。

 ドォン! とシドが乗っていたボートが吹き飛ばされる。その衝撃で気絶していたファーも意識を取り戻す。

 シドが向かったのは他のボートではなかった。乗り移ったところで今度は乗り移った船が重量オーバーで沈んでしまう。彼が向かったのは海上で蠢くタコ本体。

 元々彼らのボートはタコに近付いていたとはいえ跳躍距離は筋力値パラメーターに左右される。つまり敏捷値一極のシドにとって跳躍は不得手なのだ。

 シドは懸命に長い手足を伸ばす。

 ――――しかし俺の目算では足りない。それはシドも承知だろう。それでも彼は諦めなかった。

 

 

「おおおおっ!!」

 

 

 彼女に、この手をソラに届かせる為に。

 その執念が勝ったのか奇跡が起こった。なんと水面に着いた彼の足が水面を蹴った。まるで水走りという名のスキルがあるかのように。

 彼の異常な敏捷値が可能にしたのか理由はわからない。ともかく距離はこれで充分。シドはタコに乗り移りよじ登ると例の砲撃を行っている大きな目玉の前までやってくる。渾身の力を込めてその目玉に、《エンブレイサー》を叩き込んだ。

 

 

「ギョアアアアアアア!!」

 

 

 先ほどまでの咆哮とは違う絶叫。――――その間に俺達は、

 

 

「どうなっても知らねえぞ」

 

「思いっきり頼む!」

 

 

 タコがシドに惹きつけられている間に俺達はボートの動きを完全に止めていた。俺は船上でメイスを下段に構えている。そのメイスの上にキリトが乗っかっている。

 俺の筋力値で上空に打ち上げるというのだが、我ながら無茶な作戦だ。発案者はキリトであるが。力加減を間違えればキリトにダメージ判定が入るかもしれない。しかし弱すぎれば届かずにキリトは海へ真っ逆さまだ。

 今一度パワー、方向を修正。意を決してメイスを斜め上に振り上げる。同時にキリトもメイスを蹴りつけて自ら跳んだ。勢いを増したキリトはロケットの如く空高く舞う。一直線にアスナのもとへ。

 

 

「アスナ!!」

 

「キリト君!!」

 

 

 キリトは空中で体を捻り、剣を肩に担ぐように構えると反対の手でアスナを拘束する足に狙いを定めた。深紅のライトエフェクトを帯びた剣はキリトの手が霞むほどの速さで撃ちだされる。

 彼の得意とする必殺の剣技、《ヴォーパル・ストライク》。

 狙い違わず剣はタコの足の中央に直撃した。あまりの威力に部位欠損が生じたのか、アスナを捕まえていた足が引き千切れ拘束が解ける。自由になると今度はアスナの体が仮想の重力に引かれて落下する。そんな彼女を、まるで童話に出てくる王子様のように優しく受け止めるキリト。

 これにて一件落着かと思われたが、俺はギクリとした。未だフロアボスの体は残っていた。よくよく見ればまだあのタコのHPバーにはほんの僅か、一ドットの光が残されていた。普段のキリトならばありえないミス。アスナを気に掛けるばかりツメを誤ったのか。

 

 

「キリトまだだ!」

 

 

 叫ぶが無意味だ。空中のキリト達に今更何が出来るというのか。

 タコは最後の悪足掻きなのかキリトとアスナ目掛けて足をしならせた。

 

 

「キリト君!」

 

 

 それをアスナが庇った。その行動があんな悲劇を呼ぶとも知らず……。

 

 

「へ?」

 

 

 タコの攻撃はアスナに当たった。しかしやはり、あのモンスターの攻撃力自体はあまり高くなく、アスナのHPバーは二割も減らなかった。その代わり彼女の水着を粉々に吹き飛ばした。

 元々裸に近かったとはいえ一応隠すべき場所は隠れていた。それが今や無数のポリゴンとなって消え去り、彼女の艶やかな柔肌も、ふくらみのある胸も、その先端までも……。彼女にとって不幸なことに偽物とは思えない再現率だった。

 この結果ははたして偶然だったのか。それともタコのオブジェクト破壊威力の高さ故だったのか。はたまたアスナの水着が見た目通り耐久値が低かったのか。ただ運が悪かったのか。

 ――――ともかく、全員の視線が空中の《閃光》に集まった。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「い、イヤアアアアアアァァァァ!!!!」

 

「あ、アス――――げふっ」

 

 

 アスナは目を見張る速さでウインドウを操作。ストレージから愛剣をオブジェクト化させると空中にいるキリトを足場にして蹴り飛ばしてタコに直進。剣先に純白の光が迸り、彼女自身をも光で包み込む。

 彗星の如き一撃、《フラッシング・ペネトレイター》は僅かだったタコのHPバーをオーバーキルで消し飛ばした。錯覚だと信じたいが、爆散する瞬間、タコは『やり遂げた』というような満足そうな表情をしていたように思える。本当に、錯覚だと信じたい。

 巨大タコの体が大量のポリゴンとなって爆散すると島にあるゲートのすぐ隣に砂で造られた螺旋状の階段が現れた。

 上の層へのアクティベートはラストアタックに成功したアスナに権利がある、という話だったが、彼女はそんな権利も放棄して早々に姿を消してしまった。

 

 こうして俺にとって最も茶番ともいえるボス攻略戦は終了した。尚、このときのボス、《ザ・デビルフィッシャー》は後々まで多くの男性プレイヤー達から『ヤツは本物の漢だった』と称賛されていたのは、非常にどうでもいい話だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、面白かったねっ」

 

「もうぜってぇあのフロアはいかねえ」

 

「オイラも嫌ッス」

 

「……たこ、かわいかった」

 

「「………………」」




以上で『ソードアート・オンライン ━傷だらけの獅子━』を完結します。二度目の完結となりましたが、こんな駄文にお付き合いくださった皆々様本当にありがとうございました。
次は練習のための再投稿ではなくて新しいの書きたいですね。アニメも始まるし、『異世界召喚問題児シリーズ』が書きたい!

ではでは、次にまた皆様にお会いできますようさらに精進します。さようなら。
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