「…なあ、箒」
「なんだ、一夏」
「俺の気のせいだと思うんだが…」
「そうか、ならば気のせいだ」
私は一夏の言葉をバッサリ切る。
そんな私を胡乱気に見る一夏。
「…俺、この一週間剣道しかしてないよな?」
………ぷいっ
「 こ っ ち を 見 ろ 」
…うるさい奴だ。
男のくせに細かいぞ一夏。
「お前はまず基礎から鍛え直さないとダメだったんだ。IS云々の話ではない」
そうだ、一夏はめっきり弱くなっていた。
これが本当に”あの一夏”か?と疑う程に。
しかし基礎体力はあったようで、この一週間の私の特訓になんとか付いてきてはいた。
まったく、三年間帰宅部だと?
何を考えてるんだ!
だから私は剣道を思い出すように、この一週間体に叩き込んでやったのだ。
「それでもISの基本知識とかイロイロあるだろう?」
………………ぷいっ
「 こ っ ち を 見 ろ っ 」
…うるさいぞ一夏。
過ぎたことをグチグチと、女々しい奴だ。
…イヅナ、そんな呆れた顔で私を見ないでくれ…
これでも反省しているんだ…
百瀬も、なにニコニコしてコッチを見てる!?
い、癒されるじゃないか!?
「しかし遅いねー、一夏のIS」
百瀬がのんびりした口調で言う。
そう、クラス代表決定戦の今日になっても、一夏の専用ISはまだ到着していない。
これでは代表決定戦以前の問題だ。
一夏も、ソワソワと周囲をグルグル回りISの到着を待つ。
落ち着かないか、まったく。
百瀬を見ろ、落ち着いてモニタに映るセシリア・オルコットを観察しているじゃないか。
セシリア・オルコットはすでに自身の専用IS『蒼い雫(ブルーティアーズ)』を展開し、アリーナ上空で待機している。
戦う前に相手の情報を収集しようとするその姿勢はすばらしい。
一夏にも見習ってもらいたいものだ。
真面目な顔でモニタを見つめる百瀬を、おもわずかわいいと思った私は悪くない。
とはいえ、ISがなければ決闘もくそもない。
たしか、最初に一夏とセシリア・オルコットが戦い、次に百瀬がセシリア・オルコットと戦う手順だったか。
二人と戦い、勝つ
これは、セシリア・オルコット自身が言い出した事だ。
セシリア・オルコットは一夏と百瀬二人を相手して、勝ち、女が優位、自分がエリートであると証明したいようだ。
代表候補生
その肩書きだけでどれほど私達一般生徒と実力の開きがあるか、その名前だけでわかってしまう。
私は別にこの女尊男卑の世界に対して何かを思う事はない。
ただ、それを巻き起こした張本人には……まあそんなことはいい。
つまり、セシリア・オルコットは驕りがあることを差し引いても一夏が勝つ確率は限りなく低いのだ。
一夏には勝ってほしいと願っている。
しかし、現実は残酷だ。
願いと現実は伴わないと、努力が必ずしも報われるとは限らないということを知っている。
はっきり言ってしまえば、一夏の勝率は限りなくゼロに近いだろう。
だが、百瀬はどうだろうか?
千冬さん…織斑先生が授業で言っていた『終極因使』というISの究極のひとつ、百瀬がそれに至っていると言っていた。
一次形態と二次形態移行のポテンシャルの差は一目瞭然と言われている。
それを象徴するのが唯一武装、単一仕様能力(ワンオフアビリティー)だ。
単一仕様能力は二次形態移行にならないとどんなものが発現するかわからない、しかも発現するかどうかもわからない不安定な武装だが、それを差し引いても余りある恩恵がある。
基本スペックの上昇、単一仕様能力……挙げればキリがない程、それ程の差があるのだ。
では終極因使は?
二次形態移行をも超えたという終極因使…一体、どんな力を持つのだろうか…
「あのー、織斑先生ー」
百瀬が管制室にいる織斑先生に話しかけた。
「一夏のISがまだ届かないようなら、先に僕がミスオルコットと戦いましょうかー?」
相変わらず間延びした、緊張感のないしゃべりだ…
うん、和むな。
それはさておき、百瀬の提案は理に叶っている。
アリーナを借りている時間も無限ではないし、なによりセシリア・オルコットを待たせるわけにはいかないだろう。
「うむ…だがな……」
ん?
何故か織斑先生が百瀬の提案を渋っている。
何故だ?
あの人は効率良く行動することを是とする人だ、それが渋るとは…
「安心しろ千冬、ちゃんと手は抜くし、『土公拳』と刀しか使わせんよ。…まあ、二割くらいが妥当かのう?」
……今イヅナは何と言った?
手を抜くだと?
代表候補生に対して手を抜くだと!?
しかも二割の力だと!?
「…よし、いいだろう。ただし、くれぐれも『土公拳』以外は使うな。そしてリミットは10パーセントだ。…オルコット、聞こえるか?対戦順序の変更だ。先に百瀬と戦え。そうだ、すぐにそちらへ行かせる」
織斑先生は了承するや、セシリア・オルコットに告げた。
「では行くか、ガイ!」
「うん、行こうか」
イヅナと百瀬が手を取り合い、二人を光が包み込んだ。
一瞬、イヅナが大人のような姿に見えたが……見間違いか?
光が止み、現れた姿
そして、そこにいたのは
『黄金』
だった。
金色に輝く九本の尻尾
長く伸びた黒髪から生えた長く尖った耳
陰陽師が纏うような白装束
腰に挿した一振りの刀
それは、ISの常識を根底から覆す姿だった。
私は、その神々しさに、見惚れてしまっていた。
「モ、モモンガー?それが……モモンガーがISを展開した姿……なのか?」
一夏も驚きを隠せないでいる。
当然だ、ISとは所詮機械だ。
展開、装着したとしても、それは変わらない。
だが百瀬は違う。
機械など一切なく、あるのはまさしく『生物』としての姿だ。
「そうだよー」
百瀬はその姿になっても変わることなく、クルリと回ってみせ、人懐っこい笑顔を私達に向ける。
……ううむ、獣耳にその笑顔は反則だと思うぞ!
「触ってみるー?」
百瀬はそう言ってクルリと一夏にお尻を向けた。
九本の尻尾がフワフワ動いている。
一夏はおそるおそる尻尾を触った。
「うお!?モフモフだ!」
なに!?
モフモフだと!?
わ、私も触らせてくれないだろうか?
「………あっ」
うぐっ!?
なんという艶っぽい声を出すんだ!?
「へ、変な声を出さないでくれ!」
……一夏、何故顔を真っ赤にしてモジモジしだす?
「………百瀬、早く行け」
「あ、はいーすいませーん」
…織斑先生にお叱りを受け、モフモフタイムは終了した。
くっ、あと少し時間があれば……!
「じゃあ、行ってきまーす」
「お、おう!」
「う、うむ、頑張ってこい」
百瀬は散歩にでも行くかのような軽いノリでこちらに手を振り、テクテク歩いて行った。
それに釣られて軽い返事しかできなかった。
……なんなんだ、この緊張感の無さは……
とりあえず……
帰ってきたらモフモフさせてもらおう。